第13話 這い憑きし者

 刀による応酬が始まってから二分ほど経過した頃。

 僅かな時間の間に数十万にも及ぶ回数刀を交えた二人は満身創痍の状態だった。


 初めの数千回こそ互いに完全に避け、受け止め、いなし、防ぎ、体への接触は一切許さなかったが、数が増えるごとに対処しきれぬ場面が増え、今では互いの体には数多の切り傷が刻み込まれている。

 だが顔が切れ、腕が裂け、全身に軌跡が走ろうと二人は手を緩めることをしない。どれだけ打ち合おうと、全身が自身の血と相手の返り血で真っ赤に染まろうと、関係無いとばかりに刀を振るい続ける。


 無論、両者共にただがむしゃらに振るってるわけではない。

 二人が行うのは視線と動きを一致させないことで相手に次の攻撃箇所を安易に予想できなくさせたうえで、攻撃を散らせつつ狙える時は急所を狙い、更には時折体術を交えるという高度な駆け引きだ。

 それを息切れしないどころか汗一つ流さず、疲弊した様子なくただただ眼前の者に向かって苛烈に攻勢に出ているのだから、二人の規格外さがよくわかるだろう。


「あはっ! 楽しいわ! 本当最高! 搦め手を交えた相手の虚を衝き続ける頭脳戦もいいけど、やっぱりこうやって真っ向からただひたすら馬鹿の一つ覚えみたいに兎に角打ち合う方が私には合ってるわ! どう? あんたも楽しんでるかしら!?」


「いえ、全然。生憎私は戦闘狂ではありませんので、今のこの状況を楽しいとは欠片も思いませんね。というよりもです。超光速で動く私に余裕でついてこれるなんて普通ではありません。 貴女本当に何者なんですか?」


「だぁかぁらぁ。それは後でだっつぅの。というかなに食わぬ顔で超光速で動ける時点であんたも大概でしょうが」


 常人ならば刀が振るわれた回数だけ死に絶えている、それほどの苛烈な攻防の中、二人は何事もないように言葉を交わす。


「それにしても、貴女痛覚がないのですか? 右足首を失い、全身に無数の切り傷が刻まれても表情を微塵も変化させないとは。貴女の出鱈目具合は驚嘆を通り越して呆れてしまいます」


「いやいやいやいやいや。だからあんたも大概でしょうが。確かに私の方が肉体の損傷は激しいわよ? けど全身を斬られてるのに平然としてるのはあんたも同じじゃない。あんたこそ痛覚あるの?」


「むっ。酷い言い草ですね。痛覚が無いわけないじゃないですか。正直今私は全身を襲う激痛に泣き喚きたいぐらいなんです。まぁ同時に快感も不快感も愉悦も憎悪も悲哀も憤怒も愛情も歓喜も怨嗟も抱いてますが」


「あぁ。そうよね。周囲を混沌とさせ、自らの内面も混沌としてる混沌たる者だものそうなるわよね。無駄な問いかけをしちゃったわ」


 カナの返答に女は脳天めがけ刀の尖端を突き出しながら一人納得したように頷いた。

 対してカナはその刺突を首だけを動かすという、最小限の動きでかわしながら女から出た単語に興味深そうに反応する。


「混沌たる者、ですか。ふむ。言い得て妙ですね。私の本質を上手く捉えています。今度から私もそう名乗ることにしましょう。……にしても薄々勘づいてはいましたが、どうやら貴女は私のことを熟知しているようですね」


「そりゃ知ってるわよ。だってあんたはあいつの子供……いや、正確には違うけど、子供のようなものだもの。知ってるに決まってるわ。それになにより貴女はもう既に目をつけられてるんだもの。仲間の情報は全部頭の中に入ってるに決まってるでしょ」


「? 目をつけられてるというのも仲間云々というのも非常に気になるところですが、それらは一先ず一旦置いておいて……私が誰かの子供とのことですが、それはハッキリいってあり得ませんよ」

「わざわざ言わずとも色々知悉ちしつしている貴女は既にご存じだと思いますが、私は二ヶ月程前にこの世に発生したんですよ。誰かが出産したのではなく、忽然と発生した私に親など居るわけないじゃないですか」


「あはっ。確かにあんたは発生した生命体で、世界全体でみれば忽然と生命が発生するなんてのはそう珍しいことじゃないわ。むしろそういうのは一世界……いえ、一次元という小さな範囲の中にも何千といる。けど、あんたは少し特別なのよ」

「なんせあんたはある条件を満たした場合のみ。もっといえばある人物が一定の場所に姿を現した場合のみ発生するんだもの。ま、簡単に言えばあんたはシークレットキャラなのよ。頭に超が何京個付いても足らない程のね」


「……」


 カナは返答する代わりに刀を振り下ろす。

 その表情は変わらず冷ややかで、女の話になんら思っていなさそうだが、実際は脳内を大量の疑問符で埋め尽くしていた。


(私に親、ですか。にわかには信じられませんね)


 カナはこの世に生じた時点で該博な知識を得ていた。

 自分には存在力という特殊な力が備わっていること。自分が忽然と発生した生命体であること。世界は文字通り無数に存在し、世界の中には基本複数の次元が存在してその次元一つ一つに宇宙が広まってること等々。

 そういった通常なら知り得ぬようなこともカナは生まれた瞬間から知り得ていた。だが、その中に自分に親がいるなんて情報は含まれていなかった。


(それに私の存在力で私自身のことを調べた際にもそのような情報は開示されませんでしたし。ならば嘘でしょうか?)


 カナは身を捻り刀をかわしながら更に思案を重ねる。

 絵さえあれば何でもかんでも好き勝手創造できるカナの力は当然、情報収集目的の道具類も問題なく創り出すことが可能で、実際この世に発生してからこれまで幾度もその手の道具を創造し様々な情報を入手してきた。

 その大半は生まれた時に与えられなかった、この星の情勢や地形、この星に生きる生物の種族や大々的に活動する魔王達の物であったが、何とはなしに既に知っていることを更に掘り下げようとしたことがあった。


 そしてその際に自分自身のことも精査したのだが、自分に親がいるなんて事実は確認できていない。一頭の竜に完全に隠匿され、魔王達すら知り得ぬこの島すら発見してみせた存在力を使用したのにもかかわらず、だ。


 ならば女の言葉は荒唐無稽な虚言なのだろうか?


(いえ。不思議と嘘を言ってる様子はありません)


 真偽を必ず見抜く卓絶した慧眼を持ち合わせてるわけではないので絶対嘘ではないとは言い切れないが、それでも外れたことのない穎脱えいだつした直感がそれが嘘ではないと訴えてくる。


 ならば女の言葉の通り自分には親がいるのだろうか?

 そもそも事実だったとして、何故自分が知らないことをこの人物は知っているのか。


(……もう面倒臭いですね。考えていても埒があきませんし、一旦この件については保留にしましょう)


 鍔迫り合いを行いながらカナはそう結論を出し、思考を放棄する。

 謎が多すぎて思案するのすら億劫になってきたのである。


「……これが終わったら全て吐いてもらえるんですよね?」


「どうせわかってて聞いてるんだろうけど、別に全部じゃないわよ。私が教えるのは私のことのみ。それ以外のことを話す気は今のところないわ」


「そうですか。ならもういいです」


 カナはおもむろに刀を振るう手を止め、静かに納刀した。

 その突然の行動に女は後少しで首の皮を切っていたというギリギリの所で刀を寸止めしつつ眉をひそめ問いかける。


「なに? やる気なくなっちゃったの?」


「えぇ。よくよく考えれば人類は皆兄弟といいますし。それに従えば私達は血族。身内同士で争う理由など皆無です。なので刀を納めてください。家族である私達はきっと平和的な話し合いで穏便に解決できます」

「と、まぁ。現実を直視できていない無知蒙昧な聖人君子が宣いそうな理想論を語ってみましたが、実際はそんなこと思っていませんので本気にしないでくださいね。こんな騙りに騙される馬鹿ではないと思いますが」


 自分で語った言葉を相手が何かを言うより早く即効で否定するカナ。

 それだけで女は何かを悟ったのかため息を吐きながら刀を抹消し、脱力しながら口を尖らせる。戦闘の意志が無くなったのか取り巻いていた狂気も同時に霧散する。


「あぁはいはい。要するに面倒臭くなったんでしょ」


「今の私の台詞からどうすればそういう結論に至るのかは甚だ疑問ですが、そうですね。貴女の言う通り単に面倒臭くなったので止めただけです。よかったですね。私が本気を出してれば貴女などけちょんけちょんでしたよ」


「はいはい。わかってるわかってる」


 むっと。カナは手をひらひらさせながら投げやりな返事を飛ばす女に頬を膨らませる。無表情のまま。

 確かに自分が面倒臭い性格をしてることは自覚しているが、それでも適当にあしらわれるのは好きではないのだ。


「なんですか、その口先だけの子供を相手にするような態度は。いいですか、私はまだまだ全然本領を発揮していないのですよーーあら?」


 そのためカナは喋りながら好きではない態度を取る女を葬らんと抜刀し、一気に首へと刀を滑らせる……が、その奇襲は呆気なく失敗に終わる。

 女が左手の人差し指と中指、二本の指だけで無造作に刀身を挟み取ったのだ。それも至近距離から繰り出された超光速の奇襲を一瞥すらせずに。


「悪いけどもう興が削がれたからお仕舞いよ」


 そう言って女はぶっきらぼうに刀身から指を離す。

 そのまだまだ余裕があまり余ってそうな女の態度にカナは刀を鞘に納めながら抗議の声を上げる。


「なんですか、貴女。なに食わぬ顔で奇襲を阻止して。これでは私が大層なことを口走る割に卑怯な手段しか使えず、更にはその卑怯な手段も圧倒的実力差で容易く突破される典型的な噛ませ犬のようではないですか」

「私は断固として認めませんし、例え私が卑怯者及び噛ませ犬などという不名誉極まりない謗りを受けることを甘んじて受け入れたとしても、私の脳内友達略して脳友の通称ともちゃんが黙っていませんからね」


「いや、なによともちゃんって。意味わかんないんだけど」


 はぁ、と女は呆れ顔を浮かべ辟易とした様子で重苦しい溜め息を吐く。

 まぁ自分自身ともちゃん? なんですそれ。頭大丈夫ですか? と思うのでそれを聞かされた女のその反応は至極当然のものであるかもしれない。


「ま、いいわ。それで私のことが知りたいんだっけ?」


 首を左右に振り、気を取り直した女が尋ねてくる。


「いえ、別に。どんな話が飛び出すんだろうとずっと好奇心が擽られていて興味津々なので、聞きたいか聞きたくないかで言えば物凄い聞きたいですが、なんだか面倒臭くもあるのでお好きなようにどうぞ」


「台詞回しが一々面倒臭いわね、本当。私は慣れてるから別に平気だけど。……私の名前は杏奈あんな静菜しずな杏奈。蘇芳すおうの無数に居る仲間の内の一人よ」


 蘇芳? と首を傾げようとするカナの視界の中にその二人は現れる。

 今転移してきたのか。それとも気づけなかっただけでずっとそこに居たのか。その辺はわからないが……杏奈と名乗った女の隣に忽然と姿を現した、一見別人のようでいてどことなく面影が重なる女性と少女は、愛嬌溢れる笑顔のまま愛らしい桜唇おうしんを動かし、


「「初めまして? それともさっきぶり? わたしが蘇芳だよ、お姉ちゃん!」」


 同時にそう宣ったのだった。

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