第3話

 森林から程近いアルファラノ村。


「どうやら魔王軍の駐屯地に変わっていたようですね。まぁ二週間前からここカルファルナ島へ魔王軍が本格的に進軍し始めたとのことですし、充分予想できていたことではあるのですが」


 リードを手にした麗人、カナは周囲に散乱した血の海に沈む肉塊とその者達が装備していた血塗れの武器や防具、そして村を囲うように建設されている作りかけの柵を眺めながらポツリと呟く。


 散布する肉塊は言うべくもなく魔王軍の者で、十分前カナが突っかかってきた見張り役を斬り殺し村に入るなり民家からぞろぞろ出てきてカナに血気盛んに無謀にも挑んた者達の成れの果てである。


「……仕方ありませんね」


 ちらりとリードの先。首輪をつけたいまだ気絶中の少女を一瞥したカナは溜め息を吐く。


「いたいけな少女を一人放置するのは気が引けますし、丁度一人旅にも飽きていた所です。この子は私が責任を持って飼って差し上げましょう。さて、そうと決まればまずは着衣をどうにかしなければなりませんね」


 森林の中からずるずる引き摺ってきたせいか純白のワンピースは汚れに汚れていて、至るところが裂けているなど見るも無惨な様相を呈している。

 ペットが汚れているならば綺麗にしてやるのが飼い主の務め。ここは一肌脱いで新品の着衣を用意してやらねばならないだろう。


「……面倒ですしこのままでいいですね」


 などと嘯きながらカナは懐から一枚の白紙のカードを取り出す。

 裏も表もまっさらな、本当になにも書かれていないカードは、しかし。突如白紙のカードではなくなる。今までなにも書かれていなかったそこに服の絵が忽然と浮かび上がったのだ。


 さもありなん。それは念写カードと言われる頭に思い描いた文字や絵をそのまま映し出す魔道具なのだから、その現象についてはなんら不思議なことはない。


 だが、それだけでは終わらない。

 絵が浮かび上がった次の瞬間にそれは現実の物となる。

 カナは再び真っ白な状態に戻ったカードを懐へ収納すると、少女のワンピースを引ん剥き、手の中に収まっているズボンとTシャツを着させる。


「上出来ですね」


 カナは小綺麗になった少女に満足気に頷く。

 顔や手足など露出部分はいまだ汚れているが、見れる姿にはなった。


「さて、それではいつまでもこんな村に居座っていても仕方ありませんし行きますか」


「……って、ちょっと! 一度決めたならちゃんと飼ってよっ!? ペットのポイ捨てはイケないんだよ!」


 カナがリードを放り投げ歩き出すと、少女は寝転がった状態から器用に飛び起き置いて行こうとするカナに待ったをかけた。

 カナは少女の声に足を止め相変わらず変わらぬ無表情のまま振り返るが、すぐさま正面に向き直り何事もなかったように歩き出す。


「ちょ、ちょっと! リード付き首輪くれたよね!?」


「それは足を引っ張るとどうしてもワンピースの中が見えてしまい、それは流石に可哀想だろうと判断したため付けただけで他意はありません。要するに粋な計らいというやつですね」


「返事するならせめて足止めてくれないかな!?」


「それは無理です。いえ、貴女の意向に沿って行動するのも吝かではないのですが、生憎そういう気分ではないのです。悪しからず。というか貴女は何故私と共に来ようとするのですか」


「それはお姉ちゃんが絶体絶命のピンチに駆け付けてくれた恩人であり運命の相手だからだよ! そう、わたし達は運命の赤い糸で結ばれてる運命共同体! だからこれからは一緒にって、待って、待って! 置いてかないでよぉ!」


 話を聞いてるのかいないのか。一向に歩みを止めず柵を斬り壊し颯爽と立ち去ろうとするカナに少女は慌ててリードを引き摺りながら追い縋る。

 カナは今のところはなにもする気がないのか勝手に追随する少女を一瞥するだけで、特になにを言うでもなにをするでもなく歩き続けーー


「えへへ。旅は道ずれ世は情けだからね! これからよろしくね!」


「煩いです変態ストーカー。気紛れで一度手を差し伸べただけで運命の赤い糸とかどれだけ頭沸いてるんですか。……いえもういいですわかりました。そんなにペットになることがご所望なら要望通りペットとして扱って差し上げます」


「変態ストーカーってなぶひゃ! 首絞まる首絞まるてか絞まってる! 言っとくけどペットにこんな仕打ちする人いないからってあでもそういうプレイだと思えば第二の口から自然と悦びが溢れだしてくふぁべらぁ!」


 ーーようとしたが少女がなめた口をきいたため、リードを流れるような淀みない動きで拾い強引に引き寄せ転ばし、いまだ捨てていなかったボロボロのワンピースを口に押し込み黙らせるとそのままずるずる引き摺って行く。

 今この時より混沌たる者と這い憑きし者の奇妙な放浪の旅が改めて始まるのだった。

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