第1章-06 グラビティ・ストリーム

 それがわかってからというもの、ぼくはこの力で遊び倒した。毎日学校が終わるとランドセルを放って外へ行き、手当たり次第に物を掴む。掴む物はなんでもよかった。ジャングルジム、鉄棒、滑り台、果てはコンクリート塀や家の壁。目についた物に左手を沿わせ、力を込める。そのとたん、物が飛びついてくる。それらはまるで神の意志に操られでもしたかのように軽々と宙を飛び、ぼくの触れた鉄棒や遊具の階段に重い音を立ててくっつく。その「ガコン」という物のぶつかる音は妙に心地よく、それ聞きたさに、ぼくは毎日日暮れまで公園で遊んだ。思えば、あれがぼくの能力者としての最初の訓練と言えるだろう。


 やがてそれに飽きると、ぼくの遊び場は家の中に移った。ためしに自分の部屋の壁に手を当てて力を使ってみたが、これは惨憺たる結果に終わった。左手に念を込めた瞬間、机の上の鉛筆立てや書棚に並んでいたマンガなんかが壁にたたきつけられ、部屋の中は一瞬にしてめちゃくちゃになったからである。


「こらっ。なにしてるのっ。小学生にもなってこんなに散らかして!」

 げんこつを喰らったあと、ぼくは腕組みをしつつ考えた。

 当初、ぼくがこの能力について思い描いていた最も近いイメージは磁石だった。力を発揮した途端、物が次々にくっついていくイメージがそれを連想させたのだ。が、しだいにそれとは違う、「地面から垂直方向(縦)に伸びている物に対してその側面に引力を派生できる力」として捉えていたほうがいいことがわかってきたのである。また、ぼくの力は触媒の材質とも無関係らしく、それがたとえ金属でない木やプラスチックであろうと力の伝導率はまったく変わらないこともわかってきた。つまり、ぼくが触れた物はその材質がなんであれ、たちまち物を引きつける魔法の磁石に代わるのだ。


「うーむ」

 今思うと、ぼくはごく軽いGを派生させていたのだろう。一年もしないうちに、ぼくは大抵の物は自由に引き寄せられるようになっていた。ただし家の中では二度とやらなかった。部屋を散らかすと母親に怒られるし、壁に物をぶつけて傷めることになるからだ。だからこの力を使うときはもっぱら外で使った。




 そんなわけで、ぼくはもういっぺん自分のこの能力をあらためなおしてみることにした。


 ぼくは学校の図書室に行くと、せっせと本を借りはじめた。はじめは『超能力図鑑』とか『サイキック入門』とか子ども向けの簡単な本から読み始め、しだいにむずかしい物理や化学の本を手に取るようになった。

 ぼくが一番興味を引かれたのはぼくの力の源について……とくに重力と質量の関係についてだった。いったい、どういう原理でぼくの身体にはこんな力が備わったのか、それを知りたかったのである。


 アイザック・ニュートンによれば、重力を派生させるのは質量であるという。仮に質量=重力だとして、たとえばぼくの左手が1Gの重力を派生する力があるとすれば、その瞬間、ぼくの身体は地球と同等の質量を持っていると言うことになる。むろん、現実にはそんなことはあるはずがないが、少なくとも力を発生させてている瞬間だけはたとえ一時的であってもぼくの体重は増えている可能性がある。


 そう考えたぼくはさっそく体重計に乗った状態で能力を使ってみることにした。ためしに風呂上がりに壁のすぐ側に体重計を置き、左手を壁に沿え、体重計に載ったまま力を発動させてみる。もしこの理屈が正しければ、目盛りは変化し、力を駆使した瞬間に体重が激増しているはずだ。


「よおし」


 ぼくは体重計に載ってみた。そして力を使ってみる。


 が、予想に反して結果は意外なものとなった。目盛りはぼくのふだんの体重38キロのままびた一文、いやビタ1グラムも変わらなかったのである。

「……てことはこの力とぼくの体重に因果関係はないってことか」

 風呂上がり、裸で不思議そうな顔で佇む妹のメグの横でぼくは首をひねった。では一体ぼくのこの「エセ重力」の源はどこから来るのだろう?

 一方、ぼくが興味をおぼえたのは、実際この力で「一体なにをどこまでできるのか」という具体的な物理作用力についてだった。

 たとえば重力にはいろいろな使い方があることを発見したのもこの時期だ。




 ある日のことだ。

 昼休み、ぼくは友達と校庭で草野球をしていた。友達の一人が特大のホームランをかっとばし、ボールは外野を守るぼくの遙か頭上を越えて校舎の裏庭の方まですっ飛んでいった。

「やったあ。スリーラン」

「すっげー」

 歓声に湧く友人たちをよそにぼくがボールを拾いに行くと、ボールはなんと体育館の屋根の庇の下にある金属製の支え金具の脇に潜り込んでいた。高さはぼくの背の高さのゆうに4倍はある。

「……参ったな。取れないや」

 ぼくは体育館の外壁に手を当て、ゴムボールを見上げた。とそのとき、ぼくの頭にふと妙なアイデアがひらめいた。壁に手を当てた自分の姿に、このままの体勢で力を駆使したら壁を昇っていったらどうだろう……と思いついたのだ。つまり自分のGにぼく自身が乗っかって、自分の身体を体育館の壁に貼りつけることができるのではないかと考えたのである。


 ぼくはまず両手を壁に添えた。次に力を発揮しつつ両手を壁に付けた状態のまま左足を持ち上げると靴裏を壁に載せ、ついで精神を強く集中させながら最後に残った右脚も浮かせてそっと壁に載せる。

 ぼくは高さ50センチくらいの高さで、まるでコンビニ前で屯しているヤンキーみたいなかっこうで壁にしゃがみ込んでいたが、思い切って右の手のひらを壁から離してみた。ついで用心深く、そろそろと残った左手も離してみる。するとなんとぼくの靴底はまるで強力な吸盤がついているみたいに壁の表面に吸い付き、そのままの姿勢でまっすぐに佇むことができるではないか。

 そう、まるで宇宙ステーションの中にいるNASAの乗組員みたいに。


「すっげー。超すっげーっ」

 このときぼくは自分が意識をすれば左手だけでなく脚を含めた身体全体から重力を発揮できること発見したのだった。

 こうして重力の新たな使い方を手に入れたぼくは、最初の力の目覚めよりもはるかに気合いと熱を入れて特訓にはげむようになった。さすがに人目に付くとまずいので、なるべく人気のないところでぼくはこの壁上りの練習に取り組んだ。はじめのうちは立ちくらみがしたり、高さに膝が震えたりしたこともあったが、失敗をくり返しているうちに徐々に力のコントロールにも慣れ、ほどなくしてビルやマンションの外壁を近所の通学路同然に歩き回れるようになった。




==============================

NEXT! →  →  →   第2章 ディメンション・トリガー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る