第4話

 足首ぐらいまでの高さの短い植物が群集した地帯。

 広大な草原に人影が二つ。


「……貴女それでもペットですか。速く走りなさい」


「あの、走ってるのはわたしじゃないですし、速度も充分出てます。それとペットと乗り物はイコールではないからね」


 その内の一つはささささささと四足歩行……それもその動きは赤ちゃんがそうするような不恰好な物なのにもかかわらず時速40kmを叩きだす女性であり、もう一つはその女性に乗ったリードを垂らしし薄汚れた少女である。

 実にシュール。端から見たら腹を抱えて転げ回ること不可避の滑稽過ぎる光景だ。


「ほぅ。中々の突っ込み。貴女は根っからの芸人ですね」


「いや、芸人ではないけど」


「ふむ。やはり私の目に狂いはなかったようですね。思った通り稀代のエンターテイナーでしたか」


「いや今わたし否定したよね!? 話聞いてまっふぃゃ!」


「飽きました」


 言うな否や急停止するカナ。

 カナの背に乗り突っ込みを入れていた少女は慣性の法則に従い吹っ飛んだ。スザァ! と顔面から地面に突っ込む少女を他所にカナは空を仰ぐ。


「いい天気ですね。水浴び日和です」


 雲一つない晴天。心が洗われるような清々しい天気。ぽかぽかした気温と合わさり、昼寝や水遊びを行ったらさぞかし気持ちいいことだろう。


「……そうですね。彼女を洗って上げましょう」


 カナはなにを思い付いたのか懐から念写カードを取り出しながらぴくぴく動いている少女へ近づき、そして。


「洗浄開始です」


 念写カードからどばどばお湯をかけた。47℃の火傷するようなしないような地味に熱いお湯を。


「ううぇ!? 熱っ! 熱い! なになになんなの!?」


「動かないで下さい。ペットを清潔に保つのも飼い主の役目です」


 突然の事態に取り乱す少女をカナはその背に乗り強引に行動を制限する。


「貴女、一昨日から体洗ってないではないですか。ダメですよ年頃の乙女なんですから」


「いや! それなら普通に昨日の夜お姉ちゃんがお風呂入った時一緒に入れてくれればよかったんじゃないの!? 一日中引き摺り回した挙げ句お風呂に入れないとか結構あれな仕打ちだからね!」


「なにを言うのです。ペットと共にお風呂に入るなど、私が汚れてしまうではないですか。いいですか? お風呂とは身を清めるために入る物であって決して汚れる為に入る物ではないのですよ。泥遊びとは違うのです」


「え!? まさかの泥扱い!? お姉ちゃんのわたしに対する評価って泥と同列だったの!?」


「泥と同列? ダメですよ、自分を卑下しては。貴女のような可愛らしい少女を泥扱いなどもっての他。私をあまりバカにしないでください」


「あ、そうなの? ならよかった」


「はい。安心してください。私は貴女を泥扱いしません。しても汚物扱いです」


「うん。安心したってもっと酷いと思うなそれ! だって多分泥より汚物の方が下だもん!? 少なくともわたしの中ではそりゃぁもうぶっちぎりで汚物の方が下だよ!? ていうか熱い熱いって! みやぁぁぁぁぁぁ!」


 晴れ渡った青空に轟く絶叫。

 周囲にいた生物は驚き一斉に逃げ出すのだった。


†††


「うぅ。びちょびちょだよぉ。ずぶ濡れだよぉ。汚ないよぉ」


 正面が泥だらけになった全身びちょびちょの少女が己の姿になんだか卑猥なようなそうでないような言葉を吐き出す中、 カナはまじまじと少女を観察しながら思ったことをただただ口に出す。


「思ったより綺麗になりませんでしたね。いえ、むしろ泥で余計に汚れてしまっています。まぁ地面に押し付けた状態でお湯をかけただけなので当然といえば当然ですが」

「……ところで服が密着して透けてますよ? 貴女ペット願望だけでなく露出癖まであったんですね。しかもどれだけ興奮したのです。濡れ濡れではないですか。正直ドン引きです」


「えぇ?! ちょっとそれはないよ! お姉ちゃんわたしに対して辛辣過ぎない!? わたしがなにをしたって言うのさ!?」


「なにしたって現在進行形で私に付き纏ってるではないですか。言っときますけど貴女勘違い粘着ストーカーですからね。まともに相手してあげてるだけ重畳ではないですか。というか、貰い物の服をそんなに汚すとはどういう了見ですか」


「え? いや、汚したのはお姉ちゃんじゃ……」


「黙りなさい。粗相をしたペットには躾が必要。反省するまで裸で過ごしなさい」


「いやだから汚したのはお姉ちゃんってえっ!? えぇぇっ!?」


 少女は絶叫する。

 服が。今の今まで着ていた服が。跡形もなく。綺麗さっぱり消え失せたのだ。


「ふぇ! な、な、なな!? 服、服が!?」


「はい。消させていただきました」


 突然下着だけの姿となったせいで余裕がないのか、隠す素振りすら見せずただただ動転するばかりの少女にカナは淡々と説明する。


「私の能力で具現化した物はいついかなる時でも私が自由に抹消することができるのです。……さて、それでは行きますか」


「え? 行くってどこに? というか、え? 本当にわたしこの格好で過ごすの?」


「そうですね。これといった確固たる目的もないことですし、とりあえずはこの先にあるファルドォルの村を目指しますか」


「無視? また無視なのお姉ちゃん。本日は無視日和なのって、だから引っ張らないで引き摺らないでってあホック外れたホック外れたぁ!」


 ずるずる。カナは少女の言葉に一切耳を傾けず引き摺っていく。

 二人が目指すはファルドォルの村。

 アルハァラノ村同様魔王軍の駐屯地と化しているその場所。

 その場所でこれから行われるのは虐殺かそれともーー。

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