第四話 ちょっと本気を出す(土木的な意味で)
「よし、施設科!やっちまえ!」
『了解だ。・・・・・・・・・手荒くいくぞ。ちょいと離れてろよ?』
エルキミア王国内のとある一角。
普段は農民や市民たちが出歩くその一角では、普段見られることがない重機たちのエンジン音と黒い排気で満ち溢れていた。小隊の小隊長である
「一尉。ほんとにいいんですか?上の指示はまだ出てませんが。」
蓮人の部下である
「一応、指示は貰ってる。『やりたいようにやれ』、だそうだ。」
「それ、指示じゃないんじゃ・・・・・・・・。」
「ブレーカー、何やってるんだ!叩き壊せ!」
『本当に叩いちまって良いのかよ、一尉?』
「許可は貰っている。」
『・・・・・・・・・・知らないぞ・・・・・・。』
重機に取り付けられた先端部が丸く尖っている『ブレーカー』が道にはめられた石に表面を当て、叩き壊すように周囲に騒音が響き渡る。その騒音は蓮人や新田の耳にまで届く。
「一尉。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「一尉!」
「あっ!?どうしたっ!?」
重機の動きを見ていた蓮人は背後から呼ばれた声に全く反応は出来なかったのだが、無視されたと思ったのか、今度は大声で蓮人を呼んだ。呼ばれた声に蓮人は振り返る。すると、そこにいたのは
「王城からの視察団の方があちらにいます!」
そう言うと、三島は自身の背後を指差した。蓮人は彼女から視線を離し指差された方を見る。いかにも中世的な鎧で身を包んだ連中に交じって、鎧を纏わず、いかにも上級階級の人間であると言い表しているかのような服装をしている女性と彼女よりかは階級は低いであろう服装をしている少女がいた。やれやれ困ったもんだ、と蓮人は軽く肩をすくめる。
「了解だ!付近を警戒しておけ!」
「了解です、一尉!」
蓮人は三島にそう指示を出すと、その一団の方へと足を向ける。足を向け、そちらに歩いていこうとする蓮人に女性は気が付いたような仕草をする。女性の近くにいた少女には蓮人が誰であるのかが分からないため、気が付いていなかった様だが。
「これは、セシル王女。ご機嫌、如何か?」
「ニイジマさん。これは一体なんですか?」
太陽の光に照らされて煌めく長い銀色の髪をしているセシル・エルキミアだった。セシルの近くにいる少女は誰であるかは蓮人には分からなかったので、少女の方へは反応しなかった。セシルが連れてきたということは、たぶん知り合いであろう。
「ちょっとした、改修です。」
「改修ですか?」
「ええ。」
蓮人はセシルの言葉に軽く同意し、頷く。
「自衛隊の、倉庫と、宿舎に、試射場。広いには、広いけど、狭い。だから、改修する。意見は?」
「いえ、ありません。ありませんが・・・・・・・・狭い、ですか?広いように思いましたけど。」
「いや、狭い。」
普通の倉庫と呼べそうな平屋はあった。あったのだが、銃器やら各種の車両を入れるほどの大きさの倉庫はなかった。そうなると、改修してスペースを確保するしない。
幸いにもそれほど大きな建物は建ってはいないので、広げるだけであればさそど時間は掛からないだろうと思われる。と言っても、一時間や二時間といった短い時間では終わらないであろうが。
「ここの、改修する広さ、に意見でも?」
「・・・・・・・えっ。いえいえ、意見することなど。ここは貴方方、ジエイタイに譲るとなっております。私から意見することはありません。あるとすれば、父でしょう。」
「・・・・・・・・・・成る程。」
限られたスペースをどうしようとも意見せず、ただ見ているだけということはそれ相応の信頼がされているということであろう。まぁ、そこまで変に改修するはないし、改修しようにも材料は限られている。幸いにも林原の補給隊は定期的に来る予定だ。ある程度、纏まったときにでも言っても、良いだろう。
そう蓮人は呑気に考えていた。
注文でもすれば、査問会なりに呼ばれそうだが、そうであれば、前回林原が用意してくれた、
ただ必要だからだと思った、とただそれだけの理由で蓮人たちに用意できるはずはない。たぶん、あれこれ言って上からの質問なりを
彼女に大きな借りを作ってしまったと蓮人は思うが、彼女のこうした努力がなければ、門の外、こちら側で活動している『普通科』や『特科』、蓮人たち『強化武装特科』に、『戦車隊』の面々は食糧不足などで飢え死にしていたかもしれない。
まぁ、同期だからというただそれだけの理由だけで動いてくれるわけがないのだが、林原に言っておけばどうにかなるだろうと蓮人は思っていた。
そう思いながらも、何を作って何が必要か、といったものを蓮人は脳内で考える。
武装については、こちらに来る際に持ってきた64式7.62㎜小銃に、林原が持ってきた89式5.56㎜小銃がある。銃に合った弾は少ないが、当面は工夫すれば、どうにかなるだろう。
幸いにも、『強化武装特科』の『強化外骨格』には『ボルトアンカー』という省エネの武装がある。その省エネの武装もこちらにとっては省エネではないのだが。自分たちの命をカウントしないのであれば、電気バッテリーから電気を補充すれば、問題はない。・・・・・・ただ、その有効範囲がほぼゼロというのが問題点であるが。
そう考えると、蓮人の口からため息が出る。96
しかし、上は世論を味方にするべく、出来る限りは殺すなと無理極まりない命令を出してきた。一体何を考えてるんだ、と『強化武装特科』の小隊員は思ったであろう。実際に蓮人もそう思ったのだから、他のメンバーも思っているはずだ。
『強化外骨格』も無敵ではない。銃弾に耐えられるだけの装甲を持ち、高い機動性を兼ね備えた武装は何か?というただ単なるそれだけの疑問に『強化外骨格』という一つの答えを提示しただけでしかない。
蓮人が使用している『強化外骨格零式』はその名の通り、試作機として作られ渡された武装であり、同盟国アメリカが研究したデータを元に『パワード・スーツ』として作られたのが、野崎たちが使用する『強化外骨格壱式』である。そのため、純国産と言える『強化外骨格』は、『強化武装特科』の小隊内で蓮人が使用する『強化外骨格零式』のたった一機しかない。
三島や早瀬などが使っている『強化外骨格弐式』はアメリカからの『パワード・スーツ』を日本流にアレンジした改良型なので、アメリカ生まれ日本育ちという変な肩書が付くのだが・・・・・・。
そういう意味では、日本で生まれた『強化外骨格』がアメリカに渡り『パワード・スーツ』として育ったのが再び日本で『強化外骨格』として生まれたというなんだか分かりにくい状態になってしまうのだが、それでも、単に銃弾に耐えられるだけであり、戦車などの砲弾やミサイルなどに耐えれるわけではない代物ではない。面倒なことに、上はその点を考えていない節がある。
その事実に厄介だな、と蓮人は思ってしまう。
補給しなくても戦える兵士など存在はしない。そんな便利なモノは人間としてではなく、兵器として改造された人間だけだろう。そんなモノはゲームの中だけの話であり、現実としてはありえないのだ。
「・・・・・・・・では、何か、用事が?」
「はい。ジエイタイの方々が何やら動かれているので様子を、と。」
「・・・・・・・・・・成る程。」
セシルの言葉を聞いて、まぁ、そんなことだろうな、と蓮人は納得した。自衛隊はこちらにとっては敵であり、味方ではない。
それに、味方になったと言っても、自衛隊の、日本の配下に入っただけの話であり、対等な立場でなったわけではないのだ。自国の領地に入ってきて、何かあれば手を貸すと言っても、何もしない場合も考えられる。信頼などまだ出来ていないにも等しいのだ。
難しいな、と蓮人は考える。そう考えていた蓮人に背後から誰かが近づいてくる。誰であろうか、と思い、蓮人は背後を振り向く。
「野崎か。」
「はい、自分です。一尉、大型車両三台、こちらに入れても?」
「あぁ。」
「了解、全車入れ!」
『了解だ。』
通信機を持った
そう思って、重機の各種アタッチメントに重油がたんまり入ったドラム缶をこちらにあるだけ持ってこいと指示した上で、建設に使えそうなモノ、出来るだけ頑丈そうなモノで余っているモノを持ってこいと言ったのだが、かなり短い時間で集まったものだ。
それも、念のためにあえて余剰分を置いていった林原の気遣いがあるからできることなのだが。そう考えると、彼女には世話になりっぱなしだと思える。
困ったものだと蓮人は感じていた。
トラックの荷台から無骨なデザインの鉄骨なりをアームで掴んで地面に下すといった施設科の自衛官たちの作業を見ていた蓮人だったが、ふと確認したいことがあり、図面を臨時の指揮所として建てたテントの中で広げて見ていた。
図面には目の前に建っている建物の大雑把な図面とどの様に改良を加えるのかが書き加えられてあった。
その大雑把な図面を蓮人の後ろからセシルは覗き込むと、驚きの声を出す。
「まぁ!」
「な、なんだっ!」
セシルの声に驚いた蓮人は懐から拳銃を抜くと背後にいるセシルの頭に振り向くと同時にゼロ距離で構えた。蓮人の動作に驚いたセシルのお連れの連中は剣に手を伸ばし、蓮人の部下たちは一斉にデバイスを構える。
「ま、待ってください!私です、ニイジマさん!」
「・・・・・・・・・・そうか。すまない。」
セシルの謝罪の言葉を聞いて、蓮人は拳銃を二、三回器用に回すと、ホルダーの中に収める。蓮人の動きを見て、お供達も伸ばした手を剣から外し、部下たちも構えを解く。
「それで、失礼を承知でお訊きしますが、それは?」
そう言ってセシルが指差すのは蓮人が大雑把な建物の図面であった。
「図面、・・・・・・・・と言えば、分かるか?」
「建築物を建てる際に見る、あの?」
「そう、だ。」
セシルは蓮人の言葉を聞いて驚いた表情で図面を見るが、蓮人はそんなセシルの様子を見て、こんな大雑把な図面で驚くのか、と日本とこちらの文化レベルの差を感じていた。
まぁ、大雑把と言っても、どこがどれくらいの長さがあって、どんなものがどれくらいの長さで必要かを明白に事細かく記しているのだが。
蓮人からしてみれば大雑把にも程があるだろう、と思える図面なのだが、セシルにとってはこれ以上もない程の明白な資料であった。
「あの訊いてもよろしいでしょうか?」
「質問に、よる。」
「あっはい。えっと、このスペースはどこになるのでしょう?」
そう訊いたセシルは図面の建物の下に当たる部分を指差していた。
「地下だ。」
「えっ。」
「地下に、なる。」
地下だと言った蓮人の言葉にセシルは驚きの声を出す。
「えっと、地下と言いましたが、それは一体どこになるのでしょうか?」
「下。・・・・・・地面の、下だ。」
「地面の・・・・・・・下、ですか?」
「そうだ。」
なるほど?と分かったのか分からないのか曖昧な返事をするセシルに、蓮人は地下も知らないとかやべぇな、と思っていた。
地下に建造物を作るのは日本人の
それに、地下に作ると言ってピンと来るのは全世界を探しても日本人くらいなもので他の民族や人たちに訊いてもピンと来るとは決して言い難い。
なので、このセシルの反応は間違ってもなくないのだが、蓮人にとっては、王国の将来に少し不安を感じるものがあった。
「えっと、ではこちらは?」
そうセシルは外に作る予定のシリンダー式車両収納倉庫を指差した。
「外だ。」
「・・・・・・外、ですか?」
「そうだ。」
「ですが、こちらにもこれと同じように下にもあるように見えますよ?」
「地下にも、作る、予定だ。」
「こちらも、ですか?」
「そうだ。」
セシルの質問に何言っているんだ、こいつは、というように蓮人はセシルの顔を見て言った。その蓮人の答えにセシルは少し絶句したような顔をする。
「では、これらが完成するまでに一年以上は掛かりますね。」
「いや、一か月、一週間、だろう。」
「えっ?」
「えっ?」
蓮人の言葉にセシルは驚き、セシルの驚きに蓮人は驚いた。
蓮人にとっては一日では終わらないから、まぁ、一週間か、あるいは一か月そこらで出来るだろう、と思って言ったのだが、セシルは蓮人の言葉を聞いてそれほど短時間に済むはずはないと思ってのことであった。
この認識の差もこちらとあちらの世界の認識の差から生まれたのだが、今の二人にはよく分からなかった。
「ってことがあったんだが、分かるか、曹長?」
「あ~、もしかすると、文明の差ではないかと思われますが。」
宿舎に戻った蓮人は夕食を摂ろとしていた三島の隣の席に座ると、日中に起きた出来事を三島に話していた。
三島は蓮人の言葉を自分なりに噛み砕いて理解すると、どう言ったものかと自分なりに出力した言葉を分かりやすいように蓮人に言った。
「文明の差って言ってもな。」
「捕虜の返還についての件ではなく、地下について訊いてくるのがその証拠だと思われますが。」
「そうかねぇ~。」
頭を掻きながら、蓮人は自身の意見を言った。
「それで、王女からはそれだけで終わったので?」
「・・・・・・うん?あぁ、そうだ。それだけだ。」
「そうですか。・・・・・・・・ですが、捕虜の件については上も相当困っているみたいですよ?」
「困ってる?」
「えぇ。『いくらなんでも多すぎる!少しは量を減らせ!』だそうです。」
「ハッ、殺すなって言われて加減したら、殺せってか。・・・・・世論を気にしすぎだってな。」
「全くです。」
蓮人の言葉に三島は賛成だと言う様に、後ろに縛っている髪を揺らして頷いた。上の指示で、
「それで、話は戻りますが、新居の方はうまくいってます?」
「あぁ。早くて一週間。長くて一か月ってとこだな。施設科の連中曰く、『埋め込んでるとこの石が固くてブレーカーでも砕くのに時間が掛かる』だそうだ。」
「ブレーカーで砕くのに時間が、ですか。一体どうなっているんですか。」
「全くだ。だが、砕けないわけじゃない。」
「そのせいで時間が掛かってちゃ、問題ある様に思いますけど。」
「だが、砕けるのはブレーカーしかない。それともバケツでやるか?」
「余計に時間が掛かるじゃないですか。」
「そういうことだ。気長に待つしかない。」
そう言うと、蓮人は話すのをやめて、夕食に意識を向けたのであった。
「早くて一週間だと!?それは誠か!?」
「はい、お父様。ニイジマ様がおっしゃった言葉を言うならそうなります。」
「はっはっは・・・・・・。改修に一週間・・・・・・・、それも建物は変えずに広さを確保して、だと・・・・・・・?
冗談にしか聞こえんぞ・・・・。」
セシルの言葉にカロアは驚きのあまりに言葉をなくした様に言う。
そんな様子を知ったことではないというように外からはあの地面を叩く甲高い音が王城にいる二人の耳に届く。
「この音はなんだ・・・・・・・?悪魔か・・・・・、それともベルセルクの音か・・・・・?」
「いえ。ニイジマさんが仰るには、ジエイタイのシセツカの方々が使っているジュウキと呼ばれる乗り物に付いている『ブレーカー』と呼ばれる突起物が地面を割る音だそうです。」
「地面を・・・・・・・・・割る・・・・・・・・?」
「えぇ。地面を割ると言っても、ここの地盤は固く割るのに時間が掛かると申しておられておりましたが。」
「だが、地面を割るのだろう?・・・・・・・ジエイタイは気でも狂っておるのか・・・・・・・。」
カロアは正気なのかという様な顔をしていたが、セシルはそうは思わなかった。
あの自信に溢れた様な、活気がある顔。
シセツカの人から時間が掛かると言われた時に見せた勝負師が見せるように笑う様なあの表情。
彼は絶対に諦めようとはせずに絶対に言ったらやるであろう、とセシルは確信をもって答えることが出来る。なぜかと訊かれても、彼の間近にいて、彼らのやり取りを聞いてみたからだとしか言えないのだが。
そんなことを話していると、扉がバン!と勢い良く開かれる。
「父上!これは一体何ごとですか!?」
「おぉ、ハリスか!」
「お兄様!一体どちらにおらっしゃったのですか!?」
なに少し野暮用でな、とハリスはセシルの質問に答えながら、カロアを見る。
「・・・・・・まさか、門にいる連中ですか!?」
「そのまさかよ。」
「であれば、ベルセルクの連中がやってくるかもしれません!」
「それはないでしょう。知ってますか、お兄様。彼らはベルセルクに襲われていた人々を、ベルセルクから守ってくれたのですよ?」
「飼い慣らしていれば、倒すように見せ、こちらにそう思わせることが出来る!!違うか!?」
「ですが。」
セシルはハリスの暴論とも思える言葉に反論を言おうとしたが、やめた。
ハリスが言う通り、セシルはその場面を見たわけではない。あくまでも、聞いただけだ。
だが、セシルはそうは思えなかった。
あの強大な敵に挑もうとし、良い相手を見つけたというような表情をした蓮人の顔からはそんなことを思いつきで実行するようには思えなかったのだ。
まだ、ベルセルク相手に人々を守るために戦ったという噂の方が信じられるようにセシルには思えてしまったのだ。
「それに、連中は我々、王国の民を殺したのだぞ!分かっておるのか!?」
「・・・・・・・・・・・・っ。」
ハリスの言葉にセシルは何も言い返す言葉できなかった。そのセシルの様子を見てか、カロアはセシルに案を出した。
「であれば、彼に訊いた方が良いだろう。『貴方は王国の民を殺したのですか?』と。もし、彼が『そうだ』と言えば、己の敵が分かるというモノ。」
「おお!それは名案ですな!セシル、訊けるな!?」
「えっ。・・・・・・・・私が、訊くのですか?」
「あぁ。確かめるのは訊くしかあるまい。それを訊いたら答えぬ相手ではあるまい?」
「え、えぇ。」
カロアの案にセシルの気は重くなった。
だが、これはいい機会だと同時に思えた自分がいるのも事実であった。
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