第二話 荒野に立つは鋼鉄の
「しかし、手荒い歓迎だったな。」
翌日、食堂にて蓮人は朝食をとるために、食堂に来ていた。
そこには、蓮人よりも早くに来ていた『強化武装特科』の小隊メンバーの顔をざっと確認する。小隊のメンバーはげっそりした表情をしているものが大半を占めていた。それもそうだろう。昨日、倒した軍隊の連中のほとんどを生かすにしても、かなりの混戦であったのだから。混戦の状態にも関わらず、出来る限りは殺すなとの命令をする上も何を考えているのか。それは蓮人には分からない。だが、分かることがあるとすれば、かなり厳しい戦いになると思われることである。
「一尉。一尉はその大丈夫で・・・・・?」
「大丈夫というより、慣れてると言っとこうか。お前もその内慣れるさ、野崎二尉。」
「うへぇ。いやなお言葉ですね・・・・・・。慣れたくないですね。」
野崎の肩を叩き、蓮人は席に着く。慣れてるとはいっても、ゼロ距離での近距離戦は経験はないのもまた事実なのだが、『強化外骨格』を使用した近距離戦はここに来る前まではこうなることを想定して事前にシュミュレーションしていた。何十通りにパターンを想定したデータの集まりを相手にして、であるが。
「一尉は、慣れておらっしゃるようで、何よりです。」
「皮肉か、三島。」
「いえいえ、敵の前で武装解除し、相手の油断を誘い、敵を内側と外側から撃破する。流石です、一尉。見事なお手前でした。」
「・・・・・・・・・・・・・・・嫌味か?そうだな?」
「いえいえ、嫌味なんて。恐れ多くてそれはとてもとても。」
「それじゃ、皮肉か?・・・・・・・・・・・・悪かったな。」
そこに三島が後ろに束ねた髪を揺らしながら現れる。昨日、突然武装を解除した蓮人のとった行動に対して、苦言を言っている様に思えた。なので、蓮人は素直に謝るが・・・・・・・・・。
「小隊全員に対しての謝罪なら全員集まったときにどうぞ。・・・・・・・・・必要はないかと思いますが。」
「なに?」
「ですから、謝罪は・・・・・・・・・・いえ、何でもありません。」
そう言うと、三島は言葉を切る。気にするなとは言えども、きっと蓮人には届かないだろう、そう思ったからだが、蓮人にはさっぱりよく分からなかった。
「どうしたんだ?」
「さぁ・・・・・・・?しかし、曹長の肩を持つわけではありませんが、気にはしておりません。」
「そうか?」
「えぇ。・・・・・・・・・今こうして話せる、というだけで自分は結構です。それを他の小隊メンバーも分かっているとは思いますがね。」
「それを抜きにしても、昨日は調子に乗ったんだ。悪いとは思ってるさ。」
「・・・・・・・・・・ですが、一尉。掩護する役割は我々でしたので。我々は気にしておりませんし、一尉のあのアドリブがなければ我々が動けませんでした。」
蓮人と野崎が話している間に三島が割り入る。三島自身は特には気にも掛けていない上に、野崎も特には気には掛けてはいない。おそらくは、小隊の他の隊員も気には掛けてはいないのだろう。蓮人があの行動をとったことは確かに責められるべき行為ではある。だが、蓮人があの行動をとったおかげで、小隊員が行動をとれたのもまた事実である。
であれば、一番の功績者は蓮人に向かってくる槍などを一本残らずに打ち壊した狙撃の腕を持つ一士だろう。椅子にもう座り、気配を感じさせない雰囲気でいる短く切り揃えられた白い髪をして緑色の迷彩服に身を包んでいる少女と呼べる雰囲気を残す女性、
そこにいる全員の視線が自身に集中しているのを気にも掛けずにただ食べている様子から、特に本人も気にはしていない様だった。食事が終わったのか箸を止めると、涼子は顔を上げる。
「・・・・・・・・・・・何か?」
「昨日は世話になった、一士。」
「いえ。大したことでは。」
「大したことよ。一尉に向かってくる槍を一本残らず打ち壊したんだから。貴女の腕は確かなモノよ。・・・・・・一尉には悪いですが、うちにいるのが不思議なくらい。歩兵科にいてもおかしくないのに。・・・・・・・・好きな人でもいるの?」
「・・・・・・・・・・・・まさか。いませんよ、曹長。」
「そっか~、いないのか~。いるんだって思ったんだけどな~」
「三島曹長、人をあんまり揶揄うものじゃないぞ。すまんな、木原一士。」
「いえ。・・・・・・・では、自分は失礼します。」
そう言うと、涼子は立ち上がり、蓮人と野崎、三島の三人が残ることになる。涼子の反応から、何かを悟ったのか、三島は少し笑う様にして蓮人に言う。
「分かりましたか、一尉?」
「何が。」
「木原一士の好きな人、ですよ。自分は少し予測が付くのですが。」
「でもそれって、プライバシーの侵害になるんじゃ・・・・・・・。」
野崎の言葉に、三島はチッチッチ、と舌を鳴らしながら、指を振る。
「小隊内での交流ですよ。分かってないですね、二尉。」
「・・・・・・・・交流にしてもだな・・・・・・・。どう思われます、一尉?」
「あ~・・・・・・・・とやかくは言わんが、ほどほどにな。木原一士は一士でのやり方があるんだ。人のやり方に合わせろとは言わないが、適度にしろ。」
「ということは・・・・・・・賛成と受け取っても?」
「木原一士からの苦言やらなんやらが耳に入ったら、俺の責任になるんだ。異動もあるぞ?」
「怖いですね~。」
「怖くはないだろ。」
「そうなると、本国に、ですか?」
「さぁな。他にも『強化武装特科』はあるんだ。だが、少なくともここじゃないどこかになるな。」
「それは勘弁ですね。ここはここでのやり方にようやく慣れたところですので。」
「だったら、適度にしておけ。」
「
そう言葉を切ると、箸を手に取り食事をとる。会話が切れたので、三人とも食事に意識を向ける。日本とは異なる異世界での初めての食事となるが、日本で食べていた白米を異世界でも食べられるのは、日本の技術、いや、世界の技術力があってこそだと、蓮人は食べながら思った。
独自の文化が発達し、狭い土地をどうにか使おうと狭い領地で工夫した食文化が発達していった。そうした歴史の流れで、数多くの武将が日本を我が物にしようと戦争を繰り広げた。そして、黒船の来訪で日本の歴史の流れは大きく変わった。いや、黒船以前にも外国人が日本を訪れたという証拠はあり、歴史の変化がそこで変わったのではない。ただ、歴史の転機がそこだったというだけの話だ。そこよりも前に変わるかもしれないし、そこよりも後になるかもしれない。だが、日本は井の中の蛙にはならずに、世界を知ることが出来た。そのおかげで、世界大戦という世界を大きく巻き込んだ戦いに関わっていくのだが、話すべきはそこではない。そのような歴史を経験してもなお、立ち止まることなく、前に歩んだということが重要なのだ。
そのおかげで、短期間で居住区を作り上げる技術を得ることが出来、今の様に食堂にて白米を食べることが出来る。日本人として白米を食べられるということがどれほど嬉しいか。それを理解していない者が多くて泣きたくなるという気持ちを蓮人は抱いていたが、顔には出さずに黙々と朝食を食べる。
食事の時間を邪魔されるということはこれほどとない怒りを覚えることだ。誰にも、何にも邪魔されず、平穏で、静かに、ただ平和に終わる。その様になくてはならないのだ。もし、妨害するなら、全力を持って排除しなければならない。
故に。
「一尉、ここにいましたか!!」
「どうした、早川士長。」
「避難民と思われる集団が襲われているとの連絡を偵察隊から受けました!如何しますか!すでに90式と74式が現場に向かってます!10式は調整中とのこと!歩兵は、普通科と特科、合わせて数十名が向かってます!」
「・・・・・・・向かえるか?」
「捕虜の移送などで十名ほど抜けていますが、用意は出来てます。」
「行くか。」
「ハッ!」
「えっ、今からですか!?」
「民間人を守るというのも自衛隊の仕事だ。戦うことだけが仕事ではないし、そもそも、目の前で失われる命を呆然と見ているだけに来たわけではない。救えるのであれば救う。それが自衛官というものだろう。」
それに、
「・・・・・・・・・メシの時間を妨害された分もある。その分のお返しもせんとな。」
「それは、自分もです。」
朝食の時間を妨害された、というただそれだけの理由で怒りを覚えるのも変な話だが、日本人にとってはメシの時間は至高であり、どの様な異変やどの様な出来事にも妨害されてはならないのだ。それ故に、蓮人たちはまだ残っている朝食を残すということを非常に残念に思っていながら、席を立つ。この借りは大きいぞ、と思いながら。
「行け、行くんだ!振り向くんじゃない!」
「・・・・・・・・っ!父さん!ジミー!」
「振り向くんじゃない、エミリア!前を向いて、走るんだ!」
赤く長く伸ばした髪を揺らしながら、エミリアは走る。エルキミア王国の多くの兵が死んだとの知らせは王国中に住まう民の耳に届いた。その知らせを聞いた王国の民は起こりうる他国との戦いに不利だと感じ、王国から離れようと多くの避難民が出た。王国はその民たちを守ることもなく、ただ見逃した。それを怪しいと思いつつも、避難民は門周辺に現れたという兵隊を信じ、歩むことになった。その兵隊が自分たちを殺すかもしれないと思わずに、ただ歩み続けた。
だが、その歩みも束の間、魔獣の群れに襲われることとなる。
魔獣、ベルセルク。
人の様で人ではなく、ただの部品が絡み合っただけの姿をしているだけでありながら、その強さは武装した兵士よりも強い。その強さを持つ魔獣が武装もしていない避難民を襲えばどうなるか。それはエミリアの後ろの光景が証明している。
すでに母は串刺しにされ、弟のジミーは生きているのかも分からない。父の声は聞こえるが、無事なのか、それとも・・・・・・・。エミリアは自身に力がないことに強い後悔を感じた。
力があれば。人を守り、ベルセルクもいとも簡単に倒せるだけの力があれば、と。
だが、そんな望みは叶うことはない。ただの兵士でもない町の娘が戦えるわけがない。ただ、逃れるために逃げるのみ。誰にも手を差し出すこともできない。ただそれだけのこと。
食事もとらず、休むこともなくただ歩いていた足にも疲労はたまるもので、こうして逃げていればその足が止まるのも自然の理。故に。
「きゃ!」
「エミリア!」
エミリアは足をくじき、その場に倒れる。後ろからは誰かがエミリアを追い抜く気配がするが、助けることはない。魔獣たちの獰猛な息遣いがエミリアに迫ってくる。逃げなければ。そうは思うが、倒れたエミリアの身体は言うことを聞こうとしない。もう無理だ。ここで休もう。身体が休みを欲しているのがエミリアには分かる。だが、動かなくては。動かなければ、自分はベルセルクに胴を突かれ、細かく切られ、獣の餌になり、誰にも知られることもないただの塊となって、人知れずに土となり、風に吹かれ、消えていくのみ。それは嫌だ。そう身体に訴えるが、身体は動こうとしない。ここまでか。エミリアは誰に握られても構わないとただ手を伸ばす。特に意識はしていない無意識での行動だった。
その手を・・・・・・・・・ガシッと誰かが掴んだ。
薄れていく意識で目を開く。
『大丈夫だ。もう大丈夫。・・・・・野崎、要救助者一名、確保!後衛に渡せ!』
輝かしい銀色の身体をしている者がエミリアを抱きかかえていた。一見、ベルセルクに似てなくもない外見ではあるが、その者は人であった。人ではない身体をし、人が取れない動作をする怪物がベルセルクである。だが、その者は人ではない外見ではありながらも人であるということを訴える身体をし、人が取れる動作でエミリアの身体を抱かかえたままもう一人に渡す。もう一人の方は先程の者とは違い、黒い塗装がされていた。
『預かります、一尉。』
『頼んだぞ。・・・・・・・・、よく頑張った。休んでいいぞ。』
彼が何を言っているのか、エミリアには分からなかったが、休んでいいと言われたのは理解した。なぜなら、彼が優しくエミリアの頭を父がよくするよう撫でたからだった。
エミリアは彼の言葉を信頼して、ゆっくり休むことにした。
その一方で、蓮人は困っていた。
目の前にいる継ぎ接ぎのおもちゃ、異世界の民が言うには、目の前の形を持たないガラクタをベルセルクと呼んでいるらしい。
彼女には休んでいいと言った手前、引くわけにはいかないのだが、相手の実力が不明な以上、下手に手は出せない。どうしたものかと考えたその時、通信が入る。
『火力支援なら、行えるがどうする?』
「適度に後退しながらでやるしかない。・・・・・・どれくらいいける?」
『三十秒、いや、出来て四十だな。うちは足が遅いから、ちと厳しいな。』
「
『了解した。火力支援なら任せろ。』
「頼む。・・・・・・新田、斎藤、やれるか?」
確認の為に、小隊員に確認をとる。こういった場合でないと、出来ないことでもある。
『行けはしますが、こちらも来てるので、難しいですね。』
『すみません、一尉。自分もです。』
「分かった。・・・・・・・・・・・一人で相手するのは気が引けるな・・・・・。手持ちもないし・・・・・、あんまり長居は出来んが、見逃しも出来ないのも事実。・・・・・・・どうするか・・・・・・。」
目の前でうじゃうじゃ生きているガラクタを目に蓮人は少し気が引ける。一応武器はあるにはある。昨日の戦闘で『ボルトアンカー』はバッテリーの交換さえできれば、長時間の戦闘は可能であるということは分かっている。問題があるとすれば、目の前のガラクタに『ボルトアンンカー』が通じるか分からないというところだ。
そう悩んでいると、通信が入る。
『新島一尉。こちら、木原一士。』
「どうした、一士?」
『援護位置に着きました。いつでもどうぞ。』
涼子からの連絡を聞いて、蓮人は後ろを振り向く。蓮人から遠く離れたところに『強化外骨格 弐式』の黒いボディーがしゃがむのが目に映った。
後方での援護が受けられるというのは心持ち嬉しいし、少し自信につながる。それに、昨日の戦闘の際に受けた援護での実績がある。
あの戦闘の中、槍一本にも当たらなかった蓮人にとってみれば、後ろに誰かがいるというだけで嬉しいものだが、それが涼子であると分かれば、どうにかなるように思えてしまう。
「分かった。援護頼む。各員、各個撃破しつつ後退せよ。戦車隊は火力支援を行いつつ、後退。特科は砲撃支援の後、後退せよ。避難民の誘導は歩兵が頼む。」
『了解です。』
『戦車隊、了解だ。』
『特科、了解。二十秒後に砲撃支援を行う。』
『歩兵科、了解。・・・・・・・無理だけはするなよ、一尉。』
「了解だ。・・・・・・・無理はしないさ。無茶をするだけで。」
厳しいな、と思いながらガラクタの寄せ集めにしか見えないベルセルクと呼び、恐れられている魔獣に目を向ける。
「さぁ~て、と。みんな大好きな遅滞行動といきますか。特科、よろしく頼む。」
『了解した。・・・・・・・・出来るだけ離れとけよ?』
特科からの通信が切れてから少しして、ドンドン、フュ~と何かが放たれ、落ちてくる音が聞こえる。それも一つや二つどころではない。そして、その何かが地面に着いた瞬間、地面が炸裂する。
その爆発はしばらく止むことなく続く。爆撃が止んだ時、戦車隊の砲音が轟く。
『こちら、特科。砲撃支援、終了。後退する。』
『戦車隊、支援開始。遅滞行動のお時間の始まりだ、バカ共!』
「了解だ。・・・・・・・・・・各員、交互に支援しつつ後退しながら交戦せよ。」
さて、と蓮人は気持ちを入れ替える。どれほどの時間を稼げるかは不明だが、やるしかないのはまた事実。
特科による砲撃支援によって倒れたベルセルクの死骸の山を乗り越える形で後続のベルセルクが現れる。蓮人たちが壁となってベルセルクの群れを迎え撃たなければ、後ろの歩兵科の連中や避難民に被害が出てしまう。なら、食い止めるしかない。やれやれ、難儀なものだ、と思いながら、ベルセルクの群れが向かってくる。
まずは一体、と蓮人は右の拳を引き絞り、ベルセルクの胴を穿つ。
バチィ!
電流が解き放たれ、ベルセルクの身体中に電流が流れる。並の一般人であれば気絶するほどの電流が流れるはずだが、さてどうか、と蓮人は人がそうなる様に身体を痺れたかのように痙攣させて、・・・・・・・・ばたりと地面に倒れる。
どうやら、『ボルトアンカー』での迎撃は有効らしいということが判明したが、倒れたベルセルクを圧し潰すように後列のベルセルクが蓮人に立ち向かってくる。
『バッテリー、残り99%。』
「了解だ、レイ。」
サポートAIである『レイ』からの報告を受け、向かってきたベルセルクに一発ぶち当てる。
ドサ。
倒れたベルセルクの上にベルセルクが倒れ、少し盛り上がった段差になる。さらにその上に、新たなベルセルクが現れる。蓮人は躊躇することなく、『ボルトアンカー』を打ち出した腕を引きながら、反対の拳をベルセルクに打ち出す。撃ち出された拳は予想通りの結果を出し、ベルセルクは倒れる。新たにベルセルクが倒れたベルセルクを踏み台にして現れる。蓮人の拳は止まることなく、打ち出すことになるのだが、もう既に三体を倒しており、その倒れている三体を踏み台にしている目の前のベルセルクとの高低差はそこそこある。故に、蓮人は一歩足を退いた。それを隙と見たのか、ベルセルクは大きな口を開き、蓮人を噛み砕かんとする。だが、それを見過ごすほどの目は後ろにいる涼子は持ってはいない。
一発、
静かに乾いた銃声が戦場で響く。
「一士。助かる。」
『いえ。仕事ですので。』
後方で蓮人の援護に付いている涼子に蓮人は礼を言う。64式7.62㎜小銃でしかここにはないのが少し歯痒いと蓮人には残念に思えない。
彼女の腕に合った銃で、後方からの支援を彼女に任せれば、これよりも彼女の狙撃手としての腕を発揮できるだろう。
今度来る予定の補給隊に申請でもしておこうかと考えた矢先、後方から砲音が響く。
・・・・・・戦車隊の援護か!だったら、これ以上は意味がないな!
そう思った蓮人は部隊の連中に連絡を入れる。
「総員、後退せよ!これ以上、ここに留まれば、食われるぞ!」
『了解です、一尉!後退するぞ!戦車隊、援護よろしくな!』
『あいよ!間違っても突っ込むなよ?弾でミンチになるぞ?』
『ハッハッハ!冗談がきついな。』
『後退、了解です、一尉。掩護します。』
「無理はするな、一士。」
『無理ではありません。』
「無茶も同じだ。無理も無茶もするな。・・・・・・・・全員、聞こえたな!?」
『了解です、一尉!』
各員に連絡を入れ、蓮人は拳を涼子が打倒したベルセルクの上に載ってきた新たなベルセルクに『ボルトアンカー』を懐に叩き入れる。
後退の指示はいれた、ならばここに長居は不要だ、と蓮人は後ろに身体を振り向かせようと足を後ろに引いて身体の向きを変えようとした。その瞬間、ベルセルクの群れの中に誰かが蓮人たちの方に伸ばすようにしていた手が蓮人の瞳に映る。
・・・・・・人だとっ!?人がいるのかっ!?まだ生きてる人があの群れの中に!!
蓮人は一瞬、どうするべきか悩んだ。蓮人が突っ込めば、あの人を助けることが出来るかもしれない。だが、助けられない可能性もある。可能性で言えば、助けられはするだろうが、戦車の砲撃支援を要請してしまったし、部隊には撤退指示を出した。それに、先ほど蓮人は自分で言ったのだ。
これ以上ここにいれば食われると。
どれほど『強化外骨格』が優秀な武装であっても、何でもできる万能な武装ではないのだ。何の力も持たない一般人が短期間で戦えるようになるというただそれだけでしかない武装だ。
多少丈夫かもしれないが、ただそれだけでしかない。ここに来てからの損害報告はまだ受けてはいないため、どれほどの損害になるのか、それすらも蓮人たちには分からない。
ここでベルセルクの群れに突っ込めば、どうなるか。突っ込んでいって、あの手を掴んで無事に戻れるのか、蓮人は少し足を止め、救うべきかを考える。
『一尉、どうしました?』
「・・・・・・・・・・・・一士、援護してくれ。戦車隊、支援砲撃少し待て。」
『どういうことだ、一尉?』
『援護は可能ですが、一尉?よろしいので?』
「死んだら、後は任せる。」
『一尉っ!?』
涼子の声が耳に届く前に蓮人はベルセルクの群れに突っ込んでいく。
突っ込んできた蓮人にベルセルクは獲物が自分から来たと判断したのだろう。蓮人に向かって大きな口を開けて蓮人に向かってくる。だが、蓮人もそう簡単には食われてなるものかと『ボルトアンカー』で覆われた拳を振う。
振るわれた拳はベルセルクの横顔に当たり、蓮人に向かってきた軌道が少しずれながら、地に倒れる。だが、一体だけでは終わることはない。新たに蓮人に口を開きながらベルセルクは向かってくる。だが、ここにいるのは蓮人だけではない。
一発、
乾いた銃声が鳴り渡り、ベルセルクは倒れるが、蓮人は気にせずに前に進む。前に進む蓮人に向かってベルセルクが向かってくる。そのたびに拳をベルセルクに叩き入れ前に進む。拳が振るえずに間に合わない時には銃声が鳴り渡る。
一歩、また一歩。ゆっくりにしか進めぬことに蓮人は歯を食いしばる。どれほど高性能であろうが、蓮人はなんでもできるスーパーマンではない。
陸上自衛隊強化武装特科隊の隊長という肩書が付いただけの一般人でしかない。手が見えたからといって、助けに行くなど危険極まりないことであり、自分の命を無駄にするこの行為は、隊長としてあってはならない行為である。
見捨てたとしても、誰も責めはしないだろう。たとえ、見えたからとは言え、蓮人の様に助けに行くという者はいない。
もう無理だ、助からないと脳内で誰かが囁く声が聞こえる。
だが。
だが、しかしである。
助けを求め伸ばされた手を見ていなかったモノとして目をそらすことは人間としてどうであろうか。助けられるはずだったにも関わらず、助けようともしなかったというのはどうなのだろう。蓮人の心が訴える。
伸ばされたあの手を掴め、と。掴もうともしなければ、自分は後悔の念にとらわれ、後悔することであろう。後で後悔するより、先に後悔してしまった方が蓮人にとっては楽に思えた。
何体倒したか蓮人が数えるのをやめたころ、伸ばされた手にもう少しの位置まで蓮人は寄ることが出来た。
「手を、手を伸ばせ!」
その手に届くようにと、自分の手を伸ばす。
届け、届いてその手を握り締めろ!そしたら、掴んで胴体を引き上げてやる!
蓮人は心の中で、言葉を言う。蓮人の声が聞こえたのか、手がゆっくりとだが、動くのが目に映る。
・・・・・・よし、伸ばせ、伸ばすんだ!
心の中で大声でその手に向かって言う。不意に視界が晴れる。その手を伸ばしていたのは女性でまだ意識があるのか目は薄っすらと開いていた。
だが、その目にある瞳にはもう光は失われており、身体中が切り傷やら噛まれた跡やら痛々しい姿が蓮人の目に映る。
・・・・・・間に合わなかったかっ!!!
と蓮人が思っていると、伸ばされた手とは逆の手が伸びてくる。
「あの子を・・・・・・・・・あの子に・・・・・・これを・・・・・・・。」
その伸ばされた手の下に、自分の手を持っていくと、伸ばされた手が開いて何かが手の中に落ちる。それを蓮人はしっかりと握り締める。
「確かに。」
「ありがとう。」
女性は蓮人に聞こえるか聞こえないか微妙の声量で感謝の言葉を言う。そう言った瞬間に女性の手がだらんと力なく垂れる。先ほどと同じく目は薄っすらと開かれてはいたが、まだ残っていた瞳の光が失われているのを蓮人は見た。
そして、女性の身体はベルセルクの群れの中へと消えていった。
・・・・・・・クソッたれ・・・・・・っ!!!
消えていった女性から託されたと思う手に落とされたモノを手を開いて見る。それは損傷がひどいが、髪飾りの様に見えた。助けることは出来なかったが、彼女の思いは受け取った。あとは残された者に伝えるのみ。そう思い、蓮人は後ろを振り返った。
「こちら、新島。・・・・・・全員後退。繰り返す、全員後退だ。戦車隊、援護頼む。」
『了解した。だが・・・・・・・いいのか?』
「・・・・・・・・・頼む。」
『・・・・・・・・・・・分かった。』
蓮人の口調から何かを悟ったのか、あっさりした様子で了解の有無を通信で蓮人に言う。これから行われるのは、この付近一帯に対する砲撃だ。そのことを頭に思い浮かべると、蓮人はその場から離れるために走り出した。
「エミリア!」
「父さん!」
蓮人たちが門の前に敷いた前線基地に戻ってくると、あの時助けた少女と男性が熱い抱擁を交わしていた。少女の発した言葉と雰囲気から察するに、恐らくは、兄弟か父親だろうと蓮人は考える。
まぁ、男性の方は兄弟にしたら、少女との年齢が離れすぎていると思わなくないので、父親だと思われる。・・・・・・・・・実際にどのような関係なのかを詮索するつもりはないし、訊こうとも思わないが。
「一尉。」
「・・・・・・あぁ、三島曹長。それで?」
蓮人が彼ら、彼女らの様を見ていると、三島が蓮人に近寄ってくる。三島には蓮人から避難民が実際にどれ位になったのかを調べてもらっていたのだが、三島の顔は暗い。
「避難民、およそ百人前後だったらしいのですが、ここにいるのは三十人だけです。」
「・・・・・・三十人か。少ないな。」
「抵抗しようにも、元が農民だった人が大半ですから抵抗も出来なかったかと。そう思えば、三十人だけでも、」
「
三島の意見を聞いて蓮人は渋い顔をする。その言葉を聞いて、彼女は言った。
「我々は神ではありません。救える人をすべて救えることなどできませんし、そもそも我々は昨日、来たばかりです。」
「・・・・・・まぁな。」
「ですが、ベルセルクがなんであるのか、という疑問は解けました。あれには、『ボルトアンカー』は有効のようですので、改良の申請でもしますか?」
「・・・・・・、頼めるか?」
「上司の頼みは断れませんよ、一尉。」
「全くだ。」
よろしく頼む、とでも言う様に三島の肩を軽く叩く。軽く頷くと、三島は宿舎の方へと足を向ける。
一応、ベルセルクがどういったモノであるのかは三島が言う通り解決はした。
だが、それだけだ。
ここは、蓮人たち自衛隊の守備範囲ではなく、領空も領海もない異世界だ。日本国憲法が有効かどうかなど蓮人には分からない。
今回はたまたまだ。偶然でしかない。・・・・・・・それでも、救える命があれば救うのが、自衛隊としての、自衛官としての役目だ。
そこまで蓮人は考えると、その考えを振り払う様に頭を振う。いかんいかん、危うく調子に乗るところだった。
蓮人は神などではなく、人であり自衛官だ。それを忘れるところだった。
と、そんなことを思っていると、蓮人は誰かの視線を感じた。顔を上げると、先ほど抱擁を交わしていた家族が蓮人の方を見ていた。
「何か、用か・・・・・・・・・・・・?」
「いえ、お礼を言いたくて。娘を助けてくれた様なので。」
「さっきの鎧の人の知り合いでしょ?」
少女が言う鎧の人がどの様な人かは知らないが、さっきというのであれば、それは知っている。
「知り合い、違う。」
「えっ。」
「それ、たぶん、俺。」
「・・・・・・本当に?」
疑心暗鬼になっていた少女にふっと顔を和らげる。
「無事、よかった。家族、大事。」
「ああ。・・・・・・ああ!貴方のおかげで娘は無事でした!ありがとう、ございました!」
「うん、助けてくれてありがとう。貴方が来てくれなかったら、きっと死んでたよ・・・・・・、ありがとう。」
「二人だけ?他、いるのか?」
「ええ、妻と息子の二人が。」
「だけど、見てないの。」
「・・・・・・・・・・・・そうか。もしかして。」
二人の話を聞いて蓮人は頭にピンときたので、女性から預かった髪飾りを腰のポショットから取り出し、二人に確認をとる。
「これ、知っているか?」
「・・・・・・っ、それは。」
「母さんの髪飾り!どうして、貴方が!?」
「そうか。すまない。助け、られなかった。本当に、すまない・・・・・・・、すまないっ。」
髪飾りを二人に渡して、蓮人は手を握り締める。
伸ばされたあの手を取ることが出来た。あともう少しだったにも関わらず、手は取れなかった。
蓮人は何でもできるスーパーマンではないし、神様でも何でもない普通の人間だ。付け加えるなら、陸上自衛隊と名付けられた日本という国の軍隊に近い、一般人の集まりの一員でしかない。
だが、あと少しで届くはずの手を掴めなかったということにひどく後悔した。
歯を噛んで、涙が流れるのを蓮人は我慢している姿を二人は見て、交互に言いずらそうに視線を交わしていた。
「貴方には、娘を助けてもらった恩があります。救えなかった理由があるのでしょう。それを咎める気はありません。」
「私も責めようとかは思っていないよ。貴方に助けてもらったし。」
「・・・・・・いい、のか?」
「えぇ。むしろ、礼を言いたいです。妻の髪飾りを渡してくれただけでもうれしいです。ベルセルクに食われていれば、この髪飾りもないでしょうし。」
「すまない。・・・・・・・・ありがとう。」
「ですから、礼を言うのはこちらの・・・・・・・・・、まぁいいでしょう。」
そう言うと、男性はにこやかに笑顔を蓮人に向ける。少女は気まずそうに頬を掻く。
「うん、感謝してるよ。」
「そう、か・・・・・・・・。」
「ところで・・・・・。」
少女は言葉を切ると、蓮人の背後を指差す。
「そちらの方は、知り合いだったり・・・・・・・・?」
蓮人は後ろを振り返る。そこには迷彩服を着た小柄な女性がにこやかに笑顔を向けていた。
「林原っ・・・・・・・!遅いぞ!」
「あー・・・・・・・・・しまっちがもう聞いてるかな、って思ったんだけど、まだだった?」
「聞いてないわ!」
「やっぱり・・・・・・・・・・・、えっと、借りても?」
林原と蓮人が呼んだ女性は二人に確認をとる。
「えぇ、どうぞ。」
「それじゃ、お言葉に甘えまして。」
そう言うや否や林原は、蓮人の肩に手を回すと、片腕で蓮人の首にぶら下がる。
何も知らない人から見れば、恋人かそれに近い関係だと思われそうではあるが、二人は同期の関係であり、切っても切り離せない信頼という強い絆で結ばれている。
蓮人も彼女、
「無事に終わったの、しまっち?」
「・・・・・・無事だと思うのか?」
「だよねぇ~・・・・・・・・・・・。装備とか人員の補充とかは?」
「今のところは足りてる・・・・・・とは言いたいんだが、96
「あれ、
「あれ?」
林原の言葉に蓮人は疑問符を浮かべる。
林原は後方支援である補給隊を指示している立場にある。
しかし、行動言動共に何を考えているか良くは分からない人物と自衛隊内では言われているらしいが、彼女ほど考えが容易に分かる人物はそういる者ではないと蓮人には思えた。
それに彼女はこちらの思考を読んだかのように必要なものを必要な分だけ用意する癖がある。
なので、彼女が言うあれが蓮人のお望み通りの
車両置き場として宿舎の脇に駐車されている74式戦車と90式戦車、最新の10式戦車に『強化武装特科』小隊の96
「
「腕がいい子がいるって聞いたからね。
「そりゃ、嬉しいが・・・・・・、96
「う~ん・・・・・・、上からは持ってこいとは言われてないんだよねぇ~。あと、歩兵の移動用に要るでしょ、あれ?」
「ま、要らなくはないな。」
「
「俺は司令じゃないんだが、まぁ、そうだな。96
「歩兵の方も予備戦力補充したから、結構余るとは思うけどね。」
「そうか?」
「施設の方と通信、武器整備に衛生も加わったし、特科の方にも何人か補充したと思うけど?」
「・・・・・・だったら、十分か?」
十分と言えるのか疑問ではあるが、補充された物資は最大限利用せねばならないだろう。やや不安が残るが、かなり充実したともいえるであろう。戦力としては申し分ないと蓮人は思っていた。
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