妹に恋しちゃったら

シノン

第1話完結

 まどろみの中、そろりと布団が捲られ小さな体がするりと入ってくる。

 長い髪が枕の端にさらさらと落ちる。

 薔薇のいい香りは妹の優花が潜り込んできたことを伝える。

 人肌が恋しいのか、安心して眠りにつきたいのか、特にこんな寒い冬の夜には私の布団へ潜り込んで朝まで温々としていく。決して私に気があるわけではなかろう。

 優花は三人兄妹の末っ子で自由奔放な性格なれど、心はとても細く生来寂しがり屋な質ゆえ、四つ年上の私にずっと甘えて育ってきた。また私にしても年の近い二つ上の兄とキャッチボールやサッカーをするよりも、四つ下の妹との関係の方を好み面倒をみてきた節がある。

 布団へ潜り込んできた始まりは優花が小学四年、私が中学二年の就寝時間の折、稲光を伴う雷雨が発生した夜のこと。

 優花は尻尾を丸めて小屋に駆け込む犬のように震えて私の布団へ飛び込んでき、少なからず雷に不安を抱いていた私も、手本を見せるように頭から布団を被り二人でビクビクしながら雷が遠のくまでをやり過ごし、いつの間にか二人で眠りについていたというもの。


 一人では心細い。でも二人一緒なら安心できる。


 優花に芽生えた感情はその後も事ある毎に続き、また私も布団へ潜り込んでくる優花を邪険に扱うことなく、それを受け入れかわいがった。

 そんな優花も十七歳になり、まだ少女の面影を残しているものの、元々整った顔立ちで身体的にも大人の女性へと成長を見せ、はたと気づくとその姿にドキっとさせられることが増えていた。

 かくいう私はというと、真面目だけが取り柄ときて公務員試験なぞを来春に受けようと画策する身であり、国家、地方、役所から警察官まで数を撃ってみようと決意し、小論文対策としてかようのごとくかたい文面を意識して使い、面接対策としても言葉選び、言葉遣いには注意し堅物度をさらに増す次第となっている。

 また、生来奥手で引っ込み思案な性格ゆえ、大学でやっと出来た人生初の恋人と一年の交際を経てようやく結ばれたという大学デビュー組であり、がしかしそれは同時に二十年間眠っていた性の遅い目覚めとなり、ひとたび快楽を覚えてしまった体はひどく質が悪く、発情期を迎えた自然界の動物のごとく貪欲になり、『真面目で奥手』な表面的な仮面を被っていても、深層心理にはドロドロとしたさらなる欲望を常に抱いている自分が存在するという面倒な生き物へと変貌することとなる。恋人とのかような関係も計二年ほど続き心身共にある程度の満足は得られており不満もないのではあるが、それだけでは満足できない貪欲ぶりなのである。


 いつしか私の深層心理にあるドロドロとした欲望は、実の妹が週に一度ほど布団へ潜り込んでくる度に、抑えがたい緊張と興奮を私に与え、また密かに心の中では『優花が来ること』を期待し望むまでに至り、その願望を抑えるどころかむしろ膨れ上がるほどになっていた。

 普段家の中で意識することはここまでなく、こと布団の中という特殊な環境下において、優花の体が私に触れようものなら心はたちまちキュンとなり恋心と似た感情を抱くのがまた不思議なところである。

 また兄が今春から実家を離れて東京へ就職し、我が家の二階は私と優花だけの生活空間となったことも心境の変化に拍車をかけることとなる。

 遺伝子的に言えば、私と優花のそれは非常に近いものであるのは言うまでもなく、身体的な特徴としては目と鼻はかなり近い形のものを顔にはめ込んでいたし、私は生物学的に自分と近い人間に好意を抱くことは不思議なことではないと自分を正当化していくようになていた(少なくとも不快感等はない)。あくまで、生物学的な類似点だけを述べれば、自分にとって一番の存在に成り得るのが優花なのではないだろうかと思うまでに至る始末なのである。

 それは、


 妹への歪んだ恋心……。とでもいおうか。


 これらの条件的な緩みをわずかにつなぎ止めているのは私の理性に他ならなかったが、どこまで自我を保てるかの自信はなく、一般的に妹へ恋心を寄せることはあり得ないのだろうか?と当たり前のことを自問自答するほどであるからなお面倒臭い。

 単に性的なという意味ではなく身も心もという意味で成長した優花の姿は眩しく惹かれる存在であり、少なからず『妹はかわいい存在である』という根本的なものが自分の心に根深く存在するのが最も厄介な事実でもある。

 実を言えば、今日も恋人との行為にそれなりの満足を得て帰宅していたが、余韻の残るくすぶった体からはまたすぐ火がついてもおかしくない抑えがたい高ぶりを感じているのである。


 優花は横で寝息をたてている。きめ細やかな綺麗な肌、細くしなやかに伸びる髪に私は指先で触れ、その気になれば体の隅々まで触れられる。というこの立場を利用した姑息な手段が脳裏をかすめる。

 事実、一センチ、二センチと小刻みに指先をシーツに伝わせて、気づかれないように時間をかけて優花の腰から指先を走らせる。あと少しで優花の胸の膨らみにも……。

「うぅ、ううーん」

 と、すんでのところで優花は急に寝返りを打ち、私の腕を抱き枕に見立ててしがみつく。


 ……私はいったい何をやっているのだろう。

 はたと自我は戻り、優花の好きなようにさせてやる。

 悶々とした時間だけが経過し、ようやく三時を過ぎたところでまどろむ。



 翌朝。


「うぅ……、はぁああーーーーーあ」

 優花のあくびとも伸びとも言える声で目が覚める。

「おはよう、おねえちゃん!」

「おはよう……」

「深夜の映画が怖くて、また来ちゃった。えへっ」

「……もう大人なんだし一人で寝なさいよ」

「だって怖かったんだもん。それにおねえちゃんのところ温かいし気持ちいいから大好き!」

「もう、優花ったら!」


 こうして私の朝は始まる。

 どこか火照ったあとの下半身では居心地が悪くシャワーを浴びてから大学へ行くか。と考える。

 高ぶった気持ちの収まりもつかなく、その捌け口に彼氏にメールを打つ。

 『今日も会いたいな……』と。

 妹に恋をするのは大変だ。突き放すのも大変だ。

 今日も『真面目で奥手』な仮面を被って私は一日をスタートさせる。


 

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