第8話
もう、だいぶ日が傾いてきていた。レイナの父さんは、車であたし達を家まで送ると言ってくれたのだけど、さすがにそれは遠すぎるからと遠慮して、最寄りの駅まで送ってもらう事にした。駅からレイナの家まで、バスに乗っている時間は結構長かったから、それでも充分に助かった。
電車の中で、三人並んで夕日に照らされながら、あたしはレイナの家であった事を思い返していた。
「なんかさ、レイナの事が良く分からなくなっちゃった。ひょっとして、あたしにもずっと本心を隠して、付き合ってたのかな」
マキが遠くを見ながら言った。
「どうして、そのように思ったんですか?」
「日記に書いてたお父さんへの気持ちと、お父さんが言ってたレイナの態度が違ってたじゃない?あたしに対しても、そういうのがあったかもしれないじゃない」
「あたしは——ううん、どうだろ。とりあえず、本心を全部、そのまま表に出しちゃうのって、普通はあまりないんじゃない?だからって、表向きの顔と本心が全然違うってのも、あまりないと思うけど」
あたしだって、マキに本心を全部そのまま出してるわけじゃないし。でもこれって、改めて言うような事かなぁ?マキだってきっと——とか考えていて、ふと思いついた。マキはレイナに本心をわりとそのまま出していたと思うし、レイナも他では見せない顔をマキの前で出していた。だから、レイナもマキに本心を隠さず出してくれていたと、マキはそう思ってたんじゃないか。
「まあでもレイナは、どっちかって言ったら、マキに本心を見せてた方じゃないかな。だって、喧嘩までしたんでしょう?」
これが本当かどうかは分からないけど、取り敢えずフォローしておいた。マキはなんだか迷っちゃってるみたいだけど、レイナがマキを呼びにくる事もあったくらいだし、レイナだってマキの事を大事な友達だと思っていた事は、間違いないだろう。
「うんまあ、そうかも」
「いずれにせよ、何が本心かなんて、その本人にしか分かりませんから。あまり気にしなくてもいいと思いますよ。あの日記に書いてあった事だって、あれが本心かどうかなんて、分かりませんから」
「えっ……どういう意味?」
「あそこに書かれていた事は、僕には中村さんと喧嘩して、ちょっとムキになって書いたように思えたんです。確か、何故あんなに怒ったんだろう、といった事が書かれてましたよね?だから、怒った理由を後付けで考えて、自分を納得させようとしているような、そんな印象を受けました」
「ううん、そういう見方もある……か?」
「僕の見方が正しいのか、中村さんの見方が正しいのか。吉川さん本人にしかわかりませんよ、本当のところは」
マキは体を反らせて、天井の方を向いた。その格好で、目をキョロキョロ動かしたり、舌を唇の裏側にあててクルクル回したりしている。
「レイナがどうして幽霊になったのかも、結局分からなかったしね」
「それはもう、仕方ないですね。前にも言いましたが、幽霊の気持ちを理解するのは、そもそもかなり難しいですし。今回は不慮の死だったのでなおさら——」
そこで有島くんの言葉が途切れた。見ると、有島くんはしまった、という表情でマキの顔を見ていた。マキは少し泣きそうな顔になっている。
「レイナ、死ぬなんてちっとも思ってなかったもんね。日記見てたらね、レイナはコンクール——本当は今日行くはずだったコンクールを、すっごく楽しみにしてたの。レイナが一番好きな曲をやるからって。この曲のこの部分が特に好きとか、あたしに見てもらって仲直りしようかなとかさ、書いてあるの。で、そのまま終わっちゃってるの。その後に、何も書いてないの。そういうのがなんか、辛くって」
言いながら、マキはどんどん涙声になっていった。そして涙をぼろぼろと流し始めた。手で必死に拭っているけど、全然止まりそうにない。
「マキ」
あたしはマキを手で抱き寄せた。マキはあたしの肩に顔を乗せて、そのまま泣き続ける。落ち着くまで、このままにしてあげよう。
マキが泣き続けているのを見て、ふと気付いた。あたし、レイナの事で一滴も涙を流してない。
マキには負けるけど、あたしもレイナの事は好きだったし、大事な友達だと思っていた——はず。今も、レイナが死んだ事は悲しいと感じてるはずなんだけど、泣ける感じがしない。マキからもらい涙もしそうにない。
——あたしは、本当はレイナの事をそんなに大事には思ってなかったんだろうか。だとしたら、この、今胸の奥が重たくなるような、この感覚はなんだろう。
駅に着くまでずっと考えていたけど、結局答えは出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます