第3話 名を盗む 怪盗編②【第一部 完】

「こちらカンダ綜合警備保障対新人類部隊。警察及び自衛隊へ連絡! ミナトエリア、チューオーエリア、コートーエリアが大怪魔球で全壊。アラカワ、ブンキョー、トシマエリアは根源人種ルート・レースに所属する新人類ニュータントにより半壊。スギナミエリア、セタガヤエリアを無所属の異能犯罪者ヴィランが占拠中、どうぞ」

「こちら日本警察チヨダエリア絶対防衛戦線。根源人種ルート・レース幹部を二名射殺! 繰り返す二名射殺! どうぞ!」

「こちら内閣府ヴィラン対策室、根源人種ルート・レースの幹部を一名撃退! これから地下ルートを用いて内閣機能をネオタチカワに移す予定です。どうぞ」

「現在、ミナトエリアではジョージ・カンダ社長が……いいえヒーロー“プロヴィデンス”がロクロー・アルバと単独で交戦中です。救援をお願いします。どうぞ」


 緊急無線が燃えるネオトーキョーの空を飛び交っていた。


「……昨日と同じ街とは思えんな」


 ショーは自らが駆る最終兵器のコクピットの中で呟く。

 モニターの向こうに映るのは火の海となったネオトーキョー。監視カメラにハッキングするとそこら中でヴィランが人々を襲っている。

 世界に終わりがあるならばまさにこんな風景だろう。

 柔らかい革張りのシートに身体を預けながら、ショーは人知れず深い深いため息を吐き出した。


「こちら自衛隊新人類ニュータント部隊! ミナトエリアに到着した! 戦闘中のヒーロー“プロヴィデンス”の救援及びロクロー・アルバの殺害作戦を開始する!」


 ミナトエリアの中央では直径にして100mは有ろうかという漆黒の大怪魔球と、現役に一時的に復帰しているプロヴィデンスが一対一の空中大決戦を行っている。

 プロヴィデンスが拳を振るう度に怪魔球の四分の一が吹き飛ばされ、大怪魔球の目が赤く光る度に高層ビル群が瓦礫の山に変わる。

 それはもはや人と人との戦いではなく、神話の再現に他ならない圧倒的な破壊の嵐であった。

 誰もがその異常な情景に心奪われるその中で、誰かが叫ぶ。

 それは報告というより悲鳴に近い叫びだった。


「上空に巨大な新人類ニュータント反応! 赤い月……? いや目だ! 何か大きな目がこちらを覗いている!」


 理性を保っていた誰かがその叫びに問いかける。


「数は?」

「十二……トーキョー上空に十二の瞳が!」

「こちらミナトエリア突入班! 新人類ニュータントレーダーが異常値を示している! あれは新人類ニュータントじゃない! 人間の手から生まれたものじゃない!」

「ロクロー・アルバの使役する巨大球体と類似の反応を検出!」

「冗談じゃないぞ! あんなのがまだ十二体も居るなんて!」

「ああ、ああ! 光が――降ってくる!」

「ミナトエリア突入班からの通信途絶!」


 ショータイム一号はコクピットの中でもう一度ため息を付く。


「くそっ……まだ準備はできないのか二号」

「もう少しよ。待ちなさい一号!」


 今回の騒動の首謀者であるロクローによって一切が瓦礫に化したからこそ、ショータイム一号は“機械を制作する”という自らの異能を存分に発揮することができる。

 ロクローが襲撃を決めたからこそ、自らのヴィジランテという立場を明確に決定することができる。

 皮肉な関係だ。ショータイム一号はそう思わずに居られなかった。


「できたわよ一号!」

「待っていたぞ、ショータイム二号! これから僕の、いいや僕達の切り札ジョーカーる!」


 そんな思いを投げ捨てるように、ショータイム一号として彼は力強く叫ぶ。


「任せて、ショータイム一号。エネルギー供給は万全よ! 私を存分に使いなさい!」


 ショータイム一号の目の前のモニターが動力異常無しと告げる。彼は座席に深く腰掛けて手元のレバーを前に倒す。


「カモン、ジャンクフィスト!」


 次の瞬間、ミナトエリアの瓦礫の中から大型バスサイズの鉄拳が丁度十二発飛びだす。ショータイム一号が己の異能を使って瓦礫から構成した噴進拳ロケットパンチだ。

 何の前触れもなく現れた十二の黒鉄を同じく十二の瞳が睨みつけ、先程の戦いで大怪魔球が放った物と同じ真紅の対空光条レーザーを放つ。


「その程度か! 怪物共!」


 先程、精鋭の異能者部隊を焼き払った光条レーザーは積み重なった黒鉄とコンクリートの層によっていともたやすく弾き飛ばされた。


 黒鉄、なおも飛ぶ。


 戦闘機に比べれば速度では劣るものの、その全てがショータイム一号の異能“デウス X マキナ”によって鉄筋コンクリートを固め、強化したもの。

 そうだ、重ねて言おう。レーザー如きで容易く砕け散る質量ではない。


「着弾、三秒前!」 

「了解、コクピットブロックを中核とした機体形成に入る。電力供給を頼む!」


 魔空に浮かぶ十二の瞳。

 魔空を切り裂く十二の拳。

 それらが激突し、大爆発を起こして跡形もなく消え去った。

 残されたのは真紅の炎。

 その赤より赫い真夜中の太陽を背に受けて、瓦礫の山よりが現れる。

 

「強きを挫き」


 最初に瓦礫の山から現れた時、立方体キューブだった。


「弱きを助く」


 しかしすぐにその立方体めがけて砕け散った瓦礫達が引き寄せられる。


「集え怒りよ」


 瓦礫は姿を変え、色を変え、歪な人型へと変化していく。


「纏え嘆きを」


 まるでそれは踏み潰された人々の日常と怒りと嘆きが形を成したが如く。


「「出撃せよ、機神械盗ジャンカイザー!」」


 ショータイム一号、ショータイム二号の叫び声は一つに重なり、夜のネオトーキョーへと木霊する。

 其処に居たのは巨大人型ロボットだった。

 全長55m、漆黒の巨体、王冠の如き三本の角、威風堂々と組んで構える巨大な両腕、骨を変形させたかのような五つの爪。緑色の瞳がロクローと彼が乗り込む大怪魔球を睨み、煌々と光を放つ。


「なんだありゃあ……!?」

「ほう! あんなものを隠していたのか!」


 今の今まで壮絶な戦いを続けていたジョージとロクローも一瞬だけ気を取られてしまった。そしてその一瞬をジョージは見逃さなかった。


「……じゃ、任せるか」

「ん?」


 ロクローがジョージの方を見るとジョージの姿は消えている。

 光の波長を操った光学迷彩だ。要するに逃げたのだ。


「しまった!? 逃げたかプロヴィデンス!」


 これで焦ったのは先程まで明らかに優位だったロクローだ。

 理由は簡単である。

 ジョージが自らと戦わずに、他の根源人種ルート・レースの幹部達が各個撃破されることを危惧しているのだ。

 だが今このままジョージを追いかける訳にはいかない。

 ジャンカイザーは地響きを立てながら大怪魔球へと近づいているからだ。


「一号、まずは小手調べといきましょう!」

「任せておけ! ポールシュリケンッ!」

「ちいっ! 障壁展開だ!」


 ジャンカイザーは足元に散らばる電柱を拾って手裏剣のように投げつける。

 咄嗟に大怪魔球は障壁を展開し、電柱を受け止めた。

 しかし遅い。


「フルメタル=コノハガクレ!」

「消えただとっ!?」


 ジャンカイザーは大怪魔球の目の前から一瞬で姿を消し、まるで忍者のように背後へと現れる。


「ジャンクフィスト!」


 ジャンカイザーはその巨体を活かして速度と質量を存分に乗せた鋼の暴力コブシをまっすぐに繰り出す。

 しかしロクローもさるもの。姿を消した瞬間に不意打ちを予測し、防御指示を既に大怪魔球へと出していた。

 大怪魔球は漆黒の触手を束ねてその拳を受け止める。


「聞こえるかショータイム一号? お前の声を聞きたくてニュートラル力場を調整させてもらったぞ」

「ロクロー!」


 強力な新人類ニュータント同士が異能を振るうことによって生まれるニュートラル力場。ロクローは自らの異能を使ってこれに介入、二人は力場によって生まれるエネルギーを音波に変換することで言葉を交わす。


「今のワープは君の異能“デウス X マキナ”の応用だね?」

「流石だなロクロー! 初見でこれに気づいたか! 僕の先生だっただけはある!」


 ジャンカイザーと大怪魔球は両腕と触手で力比べを始める。

 自らの倍近い巨体を誇る大怪魔球相手に、ジャンカイザーは一歩も引かず、むしろゆっくりと相手を押し返し始めていた。


「一度作ったその巨大ロボットを分解し、俺の目をくらます。そしてお前達は小型飛行機か何かに変形させたロボットのコクピットで俺の背後をとり、最後にロボを再構成して攻撃した!」

「そこまで分かっているのか!」


 だがロクロー・アルバには分からない。

 確かにショー・カンダの機械を作る能力は非常に強力だ。

 あれほどの物理法則を無視して自在に動く巨大ロボット。それ自体は材料さえあればショーにも作ることができるだろう。

 しかし作ることができたとして、実際に動かすとなれば話は別だ。

 動力は何処から出した?

 操縦系統は?

 何故あそこまで滑らかに動ける?


「流石だよ先生! だがそれで対策が取れる訳じゃないだろう!?」


 ジャンカイザーは大怪魔球の触手を腕力で振り払い、再び姿を消す。

 変幻自在、神出鬼没。50mを超える巨体にもかかわらず、ジャンカイザーは次々と大怪魔球の死角へと瞬間移動し、何度も鉄拳を振り下ろす。

 その圧倒的な質量と猛烈な攻撃速度により、大怪魔球を構成するニュートラル力場は少しずつ削られ、再生も追いつかなくなり始めていた。


「その厄介な動きを止めてやるとしようか。奴を捕らえろ、大怪魔球A  BigチャウグナーC!」


 漆黒の触手がジャンカイザーの全身を隙間なく包み込み、強烈に締め上げる。

 並の新人類ニュータントならば容易く押しつぶされていただろうが、なにせジャンカイザーは巨大なスーパーロボットだ。

 触手の圧力に内側から抗い、逆に引き裂こうと全身のアクチュエータを唸らせる。


「この程度で止められると思っているのか?」

「だがお得意の忍者戦法は封じることができたみたいじゃないか!」

「お互い様だ! このまま千日手になれば負けるのはお前だぞ!」

「本当にそうか? そのロボの動力になっているであろうショータイム二号が何時まで保つか俺は興味深いぞ」


 ショータイム一号は内心驚く。確かにこのロボの動力源はショータイム二号だ。彼女が異能を用いて龍化することで得られる莫大なエネルギーを余すこと無く使用することで、ジャンカイザーは動いている。

 ショータイム一号は勝負を焦る。


「くっ――だったら! こいつはどうだ!」

 

 ジャンカイザーは拳ではなく、背中から取り出した巨大な剣を大怪魔球に突き刺す。


「弾けろ!」


 ジャンカイザーが姿を消すと同時に、その剣は大怪魔球の内部で爆発。

 大怪魔球が発生させる障壁の内側から大怪魔球を削り飛ばす。

 大怪魔球の再生が追いつかないと判断したロクローは、大怪魔球を直径50mに縮めて再構成。体積を四分の一にして再生の手間を省く。


「狙い通りだ!」


 ロクローがショーの能力からジャンカイザーについて推理をしたように、ショーもまたロクローの能力から大怪魔球が何者かを推測していた。


「一気に吹き飛ばしてやる!」


 ジャンカイザーの胸が光る。


「できると思っているのかな?」


 大怪魔球は機敏な動きで後ろに下がりつつ、ジャンカイザーに向けて真紅の光条レーザーを叩き込む。

 真紅の光条レーザーはジャンカイザーの装甲を焼く。


「ぐうぅ……っ! おぉおおおおお!」

「馬鹿な! この熱量、中の人間まで焼ける筈だろうに!」

「知ったことか!」

「異形化できるショータイム二号はともかく! お前の命は!」

「知った……ことかぁああああああああああああああああああ!!!!」


 なおもジャンカイザーは進み続ける。


「僕には分かるぞ! ロクロー!」

「何を言っているんだ! そろそろ諦めろ!」

「その大怪魔球の正体は怪物でも機械でもない! チャウグナーなんて神の名前をつけるから、そのどっちかだと思っていたけどな!」

「なに?」


 ロクローが若くして多くのヒーロー候補生を指導していたのには理由がある。

 彼自身がニュートラル力場を発生させることで他人の異能に干渉する能力を持っていたからだ。

 そこからショータイム一号は大怪魔球の正体をニュートラル力場の塊と仮定した。


「……そうか、気づいたか。やるじゃないか」

「球体なのも制御が楽だからだろう? 変な形にすると維持するだけでも一苦労だ」

「否定はするまい。その通りだ。だがそれだけでは決定的ではない」

「最初に誰かが無線で言っていたんだよ。新人類ニュータントレーダーが異常値を示しているだの、ロクロー・アルバの使役する巨大球体と類似の反応を検出だの」

「それと俺の能力の情報を照らし合わせれば……確かにそういう推理になるな」

「先生、答え合わせを頼むよ」


 大怪魔球の上でロクローは不敵に微笑む。

 彼の目の前には灼熱に燃える機神械盗ジャンカイザーが聳え立っていた。

 この機械仕掛けの神は主を守りながらたどり着いたのだ。

 愛しき怨敵の眼前まで。


「――ああ、正解だ」


 ロクローがそう言うと同時に、大怪魔球の目玉から放たれていた真紅の光条レーザーは消失する。

 エネルギー切れが起きたのだ。


「行くぞ二号!」

「ええ!」


 ジャンカイザーは天高く右腕を掲げる。

 ジャンカイザーの右腕が紫色に光り、天まで届く巨大な光の柱が屹立する。

 ショータイムの二人は同時に雄叫びを上げる。


「「カイザーブレェエエエエエエド!!」」


 それと同時にジャンカイザーは光の柱を袈裟懸けに振り下ろした。 


「ふ、ふふふ……はは! あははは!」


 ロクロー・アルバは笑っていた。

 救われたなどと思ってはいない。

 悔しいなどとも思ってはいない。

 彼が笑う理由はただ一つ。それが楽しくて仕方ないからだ。


「――――百点満点だよ、ショー・カンダ」


 彼の視界を天からの光が覆った。

 その向こうに光る涙に、ロクローは最後まで気がつかなかった。


 *****


 数日後。ショーはカンダ綜合警備保障の出資する病院に居た。

 退院まではあと三十分。怪盗として身だしなみを整えた所で丁度ジョージが彼の病室を訪ねてきていた。


「行くのかショー?」

「悪いねパパ。姉さんや弟には迷惑かけられないからさ」

「そうか……」

「ロクロー先生が死に、僕達の顔を見たナナも生死不明の今しかチャンスは無いからね」

「…………」

「ショー・カンダはロクロー・アルバの引き起こした第三次ネオトーキョー事変によって表向き死んだことにする。そして僕は怪盗ショータイムとしてこれからも根源人種ルート・レースの残党を追いかける」

「それでお前の正体を追いかけられる奴はいなくなるって訳か」

「いやはや、しくじったものだよ。嫌がらせにかけてはやっぱ天才的だよね、ロクロー先生」

「嫌がらせ? 何がだ?」

「怪盗の名、そして人間としての名、二つの名前を盗まれてしまった」

「お前達はヒーロー登録をしてなかったにも関わらずこの事件の最前線で命をかけ、ネオトーキョーの街を助けたんだ。今ならそれこそ特例でトップクラスのヒーローとしてお前達の名前を登録してもらうこともできるんだぞ?」

「いんや、そいつは少し美しくない」

「ったく……そんなにヒーローが嫌かね」

「腐敗政治家を殴り飛ばせない登録ヒーローなんてこっちから願い下げだ」

「っは! これだからガキは……」


 ショーとジョージは笑顔を見せる。


「……分かったよ。父さん、これから頑張る。お前の理想が俺は好きだから」

「ごめんパパ。でも僕は僕にしかできない道を探してくる」

「後のことはマルヤマを頼れ。あいつには暇を出しておいた」

「悪いよ。俺とクーだけで行くって」

「馬鹿野郎。マルヤマが行きたがっているんだ」

「……分かった。じゃあ行くよ」

「おう、行って来い」


 二人は固く握手を交わす。

 その時、病室のドアが開きクーとマルヤマが入ってくる。


「ちょっとショー! もうそろそろ行くわよ! クリスマスには次の依頼が入っているんだから!」

「坊ちゃま! 参りますぞ!」

「ああ」

「待てよショー」

「なんだい父さん?」

「また会えるか?」

「平和な世の中になったらね」

「じゃあショータイム一号」

「なんだいプロヴィデンス?」

「また会えるか?」

「……ふっ、君には貸しがある。優先して依頼は受けよう」


 目元を隠す白い仮面、同じくらい白いワイシャツ、赤いシルクのネクタイ、オースチンリードでオーダーメイドされたスリーピーススーツ。そしてスーツと同じ黒のマント、シルクハット。

 怪盗としてのコスチュームに身を包み、ショー・カンダは再び歩きだした。


【第三話 名を盗む 完】

【第一部 完】 

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