第23話 水の大神と神代家長女 その一
メルクリウス大神殿
周辺の砂漠帯とはあからさまに様子が異なる。水辺では、人魚や水妖が語らい。水馬が泳いでいる。水龍の巨体が水面にぶつかり盛大に水飛沫をまき散らす。青々と生い茂った木々には水々しい果実がなっている。楽園、そう呼称できる光景が広がり矮小な人間を惹きつけて止まない。砂漠で水分を奪われ過ぎた旅人ならば迷いもなく足を踏み入れてしまうことだろう。
誰もそこから戻ってこれないと近隣の村人は証言する。彼の地は決して触れてはいけない神域。命は行きの通行料。帰り道は存在しない一方道。
神域の最奥部には水星を名に冠する大神が鎮座しているのだと言う。
「マーメイド、ウンディーネ、ケルピー、アクアドラゴン……あとは河童でもでてくれば完璧ね」
ウェーブのかかった長い金髪碧眼、白い肌、薔薇のように赤い唇。
白いワンピースに紺色ジャケットを羽織っている彼女は平然と人外の前をを横切って行く。
彼女ーー神代・M・ロザリーが目指すのは最奥部、水の大神メルクリウスとの邂逅を目標にしている。
あの悪趣味なパルテノン神殿モドキまでの距離はどれくらいだろうか。
目測はあてにならないだろう。ここは異界しかもその裏側、神の領域だ。情報が圧倒的に不足している。
他の異界守の報告書や異界学者の研究論文には一通り目をとおした。上層部はもちろん暗部にも手をまわして情報を収集してきた。
「結局は、机上の空論か……」
一人になるとついつい弱気になってしまう。最近の栄太は神経の図太いイカレタ姉ちゃんだなんて褒めてくれるけど。本来の私は深窓の令嬢。ダージリン・ティーを飲みながらスコーンを片手に……あれ? これは上層部の豚オヤジどもに受けがいいから演じているキャラだったわ。
私は、出来損ないの混ざり物。血が薄過ぎて、本来なら神代性を名乗ることも許されないのだ。だから、神代本家にやってきた当初は栄太のことを毛嫌いしていた。それなのにあの子は私を慕ってくれた。こんなにも醜くく浅ましい私を好きだと言って泣いた。あの頃の弟とは二度と会えないだなんて絶望感に打ちひしがれた時期もあったけれど……。ここ最近の栄太はずいぶんと人間らしくなった。十年かけて栄太を人間に戻してくれた彼女には感謝をしてもしきれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます