第三十四幕 花壇と姉妹
赤と黄色の薔薇が風に吹かれて揺れている。
腰を据えて話そうと広場のベンチに座ったホシノに向けて、二つの薔薇のそれぞれの香りが一つに合わさって香ってきた。
二色の薔薇の香りの違いがホシノには分からなかった。ただどちらも甘く華やかで、嗅ぐだけで心が満たされるようだった。
『これはソウガの認識が原因によって、引き起こされたと推測される』
二つの花壇に挟まれる形で立っているスピカが言った。
「お兄ちゃんの認識?」
ホシノの隣に座るリアが、スピカの方を向いて首を傾げる。その仕草を見たホシノは、リアの
スピカは返答する。
『ソウガは、リアのことをアトリアの過去として認識している。そのせいで年齢が追いついた二人が、一つの存在に固定されたのだと考えられる』
「じゃあ、アトリアとリアを再び二つの存在に分けるには、僕がアトリアとリアは違う存在であると認識すれば良いの?」
スピカは頷く。
『正解。つまり、そういうこと』
ホシノはリアの方を見る。リアもホシノの方を向き破顔した。二つに結んだ金の髪が、破顔した瞬間にぴょこりと揺れる。
髪型を変えただけのアトリアにしか見えない。ホシノはそう思った。しかし自分の目では判別できないような違いがあるのかもしれない。確かめる為に、ホシノは念話を飛ばす。
『違いが分からないんだけど。アトリアなら分かる?』
星屑を介して、アトリアの声が聞がする。
『分からない?多分私よりちょっと肉付きが良いし、私より……むね……もあるんだけど。性格も全然違うと思うんだけど』
言われてみると確かにアトリアよりも幼い印象があるな。とホシノは思った。先ほどから目が合う度に向けてくる笑顔も、アトリアの笑顔よりも何処か子供っぽい笑顔だ。
それにさっきから、いろんな所に視線を向けて落ち着きがない。アトリアは十六歳という年齢にしてはやや大人っぽい印象があるが、リアに関しては真逆だ。
もしかするとこれも、ホシノがリアのことを子供の頃のアトリアと認識してしまっている結果なのかもしれない。
思ってホシノは、自身に疑いの念を抱く。
モイラを倒してこの世の超在者に取って代わったが、果たして相応しい行動が取れるのだろうか。スピカが言った危険性。今まさにホシノの無意識が、アトリアとリアに影響を与えてしまった。
自分自身の願いに貪欲になる。モイラとの戦いで学んだことだ。
だからといって自分の無意識で、人の性格を決めるなどホシノの望みではない。
超在者の力を制御しなくてはいけない。
課題を見つけて、下を向く。ホシノの左右の足先に、木の葉が一枚ずつ落ちている。木の葉の間に焦点を置きながら、しばらくホシノは自戒した。
『これは場合によってはチャンス』
スピカの言葉にホシノは顔を上げる。
『ソウガはまだ超在者としての、力の使い方に慣れていない。無意識に人や物に影響を与えてしまうのは危険。力の行使に慣れる必要がある。また世界崩壊以降、アトリアも体を失っている。ずっと天核のままで居続けるのは不便。二つ共、ソウガが、それぞれの個体として認識することで解決できるかもしれない』
「力に慣れる為に必要があるってのは分かるけど、この問題を解決すればアトリアの体を元に戻せるの?」
『戻せるとは断言できない。でもソウガの無意識が二人つを一つの個体にしたなら、無意識で肉体を持った二つに分けることも可能。全てはソウガ次第』
顎に手をやって熟考する。
世界崩壊前のアトリアの姿は鮮明に残っている。同時に目の前でアトリアが消えてなくなった瞬間が、瞼にこびり付いている。アトリアは体を取り戻すためには、より鮮明な意識で無意識を上書きしなければいけないのだろう。
どういう意識を持てば、アトリアに肉体を与えられるのか分からない。けれどスピカの言う通り、アトリアとリアを個体として認識することで、可能性が掴めるのかもしれないかった。
ホシノは決意する。そしてリアの方を向いた。
「これから、時々リアに会いに行っても良いかな? リアのことを知ることで、アトリアとの違いが自然と分かるようになるかもしれない」
リアは屈託のない笑みを浮かべて頷いた。
「お兄ちゃんと会えるなんて大賛成だよ! リアの方からお願いしたいくらい。でもねその前に、リアからお兄ちゃんにお願いがあるの」
リアは上目遣いでホシノに体を寄せて言う。
「お父さんに、このことを説明して欲しいの」
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