私のお仕事~私が産まれた理由~

@AnaiRecon

第1話

 ある日いきなり、私は産まれた。

 普通はお母さんのお腹から産まれて、時間と共に成長していくものらしい。

 でも私はある程度成長した状態で、いきなり誕生したんだ。年齢は多分十歳くらいだろう。

 当たり前だけど誕生したばかりで、真っ裸の状態だ。年相応に膨らんだ胸に華奢な手足が目に入る。


 私は今いる場所を確認した。どうやらどこかの家のようだ。

 温かい雰囲気の木造住宅で、部屋の真ん中には木製のテーブルとイスが設えてある。壁にはよく分からない絵が飾っていて、その壁に寄り添うようにベッドがある。他にも色々なものがあるけど、何に使うものか私には分からない。


 そんな私の後ろに、巨躯な男の人が立っていた。

 もじゃもじゃしたヒゲを生やしている。私が床に座り込んでいるせいで、顔は良く見えない。

 男の人は一歩を踏み出し、大きな身体が近づいてくる。その威圧感に、思わず後ずさってしまった。怖い、誰なの? この人は。


「上手くいったか、何せ命を創るのは初めてだからな」


 そう、男の人は言った。思ったより穏やかな声で、私の恐怖心が少し薄れる。

 それにしてもこの人、今なんて言ったの? 命を創る? 突然成長した姿で産まれたことが不思議だったけど、まさかこの人が創ったのって、私?


「それにしても女の子か。性別のコントロールまでは難しかったな」


 良く分からないけど、男の子が欲しかったんだろうか。少しだけムッとする。何よ、勝手に人のこと創って勝手にがっかりして。


「若い女の子が裸のままじゃいかんな、ホレ」


 そう言い、どこから取り出したのか水色の可愛いワンピースを私に渡してきた。何なの? 手品?


「この服をどこから取り出したか、不思議でしょうがないか」


 心を見透かされた? 少し狼狽えつつ、素直に頷いた。すると大男も答えるように頷く。その時一瞬顔が見えたが、やっぱりヒゲが邪魔でよく見えない。


「実は君に、仕事を手伝ってほしいんだ」


 どういうこと? お手伝いさんが欲しかったの? その為に私を創ったの?

 もしそうなら本気で怒るよ、私。だってさ、こんな怖い男の人のところで働くために産まれたって、なんていうか、悲惨じゃない。


「まずは服を着て、その後は腹ごしらえだ」


 私は恐る恐る手を伸ばして、ワンピースを受け取る。

 男の人は大股で隣の部屋へ続くと思われるドアを開けると、その中に消えた。

 私はそれを見届けると、視線を手に持っているワンピースに戻す。

 この生地、凄く気持ちいい。ずっと触っていたいくらいだ。所々にフリルとかの装飾もあって、女の子が喜びそうなワンピースだなあ。だってね、私も興奮しているんだもん。ブランド物とも引けを取らないような洋服、そうそう着れないと思うよ。

 ワンピースを着ると、少しだけ安心する。男の人がいる部屋で裸なのはちょっと……ね。


 それから少し待っているとドアが開いて、男の人が出てきた。その手には大皿があり、香ばしい匂いが漂ってくる。


「さあ、腹ごしらえだ」


 男の人の言葉に、私は嬉々として立ち上がろうとしたけど……立てない。どうして? 何で?

 私がオロオロしていると、男の人は低い声で言った。


「動けないのか? やはり命の創生は失敗だったか」


 心臓が飛び出そうになった。私って、失敗作なの? だったらどうなるんだろう。ひょっとして、捨てられる?

 そんなの絶対に嫌! 未熟な状態で勝手に創って、勝手に捨てるなんて横暴すぎる。それとも何? 自分が創ったものだから、捨てるのも自分の勝手ってこと? ふざけんじゃないわよ!

 するとまた私の心を読んだかのように、男の人は語り掛けてくる。


「安心しなさい、お前を捨てるようなことはしないから。一度創った以上、きちんと責任を取る」


 頭の中がグルグルする。もしかしてこの男の人、良い人なのかも。いいや、まだ分からない。私を強制労働するために創ったのかも。

 そうよ、普通の仕事ならバイトを雇えば良いじゃない。わざわざ人間を創るくらいだし、きっと強制労働とか、違法なことをするつもりよ。私は騙されないんだから。


 それから数カ月、私は男の人にリハビリして貰って、やっと歩けるようになる。リハビリ中、男の人は私に優しく接してくれた。思わず気を許しそうになるけど、でも信用したらいけない気がする。私は騙されないぞ!


 そして更に数か月後、私は不自由なく生活できるまでになった。

 産まれてからこれだけ時間が経つと、落ち着いて世界を見れるようになる。私は外に出たことが無いから、家の中の世界しか知らない。ただ家の中での生活は悪いものじゃなかった。

 一日三食きちんと食べられるし、毎日お風呂に入れる。テレビだってあるから暇つぶしもできる。

 そして立ち上がることで、男の人の顔をきちんと見ることができるようになった。その顔は、はっきり言うとヒゲが殆どで、申し訳程度に鼻から上が覗いているような感じだ。ヒゲのせいか、小さな目が余計小さく見える。


 ただ私は、男の人が働いているところを見たことが無い。ずっと家にいて、私の世話をしてくれる。それなのに毎日料理は出てくるし、電気も水道も使える。どこからお金が出てくるんだろう。とんでもない大金持ちとか? でもそうだとして、どこから食べ物を持ってくるの? この人、一体何者?


 そんな男の人が私を見て、目が下に垂れた。これは微笑んでいる時の表情だ。


「大分動けるようになったな。ここまで回復するとは思っていなかった。やっぱり命の創生は成功だった」


 今回はあまりイライラしなかった。なんでだろう、男の人と一緒に過ごしたことで、情が移ったのかな。


「さて、それじゃあ前も言ったと思うけど、仕事を手伝ってもらおう」


 そうして私は、男の人の仕事を手伝うことになった。仕事場は隣の部屋らしい。

 私は隣の部屋に初めて入った。そこは今までの温かい部屋と違い、冷たい石造りの部屋だ。ある程度広さがあり、多分差し渡し十メートルくらいあると思う。一番向こう側に奇妙な機械があって、フシュ―フシュ―煙を出しながら奇妙な動きをしている。

 何ここ、怖い。

 そんな私に、優しく声をかける。


「大丈夫、安心しなさい」


 そう言って、あの機械の使い方を教えてくれた。それに私は、瞳がキラキラし始める。男の人はそのまま自分の仕事について教えてくれた。

 そうか、これがこの人の仕事なんだ。


 それから十年間、私は仕事を手伝った。以前は気味悪かったフシュ―フシュ―と鳴る機械も、なんだか愛おしく見えてくる。まあ昔の私は幼かったからな。今や二十歳の大人だし、この仕事の意義もしっかり理解できるようになった。


 更に一カ月後、男の人は倒れた。


 その日以来、男の人はベッドから動けなくなった。必死に看病するも、どんどん弱っていくのが分かる。どうしようどうしよう、最善を尽くしているのに、全く回復する様子が無い。何かもっと、特効薬みたいな魔法の薬でもないかな。

 慌てる私に、男の人は弱弱しく目が下に垂れる。


「いいんだ、もう寿命だ。老死には逆らえないさ」


 老死……確かに結構な歳だったけど、でもつい最近まで元気だったんだ。いきなり死ぬなんて絶対おかしい。良くない病気にかかっているだけだ。だから薬があれば良くなる筈だ!

 そんなことを考えていると、男の人の手が私の手に重なる。


「お前を創った理由、手伝いのためって言っていたよな。実は違うんだ。寿命が近づいていることは分かっていたから、跡継ぎが欲しかったんだ。けどその世継ぎがいない。だから全身全霊を込めて、命の創生……いや、孫を創ったんだ。まあ女の子なのは少し驚いたが」


 苦しそうに笑ってきた。もうやめて、喋らないで。今は体力の維持だけを考えて。


「だけどその結果、お前を独りぼっちにさせてしまうな。こんな所に人が来る筈もないし。本当に申し訳ない」


 いいえ、私は素晴らしい仕事を与えられたわ! この仕事の為ならどんな辛いことにも耐えてみせる。それに私も一人前になって、命の創生……いいえ、家族を創るわ、沢山の大家族を!


「そうか、それは、楽しみ、だ……」


 それが男の人の、最後の言葉となった。



 私はあの人の意思を継ぐ。これからは一人でも立派に仕事をしてみせる。人に夢を与える、素敵な仕事なんだから。


 まずは、あのフシュ―フシュ―なる機械で色んなものを造る。玩具とかゲームとか、色々な物を。

 それを無限に物が詰められる袋に入れて、準備を整えた。

 そうして私は、一年に一度の仕事へと向かう。

 私の仕事は、一晩で世界中の子供達に欲しいものを届けること。子供が夢や希望を失わないように、大人になっても夢を持ち続けられるように。


 元気なトナカイに乗って、シャンシャン音を鳴らしながら世界中を駆け巡る。だけどその音で人間達が目覚めることは無いのだ。何故かと聞かれても、そういう原理なのだと言うしかない。


 一軒一軒、真心を込めてプレゼントを配る。

 まだまだ未熟だけど、私もお爺さんみたいな立派なサンタさんになるね。だから見守っていて、お爺さん。

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