第五話 少女の魂は闘争を欲す
夢を見ていた。
いや、夢というにはどうなのだろうか。何故なら、その夢は妙に現実染みた様に思えてしまったからだ。
しかし、数分前、あるいは数時間前までは起きていたのは憶えており、起きている間では見たことがない空間が目の前に広がっているとなれば、これは夢以外の何物でもないと、そう結論付けることが出来る。
辺りを見渡してみる。
そこが何処であるのかは全く分からないが、ガスに似たモノが目に映る。それを見て、ここは雲の上なんだな、と何処か納得した自分がいた。
何故納得したのか、それを説明するのは出来ないだろう。
ほぼ直感に似たモノで理解できただけであるのに、それを人に分かる様に説明しろと言われればまず不可能に近いからだ。
それに、先人の言葉でこんなものもあるのだ。
『考えるな、感じろ。』
その言葉の意味は違った意味があったのかもしれないが、今はその言葉が真実を突いていると考えられた。
それが何故かは分からなかったが。
と、そんなことを考えていると、
「どうした、レギンレイブ?」
背後から声を掛けられる。その声に、背後を振り返ると、一人の女性がいた。
記憶の中では名も知らない、見ず知らずの女性。金色に煌めく、流れるという言葉が合うであろう長い髪を背に流している。
外国人なのだろうが、国外に知り合いはいない。知り合いがいないが故に、名を知らないのは当然といえるのだが、口が、その言葉を紡ぎ出す。
「・・・・・ランドグリーズ。・・・・・他は?」
知らないと考えていた自身と違い、口から出された言葉に違和感を持つ。
・・・・・・・・違う、私の声じゃない。
身体は自身ではあるのだろう、少なくとも意識はあるのだから。しかし、目の前にいる女性、ランドグリーズと、自分は呼んだ。
となれば、知っていることになるのだろうが、記憶がない以上は思い出せもしないわけで。
脳内で疑問が渦を巻く。
そんなことを知らずに女性は、ランドグリーズは言葉を返す。
「いやなに。連中であれば、エインヘリアル達を迎えに行ってるだろうさ。」
ま、要するに、
「いつものことに、留守にしている。それが我々、
そう言うと、彼女は鼻で笑ってみせた。彼女のその態度に同調するように、口が動いた。
「ラーズグリーズが怒りそう。」
「全くだ。『貴様らの役目は選び、迎えることだろう!!!それに時間を掛けるとは貴様ら、分かっているのか!!!!』、とな。」
ランドグリーズの言葉を聞いて、口から笑みが零れる。
「違いない。」
違いないと言った返事を聞いて、彼女も同じことを思ったのだろう、同じく笑みを浮かべてみせる。
「ハハハ。・・・・・・・・だが、起こり得る
「・・・・・・・確かに。」
そう呟いて二人は互いから視線を外し、外に視線を向ける。目に映る光景は、実に静かで、荒々しいとは決して言い難いものであった。
だが、
二人は知っている。
この光景は、決して静かなモノではないことを。
口を開く。
「で、ランドグリーズ。」
「うん? どうした、レギンレイブ?」
少女の問いに、ランドグリーズは確認を取る様に聞き返す。その質問に、少女は、分かっているのになぜ訊くのかと、そうは言わずに、口元を歪めて答えた。
「私たち二人で、アレを相手する?」
目の前に映る巨大としか言いようのない影を見ながら少女は問いかけ、
その問いにランドグリーズも同じように口元を歪め答えた。
「二人しかいない以上は、そうなるだろうな。」
そう言うと、彼女は少女の方に顔を向け、その瞳に少女の姿を写した。
「手は抜くなよ、レギンレイブ。」
その目に映る姿を見て、少女は納得した。
自身とは異なる姿、自身のモノとは異なる声、そして、覚えのない内容の夢。
・・・・・・・いや、この場合は、
記憶だと、
そう言った方がいいだろう。
今まで経験のしたことがない記憶に戸惑いながら、少女は、いや、少女の意識を宿した異なる女性は、先程まで手にしていなかった得物を何処から出したのか、いつの間にか掴んでおり、ランドグリーズに笑ってみせ、
「そっちこそ。」
二人は、巨影が映る空へと身を投げていった。
「・・・・・・・・・最悪。」
今の気分を言葉で表すとすれば、正にそうだろうと思いながら、涼子は身体を起こしながら、そう呟いた。
夢を見るのであれば、出来ればもう少し鉄臭いものではなく、肌色が多いものが良いように感じる。例えばそう、自分の小隊長との口にするのも憚れる様な、嬉しくもあり、恥ずかしくもある、そんな夢であっても良いはずである。
それなのに、結局見れた夢と言えば、自分とは違う姿で、自分の記憶にはない女性と共に、血と肉を切り分けるだけの簡単な作業と言ってもおかしくない、作業的な戦い方をしている夢を見れただけだ。
そんな夢の何処に、嬉し恥ずかしい思いを抱けると言うのか。
そんなことを思いながら、横に置いてある机を見る。その上には、こちらに来る時に時間調節をした時計が置かれていた。
その時刻は、朝と言うには少し早く、夜と言うには遅すぎる、そんな時間が表示されていた。
こんな時間に起きていては二度寝をした時には、自衛隊で、いや、軍隊でお馴染みの『総員起こし』には間に合わないだろう。
見たいと思っていた夢を見ることは出来ず、起きようと思っていた時刻には起きれない。・・・・・・それを言ったら、早起きになれたのだから別にいい様な気がする。
・・・・・・仕方ない。
やれやれ、といったように肩を竦め、涼子はベッドから起き上がる。
ベッドに敷いてある布団を畳んで、左手に、腕時計に似た『デバイス』を巻いて、自室を後にする。
簡素としか言いようの出来ない廊下を、涼子は目的もなくただ歩く。
一応、拠点としては機能するだけまともではあるだろうが、寝泊まりに適しているかと訊かれれば首を振るざるを得ないことに、誰も不満の声を上げていないことに涼子は疑問に思う。
しかし、彼女たちの上官である新島が何も不満の声を上げない以上は、涼子たち部隊員が不満の声を上げるわけにはいかない。部下の不満は、指揮官の不満であり、指揮官の不満は、部隊全体の不満ということになる。
となれば、上官が零していない以上は、不満を零すべきではないだろう。そう思っているからこそ、誰も不満の声を出していない・・・・・・・・、と思いたい。
たぶん、
きっと、
メイビー。
だが、不満は吐き出さなければ、溜まる一方となる。
と言っても、一応、ストレス解消の相手に言葉が通じない、ただ人を襲うだけの存在、部隊員含め他の隊員がガラクタと呼んでいるあの化け物、『ベルセルク』。
涼子は何故かガラクタとは呼べずにいるので、『ベルセルク』と呼んでいる。いや、見た目は其処らの部品を張って付けたとしか形容できない身体をしているので、ガラクタと皆が呼ぶのは非常に頷けなくもない。
しかし、涼子は何故かそれは違うと思えて仕方なかった。
何処がどう違うのか、と訊かれれば説明が非常にしにくいのだが。
それでも、ガラクタと自身の部隊長もそう呼ぶのであれば、そうなのだろう。そうではないと涼子が思っていてもそれは変わることはないだろうから。
そんなことを思いながら、外に視線を向けると、
「・・・・・・・・・・? 新島一尉?」
何故か外で座っている自身の、部隊の指揮官である蓮人の姿が目に留まった。先ほども言った通り、今の時刻は夜にしては遅く、起きるにしては早い、そんな微妙な時間だ。
希望的観測で、推測するなら彼も涼子と同じく変な夢でも見て起きた可能性も、
・・・・・・いや、それはない。
脳裏に浮かんだ推察を、涼子はバサリと切り捨てる。そんな可愛い理由で起きる指揮官でないことはここ数日、この部隊で過ごした涼子には確実にないと断言できた。
夜間にも関わらず、施設科の人員を働かせ、挙句に果てには重機のブレーカーでひたすらに地面を叩き割らせるということをやっていたのだ。
ただでさえ五月蠅いブレーカーを、早いうちに地面深くの岩盤を砕くという理由で、夜のうちにやれと言ったのだ。
そんな血も涙もない彼が怖い夢を見て起きるという、子供の様に可愛い理由で、起きているわけがない。とすれば、他の理由で起きている可能性が高いだろう。
涼子はそう考え、他にヒントはないかと彼の周りを見る。・・・・・とは言っても、ここからでは距離があって、良く分からない。
だったら、と涼子は考え、足を進める。
「新島一尉。」
そう背後から掛けられた声に、蓮人は頭を上げて振り返る。そこにいたのは、部隊内で一番若い隊員であり、
「・・・・・・ああ、どうした、木原一士? こんな時間に起きてるなんて珍しいな。」
もしかして、
「変な夢でも見て起きたのか?」
冗談を言うように訊いた蓮人の言葉に対し、涼子は何も答えずに、
「・・・・・・一等陸尉の方こそ、こんな夜分遅くに何をしているので? 総員起こしが掛けられる時間にはまだ余裕がありますが。」
顔をほぼ動かすことなく蓮人に疑問の声を投げかける。その反応から、
・・・・・・あぁ、そういうことね。
蓮人は全てを察した。今の今まで涼子は蓮人の事を一尉と呼びはすれども、一等陸尉と呼んだことはない。というよりも、一等陸尉と階級を呼ぶ者はいるはずもなく、ほとんどの自衛隊員が略称で呼ぶ。
蓮人が涼子を呼ぶのなら、一等陸士ではなく、木原一士と呼ぶように、だ。
にも関わらず、略称を使わずに呼ぶということは、つまりは『あまり深くは訊くな』、と。
そう言っていると同じであり、つまりは、そういうことなのだろう。
それを理解した蓮人は話の流れを戻す様に、涼子の疑問に答える。
「・・・・・・いやなに。最近ロクな整備をしてなかったと思ってな。」
まぁ、
「きちんと整備するならいっその事、夜のうちに『オーバーホール』をした方が早いと思ったんだな、これが。」
そう言って、ほれ、と涼子に見せる様に手元を広げる。そこには外装を外された『強化外骨格 零式』と、細かく内部を見るために用意されたであろう工具類と、交換するために準備したであろう部品の数々があった。
それを見て、涼子はただ一言、
「一尉。整備であれば、全員が揃った時にでもよろしいのでは?」
そう小官は愚考しますが、と言外で呟くのを、承知の上でという様に、蓮人は頷いてみせ、
「確かに、その方がいいだろうな。」
「であれば・・・・・・、」
言葉を続けようとした涼子を片手を上げることで黙らせて蓮人は、いいか、と前置きをする。
「全員が全員、整備している間、動けるのは誰かいるか? うん?」
と逆に訊いてみせる。
その問いに、しかし、涼子は答えることが出来ずに黙ってしまう。その様子を見て、蓮人は微笑む様に顔を和らげてから言った。
「ま、普通科なり、特科なり、あるいは戦車連中なりと動けるヤツはいるが、機動力だと物足りないからな。それだったら、誰か動けるヤツがいた方がいいだろ。」
そう答えた言葉に、涼子は、
「・・・・・・であれば、」
と続け、彼の隣に座り、『デバイス』を調節するように操作し、直後、彼女の目の前に、『弐式』が現れる。
「自分も一緒にやりましょう。・・・・・・一人だけの前衛では抑えようにも抑えるのは難しいかと。」
とすれば、
「後衛の援護は必須と、そう判断します。」
なので、
「整備点検、付き合わせてもらいますよ、一尉。」
顔の表情を変えずにそう言ってみせた涼子に、蓮人は口元を綻ばせ、言葉を返す。
「悪いな、一士。」
「・・・・・・・お気になさらず。」
一緒に入れるということを嬉しく思い、涼子は心の中で乱舞する。だが、表に出しては非常に不謹慎極まりないので、表情を動かさない様にしていた。
・・・・・・なに、嬉しくなってるんだ、一士は?
そんなことを知らない蓮人は、ほぼ無表情であっても、涼子の喜びを察していたのだった。外に出さない様にしているので、蓮人は指摘しない方がいいんだろうな、と内心思うことにした。
しかし、装甲を剥がし、各部品を外していくまでの速さが、着任してから数か月の新人隊員の見せるそれではなく、着任してから早二年以上の熟練隊員を思わせるモノであった。
その為、蓮人は彼女の動作を見るのに作業の手を止めてしまう程、夢中に眺めていたのだが、蓮人の視線に何を思ったのか、涼子は急に動きを止め、
「・・・・あの、一尉。その・・・・、ずっと見られるとやりにくいんですが。」
「・・・・・・えっ? あ、ああ、すまん。悪かった。」
「・・・・・・いえ、気にしてませんので、お気になさらず。」
そう言うと、涼子は作業の手を動かし、蓮人もようやく作業を再開するのだが。
再開してから、一分経たずに、
・・・・・・あれ? さっき一士、気にしてるみたいなこと言ってたのに、今、気にしてないって、言ったよな? あれ? それってつまりどういうことなの?
涼子が言っていた台詞に首を傾げたのであった。
しかし、作業を止めた手前、改めて作業を止めて
そうして、作業に意識を向けていると、蓮人は隣から視線を感じた。更には、先程まで聞こえていた作業の音が、自分のモノしか聞こえなくなっていることに、蓮人は違和感を感じた。
いや、いくら熟練した者でも一から分解して、整備点検するとなると、たった数分という、ほんの僅かの時間で作業が終わるはずがない。
となると、彼女も先程の蓮人と同じく、作業の手を止めている可能性はなくはない。しかし、そうなればなぜ彼女が、蓮人の作業を見ているのかと、そういう疑問が出てくる。
蓮人が使う『零式』は、涼子から言ってみれば、時代に取り残された旧式でしかない。そんなモノを見て、勉強になるとは思えないと考えそうになって、脳裏に浮かんだその考えを否定した。
・・・・・・それを言ったら、柳原特尉のは何世代前になるんだって話だよな・・・・・・。
本国、日本防衛の為に動きやすくしている部隊の隊長をしている知り合いのことを、蓮人は思い出した。
『強化外骨格』の基礎フレーム、いや、基礎概念を自衛隊という組織に十分使えるモノだと、それを示すために作られた部隊、その隊長を務める自身の先輩である人物のことを思い出す。
特尉とは言っても、蓮人より二階級下の三等陸尉の頭に『特務』という二文字が付いただけではある。・・・・・ただ、こちらに来るよりずいぶんと前のことで最初に出会った以降は会ってはいないので、今の階級は分からないが。
その実力はかなりのモノで、日本の『強化外骨格研究所』にある実働試験場の場で、たった一人で当時最新鋭だった『零式』を装備した二十名の隊員を、僅か数分の内に無力化してみせたのだ。
・・・・・・あの人、一人だけで無力化するからなぁ・・・・・・。
そうしたこともあって、本国から離れていようとも、蓮人は心配することなく、安心することが出来たのだ。他国からの侵略行為があろうとも、柳原という切り札を持っている限り、日本は侵略されることはない、と。
・・・・・・それに、
それに、と付け加える様に、蓮人は考える。
もしも仮に、柳原が動けなくとも、『強化外骨格』を使える者はいるし、最悪の場合は、同期の林原がいる。今では、補給に回ってはいるが、元を正せば林原も蓮人と同じく『零式』の適合者であり、保有者だ。
そう考えれば、問題はない様に思えるのだが、如何せん心配性だからか、何故か気にかけてしまう。
と、そんなことを考えているうちに、最後の確認作業が終わり、蓮人は『零式』の装甲を取り付け、左腕に巻いた『デバイス』に言った。
「『レイ』、システムチェック。問題ないか?」
『レディ。チェックスタート、お待ちを。』
という声が聞こえるか、聞こえないかという絶妙なタイミングで、『零式』の瞳が点灯し、光をそのまま足先に向ける様に、上から下へ落ちていく。そして、光が指先に到達すると、
『
そう応えてみせた。その言葉に、ホッと内心で胸を撫で下ろしながら、口にする。
「
『レディ。』
蓮人の声に、『デバイス』が返事をした途端に、それまで目の前にあった『零式』が光に包まれ、その姿を消した。その光景を見届けて、蓮人は立ち上がる。
そして、隣に視線を送ると、涼子もちょうど調整が終わったのか、『弐式』を収納し、蓮人と並ぶように立ち上がった。隣にして分かったが、涼子の身長が低いのもあってか蓮人の肩位に彼女の頭、そのてっぺんが並ぶ様で、ちょうど頭一個分の身長がある様に思えた。
まぁ、
身長が大きかろうが、小さかろうが、その点は関係がなく、弾を撃ちだす
そう言った意味では、涼子の
援護可能の射撃地点に来るまで、それほど時間は掛かっていなかったと記憶している。・・・・・・まぁ、この前はこの前で特科と戦車隊の火力支援の中を進んでいたために、部隊の展開にも時間が掛かったりしていたので、そこに時間が云々というのはおかしな話ではあるのだが。
だが、と蓮人は考える。
移動までの時間は掛からないとしても、狙撃の腕は部隊の中ではダントツだろう。
部隊にいるのが長い自身を含め、野崎や新田、斎藤等といった次官クラスの者達でも、接近してくる槍の柄、刃元に当て無力化するなど出来るだろうかと、そう
日本刀などの得物全般に言えることだが、事前に刃が向かう先を予測することはほぼ不可能に近い。何故なら、まず誰でも知っていることだが始まりとなる始点があり、そこから運動の終わりとなる終点に着くまで、それが運動と作用するわけだ。
そこを如何に力を乗せ、相手を両断するか、それだけを研究し尽くして生まれたのが近接戦闘での最速の速度を生んだ抜刀術が出来る日本刀なのだが、必ずしも得物は直線で進むものではなく、曲線で進むものもある。
更には、動きを前後に押し引きを可能とするモノもあるのだ。あの時は西洋剣の類は少なかったと記憶している。多かったのは、槍などの長い得物だ。
槍ならば、前後に動かすことも出来るし、上下左右に動かすことも出来る。さらに言ってしまえば、手元を引いてその衝撃を生かし足などで相手を飛ばすことも出来る。武器としては、これほどとないと言えるであろう、何でもできる最高の武器だと言えるだろう。
その動きを読んで無力化するなど、普通は出来るはずがないのだ。
そう、
普通は。
戦いに慣れてはいない一般人がやろうと思えば、まずは出来ないだろう。蓮人はまず出来ないし、野崎や新田、斎藤、更にはまだ新人の三島、早瀬といった者達も出来るとは断言できない。林原は、・・・・・・予測などは出来るだろうが、完全に予測し、見切ることは出来ないと考える。
そう言った意味では柳原であればどうだろうと考えようとして、蓮人は考えるのをやめた。彼は彼で、武器を破壊し無力化云々などを考えるより、武力でいかに早く相手を潰すか、その一点を考えるだろう。事実、蓮人たちが無力化された時に、彼は何もせずに、ただ勢いに任せ突っ込んできたのだ。
その演習が終わった後に何故突っ込んできたのかを訊いた時に、彼はさも当たり前だというのに、こう答えたのだ。
『だって、突っ込んだ方が早いじゃん。』
何言ってるんだお前、という表情でそう言われた時には、蓮人は何も言い返すことが出来ずにただ茫然となった覚えがある。・・・・・・まぁ、『強化外骨格』自体が生存率を高めるために、小さな戦場で行なわれる局地での激戦、『
短時間、戦争でもない戦闘と呼ぶに等しい短い時間での戦闘においては、一々相手の人数や武装を確認するより、突っ込んだ方が何をするよりも早い。
武装を確認し、戦力を想定し、戦力を用意する。
それだけでも時間は掛かるのだ。そこに更に金勘定などをしていれば、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。国は違えど、こういった言葉がある。
『
拙速とは『つたなくとも速いこと』を指しており、巧遅とは『たくみでも遅い』ということを指している。つまりは、完璧ではなくとも『仕事が早い』ことに越したことはないということなのだが、柳原が言いたかったのはそういうことなのだろうと、蓮人は結論付けることにした。
閑話休題。
とするのであれば、
・・・・・・一々考えない方がいいだろうな、これは。
と蓮人は考える。
涼子が普通だろうが、普通でなかろうが、それは大したことではない。問題なのは彼女が使えるか、使えないか。そして、自身がそんな彼女を部隊でどう使おうか、そう思っている事であろう。
となれば、狙撃の腕が高い
彼女ほどの好物件は、早々に見つけようと思ってもまず見つからないと考えるべきだろう。
・・・・・・と考えるなら、
蓮人はわざとらしく咳払いをして、涼子を見る。
「木原一士。」
「・・・・・・? なんでしょうか、新島一尉?」
蓮人が何を考えて、咳払いなどをしているのか、それが分からないという様に涼子は首を傾げ、言葉を待つ。彼女の様子は指示を待っている様な犬を思わせるモノであり、その事に蓮人は一瞬吹き出しそうになって、我慢して息を抑えるために、深く呼吸をする様に深呼吸した。
そして、息が整うと、改めて彼女の方に顔を向ける。
「・・・・・・、木原一士。」
「なんでしょうか、新島一尉?」
改まって訊いてきた蓮人に対し、涼子は表情も態度も換えずに応える。その対応に感心しながら、彼女に言った。
「今更言うのもアレなんだが・・・・・・、まぁ、よろしく頼む。部隊内で援護を頼まれる回数が多くて嫌になるとは思うが、一士以外に頼りになるのがいなくてな。だけどあんまり要請が多い様だったら言ってくれ。俺から減らす様に言っておく。」
「・・・・・・っ!!!!・・・・・・、いいえ、一尉。お気になさらず。
わた・・・・・、自分は気にしておりませんので。」
気にしていないという涼子に、蓮人は不安を感じた。不満があれども、それを気にしてないからなかったものにしていい、とそういう事ではないだろう。それにここは本国、日本ではなく地球とは異なる世界、異世界だ。
気にしてないから大丈夫だと、そういうことはあり得ない。体調の変化は自分が理解してるから多少の無理をしても大丈夫だと、そう言っているのと同じだ。普段とは異なる環境で体調の変化を感じないわけがない。
涼子の対応が、本当に気にしないほどの大したことではなくとも、それが今だけか、それとも前からか、それは理解できないが、少なくとも部隊長である蓮人が気にしてなくてもいいことにはならないだろう。
・・・・・・俺の方から一士が無理をしてないか、探る必要があるな。
となると、同じ女性の三島辺りに探りを入れた方がいいか、と蓮人は、考えていた。
それから暫く周辺の哨戒と、点検した『零式』、『弐式』が問題なく動くかどうかの確認を含め、前線基地の哨戒任務に就いた蓮人と涼子であったが、特にこれといった問題も起こらなかった。
その為、起床ラッパが鳴った時に哨戒を解き、朝食を摂るために食堂にやって来たのだが、
「・・・・・・・あっ、一尉!!! 何処にいたんですか!!! 起床時間過ぎても出てこなかったのでまさか自分だけお帰りになられたんじゃないかって、皆言ってたんですよ!!!」
蓮人の姿を見つけた三島がそう言いながら、駆け寄って来る。その背に野崎たちが反論する。
「ちょ!!! おい待て、曹長!!! お前だって言ってたじゃないか!!! 『まさか、あの人、異世界に来ても特にムフフなイベントが起きないから私たちを見捨てて、帰られたんじゃ・・・・・』、とかそんなこと言ってたろ!!!」
「そうだ、そうだ!!! 一人だけ『私知りませーん、あの人たちが勝手に言ってましたー』、とかそういうの卑怯だぞ、お前!!!」
「正直言えば、人外キャラとイチャコラできるんじゃないかって思ってたけど、そんなこと起きないから、一尉と同じく帰りたいとか思ってるやつだっているんだぞ!!!」
約一名、自分の欲求を素直に叫んでいるのがいるが、蓮人はあえて気にしないことにして、言う。
「大丈夫だ。そんなことでお前らを見捨てて、帰ったりしないさ。」
「本当ですか、一尉?」
隣にいた涼子が蓮人を見上げる様に、訊いてくる。その彼女の言葉に、
「当たり前だ。一人だけ帰るわけがないだろ。」
と応えながら、胸中で、
・・・・・・ま、そんなことしたら特尉に何されるか分からないしな。
と呟く。御殿場の富士演習場勤務だとは言え、もしかしなくても、古巣に戻され、あの上官に可愛がりという名の地獄のしごきを受けるのは明白だと言えよう。
或いは、他の実験にモルモットとして消費されるか。
日本は憲法九条がある限り、自分から戦争を仕掛けることは出来ないが、来るであろうそれに備えて、準備することは出来る。
『強化外骨格』装着者との戦闘になった場合にどの兵装をどうやって使うか、或いは、有効な攻撃方法はどんなものがあるか。
研究と称すれば、どんなことでも出来る。
それが日本という牙を抜かれた国が、必要だと選んだ手段だとしても。とは言っても、今は蓮人一人で戻る理由も何もない。
であれば帰る必要もないのだが、それを知らない者には心配させることになってしまったらしい。
それを詫びるために、蓮人は近付いて来た三島の身体を脇に退かして静かに歩いて行き、頭を下げる。
「すまん。心配をかけた。」
「一尉・・・・・・っ?!」
「顔、顔上げて下さい!」
「・・・・・まぁ、少し妬けましたけど、別に怒ってるわけじゃ・・・・・。」
約一名、気になる言葉を呟くが、蓮人は再びあえて気にしないことにして顔を上げる。
「まぁ、なんだ。取り敢えず、飯にするか。・・・・・・・流石に
なぁ?、と確認するように隣にいた涼子に声を掛ける。その声に、涼子は頷いて、
「一応、周囲の安全と装備の確認は済ませたので、自分と一尉は問題ありません。」
「・・・・・・えっ? 二人で先にやってきたので?」
涼子の言葉に疑問を抱いたであろう、脇に退かされ戻って来た三島は上官である蓮人に問う。その疑問に頷きながら、
「まぁな。・・・・・・そうそう、お前ら知らないだろうが、一士の整備の腕は相当なモノだぞ? 試験隊にいた俺よりも早くに終わらせたんだ。俺より遅くに来たのにも関わらず、な。」
「ハッハッハッ! これまたご冗談を!! 試験隊と言えば、自分たちよりも前期で、今は解体された部隊じゃないですか。そこにいた一尉よりも早い新人なんて聞いたことが・・・・・・。」
冗談だという野崎に、蓮人は指摘する。
「野崎。お前、同じことを若い連中に言えるか? 狙撃で誰も一士に勝てなかったって言うのに?」
「・・・・・・一尉。一応、確認で訊きますが、その話、盛ってませんよね?」
嘘ではないかと疑う野崎に、蓮人は、
「だったら、今度、部隊全員で『オーバーホール』大会でもやるか? 誰が一番終えるのが早いのか?、ってな。その方が分かりやすいだろ?」
と聞き返してみた。その言葉を聞いて、野崎は頬を引き攣らせるのを横目で見ながら、彼の後ろにいた斎藤に声を掛ける。
「あとな、斎藤。お前が『人外スキー』だってのは分かったから、他のヤツの言葉に文句を乗せるな。」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!? なんで自分が『人外スキー』だって分かったんですか、一尉!!! まさか、エスパーですか!!!!」
「ちげぇよ。お前、自分で言ってたろうが。」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!!!!」
そんな馬鹿な、という様に度外視な反応を見せる斎藤から視線を外し、会話に入ろうとしてこない新田を見て、
「新田。早瀬はどこ行った? 今朝、倉庫見たら
と訊く。その疑問に、
「士長ですか? 士長でしたら、何やら話があるので迎えに来て欲しいと言われたので、王女様を迎えに行きましたよ。」
と答える。その解答に疑問を抱いた蓮人は、まさかという疑念を抱きながら問いかける。
「・・・・・・一人でか?」
「まさか。斎藤と自分とこの分隊から二人、付けましたよ。流石に一人で行かせられません。道中にはあのガラクタどもがうじゃうじゃいますし。」
「そのうじゃうじゃの十倍近くはいそうだがな。」
新田の言葉に、皮肉交じりの冗談を蓮人は言葉にする。その直後、隣から「うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ。」と何処か呪詛に似た言葉が聞こえてきたが、指摘することを放棄することにして朝食を摂るために、列後ろに並ぶ。
その背に続く様に、次官の二尉である野崎、新田、斎藤と続き、三島の後ろに数名が続いた。・・・・・・何故か二等陸尉という次官ではない一等陸士にも関わらず、蓮人の後ろに涼子が続いていたが。
しかし、誰もそれを指摘しようとはせず、トレーを受け取って、調理された食材が乗った食器を受け取り、席に着こうかとした時。
一瞬ではあったが、その場にいた蓮人を除く全員が、
・・・・・・あれ? なんで一士が、一尉の隣の席にいるんだ?
と疑問を抱いた。
そして、その疑問を口にするよりも前に、その事を気にしないといった様子で、席に着いた蓮人に続いて涼子が着いたこと、それに対して蓮人が何も言わなかったことに対して、
・・・・・・ツッコんだらいけない奴だ、これ。
と事態を察した全員が何も言わずに席に着いた。それから数分間、誰も何も発することなく、食事が進んでいた。
しかし、全てが何事もなく終わるわけもなく。
突如として、
『緊急警報、緊急警報。0730時、当基地警戒に当たっていた分隊より連絡。こちらに向かっていた
そう言ったアナウンスの言葉に、蓮人は一瞬眉を顰める。
「
蓮人の言葉を聞いて他の数人が頷き、駆け足で倉庫に向かって行った。
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