第3話−2

「これだけ条件が揃っているとなると、幽霊の正体は吉川レイナさんだと考えて、まず間違い無さそうですね」

 長い沈黙を破ったのは、有島くんだった。

 あたしには幽霊の事は良く分からないけど、やはりマキの前に何度も出ているという事は、マキに何か伝えたい事があるんだろうか。二人とも何も言わないので、あたしから言ってみる事にした。

「でも、マキが見たのが本当に幽霊だったとして、なんでレイナは幽霊になったのかな?なんで、マキの前に出るんだろ」

 有島くんは、難しそうな顔をした。

「それは——難しい質問ですね。本で目撃談とその調査結果を幾つも読みましたけど、実のところ、幽霊となって現れる理由については、良く分からないケースの方が圧倒的に多いんです。変な言い方ですけど、本人に聞かないと分からない、といったところですね」

「分からないって、どうして?」

「自分の経験を元に言えば、幽霊は勝手に自分がやりたい行動を取るだけで、こちらに自己主張を全然しないんですよ。それに、単に立っているだけとか、歩いているだけという事も多い。要するに、ヒントが殆どないんです」

 この話は、かなり生々しい。これはもう、有島くんが幽霊を見ているのは間違いないんじゃないかと思う。……思うのだけれど、やっぱりまだ、心のどこかに引っかかりがあった。——本当に、幽霊がいるって断言しちゃってもいいんだろうか?なんだか、その生々しさが、気持ち悪い。

「じゃあ、レイナが幽霊になった理由は、考えるだけ無駄って事?」

「うーん、幽霊がお二人の知人なので、ひょっとしたらある程度は絞れるかもしれませんが、あまり期待はしない方が良いでしょうね。……あの、中村さん?」

 名前を呼ばれて、ハッと気付いたようにマキが顔を上げる。その顔を見て、びっくりした。マキはひどく思い詰めた顔をしていた。レイナの死にショックを受けているのとは、また違うような気がする。

「ねえ、幽霊になるって事はやっぱり、何か恨みがあるって事なのかな」

 マキは、ぽつりとそう言った。あたし達の話を、全然聞いていなかったのか。

 それにしても、恨みとはまた、思ってもみなかった言葉だ。確かに、強い恨みを抱いて幽霊になるというのは、怪談では定番のネタだ。しかし、マキとレイナの間にうらつらみがあるとは、とても思えない。仮に、例えば何かの理由で喧嘩したとして、死んだ後まで残るような恨みにまで発展するだろうか。

「レイナと喧嘩したの?」

 マキは黙ってうなずく。

「でもさ、喧嘩したってだけじゃ、別に恨まれる事はないんじゃない?仲直りしたかったって心残りなら、まだ分かるけど」

「違うの」マキは弱々しく首を振る。「あたし、レイナにかなりひどい事を言っちゃった。恨まれても仕方ない」

 マキの目から涙がこぼれた。

「何て言ったの?」

「『あんた、お父さんの本当の子供じゃないじゃない』って」

「……えぇえ!?」思わず大きな声を出してしまった。聞きたいことが幾つもあって、何から聞いたら良いのか、判断が出来ない。「ちょ、どういう事?どういう意味?レイナって、そうなの?」

「レイナのお母さんは再婚で、レイナは前のお父さんとの間に生まれたって。レイナから直接聞いたの」

 これは知らなかった。いや、わざわざ他人に言うような事でもないけど。……それにしても。

「どうして、そんな事を言っちゃったの?そんなひどい喧嘩だったの?レイナに何か酷い事を言われちゃった?」

 言ってしまってから、今のマキにこんな事を聞くのは酷かもしれない、と思ったが、どうにも止まらなかった。

 マキは、ふうと大きな息を吐いてから、その喧嘩の状況を話し始めた。

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