第1章-05 グラビティ・ストリーム

 もっとも、これですぐさまぼくが超能力者としての道を歩み始めた、というわけではない。当時ぼくはまだこどもだったし、目の前で起こった出来事をすべて理解するにはあまりに幼すぎたからだ。


 なによりぼくには物理に関する基本的な知識が欠けていた。さすがに「引力」という言葉くらいは知っていたけれど、重力やその他の知識はまったく持っていなかったし、ましてや万有引力の法則だのケプラーの法則だの一般相対性理論だのといった言葉はろくに聞いたことすらなかった。そんなガキンチョが自分の能力を科学的に把握できようはずがない。

 もっとも、そんなぼくでも自分になにやら妙な力が備わっているということだけはわかった。そして、どうやらそれは物を手元へ引っぱり寄せる(?)力であるらしい。


「うーむ」


 あの日、自分の身になにが起こったのか確かめようと思ったぼくは、さっそくもう一度同じ場面を再現してみることにした。ためしに空き地に行くと、左手をまっすぐ前に突き出し気合いを入れてみる。あの出来事がとっさに左手で物を掴んだときに起こったとするなら、左手こそがぼくの謎パワーの源にちがいないと考えたのである。


「たあーっ」


「つあっ」


「はあああああっ」


ぼくは左手に力を込めてうんうんうなってみた。端から見ればぼっちがドラゴンボールごっこをやっているようにしか見えないだろうが、やってる当人は大まじめである。だが、いくら全身の力をふりしぼっても、手のひらからはエネルギー波が出るくる気配もなければ、あたりに気柱が立つようすもない。


「おっかしいなあ」


 15分ほどやった末に疲れ切ったぼくは、次に公園の遊具のところへ行った。ためしに遊具の中のぶら下がり用の鉄棒の支えを左手で握り、念を入れてみる。するととんでもないことが起こった。突然ぼくの握った支柱の反対側にどこから飛来してきたのか、がごんと石が吸いついたのである。


「……え」


 ぼくはびっくりした。そしておそるおそる反対側の支柱に貼りついた石を見てみる。石はぼくの拳ぐらいの大きさで、まるでセメダインでくっついたみたいにぼくの手が握った柄の位置の高さにぴったりとくっついている。ぼくは支柱から手を離した。その途端、石はころりと地面に落ちた。




 引力、とはものを引き寄せる力のことを言う。

 対して重力とは地球上の物体が地球の中心から受ける力のことを指す。質量を有するすべての物体はたがいに引きつけあう力を持ち、天体間の引力と地球上の物体の重力は同一である。引力の値はふたつの物体の質量の積に比例し、ふたつの物体の距離の二乗に反比例する――これがニュートンの万有引力の法則だ。

 のちにもう少し大人になってからぼくは様々な本を開いてこの力の正体を調べてまわったが、さしあたってこの段階でぼくが悟り得た事実がひとつあった。それは、ぼくの左手には地球の重力と同じ力が宿っているらしい、ということである。

「すっげー……」

 乳飲み子の頃から漠然と感じていた自分の左手に対する違和感の正体が明らかになりぼくは興奮したが、すぐに首をひねった。ではなぜ遊具で遊んでいるときはこれができて、素手でいるときはなにも起こらなかったのか不思議に思ったのだ。

 もっともこの理由はじきに明らかになった。どうやらこの力は手で何かに触れていない限り発動しないものらしい。

 つまり力の伝わりを媒介するもの、触媒が必要なのだ。




 それがわかってからというもの、ぼくはこの力で遊び倒した。

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