異形なる者への依頼

 女と海神にまんまと退けられた九尾様の百鬼夜行は、半数にも満たない数まで減らされた。

──残ったのは半分以下か…どうする?最早九尾様の奪回は我等では荷が重すぎる…

 鎌鼬が珍しく弱音を吐いた。

──元々我等は九尾様により集められた一匹の妖。統率が取れぬ状態は、やはり無謀だったかもしれぬ

 一つ目入道が正論を吐く。

──それでも我等は九尾様を奪回せねばならない。我等妖の悲願、人間界の転覆は、九尾様無しでは有り得ぬからだ!!

 妖達九尾様の百鬼夜行は、その目的でのみ繋がっていると言っても過言ではない。

──しかし正直言って、戦力となるのは、大天狗のお主と一つ目入道、それに俺、鎌鼬くらいしか居らぬ。その俺達が易々と退けられたのだぞ?

 鎌鼬が弱気になるのも理解ができる。

 女があれ程の術者とは思わなかったが、あのまま行けば我等が勝っていた。

 誤算は海神の存在…

 女によって半数以上減らされ、海神によって力の差を見せ付けられた儂達には、自力で九尾様奪回は難しいかもしれない。

──儂等が勝てぬ相手ならば、勝てる相手に戦って貰うしかない…

 名案を思い付く。我ながら大した案だ。

──何を言っておる?九尾様程の大妖が居る訳が……

 鎌鼬が首を振って否定する。

 確かに九尾様以上の妖はおらぬ。だが、それに近い力を持つ者ならば居るのだ。

──もしや酒呑童子か!?

 一つ目入道が青い顔をして叫んだ。

 儂は静かに頷いた。

──しかし…あ奴は九尾様の誘いに乗らずに、九尾様と敵対した筈では?

 だからこそ、頼むに値する大妖だろう。

 酒呑童子は、丹波の国の大江山に住み、京の姫君達を次々と拐かしていた。

 そこで朝廷の命により、源頼光と雷光四天王が退治に向かう。

 頼光と雷光四天王は、僧に化けて童子に近付き、親しげに酒を勧めた。

 酔った童子が自身を語る所によれば、越後の国が生地で、山寺の稚児であったが、僧達を殺し逃亡、比叡山に住み着く。

 そして、最澄によりそこを追放され、大江山に移った。

 更に空海により大江山を追われたが、空海の死後、再び大江山に舞い戻ったという。

 夜がふけると、童子は正体を現した。

 その姿、身の丈ニ丈(約6メートル)、髪は赤く焼け、髭と眉毛は茫々と茂り、手足は熊のようだった。

 頼光達が童子に勧めた酒には毒が入っており、酔いと毒が回った童子を鎖で縛った上で斬り付けた。

 怒り、嘆いたが、あえなく成敗されたという。

──九尾様奪回には手を貸さずとも、人間を憎むのは我等以上の筈!!しかも九尾様を封じた人間だ!!酒呑童子が力を試したがる筈!!

 実際に九尾様に誘われた時に、自分より弱い者にはつかない、とし、勝負を申し込んでいる。

 しかし、何故か九尾様は相手をせずに、そのまま後にした。

──成程!!では早速参ろうか!!

 我等は急いで酒呑童子の住む場所に向かう事にした。

 酒呑童子ならば、海神にも引けは取らぬ筈。

 九尾様が唯一、相手にしなかった存在。

 人間界に棲む鬼の王…それが酒呑童子だからだ。


──我等三匹だけで良かったのだろうか…?

 長き道のりを疾走し、漸く大江山に着いたと言うのに、一つ目入道が怯んでいる様子を見せた。

──半数以上になったとは言え、ぞろぞろと来られたのでは、逆に逆撫でするのではないか?

 九尾様の配下全員に来られたら、もしかしたら奇襲と認識され、全滅になるやもしれぬ。

 故に儂と鎌鼬、一つ目入道が代表で来たのだが、一つ目入道も鎌鼬も、酒呑童子の妖気に当てられ、すっかり怯えているようだ。かく言う儂もだが…

──で、では早速参ろうか……

 鎌鼬が恐る恐る歩みを進める。儂も一つ目入道も、それに続いた。

 大江山に入った途端に感じた妖気は、九尾様に及ぶまいが、儂等を怯ませるには充分過ぎた。

 腰が退けて、思うように歩みが進まぬ。それでも儂等達は歩みを止める訳にはいかぬ。

 普段ならばとっくに到着している筈の距離を、儂等は半分も進んでおらなかった。それ程までに濃い妖気だった。

──この洞窟に……居るな……

 大江山中腹にある草木が茂っている洞窟…人間が間違っても来れそうもない場所に、それは在る。尤も、人間には酒呑童子の姿は見えぬが。

──御免…酒呑童子殿…居られるか…?

 居るのは解っておる。

 膝を付きそうになる程の妖気、流石に留守中には感じぬだろうから…


 ドン!!


 奥から足音が聞こえる。


 ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!


 遠くから聞こえている筈なのに、直ぐ底に居るような大きな足音だった。


──アアア…


 儂等の心の臓の鼓動が大きくなる。


──ァアアアアアああああっ!?なんじゃ貴様等はぁ!!?どこの妖じゃあ!!!

──ひぃぃぃぃぃぃ!

 一つ目入道が腰を抜かしてへたり込んだ。

──ま、待てっ!!話を聞いてくれっ!!

 鎌鼬がいきなり平伏する。儂もそれに。倣った。

──何用じゃあ聞いておるのだ糞雑魚共があああ!!!

 酒呑童子は、その巨躯でワシ達を上から睨み付け、口から怒気を吐き出した。

 すっかり怯んで身体が動かなくなる前に、持参した酒を酒呑童子に差し出す。

──酒呑童子殿!!先ずはお久しゅう御座います…

 勿論平伏した儘。

──ああ~ん?…貴様等など知らぬわ。まぁ酒は有り難く貰っておくがなぁ!!

 酒樽を奪うように取り、一口で飲み干した。

──足りぬなぁ!!まぁ良い。話くらいは聞いてやるわ!!


 ズウウン!


 ペタンと座ると地響きが起きた。

 儂等はよろけながらも、酒呑童子の前に漸く座れた。安堵した。とても。

──実は…九尾様が人間に捕まり…

 儂はこれまでの出来事を話した。

 ある男により、攫われた九尾様…

 奪回を試みた所、女と海神によって半数以下まで減ってしまった百鬼夜行…

 酒呑童子は興味もなさそうな表情をしながらも一応聞いている。

──そんな訳で…恥ずかしながら儂等では力不足…酒呑童子殿の御力をお借りしたく参った次第で御座います…

 地面に額が付く程に頭を下げた。

──ふむ、九尾がな…貴様等も余程驚いた事だろうが、結論から言うが、俺には無理じゃ

 酒呑童子はいとも簡単に、あっさり過ぎる程無理と言った。

──無理とは!?やはり我等には御力を貸して頂けぬと言う事か!?

 あの酒呑童子を前に思わず声を荒げてしまった。

 ギロリと儂を睨む酒呑童子。氷水を浴びたように背筋が凍る。

──俺は人間に使われておったからじゃ!!だから人間には手出しできん!!尤も九尾だけは匂いか何かで見抜いたのか、そのまま去ったようだがな!!

 儂等は酒呑童子が狂ったのかと思い、顔を見合わせた。

 酒呑童子が人間に使役されていた?それに九尾様があっさり引き下がったのは酒呑童子が人間に仕えているのを知ったが為?

──冗談はやめ…

──冗談などではないわぁ!!黙って話を聞け糞雑魚共が!!

 ビリビリと怒号が響き、儂等の言葉は遮られた。

 酒呑童子はそっと目を瞑り、昔話を語り出す。その表情はとても懐かしんでいる。狂暴な鬼にしては穏やか過ぎる程だった……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 雷光四天王に斬り付けられた酒呑童子は、やはりそのまま死ぬ事はせずに、一人でも道連れにしようと試みた。

 その時、自分の身体が自分の意思ではなく、何か人為的な力によって倒れた。

 深手を追って力尽きたかと思ったのだが、そうではなかった。

 頼光と雷光四天王は、酒呑童子と違う方向を見て、倒れている巨木に鎖を縛り付けていたのだ。

 頼光と雷光四天王は、鎖で縛り付けていた巨木を必死に刀で斬り付けていた。何度も。

──な、何が起きた?

 酒呑童子が倒れたまま、その様を見ていると自分の頭の方から声が聞こえてきた。

「おっと、大人しゅうしとれ。奴等が立ち去るまで、そのまま寝ていろ」

 酒呑童子は動かぬ身体を無理やり捻り、それを見た。

──なんじゃあ…お主はぁ?

 それはただの人間だった。

 齢五十ほどの僧のような出で立ち…

 ただ一つ、普通の人間と違う点があった。

 その人間の背中に、鬼が憑いていたのだ。

 酒呑童子を倒して動かなくしたのは、その鬼の神通力のようだった。

「詳しい話は後じゃ。あやつ等が幻に騙されて立ち去るまで暫しの我慢じゃ」

 僧は酒呑童子にそっと笑った。

 酒呑童子は幼き頃から忌み嫌われていた存在。自分に笑いかけてくれる人間など皆無だった。

 色々問質したい事があったが、その僧が自分に向けた笑顔に従い、頼光と雷光四天王が去るまで静かにしている事にした。

「くっく…固い首じゃのう!!」

 頼光と雷光四天王は、巨木の同じ箇所を何度も何度も斬り付けていた。

「ああ~っ、名刀もあんな使い方したら、直ぐに刃こぼれするのにのう…」

 僧は溜め息を一つ付き、静かに目を瞑った。

「やった!!遂に首を刎ねたぞ!!」

 頼光と雷光四天王は枝を持ってはしゃいでいた。

 傍から見たら実の滑稽だった。

「つまらんなぁ…少し脅かしてやろうか」

 僧が再び目を瞑ると、頼光と雷光四天王は枝を放り出して逃げて行った。

「ふむ、これで大丈夫じゃ。ほれ、お前ももう立ち上がってもよいぞ」

 僧の肩から脱力を感じると、酒呑童子の動かなかった身体が嘘のように動き出せた。

──あ、あんたは一体?何故奴等は逃げ出したんじゃあ?

 酒呑童子は背を丸めて僧を覗き込んだ。

 その時、酒呑童子の顔を掴みながら、僧から引き剥がすように背中に憑いていた鬼がググッと酒呑童子を押した。

──何じゃ貴様はぁ!!俺はこやつと話がしたいんじゃあ!!

 酒呑童子は憑いている鬼に向かって腕を伸ばして、己がやられているように顔を掴んだ。

「こりゃ羅刹、やめんかい。お主も手を引っ込めろ酒呑童子よ」

 僧の号令に従い、背中に憑いていた鬼が掴んでいた手を離した。それに倣って酒呑童子も手を離した。

「よろしい、ワシは蝉空ぜんくう。鬼を使役する者よ。こやつは羅刹。ワシの相棒じゃ」

 僧はどっかと腰を下ろして話を続けた。

 地獄の番人、鬼を現世に留めて、その力を奮わせる鬼仙道を使う術の開祖だと言う事、その為に現世に迷い込んでいる鬼を集めている事、

 仏に帰依してしまえば仏の物となるので、なるべく現世で暴れている鬼を捜している事などを話した。

「因みにこいつは仏と真っ向から戦って喜んでいた悪たれじゃ」

 蝉空は後ろに憑いている鬼に親指を向けて更に笑った。

──仏と?誠か?

 自身も京を恐怖に陥れた鬼として恐れられていたが、仏と真っ向勝負など流石に出来ない。

「尤も、こやつ一匹従える為に、集めた鬼十三程失ったがのう」

 蝉空は再び溜め息を一つ付き、酒呑童子を見据えた。

「じゃからワシには他に殆ど鬼は持って居らぬ。お主、ワシの物にならんか?」

 蝉空は鬼の補充として酒呑童子を訪ねた。

 ちょうどその時、雷光四天王が酒呑童子を退治する最中だったので、慌てて助けた。と言う事であったのだ。

──俺がアンタの物にだぁ?

 しかし酒呑童子は満更でもなかった。

 誰かに必要とされた事のない自分を必要としてくれる。

 それは初めての体験だった。

──御坊、きゃつ等が退いた理由はなんじゃ?

「あぁ、幻を見せただけじゃよ。首を刎ねて喜んでいる幻の続きじゃな。首がきゃつ等を睨み付けて怨み辛みを吐いておる幻じゃ」

 蝉空は全く悪びれもせずに言った。

──とんだ生臭坊主よな!!

「そりゃワシは破戒僧じゃからな。じゃなきゃ鬼を憑かせようなどとは思わんじゃろう?」

──御坊は仏の道から外れるのか!?

「殺さずが仏の道ならば、お前の命を救った事も仏の道、外れたとは思っておらんよ」

 飄々としているが、凛とした表情で酒呑童子を見据える蝉空。

 身体が震えた。歓喜して。

──よかろう!俺は御坊の物となろう!!何時如何なる時でも御坊に従い、御坊の望みの儘力を奮おうではないか!!

 酒呑童子は蝉空に跪いた。

 蝉空は跪いた酒呑童子の頭を軽く叩きながら笑った。


──そんな訳でだなぁ、俺は少なくとも、貴様等の頼みでは動けないんじゃあ。俺を動かしたくば、現在の鬼仙道の道士に願うがいい。俺は奴等の物なんだからなぁ

 鬼仙道の道士…

 詰まる所、人間に頼めと、酒呑童子は言っている。

──馬鹿な!!人間がワシ等の願いなど聞く訳が!!

 儂はあの酒呑童子に声を荒げてしまった。

 しかしそれを咎めることも無く、酒呑童子はぷいと目を背け、奥へ去って行く。

──待たれよ!その道士の居場所を教えてくれぬか!?

 一つ目入道が酒呑童子を止めて訊ねる。仰天して一つ目入道を見る儂と鎌鼬。

──行ってみるか!!恐らくは断られるだろう!!だが、九尾狐を封じ込める程の者を倒せるのは現在の道士しかおらん!!今から言う場所に居る筈の現在の道士を頼ってみぃ!!目印は背中に憑いておる鬼…名は羅刹!!使役されている鬼神の中でも最強の鬼よ!!俺ですら奴には勝てる気がせんわ!!ガハハハハハハ!!

 酒呑童子は愉快そうに笑いながら、そのまま奥に引っ込んで行った…


 大江山から、その道士の所までがまた遠い。

 道中、一つ目入道に九尾様の奪回を人間に頼ったとして、了承する訳がないと話す。

──俺もそうは思うが、思い出したのだ。鬼を使役する者は、結局は忌み嫌われて虐げられて来たとな。少なからず人間を憎んでいる筈…現在の道士がどうかは解らぬが…

 確かに噂では耳に入っていたような気はするが、生業は化け物退治、儂等の敵には変わるまい。

──今からでも遅くはない、考え直さぬか?

 鎌鼬が一つ目入道を諭すように話し掛ける。

──我等では九尾様は奪回できぬ。悲願は九尾様ありきの事、例え無駄でも、俺は行く!

 行った所でどうにもならんが…

 一つ目入道は頑固者だ。こうと決めたら梃子でも動かぬ。

──人間を憎んでいるやも…その薄い一点に賭けるか…

 確かに儂等などではどうにもならん。

 鬼神を、それも酒呑童子にも勝てぬと言わしめた、羅刹と言う鬼神を背負う者を見付けて、話だけでも聞いて貰おう。

 この時、儂等にはこれしか選択肢は無かった。


 二日以上の時間を費やし、道士の屋敷に漸く到着した。

──で、では参ろうか…

 自分が言い出したのに、及び腰となっておる一つ目入道。まあ気持ちは解る。いきなり祓われるとも限らないのだから。

 一つ目入道が門を潜ろうとしたその時。


 パアアアアン!!!


──ぎゃあ!!!

 一つ目入道の身体が吹っ飛んだ!!

──一つ目!!

──大事無いか!!

 儂等は一つ目入道に駆け寄る。

 一つ目入道は右半身が焼けただれたようになり、うめいている。

──結界か!!

 やはり人間と妖とでは相容れぬか。儂等のような闇の眷属を殺す結界…

 話など聞いて貰えぬと確信を得るに充分だ。

「珍しいな?おいジジィ、天狗と鎌鼬と一つ目が訪ねて来たぜ。喰われに来たのか?」

 現れたのは、髪を縄のように束ねた小僧…

──願いがあって参った!!

 儂は一つ目入道を抱え、憎しみを宿した目で小僧を見ながら言った。

「ハッ!!願い事ねぇ…テメェ等妖の願いをこの俺に聞けってか?笑わせやがるぜ!!」

 小僧の背中から酒呑童子を凌ぐ覇気を感じた。

──そ…それが酒呑童子殿が話した羅刹殿か…

 一つ目入道は儂等を押しのけて、小僧に震える手を伸ばした。

「あん?テメェ羅刹を知っているのか?」

 小僧は結界が張られている屋敷から一歩出て、儂等に近付いた。

 殺せる!!

 一瞬、そう思ったが、小僧の背中の鬼神の覇気が、儂等の心をへし折る。

「何じゃ騒々しいのう…ん?んんん?妖が三匹?敵意は感じるが、微力じゃな…羅刹の迫力にやられたか?」

 今度は爺が出て来た。爺の背中にも鬼神…

 羅刹殿には及ばないが、これも酒呑童子殿を凌ぐ覇気!!

「おうジジィ。こいつ等が何か頼み事あるらしいぜ。喰ってくれって訳じゃなさそうだ」

 小僧は自分の肩をパンと叩き、羅刹殿を引っ込めた。

「ふん、妖の願いとは面白い。金剛、ちょいと引っ込んどれ。話くらいは聞いてやろう」

 爺も背中の鬼神を引っ込める。

 小僧は儂等の前にしゃがみ、顔を近付けた。

「おら、言ってみろ。面白そうだったら話を受けてやってもいいぜ?」

──その前に…名前を教えて貰いたい。名も知らぬ者には流石に願う事はできぬ…

 小僧は感心したように頷く。

「それなりに覚悟はしているようだな。葛西 亨だ。こっちの今にもくたばりそうなジジィは、松尾 哲治っつークソジジィだ」

 小僧は笑いながら話してはいたが、一時も儂等から目を離してはいなかった。

 全く心を許していない証拠。だがそれでいい。お互い様とはこの事。

 儂等の関心は話を聞いて、力を貸してくれるか否かのみ。

──有り難い!!では早速話そう!!

 一つ目入道が跪きながら、小僧に話した。九尾様が捕まってから、大江山までの出来事を。

「…話は解った。要は九尾狐を捕らえる程の奴がいる訳だな。面白ぇじゃねえか…」

 小僧が笑いながら遠くを見た。闘争心を押さえるのに一苦労と言った塩梅で。

 背筋が寒くなる。人間にこれ程の恐れを抱くのは久しい。

「そいつの名前は解るか?」

 そいつと戦いたい。その目がそう言っている。

──た、確か北嶋 勇とか…凄腕の女と海神を従えている、とんでもない化け物だ…

 名前を出した途端、小僧が固まり、表情が強張る。

「北嶋 勇じゃと!?あのガキ九尾狐まで捕らえたのか!!」

 爺も仰天し、目玉が零れ落ちそうになる程目を剥いた。

──し、知っておるのか?

「知っているなんてもんじゃねぇぜ…ハッハッハ!!あの馬鹿にとっちゃ、九尾狐すらただの狐かよ!!やってくれるなぁ北嶋!!」

 何かは解らんが、どうやらこの二人とあの男には、因縁がありそうだ。

 九尾様奪回に力を貸してくれるやもしれないと、儂等は希望を見出す。

「こうしちゃ居られねぇ!!」

 小僧は懐から通信機を取り出した。

『ハァイキョウ。ちょうど声が聞きたいなって思っていたとこよ』

 通信機から女の声が聞こえてくる。

「ソフィア、後始末の残りはまだ居るか?」

『まだ片付いてないわ。奴さえどうにか出来れば日本に行けるのに……』

「今から俺が行くからそのまま待っていろ。いいか、怒らせずに、そのままだ」

『来てくれるの?嬉しいわ!!ご馳走作らなくちゃ!!』

 小僧が何やらゴチャゴチャと話をし、終えるとそのまま屋敷に戻ろうとした。

──ま、待ってくれ!!俺達の願いは!?

 鎌鼬の言葉を訊かずに爺と話す男。

「ジジィ、後は頼むぜ。俺はこれからソフィアの所に向かう。奴を物にする為にな!!」

「仕方ない奴じゃな。北嶋のガキに対抗する為にわざわざ…まぁ、嫁の為にもなるからのう。行ってこい」

 爺は小僧の背中を押すような発言をした。

 屋敷に戻った小僧を確認した後、儂等の方を向く。

「お主等が相手にしようとしているガキはな、ワシ達にも手がおえんガキなんじゃ。だが九尾狐を殺すような真似はせんじゃろ。連れ帰ったくらいじゃからな。命の心配はいらぬからそれは安心せい」

──そ、そうではなく!!力を貸して貰えぬと言う意味か!?

 一つ目入道が喰って掛かるも、爺はひょいと身を翻し、躱す。

「言ったであろう?手におえんガキだと。ここに居ても無駄じゃ。帰るんじゃな」

 そう言いながら、爺も屋敷に引っ込んで行った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る