第2話

ダイニングテーブルの上に乗せられた瓶と本を3人で囲んで見下ろす。

この不思議な『モノ』を見る目は輝いていると思う。


「先輩先輩、これどうするんです?」

「いや、どうしよう?」

「これ、飲むの?」

「何があるかわかんないのに飲むとか怖い」


桂花と顔を向き合わせていると紫が立ち上がった。

いや、椅子から立ち上がったわけではないが。


「おっけい、任せろ」


パジャマ姿の紫は背中を丸めると、ズボンの裾を捲りあげる。

何をするのかと見ていると、紫の白い脚に青あざがあるのが見えた。

よく何かにぶつかる紫だが、どうやらまた痣を作っていたようだ。


「よーし、見ててよー」


紫は椅子に足を乗せると瓶を手に取りコルクらしきものを外す。

そしてその痣に液体をとろーんと垂らした。


「お、おおお?」

「おー」

「おおおー、消えたー!」


白い脚に痛々しく刻まれた青い痣がみるみるうちに消えていってしまった。

なんとも不可思議な現象だ。


「回復薬キター!」

「すげぇええええ」

「すごいー」

「これぞファンタジー!ぁいたっ!」


3人できゃっきゃはしゃいでいるとガツッ、と紫がテーブルにぶつかった。

どんまい。


「ねぇねぇ先輩、他には?」


ぶつかったことをスルーし、そう言って紫が本に手を伸ばしたが、なんということでしょう。

すり抜けた。


「お?」

「え?」

「あえ?」


一瞬静まり返るリビング。

3人で目で会話すると、桂花がそーっと本に手を伸ばした。

が、こちらもすり抜けてしまう。


「なんでー!?」

「ふぁんたじー」

「へー」


紫は地団駄を踏み、わたしは首を傾げ、桂花は指を唇に当てて考え込んでいる。


「これ、夢叶ちゃんしか触れないんじゃない?」

「えええええー!」

「まあ、今の見る限りそうっぽいよね」

「ずるいずるいー!!」

「やかましい!」

「ずるいずるいずーるーいーぁいたぁ!」


足をバタつかせていた紫はまたぶつけた。

今度はどうぶつけたのかわからないが、テーブルが揺れた。

多分、痛かっただろう……さっきとは違って痛みに悶えている。

どんまい。


「紫ちゃん落ち着いて」

「落ち着けないいいい」

「落ち着けよ」

「無理いいいい」


涙目の紫はうらめしそうに本を睨みつけているが、だからといってどうなるわけでもあるまい。

少々呆れていると紫がハッと何かに気づいたのか椅子から勢いよく立ち上がった。


「スマホ取ってくる!」

「私も」

「あ、はい」


紫と桂花はいそいそと部屋に戻って行った。


結果から言えば、2人は『ガチャろう』を手に入れることは出来なかった。

検索をかけても出てこない、webで調べても出てこない、という。

わたしも気がついたら表示されていたから、説明も出来ない。


「ずーるーいーいいい」

「そんなこと言われても……」

「仕方ないよ」

「あたしもガチャりたいいいい」

「一緒にやろうず」

「おっけい」


なんとか2人──特に紫──を宥め、ガチャろうを起動させる。


「さて、このガチャをどうしてやろうか」

「うーん……レビュー読めるので判断しただけだけど、今課金するのは勿体ないと思うんだよね」


舌なめずりをする紫に読めたレビューの内容を説明すると3人で唸る。


「どうせガチャるなら美味しくいただきたい」

「今ガチャの内容考慮中とかってあったし、少し待てば改善されるんじゃないかと思うんだよね」

「しばらくは無料だけでいいんじゃない?」

「ファンタジーがぁー」

「でも課金して回復薬ばっか、とかは悲しいで?」

「せやな」

「そうだね」


うんうん唸りつつ、しばらくは無料だけ回すということで落ち着いた。

紫は最後まで名残惜しそうな顔でスマホ見てたけどね。

明日も仕事なんだし、色々仕方ないと諦めておくれ。



※※※


ガチャろうをゲットしてから早4日……今日は休みである。

そして第1話の冒頭に戻る。

え?

第1話ってなんだって?

え?

戻るのめんどい?

え?

忘れた?

…………よし、説明しよう!


今日は1週間に1度の休日である。

なのでわたしは昼までごろごろとまったりしてから、リビングにご飯を食べに来たのだ!

既にリビングに居た紫と桂花と共に、ガチャを回そうとしている所である(どやぁ)


スマホをテーブルに乗せ、3人で見下ろす。

ガチャろうを起動出来るのはわたしだけだから、紫と桂花はじっと見ているだけだ。

見つめられる中、いざガチャろうを起動させてみると、画面の上に文章が流れてきた。


『本日15:00~18:00までガチャの調整を行います』


只今の時刻、13:34である。


「メンテだ!」

「え、じゃあどうしよっか?」

「待つ?回す?」

「今の渋いの回すより、改善されることを期待して待つか」

「くぅうう、待ち遠しいね!」

「せやな」

「じゃあ時間までどうする?」


3人で顔を見あわせて頷く。


「4日分の成果を試そう」


ガチャろうを閉じて本を開く。

分類は『入手順』で『降順』である。

右側のページには4枚のカードが収納されている。


・低級魔力回復薬

これを使うと魔力が15回復する。


・水魔法Lv1

水魔法Lv1が使えるようになる。


・きびだんご

これを食べると体力が少々回復する。


・投擲Lv1

投擲が使えるようになる。


「ねぇねぇ水魔法があるよ先輩!」

「せやな」

「投擲って?」


興奮してあたしの服をぐいぐい引っ張る紫と、首を傾げる桂花のテンションの差が酷い。


「あ、桂花はわかんないか」

「あー……RPGとかラノベとか読まない?」

「あんまり……」


桂花はあまりファンタジー的なものに詳しくないらしい。

が、今ラノベを読ませたりゲームをさせたりするには時間がかかりすぎるだろう。


「スマホで検索☆」

「はい」


素直な桂花はスマホで検索しつつ、話に参加するみたいだ。

紫は……水魔法の文字から目を離さない。

きらっきらな目で見つめている。

多少呆れを含んだ目で紫を見ていたが、顔を上げた紫と視線が交わると勢いよく挙手された。


「先輩先輩、あたし水魔法使いたい!」

「ああうん、それはいいんだけどさ。魔法使えるのかな?」


魔力とかMPとかっていうものが備わっているのだろうかと疑問に思うのも当然だろう。

なんせ『魔法』なんて存在は見たことも聞いたこともないのだから。

そんなファンタジー要素二次元でしか知りません。


とりあえず水魔法を本から取り出してみる。

掌程の大きさの珠になって出てきた。

薄い水色っぽく発光している。

テーブルの上にそっと置いて、投擲も本から取り出す。

こちらも大きさは掌程の大きさの珠で、白く発光している。

どちらもほんのりと。

2つを並べて見比べてみるが、違いは色ぐらいしかない。


「さて、これでどうやって使うのか」

「ラノベだと念じるとか割るとか?」

「割ったら爆発しない?」

「なにそれ怖い」


尻込みするわたしを尻目に紫は水魔法の珠をさっさと手に取ってしまう。

そして上から下からと珠を眺める。

その動きが止まったな、と思った瞬間、珠がしゅうう、と小さくなり紫の胸元に吸い込まれるようにして消えていってしまった。


「うえっ?」

「消えた……」

「んー…………あっ!使える!」


声を上げた紫は物凄く嬉しそうだ。

どうやら無事水魔法を使えるようになったらしい。

テーブルに手をついて勢いよく立ち上がると、ガターンと音を立てて倒れた椅子をスルーして、テーブルから少し離れた所でわたしと桂花に向かって胸を張った。


「いっくよー!……アクア!」


バッと右手を張り切って突き出し呪文らしき『アクア』と叫ぶ紫。

水の玉みたいなものが出るのだろうか、と胸をドキドキさせていたわたしだが、期待は裏切られた。

紫の開かれた手のひら、その人差し指の指先からちょろろろと水が出てきただけだった。


「わー、水が出たー」

「せめてもっと勢いよく……!」

「蛇口か!」


桂花はパチパチと手を叩いて目を輝かせているが、わたしと紫はそのしょぼさに項垂れてしまった。

紫は『orz』状態だし、わたしもテーブルに肘をついて頭を抱えた。


「もう少しカッコイイの期待してたのに!」


紫はバンバン床を叩いて悔しがっている。

その気持ちはわかる。

わたしも期待した。

2人で悔しがっている中、桂花がゆっくりと口を開く。


「それより……床水浸しだけどいいの?」


その言葉に足下に目を向ければ、うん、水浸しである。

原因は言わずもがな紫の放った水魔法。


「あああああ雑巾んんんんん」

「ひゃああああ」


文字通り飛び上がった紫と2人でバタバタと片付けに走る。


「……眠い」


ぎゃいぎゃい騒ぐわたし達をBGMに、桂花はぼんやりと空を見上げて呟いた。

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