第六話 王女の姿は戦場に

『クソッ!!!! このがッ!!!! 

 早く離れろって・・・・・・ッ!!!!』

『士長!!! 右に振れ!!! 一体、貼り付いてうまく剥がれん!!!』

『どけ、三曹!!! ここは俺が・・・・・・ッ!!!』

 軽装甲機動車、自衛隊内では『ライトアーマー』か、もしくは『LAV』の名で親しまれるその車両内で、『強化外骨格』に身を包んだ隊員たちが荒野の真ん中で、外からの襲撃に応戦していた。

 そんな彼ら自衛隊員とは打って変わって、その場に似合わない服を着ているのが一名いた。戦う権利はあるだろうが、戦う義務がない為に、今日この瞬間までは戦場とは全く関係のない城の中で過ごしていたは、戦う手段がないことに強く舌を噛む。

 彼女の様子に、気に掛ける余裕がない隊員たちは、外を囲む達に何処か抜け道はないかと、視線を巡らせるのに必死だった。

『ダメか・・・・・・ッ!!! ・・・・・・仕方ない!!! 

 ・・・・・・二士ッ!!! 降車、用意!!! 出来るだけ離すぞ!!!』

『し、しかし、三曹ッ!!! 本隊からの援護がまだ・・・・・・ッ!!!』

『来るのに時間が掛かるのは承知の上だ!!! それともお前、俺らと一緒に姫様巻き添えにするか!!!? どっちにしろ、時間は稼がなきゃなんだろうが!!』『・・・・・・っ!!! 了解・・・・・・ッ!!!』

『よし・・・・・・ッ!!! 士長!!! そのままだ!!! そのままで、勢い殺すなよ!!!!』

『で、ですが・・・・・・ッ!!!』

『・・・・・・三尉!!! あと、任せます!!!』

『了解だ、三曹っ!!! 出来るだけ剥がすだけことに集中しろ!!! 

 無茶はするな!!! 生きることに専念しろ!!! 

 本隊が来るまででいい!!!』

『・・・・・・っ!!! 了解っ!!!』

 そう言うや否や、後部座席のドアが開かれ、

『ご武運を!!!』

 二人の隊員が外へ身体を投げ出す。残った一人は辛そうに拳を握り締め、何も言わずに扉を閉め、天井を二度叩く。

 それが何を意味するのか、それは助士席の女性、セシル・エルキミアには分からなかった。何故なら、セシルは一国の王女であり、軍隊でも、異界の部隊、自衛隊でもないのだから。

 その直後、天井から銃声が聞こえ、必死に運転をしている男性、

 先程顔を見合わせた時には男性の顔だったので恐らくは男性、

 席を替わったりしてはいないので多分男性だろう、

 そう決めつけることにして、セシルは声を掛ける。

「あっ、あのっ!! 正面から、が難しいのであれば他からで宜しいのでは?」

 そう言うと、は一瞬こちらに顔を向けた後に、すぐに後ろを向いて、

『三尉!!! すいません、王女が何言っているのか、全然分からないんで翻訳、頼めますか!!!』

『・・・・・ハァ!!!? お前、異界言語技能、必修だっただろうが!!!』

『って言われても、自分だとなんだか申し訳ないっていうか・・・・・・、

 こういうのは普段、一尉がやってるので、苦手なんですよ、自分!!!』

『・・・・・・いや、お前の言いたいことは分かる。

 一尉の異世界言語理解度、スゴイからな・・・・・・。』

 二人は何かを話し、何故か肩を落としている様子ではあるが、それを知ってか知らずか、天井から三度叩く音が聞こえる。その音が聞こえた数瞬後、

『士長。・・・・・お前、なに持ってきた?』

『自分は「89式」ですが。』

『・・・・・・・・・・・・・マジかっ。

 なんで「89式」持ってきたんだよ・・・・・・っ。』

『いやだって、この前補給の・・・・・あの人が・・・・・・、』

『・・・・・・林原一尉か?』

『そうです、新島一尉の知り合いの。

 あの人が持ってきてくれたじゃないですか。』

『だからってお前、持ってくる奴がいるか? 

 普通はミニミとか持ってくるだろ。それをお前、小銃って。数が多いってのが最初から分かってるのにタイマン用のを持ってくるか、普通?』

『いや、でも、そもそもミニミとかは戦車隊か特科位しか持ってないじゃないですか。それを持ってこいってなると、流石に上官の一尉に話さないと。』

『ばっかおめぇ、そういうのはパクってくるギンバイしてくるってのが定石だろうが。』

『いや、自分、じゃなくて、日本に骨埋めたいんで。』

『そりゃ、やったらやったでそうなるだろうけどな・・・・・・。』

 と二人が話している間に、再び天上が叩かれ、二人は一時黙り、

『・・・・・・ってことはんだな?』

、三尉。』

 その言葉を聞くと、ため息を一回した後に天井を二回叩いた。

『しゃぁねぇな。・・・・・が時間を稼ぐ。

 士長、。』

『・・・・・頼めますか?』

『運転手はお前で、俺らは付き添いだ。だったら・・・・・・、分かるな?』

『・・・・・・っ!!! 了解です・・・・・・っ!!!』

 と後ろの人が口にした直後、扉を開けて荒野に身を投げ出し、天井から誰かが飛び降りる様な音が聞こえる。

『・・・・・ちくしょう!!! なんで、なんで俺には・・・・っ、

 俺は・・・・・・っ!!!』

 自分の中に湧き上がってだろう葛藤と戦っているのだろうか、は手で握っている丸いわっかのようなモノを叩こうとして、

『・・・・・・・いや、今はそれよりも・・・・・・っ!!!』

 やめた。

 瞬間、

『・・・・・・っ!!!』

 彼は手で握っている丸い輪を右へ、勢い良く回した。

 直後、その動きと連動するように乗り物が右側に身体を振り、

 そして、衝撃と爆音が、周囲に炸裂した。




「第二射、構え、撃ち方、よぉー・・・・・・・・・・・ッ!!!

 てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 無線機にそう声にしながら、蓮人は双眼鏡を覗き込む。

 その声を受け、戦車の砲撃が再び行われた。

 最初の砲撃である程度、視界は開けただろうが、安全の確保にはまだ遠い。砲撃をしたら安全が確保されるのではなく、援護に駆け付け無事が確認されるまで、それまでが支援砲撃というモノであって、救出するまでが作戦行動である。

 その為、蓮人は今持ち得る最大限の支援をおこなうことにしていただが、

「一尉。士長の軽装甲機動車LAVを視認。

 ・・・・・・ですが、他の隊員の姿が見えません。

 付近に散らばっている可能性を考え、支援砲撃の中止を具申致します。」

 蓮人と同じ様に、砲撃が行われている場所を64式のスコープから覗き込んでいた涼子が、蓮人にそう進言する。

 その発言を聞いて、

「・・・・・・他の連中の為には、支援砲撃はやめた方がいい、ってか?」

 蓮人はそう意地悪く訊くが、その問いに涼子はすぐには答えずに、

「・・・・・・周囲の安全を確保する面においては、そうとは言えません。

 極めて短時間で、かつ出来る限りの敵勢力排除を考慮するのであれば、ですが。」

 しかし、

「安全を確認するのであれば砲撃ではなく、

 直接ご自身の目で見られた方が早いかと。」

 そう、

「小官は愚考します。」

 ですが、

「一尉が、では上官です。貴官の指示に従うのが我らの使命。」

 故に、

「指示を求めます、一尉。」

 と、涼子がそう指示を仰いでくるのを好機と受け取ったのか、二人の近くに居た野崎たちが互いに目配せをして、一番階級が低い三島が一歩出て蓮人に言った。

「一尉、自分も提案してもよろしいでしょうか?」

「・・・・・・なんだ、曹長。」

 背後は振り返らずに、意見の許可を取った三島に、蓮人は発言を許可する。上官の態度としてはどうかと一瞬思ったが、三島はそのまま言った。

「ハッ。このまま結果を見ているだけでは士長が無事かどうか、それを確認するのは難しいかと。そう、自分は判断します。」

 故に、

「一尉。自分は、近接支援を提案します。」

「近接支援・・・・・・、か。」

 三島の提案に、蓮人は渋る。

 近接支援ということは近距離での支援行動を意味し、数で勝るどもには、あまり有効な手だとは言えない。

 しかし、援護をしながらの後退であれば問題ではないだろう。幸い、援護を受けながらの救出活動はもう経験済みだ。それに、今回は王女様一人だけだ。

 それだったら、誰かが担いでその周りを囲んで作戦エリアを脱出後、早急に戦車の飽和砲撃等で一掃すれば、この近辺だけという限定条件だが、安全は確保される。

 そう考えて、ようやく蓮人は、涼子と三島の意見に頷いた。

「分かった。・・・・・・木原一士。射撃掩護、頼めるか?」

「今、自分の手元には『64式』しかありませんので、あまり期待はしないでいただけると有難いのですが。」

 そう言った涼子に、蓮人を除いた全員が一瞬、


 ・・・・・・いや、あんた。この前、で一尉の援護しとったで。


 と思ったが、それを言おうとしないのは流石というべきか、

 ・・・・・・いや、どうなのだろう。

 だが、蓮人はそうは思っていなかった様で、自分の肩に担いだ『89式5.56mm小銃』を下すと、

「貸してやる。そっちの方がやりやすいだろうしな。」

 それと、

「『89式』ならこの前、林原が置いてったのがあるはずだろ? 

 それを持ってくればいいじゃないか。」

 そう言いながら、蓮人は背後を振り返りながら涼子に渡し、涼子の手元にあった『64式7.62mm小銃』を持つと、

「ま、近接戦闘でやり合うならの方がやりやすいからな。」

 どうにも、

「新しい新品ってのは使いにくくて敵わん。」

 いや、

「別に林原のヤツに文句があるわけじゃなくてだな。」

 そう言いながらも、チャージングレバーを引っ張り、初弾を装填した。そして、顔を上げると、他の隊員の顔を見て、

「それじゃ、士長を助けに行くか。」

「「「「ハッ!!!」」」」

 蓮人の言葉に、その場にいた野崎と斎藤、新田と三島の四人が応えた。





「・・・・・・っ。・・・・・・まだ、私は。」

 まだ生きているということを自覚したセシルは、暗い車内を見渡した。だが、車内に映るのは先程まで映っていた荒野ではなく、落ちてきて砂を撒き散らしたであろう砂煙のみだった。

 その事実に、セシルは呆然としてしまうが、それも一瞬だった。前の席に座り、

 を操っていた人物を見ようとして、

『伏せて下さい!!! ・・・・・・あぁ、クソッ!! 

 こんの、どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 一瞬何を言っているのか全く理解できなかったが、きっと伏せる様に言ったのだろうと直感で思い、セシルは頭を伏せた。

 直後、連射音が車内に響く。

『来い、来いよ、来やがれ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 一体残らず、俺が食ってやる!!!! 

 食い散らかしてやるぜ、をよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

 先程までの態度は何だったのかという様に、豹変した態度で手に持った銃器、

 セシルには種類は分からないが、『ジエイタイ』の人たちが皆、同じようなモノを肩に担いでいたので多分そうなのだろうし、他の人からとは聞いていたのできっとそうなのだろうと思うことにして、

 それの引き金を引いて、の群れに向けているが、それだけでは対した威力にはならないのだろう、当てられ、身体を揺らしては再び前進を繰り返していた。

 やがて、弾が無くなったのか、先程のまで聞こえていた音が空回りする音に変わると、

『くそっ!!! 弾切れかっ!!!!』

 そう言うと、一瞬、銃器を振おうとして、

『・・・・・・ッ!!!! クソッたれがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 近付くんじゃ・・・・・・・ッ!!!』

 ドアを足で蹴飛ばす音が聞こえ、

『ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』

 一発、二発、と先程とは違う射撃音が聞こえる。しかし、それも長くは続かず、金属に鋭いモノを突き刺す様な音が聞こえ、

『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 痛みに耐える様に叫ぶ声が聞こえる。だが、セシルは頭を上げる勇気はなかった。

 直後、自身の左側、その扉が衝撃を受け、開いたのか、先程まで感じなかったが息が感じられた。

 殺気、

 その様なモノを感じ、セシルは頭を上げようとして、

「ヒッ! ・・・・・・・ッ!!」

 が両の腕に取り付けている刃、その一方を自身を突き刺そうと向けられていることに、セシルは、

 ・・・・・・ここまで、ですか。

 死を覚悟した。

 生きようとする希望も思いも、何もかもが自分の身体から抜けていく。

 そこにやりきれなかったという悔いを、後悔に似たものは感じられなかった。

 ただ、まだ何もしてないにも関わらずに、自分がここで死ぬということに納得しているということに、少し悲しくはなったが。

 だが、よりも前に、

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!

 撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・・・ッ!!!!

 木原ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・ッ!!!!』

 そう思っていたセシルと裏腹に、を感じたのか、『ジエイタイ』の人がそう叫ぶように言った直後、


 一発、


 たった一発、それだけであったが乾いた銃声と共に、その一発がの胴に突き刺さる。その一発を受けて、動きを止めたが当たった場所を確認しようと身体を折ろうとした時、

『せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 その声と共にの横っ腹に、銀色の装甲に身を包んだであろう、『ジエイタイ』の人が拳を突き入れる。直後、稲妻が走る音と共に、が吹き飛ばされる。

 彼、

 身体の動かし方が女性のそれではないから恐らくは彼なのだろうと決めることにして、

 彼は、耳があるであろう場所に片手を当てるようにしながら、

『王女を確保。各位、報告せよ。』

 と呟きながら、

『新田。・・・・・・どうだ?』

 とセシルの後ろに声を投げかける。その質問に、セシルは疑問に思いながら振り返る。すると、そこには先程ケガを負ったであろう『ジエイタイ』の人と同じものに身を包んだ人がいた。

『はい、一尉。士長は・・・・・・、

 ・・・・・うわぁ・・・・・、運が良かったな、お前。

 第一、第二装甲が貫通。ですが、第三装甲までは至ってないようです。

 しかし、衝撃吸収に使われる潤滑液が漏れてます。』

『第一と第二がダメ、・・・・・って、ほとんどじゃねぇか。

 よく第三まで貫通してなかったな。』

 二人が何を言っているのかはセシルにはよく分からなかった。しかし、とりあえず命に問題はないらしいということだけは分かったので、ほっと息を吐く。

『一士。周囲を警戒、三尉たちを見たら手助けしてやってくれ。

 ・・・・・・まぁ、「89式」で出来ることと言ったら限られてくるだろうが。』




「問題ありません、一尉。ここから、各位の支援を行います。」

 幸い、

「残弾には余裕がありますので。」

 そう言いながら、涼子は蓮人の周囲を警戒する。

 先程の早瀬には分かったようだった。狙撃と言っても、タイミングを計って撃つまでの間、スコープに当たる光の反射を防ぐために普段は蓋を閉めておくものだが、今回は時間、というよりもそんなことに余裕を割いていることが出来なかった。

 それに、と涼子は言外で続ける。

 ・・・・・・には警戒すべき弓兵がいない。

 後方で警戒すべきは、同じように後ろにいる弓兵の存在だが、では弓は使われていないのか、剣士の数が目立つように感じる。

 遠距離や中距離などを警戒せずに、近距離だけを考えているというのはそれだけ自身の力に自信を置いているのか。あるいは、

 ・・・・・・遠距離戦を考えていない・・・・・・?

 という思考を振り払う。流石にいくら何でも遠距離戦を考えていないということはないだろう、と思いながらも、いや、と首を振る自分がいる。

 江戸時代、

 その時代、日本は刀を持った武士という者たちがいた。

 いたと言っても、200年かそこらでその武士という存在は姿を消したが。

 海外からやって来た黒船、

 外海からやって来た存在、

 それまでというモノを知らなかった者たちが世界というものを知った。

 自分たちとは異なる人種、異なる思考があるということも。

 それからだ、

 日本も銃器というモノを取り入れたのは。

 となれば、

 ・・・・・・私たちも、の人たちから見れば南蛮人、

 そう見られているのかも、と涼子はそう考えていた。

 そう考えていた時だった。


 後ろから殺気を感じたのは。


「・・・・・・・・・・・・っ、後ろっ?!」

 ここにいるのは、自分たち『強化武装隊』しかいないはずで、戦車隊や特科はいない。いたとしても、隊長である蓮人は、現在、支援砲撃を要請していない。

 となれば、これは別のモノ、

 そう結論付けることにした涼子は振り返ろうと、身体を上げた直後、


 を感じた。


「・・・・・・? 風?」

 なんで風を感じるのか、それを不意に思った涼子だったが、先程感じた殺気がなくなっていることを察すると、再び姿勢を狙撃態勢に戻して『89式』のスコープ越しに各隊員、・・・・真っ先に確認したのは部隊長の蓮人であったが、

 隊員たちの様子を確認する。

 すると、そこに、


 一本の矢が刺さって倒れていたの姿が見えた。




「あん・・・・・・? なんで、矢が刺さってるんだ?」

 矢が刺さっているからか倒れていたの姿を見て、蓮人は疑問する。

 後方には戦車隊と、先程自分の『89式』、それを渡した涼子がいるはずで、そのどちらもが、銃器のみ。そのはずで弓矢などのの武装ではない。

 となると、自分たち自衛隊以外の第三者がいると考えるべきだろうが、ここ数日間で弓矢などの遠距離戦を可能にする武器は身に覚えがない。

 となれば、

 ・・・・・・王国とか帝国だっけか。その連中じゃない・・・・・・?

 そうとしか導き出せなかった。

 しかし、今考えるべき問題点は

 蓮人は思考を切り替える様に、頭を振って思考を切り替える。そして、片耳に手を当てると、

「小隊各位。・・・・・・これから後退する。周囲を警戒しつつ早急に後退せよ。遠距離での攻撃が可能な第三勢力がいる。」

 繰り返す、

「小隊各位。周囲の警戒を怠らず、早急に後退せよ。第三勢力の存在あり。」

 そう蓮人は言うと、最後に、

「一士。周囲を警戒してくれ。出来る限り急いで、王女たちを担いで後退するが、どうなるか分からん。

 どもは、なんとかできるが、流石に遠距離相手には対処できん。」

 と涼子に頼む。すると、今の状況を分かってか、

『了解。出来る限りは、こちらでも。』

 しかし、

『残弾にも限りがあります。出来る限り、急いで後退してください。』

 と、蓮人に意見してくる。その言葉に蓮人は一瞬、


 ・・・・・・? えっ、対処ってどう対処すんの?


 と思ってしまったが、

「分かった。・・・・・・出来る限りで構わん。頼んだぞ。」

『・・・・・・ッ!!!!

 ・・・・・・了解っ!!!』

 弾む様に返されたのを機に通信が切れたが、蓮人は、

 ・・・・・・なんでテンション上がってるんだ、一士?

 と、内心首を傾げていた。

 しかし、現状に猶予はなく逼迫ひっぱくしている。そう思い、気持ちを改め、座席に座るセシルを見て、


 ・・・・・・そう言えば、王女を肩に担ぐのって国際的な観点から見ると、どうなんだ?


 と、蓮人はふと思う。人を運ぶなら担架などが良いのだろうが、担架は用意していないし、王女殿下を乗せて運ぶ馬車などは、そもそも自衛隊にはない。

 まぁ、日本の国内であれば、天皇陛下などが乗る特殊車両扱いで馬車などはあるかもしれないが、自衛隊の装備には、存在自体ない。

 となると、担いで移動する以外の選択肢しかない様に思える。

 そこで、視線を軽装甲機動車LAVに向けてみる。

 外部損傷はない様に見える。が、先程の戦闘で受けた損傷がどれほどのモノか、それが分からない。

 となれば、この軽装甲機動車LAVで、王女を乗せたままの移動はしない方がいい様に感じる。視線を戻す。

 セシルに外傷は見られない。流石に一国の王女に傷をつけてはならないと、そこは気を付けていたのだろう。そこは運転していた早瀬の腕を評価すべきだろうが、


 ・・・・・・使えないとなると、担ぐしかないわなぁ。


 移動手段の一つが使えないとなると、そこは悩みどころになってしまう。後方から移動手段を運んでもらうということは可能だろうが、それは時間があれば、の話であって、現状は時間がない。

 となれば、取るべき選択肢は一つということになる。

 それが分かったというかのように、蓮人は頭を振ると、セシルを見て、

「殿下。肩、担ぐ。我慢、よろしく。」

「えっ?」

 若干・・・・・・というより、かなり片言になる説明に、セシルは詳しい説明を求める様にしていた。が、蓮人はそんなことに気を割いている余裕はなかったので、容赦なく彼女がしていたシートベルトを外すと、セシルを肩に担いで、回れ右をする。

「新田っ!!士長は・・・・・・ッ!?」

『・・・・・・担ぎました!!!』

 そう言った声を聞いて、運転席側に視線を向けると傷が目立つ『弐式』を背負った『壱式』の姿が映る。先程、新田が報告した通り、『弐式』の表面には傷が目立つが出血はしてない様で、血が流れている様には見えなかった。

「よし、他は!? 三尉たちの回収は終わったか?!」

 と蓮人は、他の小隊員に呼びかける様に声を荒げる。しかし、その声には、誰もすぐには応えず、反応が返ってきたのは蓮人が訊いてから数十秒後だった。

『こちら、野崎。三曹と二士を回収しました。三尉は・・・・・・、』

 回収したという野崎の言葉に続く声があった。それは、

『こちら、三島。三尉と二曹を回収。ですが、損傷を受けています。

 ・・・・・・一尉、軽装甲機動車ライトアーマーでの移送許可、頼めますか?』

 移送許可を求める三島の声に、蓮人は首を下に振る。

「了解した。・・・・・・ただ、なんだ。士長が使ってたヤツな。損傷がひどくて、移送しようにも難しいぞ。」

 そう言った蓮人の言葉に、だったら、と野崎が続いた。

『だったら、後日に車両回収を頼んで、今は後方の戦車隊なり特科、もしくは普通科の連中にヘルプでも頼んだら如何でしょうか?その方が早い気がしますが。』

 そう応えた言葉に、少し考えて、

「分かった。」

 と言って、

「後方、すまん。車両を一つ頼めるか?出来るだけ急ぎで。」

 と繋ぎながら、蓮人は周囲を警戒しながら歩き出す。その動きに合わせる様に早瀬を担いだ新田も、蓮人の傍に近付く様に歩いてくる。

 早足で移動してもいい様な気はしなくもないが、一国の重要人物を肩に担いでいるのだ。現状から言ってしまえば、あまり振動を受けさせない様にすべきだろう。

 それに、と蓮人が思った正面、蓮人と新田の進路を防ぐ様に、多くの達が現れる。

 しかし、


 一発、また一発、


 単発の乾いた音が周囲に聞こえる度に、一体、また一体と倒れていく。一応、蓮人たちのことを考えているのだろう、通りやすい様に、人一人分の隙間が生まれる。

 それに合わせるかのように、


 肌では感じぬはずの、一陣の風が吹いた。


 直後、

 涼子一人ではあり得ない、それほどの量のが一斉に倒れる。その背には先程と同じく一本の矢が突き刺さっていた。

 その事実に、蓮人と新田の二人は、互いに確かめ合う様に互いの顔を見る。

 だが、二人は何も言葉を発することなく、開かれた道を進んでいくのだった。





「で、早瀬士長の容体は?」

「はい、一尉。現場でも見ましたが、身体の損傷は軽微です。原隊復帰は早いものかと。」

 ですが、

「士長の『弐式』。結構深手だったようで、修理が終わるまで難しくなるかと。」

 そう応えた新田の言葉に、渋々といった具合に蓮人は頷いた。

「まぁ、そうだな。士長の『弐式』、あんなに深く損傷を受けるとは思わなかったぞ。」

「えぇ。この前、の人たちがやってきた時にはそんなに損傷受けませんでしたし、」

 それに、

「この前のどもがやってきた時。」

 ほら、

「一尉が突っ込んでって、一士が援護頑張ってた時ですよ。」

 あの時もあの時で、

「そんなに損傷は目立ちませんでしたけど、今回のは流石に目立ちましたね。」

 と言った新田の言葉に、まぁ、と蓮人は口にしながら、

「俺の『零式』は、お前らのより古いけど、一応、手は加えてるからな。」

「えっ?そうなんです?」

「おう。」

 そうでなきゃ、

「いくら何でも、『壱式』と『弐式』より古いのに隊長の俺がやってられないからな。」

 新田の疑問に、そう応えた蓮人の言葉に、


 ・・・・・・いや、それでも貴方は戦えてたじゃないですか。


 気でも狂ってるんじゃないか、と新田は蓮人の正気を疑うような目で見る。だが、蓮人はその視線に気にしていない様子で、

「・・・・・・で、新田。あの飛んできた矢があったろ?」

「矢?・・・・・・あぁ、そう言えば、ありましたね。それが?」

 話題を変える様に蓮人が言ったモノが一瞬分からなかったのか、新田は確認を取る様に蓮人に訊く。その疑問に頷きながら、

「あの矢、何処どこのヤツが使ってたんだろうな?」

「そりゃ、王国じゃない連中、例えば、帝国とか・・・・・・、」

 その疑問に、新田は何も考えずに応えようとして、

「・・・・・・まさか、一尉。あの現場に、がいたんじゃないか、って。」

 もしかして、

「そう考えてるんですか?」

 そう訊かれた蓮人は、果たして新田の疑問に頷いてみせた。

「まぁな。」

 とは言っても、

「この世界の連中は、まだ王国しか知らないから特に何も言えないんだが。」

「そうなんですよねぇ・・・・・・。」

 せめて、

「王国以外に交流が持てればいいんですが・・・・・・。」

 そう言葉にする新田に、蓮人は訝しげな視線を向けながら、

「それは、お前、アレか? 偵察の指揮を執ってる鬼島一尉に対する当てつけか?」

 自身に向けられる疑問に新田はあり得ないという様に慌てる様に両手を左右に振りながら、

「まさか!! いくら何でもそんなことは言ってませんよ、自分!!」

「・・・・・・ほんとか?」

 訝しげに見る蓮人に、新田は必死になって否定してくる。

 そんなことをしている二人に一つの声が掛けられる。

「あ、あの、ニイジマさん。今、お時間の程、よろしいでしょうか?」

 声がする方を見れば、先程の戦闘に巻き込まれる形になってしまった一国の王女という立場にあるセシルと、何故か何処か不満げな顔でこちらを見ている涼子の、二人の姿が見受けられた。

 一士より上官の早瀬は、ケガの有無諸共の確認で、今は不在になっている。

 そして、早瀬より上官である三島が彼女の案内に就いていないとなると、野崎や斎藤、あとは新田位しかいないのだが・・・・・・、新田はここにいるので除外するとして、

 ・・・・・・あいつら、さぼりやがったな。

 自分よりも下の人間に案内を任せるとは、一体どういう事か。それを小一時間以上問い詰めて、痛い思いをさせないといけないらしい。

 そんなことを考えている蓮人を内心悟ったのか、

「あの、一尉。王女殿下が、何か用事があると言っておりますが。」

 新田が、蓮人を現実に引き戻した。その言葉を聞いて、新田を一発殴ることにして、

「それで? 何か、用か?」

「えっ? いえ、あの・・・・・・、えっ?」

 話に関係がないであろう新田が、突然殴られたことに理解できない様にセシルは慌てるが、そんな彼女の様子に気にするなというように新田は彼女に片手を上げた。「じ、自分は、大丈夫。」

「・・・・・・だそうだ。」

「えっ。・・・・・・えぇ。」

 それでいいのだろうか、と言いたい顔をしながら、

「あの、ニイジマさん。先日、御聞きしそびれたことが一つありまして。早急にそれを確認した方がいいと思いまして、本日は無理を頼みました。お許しください。」

 腰を折って謝ろうとするセシルに、蓮人は降ろした腰を上げ、

「いや、悪いのは、君、じゃない。悪いの、こちら。自分、行かなかった。

 それ、悪い。謝ること、ない。」

「ですが・・・・・・。」

「だから、謝る、必要、ない。大丈夫。」

 そう言うと、なぁ?、と後ろを振り返りながら新田に、目で確認を取る。

 その目に、

「あ、ああ!! 謝る、必要、全然、ない!! 悪い、それ、こちら!!」

 蓮人と同じように立ち上がりながら、新田もセシルにそう言った。二人の言葉に、自分は悪くないのだと思ったのだろう、彼女は顔を上げた。

「そう・・・・・・、です?」

「・・・・・・悪くはないから大丈夫。」

 確認を取ろうとする彼女の疑問に話が進まないと思ったのか、涼子はぼそりと呟いた。その言葉に、蓮人や新田を含め、セシルも涼子を注視してしまう。が、それも一瞬のことで、

「で、聞きたかったことはですね。その、ニイジマさん。」

 貴方は、


「貴方は、王国の民を皆、手に掛けたのですか?」



 彼女の疑問に、蓮人を含め、三人は交互に顔を見合ってから、

「王女。少し、待て。」

 と言ってから、部下二人を集めてスクラムを組んだ。

「ちょっと待て。新田、俺に分かる様に言ってくれないか?」

「そうですね・・・・・・。多分ですが、王女殿下は、この前来た連中を一尉が皆殺しにしたんじゃないかと。そう思っているのでは?」

「えっ、でも待って。確か生存者いたよな?」

「いましたね。」

「でも、王国には返還してませんよね?」

「してない・・・・・・。この前もから、捕虜を増やしてどうするんだよ!!! って言われたばっかだし。」

「なら、いるって言った方がいいじゃないですか?」

「えっ、それ、俺が言うのか? 俺、言うの下手だぜ?」

「えっ、でも、ここで階級が上なの、鬼島一尉か一尉しかいませんよ?」

「そうだけどさぁ。片言でそれをどう言えばいいんだ?」

「そうは言いますが、それに関しては自分も上手くは・・・・・・。」

 と言ってから、二人は一瞬だけ涼子を見て、

「しょうがねぇ・・・・・・、か。分かった、フォロー頼むぞ、新田。」

「自分で出来る範囲しか出来ませんけど、それでよろしければ。」

 よし、と言って三人はスクラムを解いて、

「王女、誤解、ある。」

「誤解・・・・・・、ですか・・・・・・?」

 聞き返す様に言われた言葉に、蓮人は頷く。

「生きてる、人、いる。全員、皆、違う。そこ、間違ってる。」

「・・・・・・っ!!! 本当ですかっ!!!」

「本当、嘘、言わない。」

 そう言われたことに感極まった様に、

 セシルは蓮人の手を握ると何度も上下に振る。

 その彼女の反応に、新田は何とかなったことに安堵するようにため息を吐き、涼子はなんでそこまで感極まるのか、それが理解できないという様に首を傾げた。

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