蓮根スプロケット

 「レンコンといえば?」と人に問えば、十中八九「穴」と答えるだろう。レンコン=穴。確たるアイデンティティであり、それが悪いとは思わない。思わないが、つまらない。穴が詰まったらレンコンじゃないとかそういう寒い発言は控えるように。

 人は――私はレンコンだが――他人から期待される役割を演じてしまう。あの子は真面目な優等生、アイツは生まれながらのワル、ムードメーカー、おちゃらけ屋、etcえとせとらetcえとせとら。そうして他人が作り上げたイメージが、自分の思考と行動を硬直化していく。根菜だから硬直でいいのだ、などと寒い発言は控えるように。

 というわけで、私はレンコンの殻を破りたい。穴以上の何かになりたい。

 手っ取り早く物理的に殻を取り払ってみよう。輪切りの状態で外周をぐるりと削り取れば、おおよその形状としては、円の周りにギザギザが付いた恰好と言える。中心部に小さな穴が残るがそこは目を瞑ろう。


 スプロケットだ。


 自転車のペダルとホイールに付いている歯車、と言えばお分かりいただけるだろう。他にも履帯いわゆるキャタピラの駆動であったり、最近はとんと見かけないフィルムの巻き上げなどを担う機械部品だ。

 穴という静的な概念から、回転機構という動的な存在への脱皮。まさに一皮むけた自分の姿を想像するとこみ上げてくるものがある。輪切りになっているのでこみ上げたところで高々数センチの距離だが。

 空想は膨らむ。私は自転車のスプロケットだ。いわゆるシティサイクル。持ち主は女子中学生。夏の朝、ひそかに想いを寄せる男子生徒の登校時間を見計らって、その人の家の前を偶然に通りかかる。おはよう、気持ちがいいからサイクリングしてたんだ、と取り繕いながら並んで走る。空想なので道交法は気にしないでほしい。男子生徒もまんざらではない様子。

 そして悲劇が起きる。スプロケットには、レンコンの繊維がほぐれる方向で力がかかる。少しずつ歯がチェーンに絡め取られていき、そして完全になくなる。もはや私はスプロケットではなくただの円盤となった。取り残される女子生徒。一生消えない心の傷。レンコンがスプロケットになるとはかくも業の深いことだったのか。


 見通しが甘かった。レンコンなのに。

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