第2話−2

 高校の近くにある、小さな公園。小学校から離れているせいか、普段は夕方でも子供があまりいない。校内は部活でどこも賑やかだったので、この公園を話し場所に選んだ。ベンチに三人並んで腰をかける。

「まだ名前を言ってなかったね。あたしは、中村マキ。こちらは友達の、高倉ユウコ」

「知ってるみたいだけど一応、有島です。それで、幽霊を見たんですか?」

 そそくさと有島くんは聞いてきた。それにうながされて、マキは話し始めた。途中、何回か有島くんから質問されて、昨日あたしと話した時より詳しく、マキが体験した事を説明していった。

 最初に気付いたのは、だいたい三週間前。あまり頻繁には見えない。見える場所も時間もバラバラ。ただ、家の中では見えない。

「これって、やっぱり幽霊?」

 有島くんはしばらく考えていたが、続いて質問してきた。

「あの、気を悪くしないで下さいね。これが思い込みによる錯覚なのか、本当に幽霊を見たのかをはっきりさせたいんで、もう少し細かく聞いておきたいんです。幽霊が居た場所のそばに、何か幽霊と見間違いそうなものは無かったんですよね?」

「ああ、そうそう。それ言われて思い出したけど、あたしも最初は何かの見間違いだと思ったんだよね。でも、それっぽいのが全然ないの。さっき言ってた青のカーディガンって、ちょっと明るめの青でかなり目立つんだけど、そんな色がどこにもなくて。それにあれは、かなり露骨に人っぽい形をしてたと思う」

「幽霊を見た時、事前に何か、兆候のようなものを感じました?」

「いや、全然。どっちかと言うと、忘れた頃に見えたりするから、嫌なのよ」

「なるほど。最後にもう一つ、身の回りに、最近亡くなった方は居ないんですよね?」

「うん、居ない」

「ならやっぱり、個人的には本物の幽霊だと断言していいと思います」

 マキが、引きつった顔を作ってこちらに向けてきた。

「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』という有名な俳諧がありますけど、実際、その時の心理状態によって、ありもしない物が見えちゃう事はあるんです。それは、錯覚だったり、幻覚だったり。しかし今回の件については、中村さんが意識してないのに繰り返し見えているので、思い込みとは考えにくい」

「ちょっとごめんなさい。一つ、聞いてもいい?」

 話の腰を折る事になるけど、どうしても確認せずにはいられなかった。

「話を聞いた感じだと、幽霊は実在するって事?それは確実なの?」

 有島くんは、これを聞いて少し笑った。

「それは、重要な質問ですね。つまり、高倉さんは幽霊を信じていないし、恐らくは見えてもいない」

 全くもって、その通り。

「そもそも幽霊って、現在の科学技術では観測が不可能な存在ですからね。これはつまり、客観的な証拠が存在しないという事です。なので、信じるか信じないかでしか、判断が出来ないという事になります。実際に幽霊を見てしまった人は、幽霊を信じる可能性が高いでしょうが、見た事がない人が幽霊を信じるのは、難しいでしょうね」

 幽霊が見えないと、信じるのは難しい。という事はつまり——

「有島くんも、幽霊が見えるの?」

「はい、見えます。これまで何回も、色々な幽霊を見てきました」

 有島くんには悪いけど、この言葉に不気味なものを感じてしまった。自分には幽霊が見える。そう言う子はこれまで何人かいたけど、彼女達は見えた幽霊が本物かどうかはどうでも良くて、単純にイベントとして楽しんでるように見えた。しかし有島くんはごく日常的な、当たり前の事を言うように話した。幽霊は実在する。そう断言されたような気分だった。

「さて、問題は、その幽霊が誰なのかですが」

 そう言いながら、有島くんはマキの顔を見る。

「誰か、心当たりはありませんか?青のカーディガンを着た人物に」

 心当たりがあるなら、もうとっくにその名前を出してるんじゃないかなぁ。そう思いながらマキの顔を見ると、何かを考えているような、悩んでいるような、そんな表情をしていた。——何か、思い当たる事があるの?

 マキがなかなか口を開かないからか、有島くんは「あくまで本で読んだ事の受け売りですけど」と前置きしてから、話を続けた。

「複数名が同じ幽霊を見てる筈なのに、服装が違っていたりとか、人によって見えた姿が少しずつ違うケースも、少なくはないようです。つまり、幽霊の見た目には、見た人が持っているイメージが反映されている可能性がある」

 マキは、まだ黙っている。

「だから、中村さんが青いカーディガンと聞いて思い浮かぶ人物が、幽霊の正体である可能性が高いんです」

 マキはやがて、マキらしからぬ、小さな声で言った。

「幽霊って事は、その人は死んでるんだよね?」

「普通はそうですね。でも、生き霊といって、生きたまま魂が体から抜けて、幽霊と同じような形で出現する現象も確認されています。絶対ではないですね」

 マキは、この先を言うかどうか、まだ迷っているように見えた。暫く沈黙が続いた後、マキはその名前を挙げた。

「確かに、似てるの。友達の、吉川レイナって子に」

 吉川レイナ。ああ、そうだ。昨日は、レイナの話をしてた時に、急にマキが幽霊の話を切り出したんだった。

 さっきの、マキの言葉が頭を巡る。——幽霊って事は、その人は死んでるんだよね?

 ……レイナが、死んだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る