第3章-07 ジャッジメント・デイ
そんな、ある日のこと。
夜。自分の部屋で布団をかぶって眠りこけていたぼくは、つとなにか物音を聞いて目を覚ました。見ると、二階のベランダに面した窓がわずかに開き、カーテンが夜風に揺れている。
「……?」
ぼくは不審を憶えてねぼけまなこでカーテンを開け……そしてぎょっとした。そこにはなんと月明かりを背にしたロンドが立っていたからである。
「ハイ! ログ」
「ろ、ロンド?!」
「へへー。ボナッセーラ!!」
「おまえ……こんな時間になにしてんだよ。ていうか、なんだよそのかっこう」
真夜中にリハビリ中のロンドが突如自宅に出現したこともさることながら、この子が身につけているその服装にぼくは眠気をふっとばして思わずつっこんだ。というのもロンドはつば広のとんがり帽子にビロード製の黒マント、手には竹箒という不思議な出で立ち―――そう、早い話がハロウィンの季節におなじみのあの魔女の装いをしていたからである。
純白のネグリジェから漆黒のマントへとあざやかに装いを変えたロンドはそんなぼくに対し、笑顔でウインクした。
「ふふ。びっくりした? そう。じつはわたし、魔女だったの!」
「……ま、魔女? きみが?」
「うんっ。ずっと病気だったから寝ていたけど、もうよくなったし、そろそろ本業の方も活動を再開しようかなって思って」
「ほ、本業?」
「決まってるでしょ。人の心を奪うことよ」
そう言うとロンドはちょっと恥ずかしそうにもじもじしていたが、ふいにいきおいよくおしりと顔を突き出すと、ぼくのほっぺにキスをした。ぼくはひっくり返った。
「……ち、ちょっと待て。ということは、つまり……え……」
ぼくは尻餅をついたままロンドの装いといくぶん恥ずかしそうにはにかんでいる彼女の表情、交互に視線を送った。そんなぼくに対しロンドは笑いながら事情を説明してくれた。それによると彼女はぼくらが絵本や童話でおなじみのあの伝説の存在……いわゆる『魔女』、それも世界中の魔女を統べる最高位を意味する『ハイネス』と呼ばれる存在であるらしい。もともと彼女の血統は代々大魔女の家系であり、この子も幼くしてその定めを受け継いでいたが、ここ数年は病の治療をするために最新の医療設備のあるここ日本で養生につとめていたのだという。
ぼくはしばらくぼんやりし……やがて腑に落ちて大声を上げた。
「ちょっと待てよ。なんでそういうことを早く言ってくれなかったんだよっ。きみ、魔女だなんて一言も言わなかったじゃないか!」
「ごめん。言ったらログをびっくりさせちゃうと思って」
ロンドはあっけらかんと言うと、黒マントをさっとひとはらいしてまだぼうぜんとしているぼくの手を引っぱる。
「さあてと。というわけで出かけるわよ。こっちにきてっ」
よくわからぬままパジャマの袖をひっぱらられてベランダに出たぼくをよそに、ロンドは口の中でむにゃむにゃと祈りの言葉をとなえた。そしてぼくの手を握って言う。
「さ、行きましょ、ログ」
「い、いくってどこへ?」
「もちろんデートよ。わたしたちはこれから暁を見に行くの。今から出発すれば、じゅうぶん日の出には間に合うわ。さ、はやく乗ってっ」
「ちょっと待てよ。ぼくには何が何だかさっぱり……」
「あら。あのときログ、はっきり言ってくれたじゃないの。『もしわたしがあなたが必要だと言ったら、いつでもどこでも、たとえどんなときでもわたしのところに来てくれる』って。それともあれは嘘だったの?」
「へっ」
ぼくはきょとんとして……先日横たわるこの子を抱きしめながら自分が口走った恥ずかしい言葉の数々を思い出し、絶句した。
「い、いや、ち、ちょっと待てっ。あれは、その……」
「責任取ってねっ」
ロンドは鮮やかにウインクすると、ぼくを背中にしがみつかせてぴょこんと箒にまたがった。そして颯爽と夜空へ舞い上がるや、遙か天の高みを目指して柄の先を上げる。
「それーっ!!」
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