幕間 曇天と弁当と二人きりの食事

 次編構成にもう少し時間が掛かりそうなので、本編からやむなくカットした幕をディレクターズカット版を投稿します。

  タイミングとしては三幕の間、アトリアとお弁当を食べるシーンです。三幕の冒頭と被るシーンがあります。


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 どんよりとした雲を背景に、灰色の館が建っている。

 上から見ると三ツ葉の形をしているので、三葉さんよう館と呼ばれている。

 主に職員が利用する建物で、応接室や会議室もこの中にあった。

 利用目的からして堅苦しい建物だが、空の色と合いまって印象は更に重たい。


 二人が玄関口に駆け込んだ時には、雨は本格的に降り始めていた。

 駆け込むのが少し遅ければ、びしょ濡れになっていただろう。

 ホシノは頭頂部に付いた雨粒を手で払い、廊下に上がった。アトリアも安堵の息を吐いて、肩に付いた雨粒を手で払うと後に続く。

 廊下で数人の職員が、焦り顔で走っていた。


 職員が走っている姿は、三葉館ではあまり見かけない光景だ。

 ホシノは不思議に思いながら正面の階段を上り、四階廊下に足を踏み入れる。

 廊下の右側に並ぶ窓が、強風に煽られて軋んでいた。

 窓の反対側に並ぶ扉には、一枚一枚表札が貼られている。どの表札にもトリニティ在籍する教師の名前が書かれていた。


 ソードブリッジ学園では職員室というモノがない。代わりに教師一人一人に研究室が与えられている。研究室には人が頻繁に訪れる。研究廊下を歩けば、何処かの研究室から漏れた声が聞こえて来るのが常だ。

 しかし今日は不思議と静まり返っている。玄関口で見た焦り顔の職員もそうだが、今日の三葉館は何かおかしい。何度か学部長室を訪れた事のあるホシノは、廊下の静けさに不安を抱く。


 「おかしいなぁ」


 ホシノの言葉にアトリアは首を捻る。


「アトリアは、この廊下をあんまり通った事はないの?」


「廊下どころか、校舎に入ったのは今日が始めてよ。お父様の仕事の邪魔をしたくないし行かないようにしていたの」


「じゃあダリウスさんの部屋に行ったのは、今朝が始めて?」

「ええ。留守だったからすぐに部屋を出たけど」


 学部長室が見えてきた。廊下の突き当たりにある部屋で、三つ葉でいう所の真ん中の葉先に位置している。

 背後にいたアトリアが歩みを早めてホシノと並ぶ。大理石で出来た廊下をローファーが叩き、小気味の良い音を鳴らす。

 ドアの前に立ち、木製のドアをノックして反応を待つ。

 ドアの向こうからは、物音一つ聞こえて来ない。


「失礼します」


 ドアノブを回して部屋の中に入る。

 部屋の中は明かりが点いていなかった。念のため想念で照明を点けて、部屋の中を見渡してみる。

 青絨毯が敷かれた部屋の中は事務机とソファー、隅には観葉植物が置かれていた。学部長室だけあって高級感があり、執務室に近い内装である。

 アトリアは部屋を見渡して、ダリウスがいないか確認する。


「留守のようね」

「仕方ない。ダリウスさんが帰ってくるまで、中で待っていよう」


 ホシノが部屋の北側にあるコの字に置かれたソファーに座り籠を机の上に乗せた。

 アトリアはそれを横目に見ながら部屋をくまなく歩き回り、首飾りが落ちていないか探した。しかし見つからない。


「もしかすると、ダリウスさんが拾ってくれているのかもしれないよ。もう一度連絡してみたら?」


 アトリアは立ち止まり、ダリウスにダリウスに念話を入れている。ホシノから見れば、只壁を見詰めているように見えるだろうなとふと思う。


「繋がらないわ」

「まだ会議中なのかな?」


「そうだとしたら、何度も連絡するのは悪いわね。お父様が居ない間に部屋を引っかき回すのも気が引けるし、帰ってくるのを待ちましょう」


 雨が激しく窓を叩いていた。窓を流れる雨水で、外の風景は歪んで見える。


「この雨じゃ、外にも行けないしね。先にお昼を食べましょうか」


 アトリアはホシノの向かい側に座り、机の上に置いてある籠に目をやった。ホシノの促すような仕草を確認して、籠を開けて中を覗く。

 籠を開けた瞬間、小麦のほのかな香りが顔を包み込んだ。中にはタマゴサンドとBLTサンドの、二種類のサンドウィッチが二列に並んで詰まっていた。

 小麦の芳しい香りもさることながら、素材の鮮やかな色が視覚的にも食欲をそそる。


「美味しそうね」

「どうぞ食べてみて」


 籠の中に手を伸ばす。先にどちらのサンドウィッチを口に運ぶかで迷い、指先を止める。BLTサンドも魅力的だったが、甘い香りに惹かれてアトリアは先にタマゴサンドを頂く事にした。

 一つ掴み、頬張る。

 卵のとろけるような甘味と、黒胡椒の辛みが口の中で絶妙に混ざり合い、旨味となって押し寄せてきて、

「おいしい!」と、

 自然に言葉になった。


「良かった。口に合うかどうか分からなくて、心配だったんだ」

「凄く美味しいわ。わたし甘い物大好きなの!」


 タマゴサンドを食べ終えると、早々にBLTサンドを手に取って口にする。

 新鮮なレタスの食感とトマトの軟らかい歯触り、マスタードが舌を刺激し舌感を鋭敏にさせると、芳ばしく焼かれた分厚いベーコンの肉汁が舌の上で弾ける。


「おいしい!!」


 余りの旨さに声がでて、溜まらず両手を軽く叩く。


「これ、本当にソウガ君が作ったの? 私の行きつけのレストランよりも美味しいわよ」

「昨日下ごしらえをして、今朝作ったんだ。それだけ褒めて貰えると、手間を掛けた甲斐があったよ」


「昨日。お弁当ぐらい作れるようになりたいって、言ってしまったけど。このレベルは無理だわ」

「お弁当以前にアトリアは、まずスクランブルエッグを作れるようになろうよ」


 ホシノは籠の中からBLTサンドを掴んだ。パンの間には、瑞々しいレタスが挟まれていた。昨晩の事を振り返りながら、BLTサンド口に含む。

 冷蔵庫にあったレタスを湯をかけた後で冷水に浸しておいた。そうする事でレタスの中の成分が、葉を新鮮に蘇らせてくれるのだ。一手間が旨味をぐっと引き上げる。レタスの歯ごたえを噛み締めながら、昨日頑張った甲斐があったとホシノは思う。


「手間をかければ、誰だった美味しい物は作れるよ」


 謙遜ではなく、本心から言う。


「そういうものなのかしら」


 アトリアはしばらくタマゴサンドを見詰め、やがて一つ取って口に含む。ゆっくと味わいながら食べた後、険しい顔をして胸の辺りで腕を組む。

 ホシノは殻でも入っていたのかと心配になり、声を掛ける。


「どうしたの?」

「分かったのよ。私は、食べる方に向いてるんだって事が」


 深く頷きながら、三度籠に手を伸ばすアトリア。サンドウィッチを口に頬張り、光悦した表情を浮かべる。

 ダリウスの為に幾つかのサンドウィッチを残し、アトリアの感嘆に耳を傾けながらタマゴサンドを頬張る。手間を掛けた甲斐があったと、ホシノ改めて思う。

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