ペット

 北嶋さんがパズズを倒してから一週間が経った。

 私の病気はやはり新型インフルエンザで、それなりの治療をしたら完治した。

 パズズは病を流行させる悪神だが、今の医学は進歩している。

 昔ならば多くの死者を出しただろう。

 ともあれ、パズズが倒された今は一安心と言った所だ。

 北嶋さんはパズズに対しても圧倒的に勝利をした。

 神にも屈する事のなかった古代バビロニアの魔神。それを物ともしなかった。

 ますます北嶋さんを倒せる者など居ないと思えてくる。

 そんな北嶋さんだが、相変わらずタマをグリグリとやり可愛がっている。

 タマは本気で鬱陶しいと思っているらしく、北嶋さんの手を本気で咬んでいたりするが、北嶋さんは全く気にしてはいない。

 タマには、九尾狐の力を封じた首輪も今は付けていない。

 タマと私は約束をしたのだ。

 普段は依代のフェネック狐のままでいる事。この家が嫌になったら出て行ってもいいが、悪さはしない事。

 タマはそれを簡単に了承した。

──男は気に入らぬが、ここは居心地が良い

 事実、いつでも逃げ出せる事はできた筈だが、タマは逃げようとはしなかった。

 北嶋さんの圧倒的な力を実際その目で見たタマは、北嶋さんを敵に回す事をやめた。それに、ここに居ると素の自分でいられるから楽らしい。

 これがタマが逃げ出さない理由らしいが、実際はどうか解らない。一応それも理由の一つなのだろうけど。

 ともあれ、気に入らぬ筈の北嶋さんにリードを咥えながら散歩を要求する辺りが、何だかんだ言って懐いている証だ。

 前脚で座っている北嶋さんの膝を掘っている仕草をしながら、散歩散歩と吠えている。

 北嶋さんは横目でチラッとタマを見てから、私の方を指差す。

 そして、何やらゴニョゴニョとタマに話している。

 タマはリードを咥えながら私の方に歩いてくる。

「どうしたの?」

 屈んでタマと顔を合わせる。

──何やら勇が尚美のリハビリに散歩が必要だから、尚美のリハビリに協力してくれ、と言われたのだが

 タマはリードを咥えながら首を傾げる。そう言うものなのか?との疑問をの疑問を表したのだろう。

「ああ、成程、そう来た訳ね」

 北嶋さんをキッと睨み付けたが、私の殺気に気付かない振りをしながら、新聞を読んでる振りをして、こっちを見ようともしない。

 振りとは新聞が逆さまだからだ。全く解り易い人である。ご丁寧にテンプレかよ。とげんなりしてしまう程だ。

 まあ、確かに体力回復には沢山の栄養と適度な運動だ。

 新型インフルエンザによって、体力を削られた私だが、本当は散歩くらいは行ってもいいのだが、タマの散歩は北嶋さんの仕事だ。

 私は読んでいる振りをしている新聞を取り上げた。

「ちょっと!!いくら何でも解り易いんだけど!!」

 怒られてしょんぼりすると思ったが、北嶋さんの瞳に光を感じた。

 これは…

 恐らく訳の解らない事を言って無理やり納得させるつもりだ。

 身構えて撃墜の用意をする。

「解り易いなら尚更だ神崎!本当は俺が行きたくて行きたくて仕方ないが、これも神崎のリハビリに協力する為、俺は敢えて散歩を譲ったのだ!心おきなく行って来てもいいぞ」

 これも解り易いだろと言わんばかりのしたり顔、その北嶋さんの鼻っ柱にグーを叩き込んで、私はタマと散歩に出た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 妾を連れて来た男は、余程散歩が面倒なのか、この頃尚美に押し付けている。

 今日も結果押し付けた形となったが、引き摺りながら忙しなく歩く勇よりも、依代の仔狐の歩調に合わせて歩いてくれる尚美の方が有り難い。

「ちょっと休憩しよっか?」

 結構歩いて公園まで来た妾と尚美はベンチに座る。

 ペットボトルから水を皿に入れて妾の前にスッと出す。

 これが勇ならば、自動販売機からやけに甘ったるい、炭酸の飲み物をそのまま差し出す。入れ物など当然の如く持ってこない。

 妾は前脚を使い、器用に缶を上に持っていき、ベトベトになりながらそれを飲むのだ。

「あなたも変わっている妖よね…国一つ滅ぼす力を持っていながら北嶋さんのペットで納得するなんて」

 尚美が微笑する。

──ふん、ただの暇つぶしよ。それにここに居れば、神の如くの力を持っている敵にも遭遇できる。貴様と勇がそれを倒してくれれば、妾の手間も省けると言うものよ

 妾の人間界の転覆の野望には、敵対する他の妖や悪神、更には神と、壁が多い。

 あの男…北嶋 勇なら、妾の敵を一蹴できるだろう。

 尤も、妾が人間界を取りに動く時が来たら、最大最強の敵と成り得るが。

「ふーん…その時が来たら、私もあなたに殺されちゃうのかもね」

 微笑を崩さずに尚美が妾をじっと見つめながら言う。

──妾に殺されたく無くば、強くなる事だな。そうだな…あの男よりも強く、だ

 永く生き抜いてきた妾だが、あのような男は知らぬ。

 見えぬから強いのではない。

 見えぬのはやはり不便だったのを、あの悪神との戦いではっきりと理解した。

 もし、勇がちゃんと視えるようになったのならば、勇に勝てる者など存在はしない。

 少し大袈裟に聞こえるやもしれぬが、妾はそう感じたのだ。

「北嶋さんより強くかぁ…それは少しキツいなぁ…」

 妾から顔を背けて遠くを見ながら、やはり微笑を崩さずに尚美が言った。

 言葉とは裏腹に、その表情は少しも難しそうに捉えておらなかった。

──ふん。まぁ頑張れ。必要ならば、妾も協力は惜しまぬ。さぁ、帰るぞ

 ベンチからヒョイと飛び降りて家に向かって歩き出した妾。

「帰る…ねぇ…」

 やはり微笑を崩さずに尚美も妾の後を追って歩き出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 散歩から帰った私達は、少しゆっくりと過ごしていた。

 北嶋さんだけは忙しく散らかしていたけど。

「散らかした物はちゃんと片付けなさいよ?」

「解っているってば。つーか何探しているのか忘れてしまった。神崎、俺って何を探してたっけ?」

「北嶋さん…それは末期症状よ…」

 何を探しているのか忘れたって…コントとかでよくある眼鏡を掛けて眼鏡を探すみたいな真似をリアルにやるとは…

 まあ忘れたものは仕方ない。思い出したらまた探せばいいと言って北嶋さんに片付けるように促す。

「何だっけな…まぁいいか。」

 特に気にする素振りも無く、片付けを始めた。

 その時、伏せて寝ていたタマの耳がピクピク動いたと思ったらいきなり立ち上がる。

 そして玄関に向かって牙を見せて威嚇し始めた。

「な、なに…?このくらい気は!?」

 玄関の向こう…外から発せられる、神と互角以上の気!!あのパズズに勝るとも劣らない!!

「悪神がまた来たの!?」

 私も身構える。

 その冥い気は少しずつ、少しずつ玄関に近付いて来た!!

 手が汗ばむ。

 遂に玄関のドアの先まで来た冥い気……!!

 毛を逆立て威嚇するタマ。


 ピンポーン


「律儀に呼び鈴鳴らす!?」

 ズッコケそうになった。そして思考を変える。

 これが罠かもしれないと。油断させて一気に襲うとか…

 少し怯んだが、意を決してドアを開けた。

「う!!」

 その気は冥界の暗き気…

 灰色の体躯を揺るがし、私とタマを観察するように見る。

 吐く息すらも禍々しく、時折見せる白い牙が、その凶暴性を表しているようだ。

──今度は狼か!!

 タマも迎え撃つよう、その妖気を放出させた。

 灰色の狼は私とタマを見ながらただ一言……

──貴様等じゃないな

 私達に興味を示さずに鼻をヒクヒクさせて、何かを探しているようだった。

「この家に何の用事!?あなた、魔狼フェンリルよね!?」

 私達の目の前にいるのは、北欧最高神オーディンを滅ぼした灰色の巨狼…魔狼フェンリル!!

 北欧神話での世界の終末『ラグナロク』の際に、上顎は天に、下顎は大地に触れる程大きく口を開けてオーディンを飲み込んだと言う程の巨大さだ。

 目の前のフェンリルは、力を押さえているのか、大型犬のそれと変わらないが、気を感じ取る限りでは伝承は間違っていないようだ。

 神殺しが何故ここに?私とタマに緊張が走る!!

 そこに北嶋さんが平和そうにやって来た!!

「騒がしいな?誰か来たのか?」

 途端にフェンリルは、その牙を剥き出し、ニヤリと笑う。

「北嶋さんが目的!?」

──有名人よな勇!!

 私達は北嶋さんの前に立ち、盾となる。

「んお~?暑苦しい葛西じゃねーか?久しぶりだな。いや、今は秋だから丁度いい葛西か」

 北嶋さんが私達を押しのけて外に出た!!

「北嶋さん!危ないわ!って、か、葛西?」

 フェンリルに目を奪われて気が付かなかったが、確かにフェンリルの後ろに、相変わらず髪をドレッドにし、サングラスを掛けてニヤついている葛西がいた。

──貴様等の友人か?

 タマが威嚇をやめて良いものか悩んでいるように、私に聞いてくる。

「友人……まぁ、そうなるのかな……」

 取り敢えず葛西が連れて来たのなら安心だ。

 私も緊張を解き、外に出る。

「ん?何だこいつ?」

 北嶋さんがフェンリルに気が付き、その頭を撫でている。

 撫でる!?あの北欧の魔狼を!?

 驚いたのは魔狼もだが、私達もそうだ。顎が外れんばかりに口を開けたのがその証拠だ。

「ハッ!!フェンリルを前にしてもその態度!!相変わらずだなぁ北嶋?テメェ、九尾狐を飼ったらしいじゃねぇか?テメェには負けてらんねぇからな」

 葛西はフェンリルを北嶋さんの前に押し出す。謎のドヤ顔を拵えて。

「フェンリルって言う名前か?このグレーのポメラニアンは?」

 北嶋さんがフェンリルを抱き上げで笑う。

 抱き上げて!?あの北欧の魔狼を!?

 驚いたのは魔狼もだが、私達もそうだ。開けた顎が痛くなってきているのがその証拠だ。

──な!!この俺を抱き上げるとは!?

 一番驚いたフェンリルは暴れる事も無く、呆然としながら抱かれていた。

「馬鹿テメェ!!北欧の神殺しの狼だぞ!!なんだポメラニアンってよ!!」

 いきり立つ葛西に、私はそっと進言をした。

「多分だけど、フェンリルはまだ幼生なんじゃない?私達には灰色狼に見えるけど、魔力を全く感じない北嶋さんは、幼生そのままのフェンリルを見ているんだと思うよ?実際九尾狐も依代のフェネック狐としか見えてなかったし…」

 その言葉を聞いた葛西は、タマに目を向けた。

「…あれが伝説の妖狐、白面金毛九尾狐か…成程、確かにフェネック狐だな…」

 タマから目を外し、再び北嶋さんとフェンリルを見る葛西。

 抱き上げてはしゃいでいる北嶋さんに対して、咬み付きで対抗しているフェンリル。

「…確かに…魔力を反らして見るとポメラニアンだな…」

「当人、と言うか当狼はそれを一発で見抜かれたとは思ってないでしょうけどね…」

 私達も北嶋さんとフェンリルを唖然と眺めているしかなかった。

「む?」

 フェンリルを下ろし、一台の車を凝視する北嶋さん。釣られて私も見る。

「おい丁度いい葛西、お前バイクはやめたのか?」

「ちょっと寒いからな。つか、丁度いいってよ!!」

 北嶋さんと葛西が顔を突き合わせている最中、車から人が降りて来た。

「こんにちは」

 私に軽く微笑んで会釈をするその人は、肌が雪のように白く、金髪でかなり綺麗な人だった。

「あ、こんにちわ…」

 私も慌てて会釈を返す。

「………やい丁度いい葛西!!あれは誰だ?」

 北嶋さんが呆けながら美人さんを見ている。

「俺の女だ。ソフィアって言うんだよ」 

 葛西はフンと鼻を鳴らし、スッと恋人の傍に行き、腰を軽く抱く。

「あの土地に縛られていた人!?」

 葛西は軽く笑いながら答えた。

「ああ。テメェ等のおかげで呪縛は解けた。残りの仕事、フェンリル捕獲が終わって自由に出掛ける事ができたって訳さ!!」

 成程、葛西は北嶋さんに対抗する為にフェンリルを捕らえたのは間違いないけど、恋人の為でもあったのか。

 私が良かったね、と言おうとした一瞬前、北嶋さんが葛西に飛び掛かった。

「うおっ!?」

 いきなり飛びかかられた葛西はバランスを崩して倒れた。

「何をするのよ北嶋さん!!」

「キョウ!!」

 ソフィアさんが葛西に駆け寄る。それを手を翳して止める葛西。

「テメェ北嶋!!何しやがる!!」

 沸々と怒りが込み上がったように、ゆっくりと立ち上がる。

「丁度いい葛西!!お前わざわざパツキン美人と付き合っていると自慢しに来たのか!!遠路はるばる自慢しに来たのか!!要するに自慢かこの野郎!!」

 こちらも理由が無茶苦茶ながらも怒っている。全く共感できない怒りでどうしようもない。

「自慢とかじゃねぇが……」

 普通にお礼を言いに来たであろう葛西。それをアタフタしながら見ているソフィアさん。私はただ溜息を付いていた。それ以外どうしろって言うのよ?

「うるせえ!!そこまで言うなら勝負してやるよ!!」

 何をどう捉えれば勝負になるのか解らないが、葛西の怒りはすっかり消えて呆然とし、北嶋さんは油を注いだように怒り狂っていた。

「北嶋さん、何が気に入らないか解らないけど…」

 本当に仕方なく宥めに入る私。

「神崎!!お前はどっちの味方だ!?丁度いい葛西があんな嫌がらせをしてきたと言うのに庇うのか!!」

 何故か私に喰ってかかって来た。

 悪い癖と言うか何と言うか、北嶋さんはたまに、いや、しょっちゅう話にならなくなる時がある。

 神仏と対話して根気よくなった私だが、北嶋さん相手には遠慮はしない。どうせ暖簾に腕押しだし。

「訳解らない事言うんじゃないわよっ!!」

 そんな訳で北嶋さん相手には全く堪える事が無い私の拳が、北嶋さんを捕らえた。

 北嶋さんが鼻血を噴射しながら倒れ込み、葛西は無表情でそれを見て、ソフィアさんは悲鳴に近い叫び声を挙げた。

 お客様に日常を見せるのは憚れるなあ、と漠然と思った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


──何なのだあの男は!!

 仮にも己を服従させた葛西亨に無茶苦茶な言い掛かりをし、勝負しようと試み、尚美に殴られ倒れた勇を見ながら口を大きく開けていた。

──解らぬが、あの男といると調子が狂うのだ

 妾は魔狼と言葉を交わす。

──貴様もあんな調子で懐柔されたのか?

 魔狼が驚きながら妾を見る。

 魔狼も感じている筈だ。妾の力を。その妾が大人しくここに居るとは考えられぬだろう。

──さてな。妾も解らぬ

 妾の率直な答えがこれだ。実際本当に解らぬのだから。

──それにしても…

 魔狼は口惜しそうに呟く。

──俺をポメラニアンだと………

 ガックリと肩を落とす魔狼。魔力を避けてみれば小型犬のそれの姿。

 捕えていたと言う女も、服従させた葛西 亨も、勿論尚美も、そして妾もその魔力で魔狼を、脅威と、強者と判断したが、勇は本質を見抜いた。

 見抜いたと言うか視えなかったからそう見えたのだろうが、魔狼にしてみれば一発で見抜かれた形なのだ。驚きもそうだろうが、落胆の方が大きいだろう。

──妾などフェネック狐だぞ

 慰めの意味を込めて魔狼の肩をポンと叩く。

──貴様は国滅ぼしで俺は神殺し…その俺達を小動物扱いかあの男は…

 慰めようがなかった。落胆が目に見えるのだから。肩を落とし過ぎだろうに。いや、思えば妾もそうだった。

──あの男には何をやっても何を言っても無駄だ。慣れるしかないのだ魔狼

 そう、妾は慣れたのだ。

 規格外の人間には慣れるしかない。

 しかし妾より魔狼は幾分マシだろう。

 魔狼が従っているのは、あの男ではないのだ。

 無茶苦茶で圧倒的な北嶋 勇ではないのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 些かムカつくところはあったが、俺は北嶋。寛大な男。

 よって俺に数々の無礼を働いた葛西の事は一先ず棚に上げて、家に上げてやった。

「神崎、お茶。丁度いい葛西には水道水でいいぞ」

 わざわざ俺に自慢する為に訊ねて来た丁度いい葛西を持て成してやろう。

 この俺の素晴らしい人格に感涙するがいい。

「テメェふざけんなよ!!訊ねて来た客に水道水を出そうとか、性格が悪すぎるだろ!!」

 言いながら俺の正面に座る葛西。パツキンはやや遠慮がちに葛西の隣に座る。

 葛西と交換して俺の正面に座らねーかな?パンツ見えると言うラッキーが起こるかもしれんし。

 そう言いながらもパツキンはジーンズだが。ジーンズからパンツを見ようとする為には脱がさなきゃいけないが。

「テメェ、ソフィアを視姦してんじゃねえ」

「視姦とは人聞きが悪い。凝視していると言え」

「同じだろうが馬鹿野郎が」

「はいはい、言い合いもいいけど、お茶飲みながらね」 

 丁度良く神崎が全員の茶を煎れて戻って来た。葛西にもお茶だった。水でいいのに、こんな奴。土産も持ってこない非常識な人間なんだぞ。

 そして俺の隣に座った神崎が、葛西とパツキンを交互に見て嬉しそうに言う。

「良かったね葛西、ソフィアさん。呪縛が解かれて」

 そういや葛西がお前等のおかげで呪縛が解けたとか言っていたな。

 つまり俺のおかげだって事だよな?

「おい葛西、そんな大恩がある俺に対してお土産の一つも持ってこないとは、一体どう言う事だ?」

 これは人間ならば最低限必要だろう礼儀だ。

 助けて貰ったら有り難う、お礼にお土産を貰ってくれませんか?とひれ伏すのが最低限の礼義だ。

「テメェには礼は言いたくねえ」 

 ツーンとそっぽを向く丁度いい葛西。こいつ一回ぶん殴って躾なきゃ駄目だな。小汚ない爺さんの教育不足を俺が行うのもおかしな話だが、俺は寛大で慈悲深い故に致し方ない。

「ご、ごめんなさい…私としてはお金も用意したかったのですが、キョウがいらないと…義父様もお金は出さなくてもいいと仰ったので…」

 本当に申し訳なさそうに項垂れるパツキン。つか項垂れたのか辞儀なのかの判断が難しいな。

「お金はいいんですよソフィアさん。あれは依頼じゃないですし、云わば偶然の産物ですから」

 まあ、神崎の言う通り…つーか、俺が何かした訳じゃないから、金貰っても戸惑うだけだが。

 つか、俺マジでなんかやったっけ?葛西をケチョンケチョンにしたくらいじゃなかったか?

「おい葛西、俺が何をやったんだ?そんな俺に大感謝とは、一体どう言う事なんだ?」

「大感謝って…まあ俺は兎も角ソフィアはそうだろうさ。俺はテメェに頼らずとも自力でどうにかするつもりだったからな」

 相変わらず感謝の意は示されていないが、パツキンは俺に大感謝しているって事だよな。

「本当に感謝しています。私が自由に動けるようになったもの北嶋さんのおかげですから」

 今度は解ったぞ、深々と辞儀したんだ。項垂れた訳じゃないって事だ。

 俺が何をしたのか解らんが、感謝されるのは気持ち良いので、黙って感謝されてやろう。

「気にするな。俺が何をやったのかは解らんが気にするな。丁度いい葛西には絶対に不可能な事を、平然とやり遂げただけなのだから」

「テメェがそんなんだから素直に礼を言えねえって心情を察知しろ」

 なんと。自分が非礼なのを俺の責任にするとは…

 こいつは一般常識が全く解っていないな。まあ、教養とは無縁の人相だから仕方ない事か。

 一般常識を教養と一緒にしてもいいのかは不明だが、相手は葛西だ。どっちにも当て嵌るから問題は無いだろう。

 まあいいや、とポメラニアンを見る。

 ウチのタマと居間の隅っこでなにやら談笑しているようだが、涙目に見えるのは気のせいか?

「んで、あのポメラニアンが何だって?」

 北欧の神殺しの魔狼とかなんとか。

「だから、テメェが九尾狐を飼ったっつうから、対抗してフェンリルを…」

「俺がペット飼ったから、自分も羨ましくなって飼ったって事か?」

「……もういい。所詮テメェにはその程度って事だ…」

 なんかガッカリして項垂れちゃった。フェネックの方が欲しかったって事なのだろうか?

「あのさ、こういうのは縁だと思うんだよ。だからいくらお前がフェネック狐が欲しかったとしても、縁があったのがポメラニアンなんだ。だから捨てないで飼い主としての責任を全うしてだな…」

 折角飼ったペットを捨てようとしないよう、上手く諭そうとする俺。

「だから、ポメラニアンじゃねぇし、そもそもこんな物騒なヤツを捨てるとかあり得ねえし……いや、もういいっつたろ。テメェが心配するような事はしねえからよ」

 酷く疲労しているような葛西。それに同情するような神崎とパツキンの視線。

 正直言って解らんが、捨てないのならいい。生き物を飼った責任を果たすと言うのならそれでいい。

 ……散歩は責任放棄にならねーよな?神崎がやっているし…多分セーフだろう。うん。

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