第2章-04 ディメンション・トリガー

 あれだけ熱を上げていた猛訓練をやめたし、ビルからビルへ飛び移るのも止めた。技に名前をつけるためにかっこいい横文字をネットで調べることもなくなったし、愛用していた指ぬきグローブも捨てた。Gパワー(笑)もグラビティ・ストリーム(笑)もディメンション・トリガー(笑)も使うのも止めた。一切が、なにもかもが、急に馬鹿馬鹿しくなったんだ。


 何でとつぜん、と聞く人がいるかもしれない。特に理由はない。強いて言えば、ぼくにもそういう時期にきたってことだ。


 気がつけば、ぼくは中学三年生になっていた。ふと周りを見わたせば、クラスメイトたちは授業の合間や昼休みまで参考書や英単語辞書を開いている。図書館や教室に放課後まで居残り、寸暇を惜しんで机に向かうクラスメイトの姿に、ぼくは今さらのように自分もまた同じ受験生であることに気づかされていた。


 だが、ぼくが本当に止めたのはそんな理由からじゃなかった。たぶん、ぼくは気づいたのだと思う。これまで夢中になってやってきたことが、全部まやかしだったということに。


 この世界では実際にはなにも起こらない。戦争もなければ破滅も厄災もない。アニメや映画の中で起きるような波瀾万丈の物語が突然始まったりするようなこともなければ、ぼくがみんなに誉めそやされるヒーローになることもない。なにより、たとえ世界がどうあろうと、ぼくの左手に宿っているこの力は決して人の役に立つことはない。来年も、再来年も、その次の年も。


 ぼくは超能力者だ。


 でも、それがなにか?


 それに気づいた瞬間、ぼくは失速した。




 それまでのはしゃぎっぷりが大きかったぶん、反動もまたデカかった。

 中二病から醒めて数年ぶりに現実に戻ってきたぼくに、リアルな風は冷たかった。妄想と夜遊びにかまけていたぼくの成績はどん底にまで落ちていた。期末に渡された通信簿はぼくを絶望させるに十分であり、想像とフィクションの中では超一流だった自分が、現実世界はたんなる落ちこぼれの劣等生にすぎないことをぼくは思い知らされた。


「獅堂、お前、こんな成績で高校どうするつもりだ?」

「は、はあ……」


 進路指導の先生に叱られぼくは肩を落としたが、いったん現世に舞い戻ってきた以上、ここで暮らしていかないわけにはいかない。やむなくぼくは塾に通い始め、そこで砂を噛むような灰色の数か月をすごしたのち、奇跡的に区内にあるとある進学校にひっかかった。


 こうしてぼくはなんとか高校生になったものの、この頃にはぼくの精神の体温は平熱に下がり、あらゆるものに対して醒めきっていた。真新しいネクタイとブレザーの制服に身を包んで登校するようになってからも、もはや中学のころに感じたようなあの根拠のないわくわく感は戻ることはなく、獅堂ログはどこにでもいる平凡な高校生として第二の人生を歩み出した。


 超能力は、捨てた。


 超能力、ジェットソン。


『カーズド・ダーク』は……もう箸を持つ手としてすら使ってはいなかった。ぼくが自分の力に一切の興味をなくすのと同時に、この相棒は埃をかぶったまま生活の外にうっちゃられた。ぼくは再び右手を利き手として生活するようになり、左手は痛い設定とフィクションに彩られた記憶とともにうち捨てられた。べつに惜しいとも、もったいないとも思わなかった。それどころか、技に名前をつけて(そもそも技ってなんだよ)あんなことに明け暮れた日々が無性に気恥ずかしく、そのはずかしさの記憶のぶんだけぼくは自分の過去に辛辣になった。

 ま、よくあるパターンだ。




 ただ困ったのはすごく暇になったことである。それまで夢中になっていたことが消えたぶん、急にやることがなくなり、ぼくは時間をもてあますようになった。いったん入学してしまえばもう勉強のほうはどうでもよかったし、高校の部活動にも興味は持てなかった。そもそもあれだけの熱意と情熱をこめて一心不乱に打ち込める部活がどこにあるだろう?


 ぼくの生活はすぐにだらしなくなり、無目的で自堕落な日々をおくるようになった。メリハリのない毎日にいらだたしさと鬱屈を抱えてすごすうちにぼくはしだいに無口になり、あまり他人と会話しなくなった。



 やがて、ぼくは荒れた。

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