第2話 僅かばかりの希望

  どこに逃げても、不敵な笑みを浮かべる彼は執拗に追いかけてくる。

 逃げても逃げても、振り返れば最愛の夫を奪った彼がいる。

 長時間の逃走の末、疲労と体力の限界を超え、地面に倒れ込んだ私はとうとう、彼に捕まってしまった。

「君が最後の生き残りだ」

 良く通る、低い声で彼は言った。

「この地球の人類は既に亡びている。君を除いてね」

 薄ら笑いを浮かべているような、そんな声だった。

「安心したまえ。君もすぐ、最愛の彼のもとへかせてやる」

 彼はそう言うと、手にした小箱から小型の注射器を取り出し、身体をそっと抱き起こした私に毒薬を投与した。

 細い注射針から血管を通じて、毒薬が急速に体内に広がって行く。

 意識が朦朧とする中、私は地面を這い、彼から逃れようと懸命に手足を動かした。

 私がもう長くは生きられないと理解している彼は追おうとはしない。

 ただただ辛く、切ない時だけが過ぎて行く。

 震える手を懸命に伸ばし、私はその先にいる相手の服を引っ張ると、か細い声で途切れ途切れに言葉を発した。

「たす......け.....て.....おね......が......い」

 虫の息になった私が求めた、最後のSOSだった。

「......坊ちゃん。命令を」

 片膝をつき、意識を失いかけている私の身体を抱きかかえた執事が、毅然と主の少年を促した。

「セバスチャン、命令だ。僕と彼女を守れ!」

「御意」

 毅然とした主の命令を受け、機敏な動きでさっと私と主の少年の身体を抱きかかえるとセバスチャンは、軽快にその場を去った。

 セバスチャンが男女2人を抱えて飛ぶように走る今、幸いにも彼に追跡されることはなかった。

 そうして、再び主の命令を受け、解毒剤を入手してきたセバスチャンにより、私は一命を取り留めたのだった。

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