第11話 混沌たる者と狂気纏いし者

 一番初めに骸骨王に支配され、今では骸骨王が拠点として活用している東方の島、ウェルドルから北方に230㎞程離れた地点に存在する島が一つ。

 土地の72%が山間部という、幾つもの山々が聳え立つその島、アカスノの島はウェルドルからそう離れていない場所にあるにもかかわらず、長年骸骨王の魔の手から逃れ続けていた。


 さもありなん。捕捉はおろか存在を認知できず、例え近くを通ろうとも無意識下で避けてしまうような場所に進攻などできるわけがない。

 無論とはいえ、意図的に隠匿されていようとも、魔法や能力の中にはそういった隠された物を発見する物は存在し、骸骨王もその手の魔法は有している。


 ならば何故、骸骨王に発見されていないのか。

 簡単である。島を隠匿している力は魔法や能力よりも遥かに強制力が強い、存在力又は権能と呼ばれる力であるからだ。


 故にこの島を発見できるのは島を隠匿する存在力以上の存在力、それも探索可能な存在力を持つ者か、存在力云々以前に遥か高みに存在する生物としての格が異なる神以上の存在だけである。

 そのため幾多の能力を有し数多くの魔法を行使可能ではあるものの、神でないばかりか、その手の類いの存在力すら持っていない骸骨王ではどうあがいても島の存在を知ることはできない。


 そういった理由から魔王の脅威……もっといえば外の争い事とは無縁であるアカスノの島の東部の海岸部。海沿いで栄えた『ヒヅル村』と呼ばれる村。


 その村には現在、不穏な空気が漂っていた。

 ぴりぴりとした、今にも争いが起きそうな一触即発の気配。中心に居るのは言わずもがな、カナ達である。


「現在私達は注目を一身に集めてますが、どうです? 鬱陶しいでしょう」


「一応言っとくけど、こうなったのも全部お姉ちゃんのせいだからね? いきなり現れたらこうなるのは当然だからね? その辺わかってる? ていうか転移までできるとか本当に便利だね」


「愚問ですね。わかってるに決まってるではないですか。むしろ突然現れた私達に警戒心を抱かないようならとりあえず始末してますよ」


 ですからちゃんと警戒できてよかったですね、とカナは相も変わらず冷ややかな表情のまま静かに視線を巡らせる。

 するとそれだけで周囲を取り囲む者達の目付きが気配と共により一層鋭さを増し、武器を握る手にも力が込められる。


 今の状況を表すに適する言葉は多勢に無勢。

 刀、剣、拳銃等々。魔物を狩るために造られた武器を持った屈強な男達が、気配は大人びていながらも幼さを残す顔立ちの女性と幼女を包囲している状況であり、一見すれば包囲している側が圧倒的優勢だろう。


 だが、実際は違う。

 今この瞬間。この場を支配しているのは、包囲されている側の。どこまでも飄々とした態度を、底知れぬなにかを感じさせるカナに他ならない。

 故に男達は警戒する。刀に手を伸ばしたわけでも宣戦布告したわけでもなく、華奢な外見の女がただ視線を動かしただけなのにもかかわらず、警戒心を募らせる。


「さて、ずっとこうしてるのも面倒なので言わせてもらいますが、身構える必要はありませんよ。家の中に隠れてる方々も心配ご無用です。私はなにもするつもりはありませんので安心してください」


「いや、不審者の言うことなんて聞かないと思うよ」


「そんなことはありません。利口な皆さんなら私に敵意がないことはお分かりになるはずです。ほら、見なさい。皆さん敵意を霧散させて……いませんね」


 当たり前のことだが、男達の張り詰めた気配は微塵も揺るがない。

 相も変わらず下手な動きを見せたらその瞬間に攻撃を仕掛けてきそうである。


「ふぅ。これはわからせるしかないようですね」


「わからせるってなにを?」


「勿論、その気になればいつでも皆殺しにできるということをですよ。そうすれば警戒しても仕方ないと、警戒を解いてくれるはずです」


「うわぁ。物凄い論理の飛躍」


「さて、それでは早速ーーッ?!」


 呆れ顔を浮かべる少女を横目にしながら、男達に圧倒的力の差を見せつけるため刀に手を伸ばしたカナは一転、その動作を急遽中断し少女の首根っこを掴むと直感のまま即座に地を力強く蹴り飛ばした。


 刹那、男達の頭上を悠々と飛び越え、後方へ飛び退いたカナ達と入れ代わるように、なにかがカナ達の居た場所に着弾する。

 轟音。あたかも砲弾でも撃ち込まれたような爆音が響き、同時に衝撃で巻い上げられた砂煙が一面に広がる。


「あは。ざんね~ん。避けられちゃったわ」


 ごほ、ごほ、と男達が咳き込む音に紛れそれはカナの耳に届けられる。

 それは脳を揺さぶる、狂気と愉悦を犇々感じさせる不気味な声音。

 カナはじっとそちらを凝視する。


「もう少しで真っ赤な噴水が見れたのに。残念だわ」


「これはまた。素晴らしい狂気をお持ちですね」


 砂煙が風に流され声の主の姿が明らかになるなりカナは感嘆した。

 砂煙の中から現れたのは、巨大なクレーターの中心で口元を歪ませる、腰まで伸びた江戸紫色の長髪と爛々と怪しく輝くアメジスト色の瞳が特徴的な、危険な気配を纏った十代半ばの大人びた雰囲気の一人の女。


「あはっ。やっぱりわかる? どうにも内面から滲み出しちゃってるみたいで、昔から簡単に気付かれちゃうのよね。別に負たる者じゃないのに」


「えぇ。負たる者というものは存じあげませんが、その溢れでる濃密な狂気は誰でも気付けると思いますよ。それほどまでの狂気です」


 カナは改めて眼前の相手を注視する。

 まるで狂気の権化だ。狂気に四肢が生え活動してるような印象を抱かせるほどに、彼女から滲み出る気配は強烈であった。


「なにがあったのかは知らないけど、見たことない顔だし、どうやったかは知らないけど多分侵入者よね? それも相当な手練れの」


「そういう貴女も相当な実力者では? 肌を撫でる狂気もそうですが、それ以上に底が知れません。好き勝手暴れている二人の魔王程度では足元にも及ばないと、私の勘が告げています」


 第六感が警鐘を鳴らす。本能が訴える。目の前の存在は非凡ではないと。まごうことなき強者であると。狂気が狂気なら、その秘めし力もまた有象無象とは一線を画していると。


「ふぅん。そんなことまでわかるの。これは本当に生半可な相手じゃなさそうね。全員隠れるか、離れるかした方がいいわよ。相手なら私がするから」


 そして向こうもこちらが感じたようになにかを感じたのだろう。

 女はぶっきらぼうに素っ気なく、棘すら感じさせる声でそう告げた。


「で、ですが……」


「遠慮しない方がいいと思うけど。アイツ、あんたらを虐殺できるぐらいには強いから。下手に意地張ってるとポックリ死ぬわよ?」


「……わかりました。では、貴女にお任せします」


「おや? 随分信頼されてるようですね。正直、意外です」


 忠告に従い武器を納め距離を取る男達を見て率直な感想を漏らす。

 失礼かもしれないが、あれほどまでの狂気を纏った者、それも憎悪とまではいかずとも、男達を目の敵にしてるような棘のある声音を出す人物の言うことを素直に聞くと言うのは正直、違和感がある。


 閉鎖的な島にある村では月日を重ねればそれだけでどんな性質の人物でも信頼を勝ち取れるのか、それとも別の理由があるのか。興味深いところだ。


「信頼、ねぇ。本当にそう思う?」


「?」


 吐き捨てられる思わせ振りな言葉に疑問符を浮かべる。

 先程のやり取りには別に厄介事を押し付けようという気配はなかった。男の声音も至って普通でむしろ任せるしかないことに申し訳なさすら感じているようだった。

 あれを信頼と言わずしてなにが信頼というのか。


 カナは真意を探るため質問の一つや二つしようとするが、それは叶わない。

 口を開くより早く、ただでさえ歪んだ口角を更に歪めて女は言った。


「まぁそんなことはどうでもいいのよ。ほら、刀を抜いて。一緒に遊びましょうよ」


「ふむ。その気になってるところ悪いのですが、私は別に争いたいわけではありません。この村に厄介になりたいとは思いますが、厄介をかける気はありません」


「刀抜こうとしてたくせによく言うわ、ねッ!」


「ッ?!」


 カナは咄嗟に隣にいた少女を突き飛ばした。

 刹那、瞬間移動と間違える程の速度で距離を詰めた女が足を振り切られ、腹部に強い衝撃が走り、体が浮き上がる。


 容赦なく蹴り上げられたカナの体は地から離れ、冗談のように上昇する。

 普通ならば大慌てとはいかずとも、少なからずの危機感や恐怖を覚えるだろう状況のなか、天高く巻い上げられたカナはポツリと呟く。


「やはり、魔王は井の中の蛙のようですね」


 そしておもむろに抜刀すると、背後へ現れた気配に向かって刀を振り抜いた。

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