第5話

 夕暮れ時。平地を匍匐前進ほふくぜんしんする人影が二つ。


「……あの、あっちこっち擦れて痛いんだけど」


「それは貴女の格好に問題があります。幾ら穏やかな気候とはいえ自然の中をパンツ一丁とか嘗めてるんですか? 自然を嘗めないことです雌豚」


 着物姿の女性とパンツ一丁の少女。

 言わずもがな。カナ達である。


「いや、全部お姉ちゃんのせいだからね? というかせめて普通に歩こうよ。それともっと罵ってできれば性的にも苛めて」


「なにを世迷い言を。貴女も見えてるいるはずです。目測2キロ先に存在する3メートルはある作りかけではない既に完成している柵を。そして門の前で立哨する者達の姿を。それと黙りなさい変態ストーカー」


 パンツ以外着用していない、全身に土や植物をはっつけきめ細かい白い肌を見るも無惨な程汚している少女の言葉をカナは即座に切り捨てる。

 カナ達の視線の先。そこには確かに村の門前に立つ鎧を纏った二足歩行の狼と立ち上がった豚のような生物が二匹存在する。


 しかも直立不動。二者は駄弁りながら適当に職務を行うような真似はせず、目を光らせ真剣な様子で職務に取り組んでいる。

 あれでは立ち上がった瞬間捕捉されることだろう。だがしかし、例え発見されたとしても問題なく対処できるならばバレてもなんら問題ないわけで。


「ちゃんと見えてますよぉ。見えてますけどぉ。お姉ちゃんなら捕捉されて襲いかかられても簡単に返り討ちにできるじゃないですかぁ」


「馬鹿なのですか貴女は。町中にどれだけの兵が隠れてるとも知れぬ状況でみすみす発見されてどうするのです。もう少し考えて発言しなさい。駄犬」


 その一理ある正論に少女は頬を膨らませる。


「むぅ。だったら服を下さいよ。せめてブラジャー……いえ、さらしぐらい頂戴よぉ。あっちこっち擦れるんですよぉ」


「なにを甘えたことを。いいですか。そもそもです。ペットなら全裸で居るのが普通なのですよ。パンツ履けてるだけ有り難いと思いなさい」


 即答。清々しいまでの即答である。


「……と、ストップです。ストップと言っているでしょう。馬鹿犬」


「ひぃぅ!」


 嘆きを歯牙にもかけないカナに訴えるような眼差しを向けていたためか、指示に迅速に対応できず前進しようとする少女。カナはそれを左乳首をつねることにより強引に停止させる。少女の口から悲鳴が漏れた。


「な、なに?」


「名案を思い付きましたのでストップです」


「め、名案……?」


「そうです。名案です。思わず自画自賛してしまうレベルの超素晴らしいアイディアを閃きました。ですのでその超名案のために貴女には貴女が喉から手が出るほど欲していた服を与えます。よかったですね」


「はぁ」


 要領を得ない返答に生返事を返す少女。

 そんな少女を尻目にカナは懐からお馴染み念写カードを取りだす。

 先ず初めに晒の絵が描かれ実体化され、次に露出度の多い鎧のような物が描かれる。晒の時とは違いこちらは絵でなく下の方に『結界を展開する無敵の鎧』という子供が考えたような浅く大雑把な説明文が添えられている。


「これを着なさい」


 鎧を実体化させ、晒と鎧を少女に押し付けるカナ。

 少女は一瞬何故に鎧? と言いたげな表情をするもののそれを受け取る。


「……さて、後は大砲ですね」


 カナは晒を胸に巻き鎧を着込む少女を視界の端に捉えながら二本の縄と大砲を出現させ、白紙に戻った念写カードを懐へ仕舞いながら大砲に魔力を送り込む。


「着たけど……なんで大砲? って、ちょ、え?」


「準備完了です」


 突然現れた大砲を見て疑問符を浮かべる少女を押し倒し手早く両手足を縄で縛り砲身に詰めたカナは一人満足そうに首を縦に振る。


「えっと、 え? なにしようとしてるの? まさか、え? 本気? 冗談だよね?」


 なにかを察し冷や汗流しながら問いかける少女。

 その瞳はなにかを訴えるように揺れ動いている。

 大方、少女は「冗談です」の一言が飛び出るのを期待しているのだろう。

 カナは答える。


「私についてくる以上、貴女は今後必ず荒事に巻き込まれることになるでしょう。その時、敵に囲まれただけで身動きが取れないようではお仕舞いです」


 ですから、とカナは困惑する少女に無慈悲にも告げる。


「今から連中の中に単騎突撃してもらいます」


「え? え? え? 待って、え? もしかして撃ち込もうとしてる? それだと連中の中に突撃するというより、連中に喧嘩売るだけになるからね?」


「大丈夫です。その服は結界を展開し着用者を保護する特別製ですし、発射と共に縄は消しますから。それと結構距離は離れていますが安心してください。私は決して外しません。約束します。絶対門に命中させると」


「いや外しても外さなくてもわたしはなにかに激突するからね!? その辺わかってるお姉ちゃん?! 対象が変わるだけでわたしが何かに衝突するのは確定事項だからね!! 命中云々の問題じゃないからね!?」

「というかさっきお姉ちゃん相手の兵力が判明しないうちに発見されるのは不味いって言ってたよね!? 撃ったら見つかる所の話じゃないよ?! 絶対即包囲されるからね!? わたしが!」


「それでは行きますよ、雌豚大砲。発射まで1」


「んんぅ! 無視!? 無視なのお姉ちゃん! ていうか1!? 1って言った今! カウントダウンまさかの1スタート?!」


「0」





 瞬間、少女は打ち出され惚れ惚れするような弾道を描く。

 それはまるで中空に浮かぶ虹のレールを進むような見事な放物線。

 最早芸術だった。それは不可視のアートだった。

 一人の女性と一人の少女。愛し合う二人が作り出した傑作。

 初の共同作業が形作った芸術。後世に伝えるべき愛の結晶。

 あぁしかし悲しきかな。世界は常に試練を与えたもう。

 少女は残酷な運命により無慈悲にも本来の目標を外れ。

 大きな弧を描きながら柵を飛び越え、町中に姿を消し去るのだった。




 ドン! という着弾音が鳴り響き大地が振動する。

 すぐに町中は騒がしくなった。


「なんだなんだなんの音だ!?」


「敵襲か!?」


「な、なんだこの小汚い少女!? 一体どこから!?」


「見張りはなにをしてた!?」


「曲者だ! 捕らえよ!」


「ヴぇぇぇ!? お姉ちゃんの嘘吐きいいぃぃ!! 門どころか柵にすら当たらなかったじゃん!! ていうか助けてぇぇぇ!!」


 見ずとも町中の状況が手に取るようにわかるような叫び声の数々。

 町中の異変に慌てて門を開け、町中へ入っていく立哨の姿を眺めながらカナはポツリと呟いた。


「流石は私。狙い通りですね」

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