第9話−2 (完結)

 マキの姿が見えなくなってから、さっき気になった事を有島くんに聞いてみる事にした。——たぶん、あたしが考えてる通りだとは思うのだけど。

「ねえ、さっき幽霊は自然に成仏するみたいな事言ってたけど、あれって本当?本気でそう思ってる?」

 有島くんは苦笑いで答える。

「正直に言うと、あれは方便ですね。幽霊がすぐに見えなくなったってのは本当ですけど、成仏したのかどうかなんて、僕らに分かるわけがない」

「ああ、やっぱりね」

 さっき聞いた時に、なんとなくだけど、いつもの言葉とはちょっとニュアンスが違うなって感じたから。

「幽霊の事って、まだまだ分からない事が多いみたいね?」

「そうですね、やっぱり、見える人が限られていて、かつ物的証拠を全く残さないのが、研究する上では大きなネックですよね。それに、こういう事情もあってか、真面目に研究しているのは、一部の物好きだけというのが実情ですし。まあそれでも、海外には研究者がそれなりにいるようですが」

「その話の感じだと、この先もずっと、ちゃんとは分からないままって事?」

「絶対とは言いませんが、難しいでしょうね」

「そうなんだ……」

 歩きながら、今回の事について、色々な事を考えてみる。レイナとの思い出について。マキの気持ちについて。そして、幽霊について。

 ——ふと、有島くんがあたしの顔を見ているのに気付いた。

「どうしたの?」

「いや、ごめんなさい。ひょっとしたら、高倉さんも今は幽霊の存在を信じているのかなと思って。前には、信じてないって言ってましたけど」

 難しい質問だ。正直に言うと、あたしはまだ迷っている。どう言おうか悩んだけど、結局は素直に言うしかなさそうだ。

「……率直に言っちゃうと、まずマキや有島くんが嘘をついているとは思えない。でもやっぱ、あたしは幽霊を見た事がないし、そう簡単には信じられない。今でも、どちらかと言うと、信じてない。マキが見た——あと、有島くんがこれまでに見てきた幽霊は、実は幻覚か何かじゃないかって、そういう可能性もあるんじゃないかって、どうしても思っちゃう」

「客観的に見れば、勿論その可能性も否定出来ません」

 あまりにもサッパリした答えだった。上手い言葉が見つからずに戸惑っていると、有島くんは優しく笑った。

「それで良いんです。見えないのに、無理してまで信じる必要はないんですよ。高倉さんの答えは、何も間違ってはいません」

「本当にいいの?だってあたし、有島くんの言ってる事、否定しちゃってる……よね?」

 あたしは、マキや有島くんの話を聞いてなお、幽霊が信じられない自分に、少し後ろめたい気持ちを感じている。なのに、こんな風にあっさり肯定されたら、逆に申し訳ない気分になってしまうじゃない。

「見えない人にとっては、存在しないのと同然ですしね。客観的な証拠が得られないというのはつまり、見えない人に対して幽霊の存在を証明出来ないという事です。だから、意見の食い違いがあるのは仕方ないし、幽霊を信じないという意見も受け入れるしかないでしょう」

 なんか、一気に畳み込まれてしまった。さすがに、これ以上言える言葉は思いつかない。それにしても——

「有島くんってさ、随分大人っぽいって言うか、達観してるよね。なんか、凄い」

「あー、まあ、小さい頃に、随分と悩みましたからねぇ。僕の父親が幽霊を全然信じてなくて、小学校くらいの時に、幽霊が実在するなら、何も痕跡——つまり客観的な証拠ですが、全く残さないのは明らかにおかしいって、論破されてしまいましたよ。幽霊が『見える』のであれば、それは何らかの物理現象である筈だ、ってね。それで、いつか言い負かしてやろうと何冊も本を読んで勉強していたら、先ほどのような結論に辿り着いちゃったわけですが」

 そう言って、照れ臭そうに笑った。

「あ、一つだけ追加を。先ほどは信じてもらえなくても平気だと言いましたけど、例えば面と向かって嘘つき呼ばわりされたりしたら、さすがに凹みますよ。でも、高倉さんはそういう事を言わないし、むしろこちらを気遣ってくれている。だから、平気なんですよ」

 今度はあたしが、照れ臭そうに笑った。


 家に帰って晩ご飯を食べた後、改めてさっきの有島くんとの会話について考えてみた。

 彼は、幽霊を信じないという意見も受け入れると言っていた。という事はたぶん、こちらにも幽霊が実在するという意見を受け入れて欲しいのだろう。無理に信じなくてもいいとは言っていたけど、こっちが本音なんじゃないか。

 幽霊を信じないまま、幽霊が実在するという意見も受け入れる。それが一体、どういう事なのか、どうすればいいのか、正直全く分からない。それが分かったとして、あたしに出来るんだろうか。

 ——ひょっとしたら、あたしは自分で思ってる以上に頑固なのかもしれない。

 とにかく、これは時間をかけて、しっかり考えた方が良い事のような気がする。有島くんから、もっと色々な話を聞いてみるのも良いかもしれない。

 まあ慌てる必要は無さそうだし、ゆっくり行こう。

 そう決めて、布団に入った。

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物言わぬ幽霊 kc @gengorou

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