第3章-05 ジャッジメント・デイ
今が、
どくん。
その瞬間、ぼくの中でなにかが弾けた。
「うああああああああああああーっ」
ぼくが絶叫したときだった。
『やかましい。いったい何の騒ぎだ?』
ふいに限界まで伸ばした左手から嗄れた声が聞こえ、ぼくはぎょっとした。
『我の眠りを覚ましたのは、お前か? 小僧』
「だ、だれ、だ……」
ぼくがぼうぜんとした次の瞬間―――、
ぼくの左手を中心に、一瞬、まるで核反応の瞬間のような閃光が発したかと思うと、それは光の波紋となって音もなくあたりの地形のすみずみにまで行き渡り……やがて、消えた。
ぼくは我に返り、おそるおそる顔を上げた。
見ると、絶対に届かないと思われた白い寝間着をまとったロンドが、地面から10メートルほどのところでふんわりと浮かんでいる。その体は、まるで見えざる手に包み込まれているように空中にとどまり、波に揺られるようにやさしくたゆたっている。
「こ、これは……」
いや、浮いているのはロンドだけではない。あたりを見渡せばぼくのまわりのすべてのもの……近くに停車してあった自動車や自転車、路面のマンホールの蓋、家庭菜園で植えられていたミニ野菜や果ては鉢植えのプチトマトまでもがぼくの意志によって支えられ、まるであたり一帯が無重力状態になってしまったかのようにぷかぷかと宙に浮いている。
そう。これがぼくのファイナル・アクト、『ジャッジメント・デイ』。
その効果はぼくの周り半径100メートル圏内の重力制御。あらゆる物の物理法則を完全にコントロールする能力。ぼくが持つ最終奥義にして、一か八かのピンチの時にしか発動しない生涯一度の大必殺技。
ほんとに、出た。
つーか、設定しか作ってなかったのに。
ぼくはあわてて自分の左手を見た。先刻、確かに低い
ぼくはゆりかごに揺られているみたいに宙に浮かんでいるロンドをそっと抱き留めるとそのまま外壁を伝って地上へ降りた。そこはマンションの敷地内の一角だった。ツツジの植え込みが外灯に照らされ、アスファルトに濃い影を作っている。
「ロンド……ロンド……! しっかりしろっ」
「ログ……」
ぼくの呼びかけにロンドは薄目を開けた。そしてぼくに抱きしめられている自分に気づいたのだろう。うっすらと微笑む。
「そっか……わたし、屋上から落ちちゃったのね……」
「安心しろ。もう大丈夫だから」
「うん……。わかってた……。ログが、きっと助けてくれるって……」
ロンドは小声でささやいた。
「しゃべるな。今、部屋に連れて行ってやるから」
ぼくは気が気でなく言った。両腕に感じられるロンドはか細く、はかなく、まるで体重なんてないみたいに軽かった。その軽さはこの子が病人であることを否応なく実感させ、ぼくは無性に泣きたくなると同時に激しい自責の念にかられた。おまえ、なにやってるんだよ。病人相手に、こんなに消耗させてしまって。ええ? なにやってんだよ。
顔をゆがめるぼくに対して、ロンドは透きとおるような笑みを浮かべた。
「ありがとうね、ログ。わたし……あなたに出会えて本当によかった……」
「ばか。なに言ってんだよ」
「ううん……ほんとよ。わたし、この数か月ほんとに楽しかった……」
ぼくは無言で首を振った。この子からお礼なんてぜったいに聞きたくはなかった。そんなぼくに対し、ロンドはどこか唄うように言った。
「いろいろたのしかったね。でもわたし、ログともっといろんなことをしたかった……。ゲームしたり、遊びに行ったり、デートしたり……。へへ……」
「できるさ。元気になったら、これから、いくらでもできるさ」
ロンドは、そっとぼくを見た。たしなめるように。さとすように。理解するように。それは優しいまなざしだった。
そして言った。
「ねえ、ログ。ひとつ約束して」
「え」
「もしわたしがあなたが必要だと言ったら……そばにいてほしいと言ったら、わたしのところに来て。いつでもどこでも、たとえ、わたしがどんな状態にあっても」
ぼくは涙にかきくれて言った。
「約束する。いつだって君のそばにいる。きみが望む限り、ぼくはずっときみのそばにいる」
「ほんとね。ぜったいよ。ぜったいに約束よ」
「ああ」
「ログ……わたし……ね……」
「もうしゃべるな」
「ああ。わたし、なんだかとっても眠くなってきちゃった……」
「ロンド、死ぬな。目を開けてくれ」
ぼくは横たわるロンドに懸命に取りすがった。せっかくできた友達。せっかく巡り会えた運命。そのかえがえのない命が、今ぼくの手の平からこぼれ落ちようとしている。
そんなぼくの腕の中で、ロンドは満足そうに微笑むとそっと目を閉じた。
「ロンドーっ!」
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