白面金毛九尾狐
来る……!!
妾の首を取る為に…
水谷を彷彿させる女と…
底が全く見えぬ男が城へ来る!!
妾の緊張感が他の下僕達に伝わったのか、下僕達も臨戦態勢で城入り口に固まって来た。
──九尾様!!次は私めに!!
──何を!!きゃつ等を倒すのは俺ぞ!!
手柄を欲している訳でもない。
妖としての狂気が、向かってくる人間を許す訳にはいかぬのだ。
「女は最早力が無い。問題は男よ。貴様等全ての命を以てしても男には通じぬ。妾に任せい!!貴様等は手出し無用ぞ!!」
力を失いつつある女は葬るのは容易い。
だが、男は違う。
女から先に葬ってしまえば、男は逆上して、この城は惨劇となるだろう。
ならば、数々の男を魅了した妾の術で虜にし、あの女から奪うまでよ。
幸いにして妾はまだ人型だ。
雄を狂わす甘い香りを首筋から出し、雄を滾らせる完璧な身体を与え、雄を操る瞳を潤ませる。
大昔から妾が行ってきた妾の国滅ぼしの技を、たがが霊能者に使うのは忍びないが、これも妾の業ならば仕方無しとして腹を括る事にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「行き止まりだぜ神崎」
北嶋さんが遊歩道の行き止まりでキョロキョロと辺りを見回している。
「そこの…右側に獣道がある筈よ…白面金毛九尾狐はそこにいる…」
土蜘蛛を倒して熱が引いたとは言え、ダメージがすぐ癒える訳でもない。
フラついた足取りで北嶋さんに追い付くのが精一杯だ。
「大丈夫か?なんなら明日出直すか?」
「いえ、時が経てば経つ程相手に考える時間を与えてしまうわ。ここは一気に叩くのが吉よ」
私は『代替の目』を発動させる為に詠唱をしようと印を組んだ。
それを北嶋さんが止める。
「まだいいよ。塒に付くまで少しでも回復させとけよ。奴等は塒に潜んでいるんだろ?」
そう言いながら柵を乗り越え、獣道にヒョイと降り立った。
「で、でも、詠唱には少し時間が…」
塒に付いた時に、直ぐに私達に襲い掛かってくる可能性は充分にある。
何より配下の妖の数が半端じゃない。大百足や土蜘蛛クラスの大妖もいないとは限らないのだ。
「ほら」
北嶋さんが私に御札を投げ渡した。
「おっとと…って、汚い字ねぇ…」
神社や寺にあるような大き目の御札に、殴り描いたようなグチャグチャな字で『触るなゲス!』と、でっかく墨で書いている。石橋先生から教えて戴いている御札だ。
「汚いって…習字でも習えばいいのかよ?」
少し肩を落とした北嶋さん。
「汚いのは仕方ないでしょ。ありがとう北嶋さん」
素直に御札を身に付ける。
「全く実戦してないから効果は解らないけどな」
「北嶋さんが込めた念なら大丈夫でしょ。私もそっち行くから、ちょっと待って」
柵を頑張って乗り越えて、北嶋さんに小走りで近寄る。
「代替の目発動時は完全に無防備になるわ。しっかり私を守ってよ?」
「妖如きにこの俺が遅れを取ると思ってんの?」
自信満々に歩き出す北嶋さんの後ろから信頼を完璧に寄せている私が続く。
さっきまでは逆に私が前を歩いていた。
その時の不安が全く無くなり、安心感が私の心を満たした。
「薄やら笹やらで前に歩けねぇな」
獣道が微かにあるだけで、辺りは私達の背より高い草や穂の木で覆われていて、前に進む事が困難だった。
「仕方ないけど、時間が掛かってもいいからゆっくり進みましょ…って?」
前を歩いていた北嶋さんが草薙を喚んだ。
「草薙を鎌や鉈代わりに使うつもり!?」
「婆さんが言うには、名前の由来がそんな感じらしいぞ」
北嶋さんは構わずに草薙で草木を払いながら進んだ。
確かに草薙は草を薙ぎって難を脱出した事から付いた名前だが、ああも神格化された刀を草刈り機みたいに使うなんて、どんだけ罰当たりなんだ……と思ってしまう。
草を刈りながらどんどん進んで行く北嶋さん。
途中、妖がちらほらと現れたが、草薙の神気に怯んで逃げ出していた。
「草薙は在るだけで妖を退けているわ。そのまま真っ直ぐ行って北嶋さん。もう少しで塒に着くわ」
「おー。勝手に草払って営林署とかに怒られないかが少し不安だけどな」
営林署には私がいくらでも謝ってあげる。
だから…
「勝つよ北嶋さん!!」
全く心配はしていないが、私は自身に言い聞かせる為に、声に出した。
「む?」
北嶋さんが歩みを止めた。
「着いたようね」
目の前には、以前鉱山でもやっていたのか、はたまた防空壕の跡地なのかは解らないが、人工的に作られたトンネル。
かなり小さい入り口だが、何とか通れそうだ。
「入るわよ」
「入らなきゃ始まらないだろ。後に続いて来い神崎」
全く動ぜずにスタスタとトンネルに入る。
「気配はビンビンに感じるわ…気を付けてね!!」
「感じないもんは気を付けようがないだろ」
確かに、北嶋さんには感じないから、敵が罠を張っていたとしても全く無意味。
「そうね。私も御札貰ったから大丈夫だしね」
事実、妖の殺気が私に向けられても、何故か妖は私に飛び掛かって来なかった。
石橋先生が苦笑いしながらこう言っていたのを思い出す。
「やはり、教えるべきじゃなかったかもしれないな」
ご自身が苦労して身に付けた技をアッサリ真似されて心中穏やかじゃない。
しかし、自らの技をより昇華できるチャンスでもあった。
石橋先生の後悔とも喜びとも取れる発言だ。
出てくる妖は北嶋さんには見えず、感じず。私には御札により弾かれ、文字通り手も足も出ない状態だ。
「やっぱり北嶋さん凄いわ…」
「ん~?何が?つか暗くで良く見えないな」
その言葉を聞いてなのか、草薙と賢者の石が淡く光った。
「おー!!光ったら見えたぞ!!」
足早になる北嶋さん。
「本当にあの神器の所有者なのよね。北嶋さんの望みを全て叶えているわ」
感心しながら私も足早に後に続く。
ゾクッ
凄まじい妖気を感じ、私は叫んだ。
「北嶋さんストップ!!」
言われるまでもなく、北嶋さんが止まっていた。
「中は広いな…何だ?石の上に…」
「え?それだけ?私には松明で照らされた玉座が見えるけど………!!」
その時に気が付く。
私と北嶋さんの見ている物は違う!
私の目の前には、無数の妖がひしめいて、松明に明かりが灯り、その中心に黄金造りの玉座があった。
北嶋さんが言う石は、おそらく玉座だろう。
石の上に、と口を閉ざしたのは、玉座に座って私達を睨んでいる女の子に気が付いたからだ!!
「玉諏佐…さん?」
無数の妖に守られているように玉座に座っているのは、依頼を請けた旅館の中居さん…玉諏佐 美優…
「あー本当だ!こんな所で何やってんだ?」
北嶋さんも玉諏佐さんと認識した様子。
「よくぞ参った女…!!妾が妖の頂点、獣の王…白面金毛九尾狐よ!!」
玉諏佐さん…いや、白面金毛九尾狐は尻尾を九つ生やし、耳がピョコンと立ち、血も凍るような瞳を私に向けた。
「既に騙されていたって事ね!!」
早速、代替の目を発動すべく、印を組む。
北嶋さんが術発動の前に玉諏佐…いや、白面金毛九尾狐にフラフラと近寄っていく。
「北嶋さん!?」
「クワーッカッカッ!!早速妾の魅了の術に掛かったか!!」
白面金毛九尾狐は手を頬に当てて愉快気に笑った!
「そんな!!北嶋さんが術に掛かる訳がない!!」
見えない、聞こえない、感じない北嶋さんにはどんな術も無効な筈だ。
「そうは言ってものう?見よ女!!貴様の男は妾に笑いながら近寄ってくるわ!!クワッカッカッカッ!!」
確かに、北嶋さんは全く敵意を見せずに白面金毛九尾狐に近寄って行く!!
「北嶋さん!!」
「任せとけって!!」
声を張り挙げて止めるも、何をどう任せればいいのか解らない返事を返してくる!!
とうとう北嶋さんは白面金毛九尾狐の前に、全く敵意も悪意も持たず立ってしまった!!
「クカカカカ…こうも脆いとは…些か警戒し過ぎたかえ?フハハハ!!おおおっっ!?」
北嶋さんは白面金毛九尾狐を全く普通に抱き上げた。
「えええええええええええ!?な、何やってんのよ北嶋さん!?」
「お前ここで何やってんだ?迷い込んだか?危ないからしっかり掴まっていろ」
私が驚くのも無理は無いと思う。北嶋さんは白面金毛九尾狐を…玉諏佐 美優に化けた狐を守るが如く、抱き上げたのだ!!
「そいつが白面金毛九尾狐よ北嶋さん!!」
「何?どこだ狐の化け物は?」
草薙を右手で前に翳し、九尾狐を左手で抱えながら辺りを見回す。
「クカカカカ!!どうやら術は完全では無いなれど、惑わしている事に変わりはないようだな!!カハハハ!!ぎゃん!?」
北嶋さんは九尾狐の頭を草薙の柄で軽く叩く。
「大人しくしてろっつーの!危ないだろ!!」
頭を押さえながら驚いた表情をする九尾狐。
何かおかしい…何か変だ…
九尾狐も、周りの妖達も、いつもと何かが違う事に戸惑っているようだし…
「この男…妾の魅了の術が完全でないとしても…女の頭を叩くものなのか!?」
叩くとは思う。ゾンビになったとは言え、元カノを殴っていたし。
それは兎も角、と九尾狐に尋ねる。
「あなたは今、玉諏佐 美優…そうよね?」
私の目には、間違いなく人間に化けている九尾狐に見えているが…
「妾の魅了の術は、人型でなくば発動せぬ!!人間に仕掛ける術なのだから!!」
やはり人間の姿になっている…
ならばと北嶋さんに恐る恐る聞いてみる。
「北嶋さん…北嶋さんが抱いているのは何?」
「え?旅館の看板だろ?」
間違いなく玉諏佐 美優を抱いているようだ。
だけど、扱い方が人間相手じゃない。
動物…仔犬か仔猫を扱っているような……
「男!!そんな事よりも!!早よう女を殺せ!!」
九尾狐はバタバタと暴れながら北嶋さんから脱出しようとしている。
北嶋さんは再び九尾狐の頭を小突いた。
「ぎゃん!!」
「暴れるなっつーの!!」
小突き方も小動物を叱るように優しく、軽く躾しているような……
「あなた、九尾狐に戻りなさい。私もあなたも、何かおかしい事に気が付いているでしょう?」
「妾に命令するな女!!しかし、こうなれば魅了の術など関係ない!!真の姿で喰い殺してやろうぞ!!」
九尾狐は玉諏佐 美優から尾が九つある、巨大な狐へと戻った。
「妾をここまでコケにした男は初めてだ!!北嶋 勇!!」
人間の頭など一飲み出来そうな程巨大化した白面金毛九尾狐は、憎悪を剥き出しにして北嶋さんの顔に牙を立てようとした。
北嶋さんに抱かれながら。
「解った解った!!後で遊んでやっから!!」
北嶋さんは逆に九尾狐に顔を埋めてグリグリとしていた。
小動物にじゃれられて嬉しそうに。
──な、なんだあいつは!?
──九尾様の牙を全く意に介していないぞ!!
周りの妖達も、九尾狐の怒気に恐れていながら、北嶋さんの行動に唖然とすると言う、どうして良いのか全く解らない状態になっていた。
「うあああ!!やめろ!!やめろ男!!」
九尾狐はウザそうに顔を背ける。
「北嶋さん……抱いているのは旅館の看板だよね?看板って何?」
初めから聞けばよかったのかもしれない……
ここに到着してからではなく、旅館に着いてから……
初めて玉諏佐 美優と会った時から……!!
私は北嶋さんのセクハラがパワーアップしたと思っていたが、北嶋さんは私を変だと言っていた。
初めから北嶋さんが正しかったんだ……
私と九尾狐、それと周りの妖達は、北嶋さんの返事を固唾を飲んで待った。
「何って…旅館の看板はフェネックだろ?こいつフェネックだよな?」
周り全部が固まった。九尾狐だけは青い顔をして固まっていたが…
「北嶋さんは最初からフェネック狐だと思っていたの?」
「旅館で頭下げたり、部屋に案内したりで賢いフェネックだと思っていたが…フェネックじゃねーのこいつ?」
北嶋さんは九尾狐を抱き上げてマジマジと見た。
私や他の妖達からは4メートル超の九尾狐を抱き上げているようにしか見えてないが…
「男!!何故貴様が妾の依代を知っておる!?」
相変わらずバタバタ動いて北嶋さんから逃れようとしている九尾狐…
九尾と少し会話し、大体だが理解した。
つまりこうだ。
白面金毛九尾狐は20年程前に、フェネック狐を依代にし、人間には人型を、妖には九尾狐の姿を以て接してきた。
妖の中でも、フェネック狐が依代と言うのを知っているのは少数らしい。
力を復活させるまで大妖に『化けて』妖達を欺き、人型に『化け続けて』人間を騙し続けて来た、と。
しかし北嶋さんには最初から真の姿…依代のフェネック狐にしか見えていない。
「そりゃ、頭も平気で撫でる訳ね………」
一気に力が抜けて、そのまま膝と肩をガックリと落とした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「妾の正体を最初から見破っていたのか!?」
思えば最初に妾の頭を撫でたのも、赤マントのいる方向を教えたにも関わらず無視したのも、妾のフェネック狐の依代を見ていたからか!!
この男には最初から術は通じていなかったのか!!
妾が最初に抱いた脅威は、この事だったのか!!
抗う事も疲れ果て、妾はグッタリとする。何と言う徒労なのだと。
「お?大人しくなったな?すぐに終わるからよ。ちょっと我慢しろよ」
男が妾を抱きながら小動物を愛でるような目で見る。
「直ぐ終わると言っても…妾は貴様に捕らわれておるではないか…」
そう反論するも、この男には届く訳でもない。
「妾の下僕共よ……早ようこやつから妾を救い出してくれ……」
弱々しく声を絞り出してみたものの、どのような大妖でも、この男には通用はせぬだろう。最早諦めの境地だった。
──き、九尾様…先程から鎌を奮っていますが…
鎌鼬が男の足に鎌を振っておったのは知っておった。しかし、この男の身体をすり抜けるばかり…
「何とかせい…」
何とも出来ぬだろうが、妾は漸くそれを声にできた。それ程疲弊しておったのだ。
沢山の下僕共が男に襲い掛かるも、全ての攻撃は男をすり抜ける。
女には何故かは知らぬが近寄る事すらできぬ状態らしい。
「神崎、化け狐はどこだってば!!」
妾を抱きながらキョロキョロとする男。
だから貴様が抱いているのが………
最早声すら出ぬ程、追い詰められておるか。自分でも吃驚だ。
攻撃を喰らった訳でもない。数々の敵が放った気迫を浴びた訳でもない。しかし、妾は疲弊しきっておるのだ。
愕然とした。いや、違う。ガッカリしたと言った方が正しいやもしれぬ。
下僕共の攻撃が虚しく男をすり抜ける様を見ながら、抵抗すらできぬ状態の妾は、やはりガッカリしておったのだ。
力が抜けるとは、まさにこの事だ。
妾の全てが全く無意味なのだから…
「神崎?」
女を呼ぶ男だが、女もどうすれば良いか解らぬのだろう。
男に妖共を視せたらば妾の姿も知る事になる。
完全に捕らえられている状態の妾を逃がすやもしれぬからだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北嶋さんが苛々し出しているが…
流石にこの様なケースは初めてだから、何をどうしていいのか…
「あー面倒くせー!!神崎!!もう帰るぞ!!」
戸惑っていると九尾狐を抱いたまま、トンネルから出ようとする。
慌てて駆け寄る。
「き、北嶋さん?九尾狐はね!?えーっと…」
駆け寄るも、何と言っていいか解らない。えーっとと、あーとを繰り返すのみ。
「…帰るなら妾を置いて行け…案ずるな、暫くは動きはせぬ…」
九尾狐がグッタリとしながら懇願に近いような事を言う。動かないんじゃなく動けないんだろう。精神的ダメージが計り知れない。
「先に旅館に行ってこいつを帰してからまた来ればいいだろ?化け物の巣窟に迷い込んでさ、可哀想に、怯えちゃってグッタリしているよ」
九尾狐…北嶋さんから見たらフェネック狐か。
グッタリしているのは、自分のせいだと露程にも思わず、そのフェネック狐の頭を優しく撫でながら北嶋さんが歩き出した。
マズい!!非常にマズい!!
北嶋さんには真の姿のフェネック狐にしか見えないだろうが、北嶋さん以外の人間には九尾狐に見えるのだ!!外に出て誰かに見られたらパニックになる!!
更に部下の妖達も、勿論九尾狐奪回の為に往来で暴れる事だろう。
「おっと。そうだ。忘れる所だったぜ」
北嶋さんは九尾狐を抱きながら、草薙の鞘から刀身を10センチ程抜き、それを勢い良く収めた。
キィィィイン!!!
──ぎゃあ!
──ぐああ!
鞘と鍔の金属が接触し、神々しい金属音が出ると同時に妖達が苦しみ、のた打ち回る。
「ぐぎゃあ!?」
九尾狐もだった。そりゃそうか。妖だしね。
「やいお前等!!街に降りて悪さするなら遠慮なくぶっ叩いてやるから、そのつもりでいやがれ!!」
見えていない妖達に威嚇をする北嶋さん。弱い妖は失神までしている。
「お、おのれ男……」
北嶋さんの腕に抱かれている九尾狐も、緊張感が切れたようにクタッとした。
と同時に、九尾狐は変化を解き、依代のフェネック狐に戻った。
「フェネック狐に…こ、これなら…」
私は北嶋さんから貰った御札を九尾狐に貼った。
「なああああ!?なっ!?」
慌てて変化をしようとしたが、フェネック狐は九尾狐や玉諏佐 美優にはなれなかった。
「妖達も戦意喪失状態…襲って来そうもないから、取り敢えずこれで…さあ、出ましょう北嶋さん!!」
文字通り『逃げるよう』北嶋さんの腕を引っ張りながらトンネルから脱出した。
旅館に辿り着いた私は、直ぐに女将さんに事態を説明した。
「で、ではあの美優さんが…」
ワナワナと震えてフェネック狐を指差す女将さん。
「ええ…今、北嶋さんにグリグリと撫でられながら嫌そうに抵抗しているフェネック狐が…」
北嶋さんが九尾狐を可愛い可愛いと撫で捲っている。
──触るな男!!妾を誰と思うておる…クワー!!お腹はやめろ!!くすぐったい!!!
そう抵抗…うーん…抵抗でいいや…している九尾狐が、よもや自分のお店の看板娘だったとは、夢にも思わなかっただろう。
女将さんは信じられないと言う表情を、口を開けながら見事に表現していた。
「おっ!こいつ噛みやがった!!ハッハッハ~!!甘え上手だなタマ~!!」
北嶋さんに噛み付く九尾狐だが、北嶋さんは甘噛み程度にしか感じていない。
って…
「た、タマって?」
「玉諏佐って名前なんだろ?だからタマ」
大妖にして獣の王の一匹、白面金毛九尾狐をタマって…
九尾狐はいまだに必死に抵抗しているも、北嶋さんには全てじゃれついているとしか受け取れないのが哀れだ。
「そ、それであの狐ですが…」
恐る恐る聞いてみた。
「え?お宅様でどうにか処分してくれるんじゃないのですか?」
厚化粧がヒビ割れんばかりに目を見開いている女将さん…
やっぱりそうするしか無いか…
溜息をつきながら北嶋さんに話した。
「あ、あのね、そのフェネック狐だけど…北嶋さん、飼いたい?」
北嶋さんは少年のような笑顔を向ける。まるでガラス越しにトランペットを見つめる少年のように。
「え!?くれるのこいつ!?マジで!?ヤッホゥ!!おおい!!お前今日からウチの子だぞタマ!!」
北嶋さんは九尾狐を抱き上げてクルクルと回った、どれだけ嬉しんだ?動物が好きなのだろうか?実家でペットでも飼っていたのかな?扱い方もちょっと雑ながらも愛情があるように見えるし。
──ふ、ふざけるな!何故妾が貴様の家に…おおおおおおおおおぅ!!回るなぁ~!!目が回ってしまうぅぅ!!
九尾狐は時折オェッとか言っていた。国滅ぼしの大妖なのに、回転しただけで酔っちゃうのか。
「し、所長から了承を得ましたので…ウチで処分致します…」
「ありがとうございます!!」
女将さんは封筒を私に渡した。中身がチラッと見えたが、お金だった。
これを持ってもう帰れ。そう言っているのだ。
まあ…一刻でも早く去って貰いたい気持ちは解るけど…まあ…うん…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
…妾が依代を探していた20年前…
資産家の玉諏佐の家に飼われていた仔狐を発見した妾は、それを依代とした。
妾は直ぐに術を発動し、仔狐ではなく赤子が産まれた、と玉諏佐に認識させた。
玉諏佐は妾を美優と名付け、大事に育てた。
妾は普段は人型で行動していたが、夜に遠くへ移動する時や、下僕を集める時などは九尾狐に変化し、それを従えたのだ。
無論、妾に刃向かってきた妖もいたが、妾の敵と成り得る訳でなく、牙と尾と術により、滅ぼしてきた。
完全に力が復活しておらずとも、妾は無敵で、思うが儘振る舞った。
だが…
妾は本日捕らわれてしまった。
以前、妾を封印寸前まで追い込んだ水谷…その弟子ではなく、霊感が全く無い、妖の気配すらも感じない男によって…
妾はこの男の家に連れて行かれる。
妾の下僕共よ…どうか妾の匂いを辿り、この男から妾を救い出してたもれ。
妾は女の運転する車の隣で、どっかと座っている男に抱かれている状態。
外に少量の毛を落としていく事だけしか出来なかった……
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