第38話 入隊試験-10

「すっ、すげぇな」

 無意識に声が漏れた。一番奥りに聳え建つ王宮はもはや芸術だ。まわりに高い建物がないせいかもしれないけど、存在感がすごい。

 王宮に続く道には露店がずらりと並んでいる。こういうのをバザールって言うんだっけな。

 砂漠の都バリーク。醸し出す雰囲気から俺は勝手に千夜一夜物語を連想している。せっかくだし観光をしたいな。

「主様」

「何だい、ランプの精さん」

「現実逃避も大概にしてくださいませ!」

 鼻の頭がムズムズする。掻きたい、けど掻けない。自由に手を使えないと不便だな。

「さっさと歩け」

 急に引っ張られたせいでバランスを崩し、地面に倒れ込んでしまう。受け身もとれず顔面を強打してしまった。鼻血がでてないといいけど。流血なんかしたらアワイが暴れ出してしまう。

 ジャラジャラと小煩い鎖を視界に捉えながら起き上がる。

「主様、鼻から血が。……矮小な常人種よ、我が主を愚弄した罪、万死に値する。一瞬で死ねると思うなよ!」

 アワイが凄みのある低い声で言う。それを聞いた兵士たちは青ざめ、視線で俺に助けを求めてくる。お門違いもいいところだ。俺は怒っているんだ。お前たちのせいで予定が狂ってしまったんだからな。

「誤解だって、アワイさん。さっきエロい恰好をした踊り子さんが通り過ぎただけのことだからさ」

 俺がアワイを制止するのは単に命を軽んじてほしくないからだ。



 バリークに入ってすぐ迎えの兵士が待ち構えていた。俺達を先導していた兵士もいけ好かなかったが、近衛兵を名乗るこいつらはもっと質が悪い。

 腐敗の匂いがプンプンする。なまじ年齢をを重ねているだけ改心も難しいだろう。どうせ、悪い大臣に上納金を払って、悪さをしているに違いない。

 アワイがどうにか怒りを鎮めてくれたのでトボトボと歩き始める。鎖で手を縛られているだけなので歩く分には問題ない。アワイは拘束されていない。兵士たちはアワイに恐れを抱いているのか存在を無視しているきらいがある。

 ガブは華奢な木製の檻に入れられている。総合的に判断して逃走は難しくないだろう。だけど、俺達には逃げられない理由がある。



 当初の予定では、ソールが入隊試験を受ける前に説得を試みるつもりだった。バリークに足を踏み入れた瞬間にお縄についてしまったのでソールとフェンとは唐突に別れてしまったことになる。

 携帯電話なんてないし簡単には連絡は取れないだろう。こんな状況で俺たちが逃げればソール達が酷い目にあうかもしれない。とりあえずは身の潔白を証明してから合流するべきだろう。

 それにしても、さっきからすれ違う人々の視線が気になる。


「アワイ、何かジロジロみられてないか?」

 アワイに耳打ちする。

「何もおかしくはございませんよ。この常人種どもは国王直属の兵士たちです。それに罪人の護送は夜間に行われるのが常にございます。物珍しさからの行動でございましょう」

「このまま公開処刑って流れにならないよな」

「心配無用にございますよ。もしもの時は全身全霊をかけてこの都を水没させますから」

 アワイがニコリと笑う。怖いよ、アワイさん。

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