第4話 ランブルパーティ

 時刻は夜の八時五十五分。

 影朗はとあるビルの前に一人で立っていた。この一階から最上階までの全てがあの忌々しき企業の所有物であるらしい。

「なら、遠慮も加減も必要ないな」

 自動ドアが音も立てずにスッと開く。最早躊躇いはない。影朗は敵陣への一歩を踏み出した。

「こんばんは。お客様、ご用件は何でしょうか」

 こんな時間だと言うのに、まるで昼間の企業ビルと同じように応対する受付嬢。少し内情を知れば、こんなところまでもが胡散臭く見えてくる。

「ヘレン・ディートリッヒか生天目倉人はいるか? 俺のことは協力者と言えば分かるはずだ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 受付嬢が手元の端末を操作する間、影朗は建物内を見渡す。フロント部分は吹き抜けになっており、各フロアの様子がある程度見渡せる。人の動きがあるのは三階と五階で、どちらも白衣の男たちが忙しなく動き回っている。見える位置に階段はないものの、代わりにエレベーターが二機。影朗が視線を向けた瞬間、その一つがゆっくりと開き、一人の女性が現れた。

 外国の血筋の、恐らくはドイツ系の女性だ。その堂々とした気品ある佇まいから、彼女がそうなのだと影朗は確信した。

「貴方がVネットに現れた協力者かしら?」

「ええ。そういう貴女はヘレン・ディートリッヒで?」

「そうよ。急な実験に付き合わせて悪いわね。実験の前にまずは現在の貴方の能力値を測定させてもらいたいわ」

「なら、お望みどおりみせてやるよ!」

 トップが自ら現れた今が絶好の機会だ。

 影朗は力を振るう。与えられた力を。

「ぐぁっ、ガッ!」

「社長!?」

 影朗はヘレンの首を握り締め、そのまま持ち上げるような動きを取る。しかし、あくまで動きだけ。だが十メートル先で現にヘレンは宙吊りになっていた。

 彼女の喉元。そこには一本の《サイバーアーム》が存在していた。それが影朗の腕の動きと連動し、ヘレンの喉を締め上げる。

「き、さま!」

 ヘレンはレネゲイドの力でそれを振り払った。苦しそうに喉元を抑えながら視線だけで部下に合図を送る。すると閉じたドアや吹き抜けの向こうから現れたスーツのエージェントたちが一斉に影朗を取り囲む。

「ヒーロー? いや、UGNのハンターズか。どうやって嗅ぎ付けたのかしら」

「お生憎様。俺は正義の味方なんかじゃない。だからと言って悪に堕ちたつもりだってない。だが、これだけは言える。俺はお前の敵だ」

「そう。なら、死になさい」

 エージェントが影朗に向けて迫り来る。生身で大勢からの攻撃を浴びせられてはいくらオーヴァードと言えど、ひとたまりもないだろう。

「――変身」

 そう、生身であれば。

 いつの間にか影朗の腰には赤いベルトが巻かれていた。やけに無骨で、バックルの部分には剥き出しの石が嵌め込まれている。

 これこそがプランナーに与えられた影朗の力。使用者の力を引き出し、そして使用者に力を与える《異形の刻印》。

 ベルトを起点として、まるで折り畳まれていた紙が開くかのように装甲が展開していく。装甲は生物のようにうねり、機械のように電撃を放つ。無闇に近づいたエージェントは展開の衝撃だけで弾き飛ばされ、警戒して立ち止まったエージェントもその圧倒的な出力に呆然とする他なかった。

 展開が完了すると、そこにはパワードスーツに身を纏った影朗が立っていた。

「まさかFHのルナゲイドスーツ!? よもや適合者が見つかっていたとはね。それも私たちと敵対することになるなんて」

「アンタらの事情なんてどうでもいい。かかってこいよ。ぶちのめすだけだ」

 影朗が右手を握り締めると電流が迸る。それだけで近くにいたエージェントは無力化されていく。

「さあ、ランブルパーティの始まりだ!」

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