第2話

 569年前。天賦の才を備えし鬼人がその星に産み落とされた。

 元々鬼人は魔族の中でも秀でた能力を有しし竜人と肩を並べる一族であるが、その鬼人は正に天に愛されているとしか思えない神童であった。


 武術を嗜めば数日足らずで師範を越え、資料を読み漁れば読み漁っただけ知識を蓄え、時には拳一つで大地を割り拳圧だけで海を裂き、常人では数発しか放てぬ魔法を数十発連発する、そういう本物の天才。


 その優秀さから確実に大輪を咲かせ歴史に名を残す偉大な王になると将来を大層期待されていて、実際彼はその名を知らぬ者がいないほどの王となったが、それは決していい意味ではなかった。


 彼が得た称号は英雄や偉大な指導者という良い意味合いの王からはかけ離れた暴君……通称魔王と呼ばれるものであった。


 どういうわけか性的暴行だけは頑なに行わずそれを組織全体に徹底させてもいたが、それでも各国各村へ侵攻し圧倒的武力に物を言わせ人員を拉致し強制労働をさせるなどその暴君ぶりは正に魔王と呼ぶに相応しいものだった。


 だからこそそんな魔王の横暴に終止符を打つべく、とある村のとある一族は代々一族に伝わる秘伝の義……召喚の義により勇者を召喚し魔王を打ち倒さんと試みたが……それは最悪の事態を招いてしまった。


 異世界から召喚されたのは勇者とは真逆の存在、一星を死の星へ変容させた真正の怪物……異世界で魔王と謳われ実際に一星を支配した骸骨の王だったのだ。


 召喚された骸骨の王は初めこそ自身を取り巻く状況を把握するため丁寧に召喚者達に接していたが、召喚者達から情報を得るなり態度を一変させその村を瞬く間に死の村へ変容させた。


 恐らくその時には既に長き時の中で叡知を蓄えた骸骨王の頭の中にはその後の展望が構築されていたのだろう。骸骨王はその村を基盤に数週間足らずで周囲の国々を呑み込み、一ヶ月経つ頃には一大陸を支配下に置いていた。


 無論そんな大々的に事を起こせば周囲に情報が拡散しないはずもなく。


 元々この星にいた魔王は当然のように骸骨王に憤慨。即座に軍を編成し侵攻させたが、流石の魔王軍も相手の陣地での交戦……それも死霊で構成された死者の軍勢の前には撤退を余儀なくされた。


 だがしかし一星を恐怖のドン底に追いやった魔王軍の実力は本物で死霊軍が被った被害も甚大であり。結果、その一戦から二人の魔王は互いに互いを最大の障害として認識するようになった。


 それからは激動の時代の幕開けだった。

 魔王と魔王の激突は辛うじてどちらの陣営にも属さず独立を保っていた国をも否応なく巻き込み大規模な戦争へと発展。

 そしてそれは最悪なことに現代まで続く終わりの見えない恒久的な戦争であり、今現在も二人の魔王の世界を巻き込んだ熾烈な争いは終息の目処を見せないでいるのであった。


★★★★★


 カルファルナ島南部に広がる鬱蒼とした薄暗い森林内。

 舗装どころか整備もされていない、道なき道を進む影が二つある。


「えへへ」


(……)


 一振りの刀を帯刀した黒髪黒目着物姿の麗人、カナ・フィアリスは笑顔で自身の後を追随する少女を一瞥する。昨晩ほんの気紛れでゴブリンから助けたはいいものの、それからどういうわけかずっと後をついてくるストーカー少女を。


「えへへ」


 少女はなにが嬉しいのか満面の笑みを咲かせている。


(まぁ別になにもしてこないのならば構いませんが)


 壊したい壊したくない食べたい食べたくない分解したい分解したくない一緒にいたい一緒にいたくないなんでこいつついてくるんだずっとついてきてほしいていうか寝たい死にたい殺したい可哀想なことはしたくない。


 等々。相変わらず頭の中は自分でもなにを考えているのかわからないほど混濁していて大変なことになっているが、それでもカナは害を加えてこない限りなにも言うまいと視線を正面へ戻ーー


「ふひゃ!」


「……おや?」


 ーーそうとして、やはり目障りなので居合い斬りをお見舞いした。

 しかして間一髪。首を飛ばそうとしたカナの斬撃は少女が倒れるように後方へへたり込んだことにより空振りに終わった。


「ふむ。反射神経は中々よろしいようですね」


 カナは素直に今の一撃を避けた少女の反射神経を称賛する。

 刀の軌道。その延長線上に存在する木々が発生した剣圧により斬り倒される程の速度で放った一撃を避けられる者は早々いまい。


「な、な、い、今本気でく、首を取りに……」


「えぇそうですよ。それでは行きましょうか」


 舌を回すことすら儘ならなくなっている少女に手を差し伸べることすらせず、何事もなかったように足を動かし始める。


「あ、うん。ってふひゃぁうぇぁ!」


 が、カナはすぐに足を止め、再び後を追いかけてこようとした少女めがけぶぉん! と風切り音が鳴るほどの鋭い回し蹴りを繰り出した。

 少女は起き上がり慌てて後を追いかけようとしたからか、今度は回避行動を取れず諸に回し蹴りを腹に受け吹き飛び木に激突する。


 どん、という音。衝撃ではらはらと葉っぱが舞う。


「ところでどうして貴女はわたくしに……ってあら? どうやら気絶してしまったようですね」


 何故後をついてくるのか尋ねようとしたカナは少女がきゅぅと目を回していることに気付く。綺麗なワンピースにはこれまた綺麗な足跡が。


「ふむ。いたいけな少女をこんな場所に一人残すのは心が痛みます。確か少し先に村があったはず。連れていきましょう」


 年端もいかない少女をこんな場所に放置するのは気が引ける。

 そのためカナはとりあえず最寄りの村まで少女を連れて行くことを決意する。


「さ、そうと決まれば急ぎましょう」


 カナはそう呟くと少女の足を掴み、村へ向け歩みを進めるのだった。

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