(6)深美の置き土産

「全員集まれって、一体何なの?」

 揃って食事をしていた席で美子に言われた美恵達は、食べ終わってから大人しく居間に移動したが、何やら姿を消していた美子が戻って来るなり、美恵が不機嫌そうに文句を言った。その問いかけに対して、美子が手にしている大判の封筒を軽く持ち上げて見せながら、説明を始める。


「お母さんから、皆に手紙を預かっているのよ」

「え?」

「本当!?」

「ええ。余命宣告されてから、こつこつ書き溜めていてね。書いておきたい人、全員に書いたって言ってたわ。それで自分が死んだ後に郵送するなり手渡ししてくれって言われて、今まで預かっていたわけ」

「そうだったの」

 驚いた顔になった妹達が納得した所で、美子は若干すまなそうに話を続ける。


「それで幾つかに分けて保管していて、この封筒に入っているのが家族の分なの。落ち着いたら渡そうと思っていたんだけど、せっかくのクリスマスイブに、こういう物を渡す事になってごめんなさい。クリスマス明けに渡そうかとも思ったんだけど、なるべく早い方が良いと思ったから……」

「ううん! お葬式の後も、美子姉さんが片付けとか色々な手続きとかで忙しかったのは分かってるし。寧ろ、クリスマスプレゼントみたいで嬉しいから! そうだよね?」

「別に、いつでも良いわよ」

「大体、何が書かれてあるか、想像付くしね~」

「もう、美恵姉さんも美実姉さんも、そんな事言わないで」

 美幸が力強く姉達に同意を求め、彼女達が如何にもな反応を示した事で軽く笑いを誘われながら、美子は封筒を開けて、揃いの白い封書を取り出した。


「それじゃあ、渡すわよ?」

 家族への分は簡潔に表に「美幸へ」などと名前を記してあるのみであり、それを見ながら美子は機械的に妹達に封筒を配った。


「ええと、これが美幸の分で、これが美恵の分ね。それからこっちが美野宛てで、これが美実……」

 そして自分の手の中に「昌典さんへ」と記した封筒のみが残った所で、美子が黙り込んだ。


「美子姉さん?」

「どうかしたの?」

「……後はお父さん宛てね。ちゃんと渡さないと」

 訝しんだ妹達に声をかけられて美子がぼそりと口にしたが、その様子を見た美恵が、信じられないような顔付きになりながら確認を入れる。


「姉さん? まさかとは思うけど、姉さんの分は先に貰ってあるとか、別にしてあるわけじゃないの?」

「…………」

 そう問われても無言のままの美子に、妹達は揃って愕然とした表情になり、次いで焦った様に口々に言い出した。


「え、えっと……、そうよ! さっき『幾つかに分けて保管してた』って言ってたじゃない?」

「そ、そうよね。うちの家系って名前に『美』の文字が付く人ばかりだし。叔母さん達宛ての封書の中に、混ざっちゃったとか!」

「きっとそうだよ! もう、やだお母さんったら! 最後の最後で、そんな事で外さなくても! お茶目だよねっ!」

 そして「あははは」と引き攣った顔で、些かわざとらしく笑い合う妹達に向かって、美子は淡々と告げた。


「他は全部、表に名前と住所がきちんと記載されていた物だったから、昨日郵便局の窓口で郵送手続きを済ませたわ」

「…………」

 静かに断言すると同時に、ピシッと固まった妹達から視線を逸らした美子は、残った一通を手にしたまま立ち上がった。


「じゃあ、確かに渡したわよ。これをお父さんの机に置いてくるから」

「あのっ! 美子姉さん!?」

 慌てた感じで美野が声をかけたが、それを無視して美子は居間を出て行った。


(別に……、良いけどね。もう、子供じゃないんだし。お母さんからしたら、改めて言う事も無かったんでしょうから)

 自分自身にそう言い聞かせながら、じんわりと両目に浮かんできた涙を拭った美子は昌典の書斎へと向かったが、居間に残された妹達は、揃って困惑顔を見合わせた。


「どういう事?」

「どうもこうも。お母さんが姉さんにだけ、手紙を用意してなかったって事でしょう?」

「でも、どうして? 美子姉さんには直接色々話してるから、要らないって事? でも、それにしても……」

「お、お母さんの馬鹿ぁ~。美子姉さんが貰って無いのに、これ、読めないよぅ~」

 つい先程貰った封筒を両手で握り締めながら、ぐすぐすと泣き出してしまった美幸だったが、他の者も同様の気持ちだった為誰もそれを咎めず、顔を顰めて押し黙った。


 それから少しして帰宅した昌典に、美子は食堂で夕飯を出しながら、預かっていた手紙に付いて述べた。

「そう言えばお父さん。お母さんから預かっていた、お父さん宛ての手紙。机の上に置いてあるから、後から見てね」

 その手紙について、予め話だけは聞いていた昌典は、ご飯茶碗と箸を手にしながら応じた。


「そうか? 分かった。もうこちらは良いぞ?」

「それなら流しを片付けているから。食べ終わった頃に、お茶を持ってくるわ」

 そう言って美子が食堂から台所に移動し、昌典が一人で夕飯を食べていると、食堂に美恵が入って来た。


「お父さん。ちょっと良い?」

「美恵? どうかしたのか?」

「姉さんは来ないわよね?」

「ああ。流しを片付けていると言っていたが?」

 台所に繋がるドアを気にしながら確認を入れてきた美恵に、昌典が不思議そうに問い返すと、美恵は彼に歩み寄りながら言いにくそうに口を開いた。


「お母さんからの手紙の事なんだけど……」

「ああ、聞いている。俺宛の物を机に置いたと、美子が言っていた」

「姉さんの分だけ無かった事は、聞いて無いわよね?」

 慎重に美恵がそんな事を尋ねてきた為、昌典は一瞬唖然としてから、盛大に顔を顰める。


「……何の冗談だ?」

 それに美恵が、溜め息を吐いて応じる。

「冗談じゃ無いから困ってるんじゃない。だから今回お父さんには、ちょっとお目こぼしして貰おうかと思ってるんだけど」

「は? 何を言ってるんだ?」

 意味が分からずに困惑する父親に向かって、美恵はその耳元である事を囁いた。そして背後のドアを気にしながら話し終えたが、それによって昌典の顔がこれ以上は無い位、苦々しい物になる。


「……美恵」

「そんな怖い顔で睨まないでよ」

 如何にも「私だって不本意よ」と言う表情の娘に、昌典は忌々しげに告げた。


「今回だけだぞ?」

「向こうにも、くれぐれもお父さんの逆鱗に触れる事をしない様に言っておくわ。問答無用で飛ばされそうだし」

「あの男なら、飛ばされた先に嬉々として美子を引きずって行きそうだがな」

「それは否定できないわね」

 益々気分を害した様に言葉を継いだ昌典に、美恵はこれ以上刺激しては拙いと、慎重に引き下がった。


「とにかく、そういう事だから宜しく」

 そして一人取り残された食堂で、昌典は亡き妻に対する愚痴を零す。

「全く深美の奴、一体何を考えていたんだ?」

 そして一気に味気なくなった夕飯を食べつつ、その合間に昌典は重い溜め息を吐いた。

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