第7話

 ファルドォルの村外。柵の外。

 夜天を飾る星々。漆黒のカーテンの上に宝石をばら蒔いたような綺麗な星空のもとでその村は火炎に包まれていた。


「宝石を散りばめたような綺麗な星空。揺らめく幻想的な炎。素晴らしい光景です。火という物はどうしてかくも美しいのでしょう」


「本当、綺麗だよね火って」


 人狼が天を舞うなり無音の銃を具現化し躊躇いなく引き金を引き人狼を葬った後、「そうだ。火葬してあげましょうと」火を放ったカナは瞳に映る轟々と燃え盛る火炎を見つめながら感慨深そうにポツリと呟く。


 そしてカナの隣で同じように柵の外から巨大な人体焼却炉となった村を眺める少女もまた、カナの意見に賛同し染々と呟く。


「ほぅ。火の良さがわかるとは。伊達に私のペットをやってませんね」


「えへへ。もっと褒めて褒めて!」


「……なんだかお風呂に入りたくなってきましたね」


「あ、あれ? 褒めてくれないの?」


「死体を燃やす為の炎に向かって綺麗などとほざく不謹慎極まりない者を褒めるわけないでしょう。少しは考えて発言しなさい。それになにより今私はお風呂に入りたいのです。貴女を褒めてる暇はありません」


「いや、あの。不謹慎極まりないって先に言い出したのお姉ちゃんなんだけど」


「そうですね。確かにその通りです。きっと先程の私は悪魔に操られていたのでしょう。でなければあんな恐ろしいこと言えるはずありません。悪魔、なんと恐ろしい連中でしょう。……ところで、貴女も入りますか?」


「ほぇ?」


 お馴染み念写カードを取りだし桶と湯が張られた檜風呂を実体化させ、そそくさ慣れた手つきで着物を脱ぎ丁寧に折り畳み、その上に太股に括りつけられていたケースを置きながら問いかけるカナ。

 少女は素っ頓狂な声を上げ、可愛らしく小首を傾げた。


「いいの?」


「えぇ。今日は一緒に入りましょう」


 途端、ぱぁと瞳を輝かせ一段と明るい笑顔を浮かべる少女。


「お姉ちゃん大好き!」


「はいはい。わかりましたからそれはもういいです。それよりも洗ってあげますからパンツを脱いで下さい」


 腰に抱きつき好き好きアピールをしてくる少女を適当にあしらうカナ。

 鎧と晒が消され、パンツ姿となった少女は言われた通りパンツを脱ぐ。


「では、まずは簡単に汚れを落としましょう」


「……うひゃ!」


 桶でお湯を掬い、頭から三回お湯をかけある程度汚れを落としたところで体に手をあてがい、再び掬ったお湯を少量ずつかけながらカナが撫でるような手つきで手を滑らせると少女は可愛らしい悲鳴を漏らす。


「変な声を出さないで下さい。変態」


「だ、だってぇ。擽ったいんだもん」


「すぐに終わりますから我慢することです。……と、おしまいです、よ?」


 と、顔。胸。背中。腕。足。太股。股関節。股間以外の場所全てを流れるように軽く洗い終え顔を上げたカナはそこで少女の異変に気付く。

 しゃがんで足首などを洗っていたため今の今まで気付かなかったが、いつの間にか。本当にいつの間にか少女の頬には赤みがさしていた。


 よく見れば赤面しているばかりか吐き出される息も異様な熱を帯びており、瞳に至っては心ここにあらずといった具合にとろんと蕩けていて、心なし焦点も定まっていないように見える。


「……」


 無言のままカナは少女の内股を触る。

 先程手をあてがった時は感じなかった粘りけのある液体。

 少女の状態を察したカナは無言のまま桶でお湯を掬いべとついたそれを洗い流すと、残ったお湯を少女の顔面に向かって無遠慮にぶっかける。


「……わっ! な、な、なに!?」


「それはこちらの台詞です。貴女はなにを発情しているのですか。体を洗っただけで蜜を垂らし始めるとは。本当に度しがたい変態ですね」


 我に戻った……否、桃源郷から現実に帰還した少女にカナは相変わらずの無表情のまま、これまた一切変わらぬ涼やかな眼差しを向けつつ、体をお湯で洗い流し湯槽へ。


「だ、だってぇ。お姉ちゃんの触り方がえっちかったんだもん。それにお姉ちゃんのは洗ってたというより擦ってたって感じだよ」


「当たり前です。肌とは繊細な物なんですよ。手荒に扱えるわけないではありませんか。擦るぐらいが丁度いいのです。多分。……それより貴女も早く入ってはどうですか? 風邪を引きますよ」


「あ、うん。入る。入るけど……」


 一足先に湯槽に浸かり始めたカナに促され少女はそちらへ向かうが、その決して広いとは言えぬ湯槽の前で立ち止まってしまう。

 湯槽が小さく本当に自分が入っていいものか悩んでいるのだ。


「……えい」


「ふぇ?」


 だがその悩みはカナが少女を湯槽に引き寄せたことで強制的に断ち切られる。


「え、えっと」


「今はこういう気分なのです」


 突然腕の中に引き摺り込まれ困惑の声を上げる少女に対し、少女を抱き寄せたカナは少女の温もりを感じ入るように、そのしなやかな腕でより一層ぎゅと抱き締める。


「「……」」


 その後は互いになにも言わなかった。

 カナ達は無言で互いの温もりを感じ合う。

 燃え盛る火炎の音と虫のさざめき、そして遠くから何かしらの鳴き声が響く中、しかし一番鼓膜を打つのは不思議なことに互いの鼓動。魂が奏でる命の音色で。


 ゆっくりと。ゆったりと。静かに時間だけが過ぎ去る。

 カナ達はその後30分にも及ぶ時間露天風呂を……否、二人の時間を心底から満喫するのだった。

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