いちのみや回想タクシー

@aquaside

第1話

尾張一宮駅を出るとふらり立ち飲み屋へ。客は少ない。

「ビールだね?」返事はしてないのに瓶ビールとグラスがおかれた。注いでくれることもない。お通しの小鉢をつまみ。ネタケースを覗く

「これどうやって喰うの?」と聞くと

「あん。箸で食うんだよ。」と素っ気ない返事。

「じゃあそれ。」大将がそれを包丁でトントンと目はテレビを向いたままだ。あれでよく手を切らないもんだ。そしてこちらも見ずそれを置いた。

ビールを飲んでため息をつく。仕事は目が回るほど忙しい。

「兄ちゃんいくつだ?」となりで呑んでた爺さんに声を掛けられた

「50」

「ふん。ずいぶん若造だな。」

別に驚かない。先週も同じこと聞かれた。

「不景気な顔してやんな。」

そりゃ1週間ではそんなに景気も変動しない。

「この一宮は昔は景気のいい街でな。繊維で栄えた。ガチャマンって知ってるか?機織り器がガチャンと鳴る度に万円儲かるっていうんだ。このあたりの飲み屋も毎晩賑やかかでな。」

「おじさん今日は良くしゃべるんですね。」

「おう。なんか初めて会ったような気がしなくてな。」

そうでしょ先週お会いましたから。。

「コラセン分かるか?機織り器がうるさいと怒鳴り込まれたら黙って千円渡して追い払うんだ。そんでコラセン。ガチャンで万円。こらで千円だ。悪いな。初対面なのにいろいろしゃべって。」

いえ。先週も会いました。

「作れば作っただけ売れた時代だ。働けば働いただけ報われた時代だ。いい時代だった。いい街だった。分かるか?」

いえ。少しも。


お店に客が入ってきた。

大将が言った「すいません。ご覧の通り満席で座る席無いんです。」

どう見てもガラガラですけど。。

そもそも立ち飲み屋に初めから座る席は無い。

ああもう仕事したくないんだな。

すると空気読んだかのように少なかった客も帰っていく。

隣の爺さんも「おう若造。また会おう。毎週会うからまた来週だ。」

え?覚えてたんだ?


勘定払い店の外に出る。風は冷たい。街の灯もまばらだ。

「この街に景気のいい時代が本当にあったんだろうか?」

タクシーを探さないと。流れている車も少ない。

一台のタクシーを見つけた手を上げるが「回送マーク」が光っていた。

ダメか?と思った瞬間タクシーは止まった。

え?っと。「回送マーク」を見ると「回想」に文字が変わった。

ドアが開く。

「いいんですか?」

「いいよ。で。いつまで?」

どちらまでじゃなくていつまで?

「景気のいい一宮を見たいんだろ?」

タクシーは走り出した。すると窓の外が明るくなった。

賑やかな街の風景。

「運転手さんここどこ?」

「一宮さ。昔の。景気いいだろ。」

このタクシーはいったい?

「そう。電気とガソリンとタイムマシーンのハイブリッド車さ。」

ぜんぜん言ってることが理解できない。

夜の街は人であふれているそして笑顔と笑い声でいっぱいだ。

「あ。あの人?」

「さっきあんたの横で呑んでた爺さんさ。」言われれば面影ある。

こんなころから呑み歩いてたんだ。薄い茶封筒をポケットにしまうのが見えた。

「安月給の給料袋さ。」え?儲かってたっていってたけど。

「皆が皆金持ちじゃないよ。」

でも働けば働いただけ報われた時代だって言ってた。

「あんたの報われるはお金だけかね?」

よく見れば笑顔であふれる町の人もボロを着ている人もいる。

「自分達が汗水流して作ったものが全てが売れて。残らず世の中の役に立った時代さ。」

そうだ。この時代の人もみんな苦労している。その上の笑顔だ。

「幸せだけがあふれる街がお好みかい?そんなの薄っぺらな笑顔だ。」

タクシーは走る。「着いたよ。家に帰りたかったんだろ?」これは子供の頃住んでた家だ。窓から子供が覗いている。

もう夜中だ。あれは?「あんただよ。」そうだ。夜中によく起きた。あちらこちらから機織り器の音が聞こえてた。まだ小さい私は工場はいつ眠るのだろうといつも思っていた。窓からは工場の光が見えた。誰も車も通らない真夜中にガチャンガチャンと音だけが聞こえた。

どうやら信号機を見ているようだ。誰も通らない道に信号機が休まず光っているのをじっと見ているようだ。ずっと赤だ。目が充血したような。いや大人から見たらすぐ変わる信号も子供は長く感じたのかもしれない。

すると押し入れから毛布を引っ張り出そうとしている。寝むらない信号を心配したのか?その毛布は信号さん用か?なにをしてるんだ夜中に。窓際まで重い毛布を引きずるとバタンと倒れ。すやすや眠ってしまった。子守歌は機織り器の音だ。

「ああ。そんなとこで寝たら風邪を引く。起きろ。起きろ。」

起きろーー。


「お客さん起きてください。起きてください。着きましたよ。」え?寝てた?タクシーは自宅の前に着いていた。夢か?料金を支払った。金額はいつもの駅から自宅の料金と同じだった。やっぱり夢か?変な夢を見た。降りようと車のメーターを見ると「回想」の文字。いや。夢じゃない。


このタクシーは回想タクシーだ。

「運転手さん。また乗せてくれるかな?」

「いえ。私はもうこれで隠居しますから。免許証も返しますし。」

車から降りた。免許を返す?嘘だ。この爺さんはまだまだ走り回る。何故だ?なぜそんなことが分かる?あ。あの声。あの声は私だ。未来の自分だ。

するとタクシーの「回想サイン」が「回送」に代わり走り出した。待ってくれ。聞きたいことがたくさんある。タクシーは夜に消えていった。

「幸せだけがあふれる街がお好みかい?」

街の笑顔は汗や涙の上に輝いている。

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