第6話

 ファルドォルの村。中央広場。

 そこには現在、丸太に縛り付けられた黒色の妖艶な鎧を着込んだ首輪を嵌めし小汚ない少女とその周囲に展開した魔王軍の姿がある。


「あいつ、なんなんですかね?」


「さぁな。だが恐らくあいつの先の口振りからして仲間がいるはずだ」


「確かにお姉ちゃん助けてとか叫んでましたね。ていうか、現在進行形で叫んでますし」


「あぁ。だからあいつを人質にそいつも捕らえ両名共本国に輸送する。もしかしたらだが、アルファルナ村に駐屯していた第百二十七部隊と連絡途絶したことともなにか関係があるかもしれないしな」


「なるほど。確かにそれが最善でしょう」


 と、中央広場から程近い民家の中で他の面々よりも遥かに重厚な鎧を着用した強面の人狼と、一人のゴブリンが外の様子を伺いながらそんなことをひそひそ話し合っている時、それは起きる。

 突如、どこからともなく中央広場に投げ込まれる雷の模様が描かれた球体。そしてそれは誰かが声を上げるよりも早く弾け。閃光の放出と共に四方八方を雷の槍が駆け抜け辺り一帯を蹂躙した。


★★★★★


「全く。敵にあっさり捕獲されるとは。それでは私のペット失格ですよ」


 雷の槍に貫かれ倒れ伏しだらだら鮮血を流す魔王軍の面々。

 阿鼻叫喚の地獄絵図、とはいかないまでも中々にショッキングな光景が広がる中、カナは賑わう街中を歩くような悠々たる足取りで鎧に護られ無傷の少女のもとまでやって来る。周囲に転がる亡骸には一目もくれない。


「えぇぇぇ。それはないよ。お姉ちゃんが撃ち込んだんじゃん」


「えぇ。そうですね。それについては申し訳ありませんでした」


「え? あ、うん。別にいいけど」


 あまりにも呆気なく頭を下げ謝罪するカナ。それが意外だったのか少女は目を白黒させるが、少女も素直に謝罪を受け取る。


「さて、いつまでもそうやっているのも辛いでしょう。解放してあげます」


 言下。一閃が迸りはらりと少女を縛り付けていた縄が切断される。

 一瞬。正に一瞬。少女を束縛していた縄は意図も容易く断ち切られた。


「あ、ありがとう」


「いえ。それでは行きますよ」


「ちょっと待てやコラ」


 カナと少女がこの場から去ろうとした矢先、その人狼は民家から姿を現す。

 厳つい顔には明らかな怒気が刻まれていて、赤い瞳にはめらめら燃え盛るような憤怒が宿っている、そんな気の弱い者ならば直視した途端縮こまるような風貌はしかしカナの人心を揺れ動かすことはない。

 少女が激情が乗った声音が聞こえるなり咄嗟にカナの背後へ隠れたのとは対照的にカナはそちらをただただ冷めた目で眺めるのみ。恐怖を覚えていないどころか、 興味すら無さげに焦げ目すらついていない綺麗な鎧を着る人狼を静かに見据えている。


「よくもやってくれたな、オイ。仲間を全員殺したんだ。ただで済むと思うんじゃねーぞ」


「はぁ。そうですか。ですが残念ながら貴方はもう死んでますよ?」


「は? なに言って……」


 意味深な発言に警戒心を強める人狼。

 カナはきっぱり言い放つ。


「冗談です。むしろ先の一撃で死んでいないことに吃驚仰天です。こんな魔国から離れた島に派遣された兵など弱兵だと思っていましたので尚更。まぁ十中八九その特殊加工された鎧のおかげでしょうが」


「……テンメェ」


 言葉の割りに微塵も驚いている様子が感じられない、それどころか挑発すらしてみせるカナに対し、人狼は淡々と紡がれる戯れ言に眉をピクピク動かしながら地獄の底から轟くようなドスのきいた声を発する。


「その減らず口、二度と開けねーようにしてやるよォ!」


 言うな否や地を蹴り飛ばす人狼。

 重厚な鎧を纏っているとは思えぬ速度でカナ目掛け突き進み、瞬く間に距離を詰めるその姿はまるで生きた弾丸。


「はぁ。そうですか。それは頑張ってくださいと言いたい所ですが、なんだか甘い物が食べたくなってきたのですぐに終わらせましょう。言っときますが、その鎧の効力は既に切れてますから次の一撃は防げませんよ?」


「ほざいてろ! 鎧の力を借りずともテメェぐらい殺せんだよ! この糞女ァ!」


 相変わらず涼しい表情を一切崩さぬカナの目前まで急速に迫った人狼は自慢の拳を一気に突き出す。

 超至近距離で繰り出される裂帛の気合いが乗せられた、腰の入った一撃。それは当たれば間違いなく鼻を折り顎を砕く、そういう強力な攻撃。


「……ガッ?!」


 しかして。その一撃がカナに当たることはない。

 何故ならば拳がカナに届くより早く、まるでアッパーカットのように茎尻なかごしりで顎を下から打ち上げられ、そのまま天高く舞ったのだ。拳など届くはずがない。


「やはり甘い物ではなく辛い物にしましょうか」


 そんな相変わらず無感情な声が耳に届いた直後、人狼は意識を手放した。

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