第2話

           ★   ★   ★   ★   ★


「撮り直してもらえばよかったのに!」

 卒業を間近に控えたある日、俺の個人写真のひどさを見て、彼女はおかしそうに笑った。

「写真撮られるのって苦手なんだよなあ……」

「何それ⁈ 変なのお」

 取るに足らない会話を、いつものように彼女としていた。時期が時期だったので、話題は大学のことが中心だった。

「私さあ、もう入りたいサークル決まってるんだ!」

「もう? 気が早くない?」

「早いにこしたことないでしょ?」

「まあ、確かに……どんなのに入るの?」

「ふ、ふ、ふ……」

 聞いて驚くなよと言わんばかりの不敵な笑みを彼女は浮かべ、言い放った。

「演劇サークル!」


 拍子抜けとは、まさにこんなことを言うのだろう。

「ちょっと! もっと驚いてくれたっていんじゃないの?」

「いや……もったいぶって言うほど、珍しくもなくね? もっと変なサークルとかなら驚いたけどさあ」

「例えば、どんなの?」

「うーん……一日中、坂道を通る人たちを眺めたりするやつとか?」

「タモリさんじゃんそれ!」

「それなあ!」

 ケラケラと彼女が笑う。

 彼女はいつだってよく笑う。それにつられて、俺もよく笑った。

 でも確かに、演劇サークルという答えは意外だった。

「なんでまた演劇サークルに入ろうと思ったの?」

「11月に芸術鑑賞会あったじゃん? 俳優の人たちがさ、目の前でお芝居しているの見て、すっごいなあって思ったの! それでね、私もやってみたいなあって!」

「ああー、それでか」

 そういえば鑑賞会が終わった後、コイツは興奮しながら感想を話していたな。

 確かに、目の前で物語が上演されるという経験は、ドラマや映画を見慣れた人間には新鮮だった。

「そうそう! 私の丹衣奈にいなって名前も、実は演劇に関係があるんだって! 母さんが言ってた!」

「へえ、そうなんだ」

「うん! 『かもめ』っていう、有名な作品に出てくるヒロインなんだって!」

 それを聞いて、すぐにスマホで『かもめ 演劇』と検索してみた。

「……今さあ、あらすじ調べたけど、暗い話だな、これ」

「うっそ⁈」

 彼女に検索した『かもめ』のあらすじを見せた。

「ホントだ……うわあ、こういう話なんだあ!」

「ショックじゃないの?」

 彼女は心なしか、うれしそうに見えた。

「いい話のネタができた! って思って」

「ポジティブかよ!」

「『深夜ラジオのリテラシーは自分の不幸を軽快に笑い飛ばすことだ!』って誰かさんが言ってたでしょ?」

 いたずらっぽく彼女は笑いながら、いつかの俺の言葉を返してきた。

 根暗人間の俺にとって、日々の失敗談をネタへと昇華して、笑いに変えることができる深夜ラジオはある種の救いで、希望だった。

 あの頃の俺は、まじめに、そう思っていた。だからこそ、そんな大げさなことを言ったのだろう。

「……確かに。というか、それ言った人間、マジで天才だな!」

「調子にのんな!」

 彼女が笑って、俺も笑った。


「ウロッチはどうなの? サークル?」

「こういうのって普通、実際に入ってからじゃない?」

「そうかもだけど……大学でコレやりたいなあとか、こういうサークル入りたいって、いうのはないの? やっぱり、ラジオができるサークルとか?」

「うーん……ラジオは、今まで通り聴くだけでいいかなあって思ってる」

「そうなの?」

「うん」

「じゃあ今のところ未定かあ」

「いや、考えてるには考えてるんだけどね……」

「ホント⁈ 教えてよ!」

「ええ……何か、恥ずかしいな……」

 俺が言いよどんでいると、彼女は頬を膨らませて、怒ったような顔をした。

「いいじゃん! 誰にも言わないから!」

「うーん……じゃあ、ホントに誰にも言うなよ」

「もち。神様に誓って」


          ★   ★   ★   ★   ★


 アルバムをめくっているうちに、同級生からのメッセージが書き込まれたページにたどり着いた。

 大きさも字の形も様々なメッセージの中には、彼女からのものもある。



 3年間、ウロッチと一緒に過ごせて楽しかったよ! ありがとう! 

 またラジオの話しようね!

 目指せ! 未来の芥川賞作家!

                                浦沢うらさわ丹衣奈にいな



 丸っこい小さな文字が、彼女らしいと思った。

「……嘘つきが」

 そう言って笑おうとしたけれど、無理だった。

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