第10話 世界は混沌たる者に弄ばれる
ぽかぽか暖かい陽光が降り注ぐ陽気な気候。
「……」
「ふみゅぅ。なんだかただ事じゃないみたいだね」
天井が無ければ壁も床もない完全野外。焼け野原の隣。
ポツリと置かれた椅子に腰を下ろしストローでカップの中の炭酸ジュースを吸い上げるカナは、己の膝の上に座り、興味津々といった感じでそれを食い入るように見つめる少女を一瞥し、流れるように視線を動かす。
視線を動かした先。少女が見つめる先にあるのはまるで無重力状態にあるかのように中空にぷかぷか浮かぶ球体と、そこから虚空に投影された映像。
映像の中では数多の艦船が空と海に戦列している。
波一つない穏やかな海の上では軽く50を越える艦船が逆扇形に展開し、澄み渡った快晴の下では海上の艦船よりも多い数の艦船が横一文字にずらりと並んでいるその様子は、少女の言通り誰が見てもただ事ではない。
「……ん? あれ?」
と、少女の視線が映像の右下へ落ちる。
そこでは数字が次々に変化し、一瞬とて同じ様相を呈していなかった。
瞬く間に減少する数字の羅列。それはまるでなにかのタイマーのよう。
「ねぇこれってなに? 左下の『ユルヌゥトリア海』ってのはこの映像に映ってる場所のことなんだろうけど……。ていうか、そもそもこの映像……いや、このアイテムってなんなの?」
ちゅうちゅうストローで容器の中身を吸い上げながらカナは応える。
「これですか? これはどちらかの魔王の軍勢に現在進行形で侵攻されている、又は近いうちに侵攻を受ける場所をリアルタイムで映す道具で、左下の数字は魔王の軍勢が姿を現すまでの残り時間です」
「へぇそうなんだ。こんな物まで創れるって本当にお姉ちゃんの力は利便性に優れてるね。……もしかして、こんな物を用意するってことはあれ? 絶好のタイミングでこの戦場に戦意喪失間違いなしの超巨大戦艦に搭乗したお姉ちゃんが颯爽と現れて魔王の軍勢を滅ぼすとか?」
「いいえ。初めはそのつもりでしたが、明日こそはやるぞと息巻くものの結局翌日も宿題をやらず遊び呆ける夏休みの学生の如く気変わりしたのでやりません。その代わりといってはなんですが、もっと面白い催し物を行います」
「もっと面白い催し物……?」
言わんとすることを理解しかねるといった感じで小首を傾げる少女。
カナははい、と頷きながら懐からお馴染み念写カードを取り出す。
本来白紙のそれには既にピエロの絵と説明文が浮かび上がっている。
『人類にカテゴライズされる生物+骸骨王の前に幻影を映すピエロ人形。人形を動かせば幻影もまた連動して動き、人形に向かって喋ると喋った言葉がそのまま幻影を通して世界へ響き渡る。幻影の声は老若男女そのどれともつかぬものである』という説明文が。
「これを具現化するとあら不思議。人形が出るだけではなく、指定されている者達の前に幻影が出現します」
「ん? あ、本当だ」
カナの宣言通り、唐突にそれは姿を現した。
少女の視線の先。そこには泣いてるような笑ってるような、奇怪な仮面を被った……カナの手の中に忽然と収まった人形と同じ姿形のピエロが2体佇んでいる。
「それでは始めましょうか。胸躍り心ときめき魂潤う。最高にして最上にして至高。古今東西どこを見渡しても前例のない前代未聞の史上稀に見る意味不明で摩訶不思議な道化師による意義も意味も目的も皆無の茶番を」
★★★★★
驚愕、困惑、混乱、疑心、警戒、恐怖等々。
皆が皆眼前に前触れもなく現れたピエロに何らかの反応を示すなか。
《静粛にせよ。静聴せよ。今から告げることは真実と知れ》
ピエロは表情を微動だにさせず言葉を紡ぐ。
一切表情を変化させず、ただ開閉する口から淡々と言葉を吐き出す。
老若男女、どれのものとも合致せぬ奇怪な音階でピエロは宣う。
《真の強者とは自由なり。故に気紛れで標的を定め、手慰みに生物を虐殺し、その時の気分で国家を蹂躙し、何とはなしに文明を滅亡させよう。そこには意味も意図も意義も目的も野心も介在しない。介在するのは気紛れのみ》
狂気すら滲み出る言葉の数々を発するピエロは戸惑う者達などお構いなしに。
《心しておけ。世界はこれより更なる混乱を極める。生きとし生きる者は時代の激流に呑まれぬよう歯を食いしばれ。移ろう時の中に埋没せぬよう精進しろ。歴史が転換する瞬間を特と味あわせてやる》
宣戦布告とも取れる言葉に激昂した者達が攻勢に出ようと関係なしに。
《既に火蓋は切って落とされている。我は既に魔王軍……否。魔国の兵士を虐殺している。次は異世界の魔王とやらの軍勢か? はたまた魔王討伐を掲げ人類の希望と持て囃される聖王国か?》
何をされようと消滅することはおろか、何人も触れることすら叶わず。
《嘘や悪質な冗談だと思う者は勝手にしろ。しかし傍観など許さぬ。どの勢力に属する者であろうと関係ない。否応なしに巻き込み理解させてやろう。貴様らの瞳に映っていたのは数多ある内の一面でしかないことを》
ただただ、滔々と語り続ける。
《貴様らが思う以上に世界とは複雑怪奇な代物だ。表立って力を振るう二人の魔王など遥かに凌駕する生物など世界にはごまんといる。魔王が共倒れした後で世界を支配することを虎視眈々と狙ってる者は実在する。 二人の魔王とは比較できぬほどの危険生物は確かに存在する。そのことを迷妄な貴様らの魂に刻み込んでやろう。近いうち世界には激震が走ることを努々忘れるな》
そして言いたいことを全て言い終えたのか、ピエロはそこで消滅する。
初めからピエロなど存在していなかったように、雲散霧消という表現が適切なほどきれいさっぱり消え去る。人々の中に見えぬ何者かに対する恐怖と、行く末に対する絶望を残して。
★★★★★
「さて、これからなにしましょう? 建国でもしましょうか?」
「え? 何事もなかったように今後の予定決めるの?」
「とりあえず代わり映えしない映像を変えるとしましょう」
何か言いたげな少女を無視してカナはいまだこれといった変化がない映像に手を伸ばす。するりと伸びた細い指を横にスライドさせると、それに呼応するように映像は切り替わる。
今の今まで魔導技術の集大成の一つともいえる艦船が戦列していた映像から一転、映し出されたのはどこかの街並みの様子。行き交う者達の表情がどこか浮かないのは十中八九先程のピエロのせいだろう。
「……」
だが、元凶たるカナはそれを見ても表情を一切動かさない。
無論、表情が変わらないからといって内面もそうであることにはならない。むしろ様々な感情が猛速度で去来し続けていて、その中には申し訳なさや後ろめたさ、罪悪感といった感情も存在する。
「……そうですね。決めました。どこかに滞在します」
それなのにもかかわらずどこまでも飄々としているのは、同時に他の感情も突風のように吹き荒れていて次第にどうでもよくなるからである。
少女は突然のカナの言葉をおうむ返しする。
「滞在?」
「えぇ。私もそろそろどこかにちゃんと居を構え、腰を据えなければいけない気がしないでもないですからね。さて、そうと決まればどこを拠点にしましょうか? 近代的な生活よりも前時代的な生活の方がいいですし……決めました。あそこにしましょう」
「あそこって?」
こてんと小首を傾げる少女。
カナは再び映像に手を伸ばし突き出した人差し指を横へ。
「東洋で唯一死に侵されていない……いえ。世界中の目を欺き続け、今なおその存在を一切認知されていない、一体の竜により完全に隠匿された島。そこに存在する村の一つ、『ヒヅル村』です」
映し出されたのはどこかの海洋に浮かぶ島であった。
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