第3話 プラン


 せっかく掴んだはずの一筋の光。

 けれどもそれはあっけなく潰えた。

 予想できたことではあったが、警察やヒーローに通報しようにも、彼らと接触しようとするとVネットには接続できなくなった。そして残るのは情報ソースの不明なレネゲイド実験の計画だけ。そしてその立案者は親UGN企業なのだ。誰もまともに影朗の言葉を取り合ってはくれなかった。

 影朗は再び公園のベンチでうなだれていた。

「クソッ! 折角見つけたっていうのに!」

 指をくわえて黙って見てることしかできないのかよ。

 後に続くはずのその言葉は、口にしてしまったら自分の惨めさが露わになるような気がしてならなかった。

「……もう、時間がない」

 実験の期日は今夜八時。影朗に残された時間はあと三時間にも満たなかった。実験の結果、茜がどうなるのかは分からない。もしかしたら実験は失敗して、茜は何事もなく家に帰されるかもしれない。けれどもそれはあくまで希望的観測だ。

 自宅を襲撃するという荒っぽい方法を取った相手だ。それ以外でも一体どんな手段を取るか分かったものではない。最悪の事態を考えただけで身の震えが止まらなくなる。

「俺に力があれば」

 あまりにも影朗は無力だった。それは紛れもない真実で、覆しようのない事実。頼れる相手もなく、あるのはその身ひとつのみ。

 だから影朗は──


 スマートフォンを取り出す。既にVネットとの接続は回復していた。


   ──自分自身を──


 ブックマークから赫翼能力発現実験のページにアクセス。


     ──贄として──


 方法はこれしか思いつかなかった。


       ──捧げることにした。


「実験協力致します」

 その一文をVネットへと投稿した。

 後はもうどうなるか分からない。茜と接触できたら、あとは壁という壁を砂にして逃げようか。自分は不死身のオーヴァードだ。《リザレクト》をし続ければヤツらの手の及ばない場所まで逃げ続けることだってできるだろう。仕事はまた探せばいい。それこそヴィランにでもなってしまえば……

「貴方のプランには決定的なものが欠けています。それでは失敗はなくとも、成功もあり得ませんよ」

 不意に正面から声が響いた。

 影朗が恐る恐る顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。威圧感はないというのに不思議と恐怖だけがこみ上げてくる。まるで全てが彼女の掌の上で踊らされているかのような恐怖が。

「あ、アンタ、何を言って」

「表情を見れば分かります。自分はどうなっても構わないから赫翼──茜さんでしたっけ。妹を救い出すつもりなのでしょう?」

 赫翼の本名も、家族の情報も、Vネットでは一切見つからない。

 だというのにこの女はそれを知っている。

「申し遅れました。私の名は都築京香」

「ふぁ、FHの日本支部長?」

 影朗も噂くらいは聞いたことがあった。

 レネゲイドウォー以前から暗躍していたオーヴァードテロ組織であり、現在はヴィランのまとめ役をになっているという組織、FH。その日本支部のトップはプランナーの異名を持つ女性だということも。

「全部、アンタのプランだっていうのか? 茜が攫われたのも、俺がそのために動き出すのも」

 影朗は揺らりと立ち上がる。倒せるだなんて思っちゃいない。けれども怒りをぶつけるべき相手が目の前にいる。それだけで影朗の体は動き出そうとしていた。

 しかし、プランナーの言葉は影朗の予想とは違っていた。

「いえ、赫翼の力を利用されることは私のプラン外です」

「何?」

「貴方の妹は『インフィニティコード』と呼ばれる存在。だからこそその力を利用されようとしている。ですが私のプランに『インフィニティコード』は存在してはならないのです」

「まさかとは思うが、俺に協力してくれるっていうのか?」

 影朗の問いかけにプランナーは笑みを浮かべて返す。

「協力はできませんが、貴方には私の持つ力を利用する権利を差し上げましょう。その代わりに私もプランのために貴方の力を利用させて貰いますが」

「テロリストの言葉を信じろと?」

「今はFHに身を置いていますが、それもあくまでプランのため。時が来ればUGN、ヒーロー側につくこともあるでしょう」

「ハッ、詭弁だな」

「詭弁で結構です。しかし今、重要なのはそこではないでしょう?」

 プランナーの言うとおりだった。

 茜を救うことができる力。それは影朗にとって喉から手が出るほど欲している代物だ。ただ、その力の出所がヴィランの大本となっては抵抗がある。彼を悩ませているのはその一点だけだった。

「そういえば言い忘れていましたね。貴方のプランに欠けているもの」

 するりと影朗の心に入り込むようにプランナーが言葉を紡ぐ。

「もし茜さんを救えたとしても、その先が足りない。再び狙われることがないとは言い切れない。そのとき貴方が隣にいる保証はありますか?」

「俺が……隣に」

「そうです。貴方にとって茜さんがなくてはならない存在であるというのならば、その逆もしかりです。誰一人身寄りのいない世界に茜さんを放り込むつもりなのですか?」

「じゃあ、じゃあどうしろって言うんだよ! 警察もヒーローも誰も助けてくれない! なら俺が動くしかないだろ!」

 プランナーは「はぁ」とひとつため息を吐いて続けた。

「だから、私が力を与えようと言っているのです。最初に言ったとおりです。私と協力関係になる必要はありません。ただ互いに力を利用しあうだけ」

 数瞬の逡巡。

 影朗の出した答えは──

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