悪神殺し

 尚美が倒れた!!

 海神は尚美の前に庇うように出る。

──悪神めが!!

 怒りにより、神気が溢れて出て止まらない様子だ。

──貴様!!妾の首輪を取れ!いかに悪神とは言え、貴様と妾が手を組めば!!

 妾は海神に掛けより、後ろ脚で飛び跳ねて要求する。

──…よかろう。だが、手出しは無用…貴様が尚美を護ると言うなら外してやろう!

 妾は暫し考えて頷く。

──良いだろう!!だが貴様が敗れたならば、妾がきゃつを叩くぞ!!

 海神は妾の方を見もせずに首輪を外した。

 瞬間!悪神の前に素早く出る海神!!

──古き悪神よ!!我が相手だ!!

──龍神が相手か?まあ良かろう!!

 対峙する古の悪神と海の守護龍神…力量は五分に近い…だがそれよりも、尚美をあの戦いの巻き添えにする訳にはいかぬ。

 妾は早速力を解放した。

──ぁぁぁああああああああああああああ!!!

 依代の子狐から本来の姿、白面金毛九尾狐へと変化する。

 妖気もかつての妾と同じくらいに漲っている。

──それが真の姿か?この国最強の獣の王とはよく言ったものだな!!

 悪神は海神から目を離さずに妾に話し掛けた。

──尚美の護衛は引き受けた!!貴様の力、思う存分奮うがよい!!

 妾も悪神に返答をせずに、海神に宣言した。

 海神は尚美を巻き添えにせぬよう、妾に護衛を頼んだ。

 その責務を十全にこなそうか!!

 倒れている尚美の前に立ち、障壁を張る。

 悪神が尚美に狙いを定めてとどめを刺しに来た場合、妾が迎え撃つ!!

 海神もその力の全てを賭けなくば、悪神は倒せぬ。

 尚美を気遣う余裕がない。ここは妾に任せよ!!

──頼んだぞ狐!!

 悪神に向かって牙を見せる海神。

 悪神もその鋭い爪を前に出す。

 本当に今直ぐ始まるであろうその時!!

「あれ?何だよ、こんな所で倒れてさ?具合でも悪いのか?」

 男が袋いっぱいに菓子を詰めて帰宅して来た!!

──なんだぁ?この男?

 悪神が拍子抜けしたように男を見る。

──勇!!どこに遊びに行っておったのだ!!

 海神が男を叱る。

──貴様!!今頃ノコノコと!!

 妾も男に牙を剥く。

 そんな妾の前にしゃがみ込んで、依代である子狐の頭の位置を撫でる男。実際の妾は本来の姿に戻っていると言うのに!!

「そーか、倒れた神崎を守っているのか!!偉いぞタマ!!」

 グリグリと妾の頭を撫でながら更に言葉を続ける。

「何かコンビニに行ったら、新型インフルエンザが流行しているってニュースで見てさ。神崎も感染しちゃったのか?」

 倒れている尚美の額に手を当てる。

「酷い熱だな…さっきまで何ともなかったのに…」

 男が尚美を抱き上げようと触れた瞬間、尚美が目を醒ました。

 一応ながら安堵した。意識を取り戻したのだ。早く治療すれば大事にはならぬと。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「お?気が付いたか神崎?」

 朦朧とし、霞む目で北嶋さんを見た私は、心から安心した。

 これでパズズは倒せる。

 海神様やタマなら、負けないまでも深手を負うだろうけど、北嶋さんなら……

 腕で地面を突っ張り、無理やり上体を起こして地面にペタンと座る。

「大丈夫かよ?ベッドで寝た方がいいぞ?丁度良くアイスも買って来たんだ。ほら」

 安価な棒状の氷菓子を私に渡す。

「後でね………代替の目っ!!」

 ギリギリ残っている精神力を繋ぎ、北嶋さんに『視せる』。

「何だよいきなり……何?このバカみたいにデカい狐は?」

 私を護るように立ち塞がっていたタマに気が付いた北嶋さん。

 力を完全に解放したタマは、人間を一飲み出来る程の巨躯、九つの尾、金色の毛を靡かせて、白い顔を私達に向けていた。

──貴様!!尚美がこんな目に遭っている時にクワー!!?

 タマが鼻を押さえて俯いた。北嶋さんがいきなりタマの鼻を殴ったからだ。

「お前が獣の王とやらかコラ!!雑魚共の仇討ちでもしようと、わざわざ家にやって来たのか狐!!生皮剥いで毛皮屋に卸してやらぁ!!」

 北嶋さんは、そのままタマの顎を蹴り上げる。

――クワー!!!

 あの巨躯が比喩じゃなく一回転した。縦に。呆れた馬鹿力だ。

 いや、感心している場合じゃない。止めなきゃ…

「北嶋さん…それはタマよ…」

──貴様が嫌がる妾を無理やり連れて来たのだろうが!!

 タマは転がりながら恨み言を言う。

「タマ?タマはフェネック狐だろ?こんなにデッカクないぞ?おっ、海神が庭にいるとは珍しいいな?」

 神様に向かって馴れ馴れしく手を上げる北嶋さん。敬意とか敬いとかを少しは表して欲しい。

──勇、貴様が蹴ったのは白面金毛九尾狐…貴様がつい先程まで可愛いがっていた小動物よ

 パズズと対峙して、かなりの怒気を発していた海神様が、呆れて怒気を収めてしまった。

「何?やっぱりこのデカい狐がタマなのか?面影がある筈だなタマ~!!」

 焦ったように、殴った、蹴った箇所を撫で回す北嶋さん。

──貴様!絶対許さんからなあ!!

 涙目になって訴えるタマ。

「北嶋さん…私は具合が悪くて精神力が少ししか保たない…私が気力を繋げられる間、奴を倒して…」

 抜け出る力を振り絞り、パズズに指を差す。

「なんだお前?見るからに悪そうなツラしてんなぁ?」

 海神様が北嶋さんの前から退き、パズズへ繋がる目の前を開けた。

──勇!!短期決戦だ!よいな!?

 簡単に退いた海神様を見て、驚きの表情をしたタマ。

――そ、それ程までなのかこの男…

 慄くように引き攣りながら言った。

「じゃ、最初から全力で行くか」

 北嶋さんが手を翳すと草薙が現れる。

――なんだこいつは?俺の力が解らん訳でもあるまいが!貴様も流行り病に苦しめ!

 パズズが手を翳すと熱風が北嶋さんを襲った。

「ちょっと肌寒いから丁度いいな。もう少し温度下げてくれたら有り難いけど」

 熱風をまともに受けながら間合いを縮めていく。威風堂々と、なにも恐れずに。

──貴様もその女のように特別に発症させてやるわ!!

 笑っているパズズの前に立った北嶋さん。

「うらああああああああああ!!!」

 翳していた手のひらに向かってジャンプし、殴りつけた!!

──うおっ!?

 そのままの体勢で5メートル程下がった。いや、下げられた。

 庭の土が轍のように窪んだ。

──な、なんだと!?

「デッカイだけか化け物が!!キンタマぶん殴られなかっただけでも良しとしろ!!」

 パズズはあのタマよりも更に大きい。

 ジャンプしただけじゃ股間には届きそうもないけど…北嶋さんだったら普通に届くんだろうなあ…呆れた身体能力だ。

――ふん!!まあ直に貴様も病にかかる筈だ!!俺はそれを愉快そうに眺めるだけよ!!

 パズズは北嶋さんにウイルスをばら撒いた筈。

 発病する前にケリをつけなければ……

「お前如きにこの北嶋がやられるかウドの大木が!!」

 北嶋さんが草薙を抜いた。

──な!!なにっ!?

 一瞬脅えたように怯んだパズズだが、直ぐに落ち着きを取り戻した。

──ガ!ガハハハハハ!貴様身体は平気か?そろそろ発病する時だがな!!

 しかし聞きはせずに北嶋さんが草薙を振るう。

──確かに凄まじい神気だが、この俺の…くは!!

 草薙を振り下ろした北嶋さんは、パズズのガードで伸ばした手のひらを斬った。

──うおおおおおおおおおお!!

 斬られた右手を押さえて膝を付くパズズ。

「いい高さになったじゃねーかよ化物!!」

 パズズの角を掴み!!

「うらあああ!!」

 そのまま地面に投げつける!!

──ぐうぅおおお!!

 パズズはそのまま地面に転がった。

「短期決戦だったな?」

 草薙を首に添える北嶋さん。

──貴様、そろそろ発病してもおかしく無い筈!!全く力が衰えないとは一体どう言う事だ!?

 パズズが目を剥き出しにし、北嶋さんに疑問を呈する。

 対して北嶋さんは何言ってんだこいつみたいな顔を拵えた。この状況に置いても呑気だなぁ…それが北嶋さんの強さの一つなんだけど。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あん?何言ってやがる?時間稼ぎのつもりか化け物?」

 さっきから感染だの発病だのと、まるで自分が新型インフルエンザをばら撒いているような言い方だ。

 俺はぶっ倒れながらもガンくれている化け物の目ん玉に爪先で蹴りを入れた。

──ぎゃあああああ!!

 目を押さえてゴロゴロ転がる化け物。

 ナリがデカい為に、転がればアホみたいに埃が立つ。それもイラッとする話だ。

「止まれ化け物!!俺ん家で粉塵公害とか冗談じゃねーぞ!!」

 化け物の顔に靴の裏でいい感じに踏み付けて動きを止める。

──ギ、ギザマ!!この俺に何という無礼を!!俺は古代バビロニアのパズズぐあああああああっ!?

 ぎゃあぎゃあうるせー化け物の口を踏み付けて黙らせる。

「お前が何者か知るか!!つーかそんな昔のヤツなんかマニアじゃねーと知らねーよ大木!!」

 俺が知らな過ぎかもしれんが、パズズなんて化け物は聞いた事もない。

「ん?って事はお前、妖みたいに忘れ去られりゃ力が無くなる訳か?だから悪さして興味引いてんのか?ところでお前、何やらかしたんだよ?」

 神崎が倒れていたところを見ると、恐らくこの大木の仕業だろう。

 少しばかり聞いてみるのも悪くはない。

──貴様に語る事などないわ!!

 大木が力を振り絞り、立ち上がる。

「なんて奴だ!!この俺がわざわざ歩み寄って親切に聞いてやってんのにだ、お前そんなんだから忘れ去られんだぞ?」

 こんな恩知らずな解らず屋は初めてだ。俺の平和的話題を無視して死期を早める事を選ぶとは。

 んじゃあご要望通りにぶっ殺してやあろうかなっと!!

 腰を下ろし、草薙を鞘に収める。

──発病を待つまでもない!!八つ裂きにしてくれる!!

 大木が結構なスピードで爪を伸ばしている腕を伸ばす。

「うおっと!!」

 居合いの間合いを一瞬で詰める辺り、なかなかの技量だ。抜刀したくても近過ぎで刀が抜けん。

 仕方ないので、ジャンプして不細工なツラに頭突きをかます。

──ぬううわあああああ!!ふんがああああ!!

 大木は俺の頭突きにカウンターを当てるように、自分も頭突きをかまして来た。

「そんなデカいナリでかます頭突きなんて楽勝で躱すわ」

 確かに楽勝で躱した俺だが、空中でバランスを崩して大木に捕まってしまった。

──もらったわ子バエ!!

「あ、捕まってしまったか」

 まあ問題ない。デッカイ分際で予想より力が無さそうだし、こんなの簡単に抜け出せる。

──大した余裕だな!このまま握り潰してやろう!

 大木は俺を捕らえている手に力を込める。

「いででで!!内臓が出そうだぞこんちくしょう!!」

 俺は両腕に力を込めた。

 この俺を捕えたと錯覚している目出度いウドの大木にほんのちょっとだけ力合を見せ付けようと思ったのだ。

 そうなのだ。捕まったのは演技なのだ。わざとなのだ。決して超甘く見ていて油断しまくっていた訳じゃない。断じて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺の手の中に在る男が愚かにも力任せで俺から脱出しようと、腕に力を込めているのが解った。

──馬鹿者が!!貴様如きが力で俺を凌駕できるとでも思っているのか……!?

 俺の指がだんだんと緩んできている?

「ふんががぎぎぐが!!」

 顔を真っ赤にして、男が腕を広げようとしている。その力に押され始めている?

 慌てて両手で男を押さえた。

──人間にしてはなかなかの力だが、それでも俺には及ばぬぞ!!

 負けじと力を込める。

「うっせえ大木!!人間の力を舐めんじゃねぇ!!」

――確かにたかが人間にしては抗いが酷いな?早く諦めて死ね!!

 俺は更に力を込める。潰して肉塊にするつもりで。

「んんんんんんんんああああああああああ!!!」


 ブチブチブチッ


 俺の力を凌駕して男が腕を大の字に伸びた!!

──な!何!?

 俺の手が緩んだ隙に、あの剣を抜く男。

「だから舐めんなっつったろうが大木!!」

 俺が剣を俺の手首に振り下ろした!!


 ボトッ


 何か落ちたような音がし、男が同時に地面に着地する。

──ああああああああああー!!

 落ちたのは俺の右手首!凄まじい痛みと共に、落ちた右手首が黒い霧となり、消滅していく!!

「おい大木、右手首だけじゃ済まねーぞ」

 あの剣を俺に向け、不敵に笑う男。

 失った右手首が完全に消え去って、斬られた方の腕からも黒い霧が発生している!!

───こ、これは!?

「遊びは無しだっつったろうが」

 向かって来る男!この俺相手に怯む様子を全く見せずに!!

──おあわああああああ!!

 左手で熱風を発生させる。その間にも、だんだんと右腕が消滅していく!

──拙い!!

 右腕を気にしながら熱風を発生させている男の前で、およそ信じられない事が起こった。

「この熱っちい風を斬れ!!」

 男が上段に構えた剣を振り下ろすと、俺の熱風がまるで空気の柱にぶつかったが如く、男を避けて左右に流れて行ったのだ!!

──俺の熱風を斬っただと!?

「おら!ボーっとしてんじゃねーぞ大木!!」

 下段に下ろしていた剣を跳ね上げる!!

──くあっっっっ!!

 紙一重で躱す!!

「お?なかなかやるな大木?それはそうと、右腕が肘まで消滅しちゃっているぞ?」

 ニタニタしながら俺に切っ先を向ける。

 男が指摘したように、俺の右腕が肘まで消滅していた!!あの黒い霧となって霧散しているように!!

―――腕が消えて…いや、滅せられていく!?

 なんだあの男は!?技量もパワーも然る事ながら、これ程の神具を意のままに扱えると言うのか!?

 神にすらも怯まない魔王中の魔王のこの俺が…圧倒されているのも信じ難いが、驚嘆、驚愕を相手に抱く事も初めてだ!!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎の術で『視える』ようになって非常に便利になったとは言え、視えるって事は、対話もできるし存在も理解できる訳だから、こっちにもダメージ喰らうってのがネックだな。

 まぁ、そんな大したヤツじゃなさそうだから良かったけど。

 握り潰されそうになった時はちょっとだけ焦ったが、いや、ホントちょっとだけだぞちょっとだけ。実際以前バイトしていた工事現場で大型ローラーに踏まれた時に比べりゃ屁でもないし。

 あの大木は草薙に斬られてだんだんと消滅していっているが、右手首だから時間が掛かりそうだな。

 ここは一発、とどめを刺してやった方が、あの大木の為でもあるな。

 俺は向けた切っ先をそのまま突いた。

──おおおっ!!

 大木はそのウドの大木とは見合わない動きを見せて、突きを躱した。

「馬鹿だなお前?一思いに死んどけば、苦しまなくていいのによ?」

 呆れる俺。人の善意を真っ向から否定するとは、とんだマゾだ。

──確かに、斬られた箇所から消滅していっているのが解る……だが!!

 大木は消滅していっている右腕をバクリと咬み、そのまま引き千切った!!

「ほわああああああああああ!!痛いだろ!!馬鹿かお前!?」

 凄ぇドン引きするだ。あまりのドン引きに腰が引けた。

──これ以上消滅する事はない!!

 やけに得意気だが、額から出ている脂汗が痩せ我慢全開なのを証明している。

「まぁいいや、右腕無くなったのは変わりない訳だしな」

 再び草薙を鞘に収めて居合いに構える。

──貴様…本当に何故発病しない?

 大木が脂汗全開で俺に聞いてきた。

「さっきから新型インフルエンザばら撒いてんのは自分みたいな言い方だが…まあいいさ。哀れな大木過ぎるお前に教えてやるよ。俺はウィルスを濾過する空気清浄機持っているから感染しねーんだよ」

 胸に掛かっているペンダントをさり気なく見せつけてやる超優しい俺。

 大木が目を細めてそれを見る。

 いきなり目を見開いて若干だが退いた。

──貴様!!まさかそれは賢者の石か!!

「なんだ?知ってんのか。意外と有名なんだなコレ」

 大木が飛び跳ねんばかりに驚く。背筋がピーンと後ろに反ったのだ。

「インフルエンザ怖いからな。ついでに悪性ウィルスも空気に変えるようにして貰ったんだよ」

 そうなのだ。さっきコンビニに行った俺は、客やらニュースやらがインフルエンザがこの界隈に広まっている、と言う情報にビビり、石に悪性ウィルスを空気に変換するよう、願ったのだ。とは言え、俺の周りだけだが。

──賢者の石を意のままに御せるのか貴様!?……そう言えば、俺の腕を斬った剣……あれ程の神気を発する神具となれば…もしや皇刀草薙か!!

 大木が今更ながらビビっている。

「何でもいいだろ?どうせお前はここで死ぬんだから関係ねーし」

 腰を下ろして重心を低くする。

──何故貴様が三種の神器を扱える!?

 ビビって問い掛けてくるが、面倒だから返答はしない。短期決戦な筈だが意外と時間喰ったなあ。

 まあいいだろ。これでぶっ殺ろすから。

 柄に手を添える。


 クラッ


 ん?何だか目が霞むな……周りの風景が回って来たな?

 何で?

 あれ?大木がだんだん霞んできたぞ……?ヤバいんじゃね?コレ?

 インフルエンザに感染した訳でもないのに、何故目眩がする?

 しかし自分の体調は何ともない。と言うか俺は病気した事が無いからこれがインフルエンザなのか、ただの風邪なのかも解らないけど…おかしい事には変わらない…

 まさか!?

 慌てて振り向く!!

 タマの後ろにいて、俺に視せる為に踏ん張っていた神崎が、頭を振っている。

 神崎の精神力が限界に近いのか!!

 インフルエンザに感染してなきゃ、まだまだ余裕な筈だが、今は体調が悪過ぎだ!!

 どうする!?

 どうする!?

 珍しく焦った。視えなくなると、大木の攻撃は俺には無効になるが、神崎がヤバいからだ。

「タマ!!ちょっとこっち来い!!」

 居合いの構えのままタマを呼ぶ。まだ若干の余裕があるとはいえ時間の問題だ。事情を話して神崎の病気を取り除けるか聞こう。

──何故妾が貴様の元に行かねばならぬ!!護るは尚美…貴様の戦い振りならば、その悪神にも勝利できようが!!

 タマはプイッとソッポを向きやがって、俺の呼び掛けに応えようとしない。

 ちくしょう!!あんなに可愛がってやったのに!!

 散歩だって、サボったのは今日が初めてだぞ!!

 いや、昨日からだった。さり気なく嘘をついたな。

 それは兎も角、油揚げだって腹いっぱい食わせたじゃねーかよ!!この恩知らずの小動物が!!

 と、文句を言っても仕方ない。

 ならば海神を呼ぶ!!

「海神!!ちょっとこっち来い!!」

 この病気はウドの大木が発症させたことは間違いない。ならば神であるウチの守護神が神崎を癒して…

──勇…貴様は我に対する尊敬と言うか、気遣いと言うか、そういうのが欠落しておるよな?我を動かしたくば、少しは我にだな……

 クドクドと小言を言い始めた海神。俺の呼び掛けに答えずに愚痴に近い説教を言いまくる。

 ちくしょう!!毎日掃除やお供えを欠かしていないのに!!

 八割は神崎がやっているけど。しかし俺もたまにやってるじゃねーかよっ!!

 神崎にぶん殴られた後にな!!

 あああああ!?

 そうこうしているうちに…

 目が………!!

 遂に俺にはさっきまで視えていたウドの大木が視えなくなってしまった。

 つまりは神崎が気を失った事を意味している訳だ。

 俺は神崎の元にダッシュで駆け寄る。

 今はフェネック狐にしか見えないタマが驚いて避けた。

「神崎!!しっかりしろ!!」

 背中に腕を回し、抱き上げる。

 熱で苦しんでいるのが、眉根を寄せて苦悶の表情だ。

 いいかも。

 苦しんでいる神崎がたまらなく色っぽいなぁ…

 じゃねーよ。そんな場合じゃないだろ俺!!

 インフルエンザもヤバいが、ウドの大木もヤバい。気を失った神崎に襲い掛かって来るかもしれない。

 取り敢えず神崎を抱き上げ、家の中に駆け込む。

 タマが口をあんぐり開けていたが、気にしている場合じゃない。

 家に入った俺は居間のソファーに神崎を寝せ、石橋のオッサンから習った札を頭の方に置いた。

 侵入禁止の札だ。

 更に、常に持っている知恵熱対応用の冷えピタを神崎の額に貼り、毛布をニ、三枚掛ける。

 これで何とか踏ん張ってくれ…

「神崎、取り敢えず勘でやってくるから。少し待ってな」

 聞いているのかいないのかは不明だが、俺は再び外に出る。

 ウドの大木にとどめを刺す為に。

 俺の女を病気にしやがったウドの大木は塵ひとつこの世に残さない。あの世にも行かせない。

 肉体も魂も完全に消滅させてやる!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る