第6話 世界を渡る者

 影朗に初めて戻ってきた五感は触覚だった。全身の痛みとベッドの柔らかさが全身を包んでいる。次に嗅覚、消毒液の臭いが鼻を刺激した。そしてようやく、影朗は自分が生きていることを実感した。

 残りの感覚も次々と取り戻していく。そして最後に視覚を取り戻したとき、影朗は自分が今いるその場所が病院ではないことに気付かされた。

「……ここは?」

「私のセルです。勝手ですが運び込ませてもらいました。ルナゲイドを所持したまま、UGNの息のかかった病院に連れて行かれては困りますから」

 体は動かず、その顔は見えない。しかし声の主がプランナー、都築京香であることはすぐに知れた。

「そうだ、茜は。俺の妹は」

「あなたの隣で眠ってますよ。少々栄養失調状態ではありましたが無事です」

「ああ、良かった」

 助けることができたんだ。

 その想いの次に浮かんできたのは意識を失う前の最後の瞬間の記憶だ。確かに自分は茜の翼によって叩きのめされたはずだった。

 影朗の考えを読んだかのようにプランナーは語り始める。

「残念ですが、あなたはあなた自身の力で妹さんを救うことはできませんでした。ですので少々、手を貸すことになってしまいました。申し訳ありません」

「謝るのはこっちのほうだ。あれだけ啖呵を切っておいて何もできなかったんだからな。茜と戦うことになるなんて、ちょっとは想定するべきだったよ」

「……そうですね。さて、あなたたち兄妹には提案があります」

 影朗の顔の前に指が一本立てられる。まだピントが合わないせいか、遠近感が妙だ。

「私たちの庇護下に入りませんか。あなたには私のプラン成就のための協力をしていただきますが、茜さんには手を出さないと約束しましょう」

「それはあれか? FHに入ってテロリストやヴィランになれってことか?」

 少し反抗的な声を上げる。しかし影朗には反抗するつもりなど最初からなかった。己の無力さを知り、妹の危険さを知り、もう自分一人でどうにかできる問題ではないと分かっていた。それにUGN関連企業に手を出したとあっては最早ヴィラン同然だろう。

 だから、それも悪くないな。そう口にしようとした瞬間、プランナーの声へと遮られた。

「いえ。私達の組織の名はゼノスと言います」

 影朗の視界の端で、見知らぬ少女が微笑んだ。


 昨日と違う今日、今日と違う明日。

 そしてこことは違う世界。

 けれども兄が妹を想う力は――


ダブルクロス The 3rd Edition Renegade War『月満ちる夜に刻満ちる』完

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DX3 月満ちる夜に刻満ちる 人夢木瞬 @hakanagi

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