第14話 這い憑きし者②

「はい?」


 目の前の光景に思わず疑問の声を上げてしまう。

 今この時、カナは珍しく戸惑っていた。

 常に混濁していても混乱はしていない思考が今だけは混乱する。

 常時混沌としている精神が予想外の事態に別の意味で乱れだす。


 すべすべのきめ細かい白い肌。艶やかな蘇芳色の長髪。整った可愛らしい顔立ちとそこに浮かぶこれまた愛らしい桜色の綺麗な唇。白いぶかぶかのシャツの下に隠された年相応に発達した発達途上の体躯。

 当惑するカナを他所に、妙な縁で出逢い、その後付き纏いだした最早見慣れた変態少女が言う。


「突然のことだから戸惑うのも無理ないけど、わたし達は同一人物なんだ」


 健康的で官能的な色気を感じさせる女体に、胸元に赤色のリボンがついた白色の軍服。華麗な蘇芳色の長髪と同色の美麗な瞳。美妙びみょうでありながら同時、可愛らしさが残る愛嬌溢れる相好そうごう

 どこかこの頃行動を共にしていた変態少女の面影がある……というかその変態少女が順当に成長したらこうなるだろうと思わせる、純真無垢の清楚な笑顔を浮かべた女性が変態少女の言葉を引き取るように口を開く。


「とはいえ、言葉の上ではなんとでも言えるからね。証拠として見せて上げる」


 言下。女性の身体うつわからほんたいの一部が流出するのをカナは瞬時に感知する。

 そして飛び出してきた陽炎よりも薄く明確な姿を持たぬ、だがそこに確実に有る、視認できなさそうで視認できそうなしかしやはり視認できない、そんな不可解な存在はーー次の瞬間、誰もが視認可能な明瞭な形を得る。


 下着がうっすら透けて見える薄手のシャツに超穴あきジーンズという、女に耐性の無い者は骨髄反射的に顔を背けてしまいそうな格好で現れた、髪こそ女性より短いもののその容貌は瓜二つの女性が得意顔で言う。


「ほらこの通り。わたしは自由に分裂できるんだ。無限にね。どうカナ? 私達が同一人物だってこと理解できた?」


「……なるほど。こうして目の前で証拠を提示された以上、認めないわけにはいきません。貴女方は確かに貴女方が仰る通り同一人物なのでしょう。無論、幻術など他に考えられる可能性はありますが……」

「そんなことを言い始めたらきりがありませんからね。無限にできるかどうかは兎も角、分裂可能だという貴女の言は信じます。……で? 貴女方の目的は一体なんなんです?」


 ん? 目的? ときょとんとした表情で一斉にこてんと首を傾ける蘇芳。

 普段なら可愛らしいだろうその動作も今ばかりは愛らしさなど欠片も感じない。

 カナは険しい目付きで蘇芳達を見据え、発問はつもんする。


「とぼけないでください。私の斬撃を避けた時点でおかしいとは思っていましたが、私と難なく渡り合える杏奈さんと名乗ったそこの人物が仲間と言うくらいです。貴女も尋常ならざる存在なのでしょう?」

「であれば、あんな魔王軍の中でも一際未熟な兵士に追いかけ回されるなどありえません。ともすれば、私と出会った時のあれは仕組まれた茶番劇だったのでしょう。仕組んだのが杏奈さんなのか貴女なのか、他の誰かなのかはわかりませんが……一体どんな目的で私に接触したのですか?」


「目的って……。あの茶番を仕組んだのは確かにわたしだけど、目的なんて大層な言葉を使わなければならない野心は持ってないよ?」


 そう言うのは軍服姿の蘇芳。

 続いてただ、と少女形態の蘇芳が言葉を引き継ぐ。


「わたしはカナお姉ちゃんと親密な関係になりたかっただけだよ?」


「親密な関係ですか。それはまた一体どうして」


「どうしてって。そんなのカナお姉ちゃんを愛してるからだけど」


 そんな言う方も言われる方も面映おもはゆいことを少女蘇芳はしれっと言ってのける。

 だが、今回ばかりは言う方が言う方ならば言われる方も言われる方。カナは何事も無かったように会話を続ける。


「……? よくわかりませんね。私と貴女が出会ったのはあの時が初めてのはず。ですが貴女は私のことを愛しているが故にあの時の茶番を仕組んだという。もしかして貴女は以前から私のことを存じておいでで?」


「うん。直接対面したのはあの時が初めてだけど、その前から知ってたよ」


 あっさりと少女蘇芳が肯定し、過激な格好の短髪蘇芳が続ける。


「わたしは過大に稀覯きこうな特殊な存在でさ。なんだってできるんだよね。誇大表現でもないし、大言壮語でもなくて。本当にね。だからカナのことはカナが発生した時から知ってたんだ」


「なるほど。ですがそうであったとしても、やはり解せませんね。私のことを知っていたとしても、それがどうして愛してるなんてことに繋がるんです? もしかして俗に言う一目惚れというやつでしょうか?」


「一目惚れ、か。うんそうだね。それで間違いないかな。カナの容姿も性格もわたしは気に入ってる」


 だからね、と。人好きする愛嬌溢れる笑顔を浮かべる蘇芳は同時に言葉を発した。


「「「その心も、体も、魂も。カナを構築する全てが欲しいんだ」」」


 蚊帳の外に置かれた杏奈が七つの導火線のついた漆黒の球体でリフティングする場違い過ぎる音がやけに大きく響き渡るのだった。

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