第3話 名を盗む 怪盗編①
12月15日。
カンダ綜合警備保障の新本社落成式は盛況の内に無事終了した。
落成式の現場には元ヒーローの社長を始めとしたカンダ綜合警備保障の最高戦力が集い、空いている本社にも精鋭の
ショーから偽怪盗の背後で
落成式に乗じて現れると宣言した偽のショータイムは現れず、世間は秘密裏にショータイムが偽物を始末しただの、カンダ綜合警備保障によるやらせだの、好き勝手なことを言うようになっていた。
「……さて」
社長室のドアが開く寸前、ショーは一人呟く。
今はまだ、世間の人々はここからが彼等の本当の戦いだと知る由も無い。
「今日はどうした?」
「パパ。今日は無事に終わって良かったと思って」
「そうか。今晩はお前もパーティーに来るか?」
「そうだね。パパはどうしたら良いと思う?」
その晩、ショーは社長室を訪れていた。
ショーと父の間には合言葉が有る。
この異能社会において変身能力は最大の脅威の一つであり、この変身能力を用いた襲撃を避ける為にお互い合言葉を決めているのだ。
最初の質問の返事の頭にパパを付け、次の質問に関しては父に意見を伺う。
これだけの簡単な合言葉だが実に扱いやすく、二人はしばしばこれを使っていた。
「まあそれは後だ。待ちわびていたぞ。今回の件、お前はどう思う?」
「予告状を出すってことはさ。重点的に、執拗に、守勢を固められるってことなんだよ」
「そうだな」
「よりにもよって警備会社に予告状なんて出すべきじゃなかったと僕は思うよ」
「……全くだな。実につまらん話だ」
「パパ、もしかして不機嫌?」
「当たり前だ。まあ少し飲んで、憂さ晴らしに付き合え」
ショーの前に冷凍庫で冷やされたグラスが二つ置かれる。
そしてその中に同じく冷凍庫で冷やされたとろみの有る液体が注がれた。
「季の美……というネオキョートで作られた酒だ」
「日本のお酒なの?」
二人はそれぞれグラスに口をつけると、溜息をつく。
「どうだ? 美味いだろう?」
「これが日本で? これジンだよね。山椒、柚子の香りがするけど……」
「呆れ果てたな……」
首を傾げる相手に、ショーはため息を吐く。
ショーは社長室に入ってきた相手に心底落胆していた。
「なまじ知っている相手だからこそ、真似方が古いのかな? 僕の古い馴染みで外見偽装能力を持っているとなると……ナナ、君じゃないかな?」
「な、何を言っているんだい父さん?」
「演技くらい最後までしろ! 僕は父を父さんなどとは呼ばない! まったくその程度で……僕に化ける気は有るのか!!!!」
ショーは自らの顔に張り付いていたマスクを引き剥がす。
父であるジョージの顔をそっくりに作ったマスクだ。流石に親子というだけあって体格も近く、簡単に変装できたのだ。
「……ショー、貴方だったの?」
ショーの目の前に居る何者かは目を丸くする。
彼女は此処に来る前に仲間がショーを拉致したと伝えられていたからだ。
「馬鹿め! そもそも、本物の僕なら少なくとも初見でその酒に隠されたヒノキと玉露についても言及するし、ジェニパーベリーが何処産かについてもべらべら喋るわ! 聞かれなくってもな!」
「……本物が此処に居るならもう一々化ける必要も無さそうね」
一方、ショーの目の前に居るショーに良く似た何者かも自らの顔に手を当てて、ショーの見る前でその姿を変化させる。
スーツ姿をした大柄の日本人だった何者かは、ショーの見ている前で小柄で可愛らしい赤毛の女性になった。
女性は髪をリボンで右側で纏め、タクティカルベストを着た軍人のような服装である。
「久しぶりだね、ナナ・ベリー」
ショーはこの女を知っている。アルバの弟子の一人で、ショーのかつての友人で、何より
“
「そうね。再会ついでに一つ聞かせてもらっていい?」
「なんだ?」
「私達が拉致したと思っていたショー・カンダは何者なの?」
「はーい! それは私よ!」
社長室のドアを蹴破り、ショータイム二号となったクーが現れる。
「あの程度の拘束具じゃ純粋な異形系
ショータイム二号はソファーに深々と腰を掛け、隣に居るショーにしなだれかかる。
「怪盗相手に騙し合いを仕掛けるからそうなるのよ。テロ屋さん」
それを見たナナは憎々しげに舌打ちをした。
「彼女には捕まった振りをしてネオトーキョーに有る
「へえ……予想以上に連携とれてること」
「週刊誌の書き立てる不仲説を信じたのかい?」
「まさか。でもやってくれたわね……ったく」
ナナは眉をひくつかせ、ハスキーな声で唸る。
ショーはショータイム二号の肩を抱き寄せ、高笑いを上げる。
「笑えよナナ。異能怪盗ショータイムの正体は君達の推測通りなんだぜ?」
「……そうね。先生から申し付けられた仕事も七割は達成できたわ」
「残り三割は?」
「どうせならこの会社から軍資金をいただこうと思ってたんだけど……」
チッチッチとショーはわざとらしく指を振ってみせる。
「遊びで盗みをやるんじゃないよ、素人。この会社にある十億はもうとっくに僕が盗み出した」
実は今後の計画の為に父に頭を下げて借りたのだが、それは親子の秘密である。
「なにそれ? 予告状も無しで?」
「金の使い方を知らん連中から守ったのさ。これは僕が夢と希望を送り届ける為に有意義に使うと言ったらここの社長は快く盗ませてくれたよ」
「は?」
「まあそれはさておき――」
ショーのスーツの袖から拳銃が飛び出し、彼はそれをキャッチしてナナに向ける。
それはワルサーppkと呼ばれる小型の拳銃を改造したカスタムガンで、服の袖にも入れられるのだ。
「なにそれ、
「黙れ」
ショーは答えずにニヤリと笑い、引き金を引く。
ナナの左足を銃弾が貫いた。
ナナは悲鳴一つ上げずにショーを睨みつける。驚愕と怒り、そして悲しみに染まった瞳がショーを突き刺した。
「動くな、こそ泥風情が。おとなしく投降すればそれで良し、動けば殺す」
良心が訴えかける痛みを押し殺してショーは薄ら笑いを保つ。
「すっかり変わったのね……ショー。そんなことできるキャラじゃなかったのに」
「言っておくが僕は君達のような正義の味方じゃない」
「アルバ先生は仰っていた……貴方はこの世界の腐敗を目の当たりにして心が折れてしまったと。優しすぎたと。私達もそうだと思っていた」
「人の気持を知ったように語らないでもらいたいね。勘違いだよ」
「……そう、じゃあ良い」
ナナがそう言った瞬間、彼女の左足の傷が塞がる。
そしてショーに反応できない速度で彼に向けて拳を繰り出した。
それに反応したショータイム二号はショーの前に出て、ナナの拳を受け止める。
しかし勢いは殺しきれず、ショータイム二号もろともショーは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「ショー、私も変わったわ。コピーができるのはもう外見だけじゃないのよ」
ナナの姿は瞬く間に獅子頭の男性へと変わり、ショーへの追撃を仕掛ける。
ショータイム二号は咄嗟に竜人へと変身して、その迎撃に当たる。
「こうやって!」
ショータイム二号とナナの拳がぶつかり合い、部屋の窓ガラスが揺れる。
「変身した相手の能力も真似できる!」
ショーは懐から爆弾を搭載した小型ドローンを飛ばし、ナナの側面と背後から攻撃を仕掛ける。
だがナナはショーの姿に変身し、指先で撫でただけでドローンと爆弾を内側から分解、再び獅子頭の男に変身した。
ショータイム二号もそれに応じて紫電と共に竜人へと変身する。
二人の女性は
「どうするの? 結構な馬鹿力よ?」
そう言いながらもショータイム二号は拳打をすり抜け、すれ違いざまに尻尾をナナの腹に叩き込む。
「爆ぜなさい!」
更に大電流を流し込み、ナナの動きを一瞬だけ止める。
「しまっ――」
「チェックメイトね?」
鋭く、そして大きく変化させた五本の爪をナナに背後から突き刺し、膨大な電流をそこから流し込む。
苦痛の叫びが数秒続いた後、変身が解除され、ナナは力なくその場に倒れる。
「昔のお友達だって言うから加減しておいたわよ。死体くらいは綺麗にしておいてあげたいでしょう?」
「礼を言うよ二号。あとはこれを使って『贋作の始末はさせてもらった!』とか言えば一件落着かな」
「嫌な一件だったわね」
「君にも、父さんにも、でかい借りができてしまった」
「ところでナナちゃんとどんな関係だったの?」
「只の友達だよ、友達」
「本当に?」
「本当だ。じゃなきゃこんなに冷静でいられるかよ」
「なら良いわ」
二人はもう一度死体の転がっていた場所を見下ろす。
「ん?」
「あれ?」
其処にナナの死体は無かった。
そして、何時の間にか社長室の窓は開いていた。
二人は即座に事態を把握する。
「不味いわよ一号! 逃げられた!」
ショーは慌てて仮面、マント、シルクハットをつけてショータイム一号としてのコスチュームを整える。
その間にショータイム二号は窓から外を眺め、そして絶句する。
「なに……これ?」
街が燃えていた。
ネオトーキョーの立ち並ぶビルが片っ端からなぎ倒され、一直線の道が出来ていた。
道の両脇の建物は赤く燃え盛り、ネオトーキョーの夜空を染め上げた。
その道の中心に球体が在った。
宇宙の果て、海の奥底、時の彼方、それらにに蠢く太古の闇を煮詰めて形だけ整えたような漆黒の球体が存在した。
「馬鹿な……」
遅れてきたショータイム一号も思わず呟く。
「くっ……ふふふ、はははは! ふーっはっはっはっは!」
どこからか響く男の笑い声。その高らかな声と共に球体の中央に一直線の切れ目が入り、中から真紅の瞳が覗く。
瞳はショータイムではなく虚空を睨み、憎悪の炎を燃やしていた。
「焼き払え! 大怪魔球チャウグナー!」
ネオトーキョーの空に向けて、十八条もの真紅の光が軌跡を描く。
そして光が通り過ぎた後には爆発が続く。
「良いぞ! 良い幕開けだ! プロローグは劇的でなくてはな!」
ショーは今の
先程まで平和で、賑わって、輝いていた街。
その街が今は燃え、そしてその平和の残骸みたいな航空機が次々と落ちてくる。
悲鳴、爆音、誰かが助けを求める声。
それがショータイム一号には何処か遠い世界のように思われた。
「……さて、不肖の弟子よ」
漆黒の球体の上から声が聞こえた。今度こそ、自らを呼ぶ声だとショータイム一号は思った。
ショータイム一号はビルの最上階である社長室から大怪魔球の天辺を見下ろす。
男が居た。
見間違うことはない。
白い中折れ帽、緩く巻いた赤いマフラー、黒革のロングコート、その下にはナポリ・スタイルの洒脱なスーツ。
大胆不敵なその笑みと、芝居がかった言い回しを、ショー・カンダは片時も忘れたことが無い。
「ロクロー……! ロクロー・アルバ!」
男の名はロクロー・アルバ。
テロ組織“
「劇的だとは思わないか? 一度は世界の全てに目を背けたお前が、今や世界の全てを敵に回して戦おうとしている。他ならぬお前自身の美学の為に」
「これはどういうことなんだ……ロクロー!」
「どうもこうも無い。悪の組織の来襲だよ。本当の邪悪とはこうでなくてはいかん」
「こんなことをしても
「何を言っているんだ。これから始まる乱世の中ならばそう遠からぬ未来に
ロクローは高らかに笑う。
まるで演劇の一幕のように。
「ヒーロー達は今頃この事件に呼応したヴィランの対応で大慌てだ。更に、カンダ綜合警備保障の子飼いの連中も、ナナ・ベリー以外の俺の部下がそれぞれ足止めをしている。喜べよショータイム。此処はお前達と俺の舞台だ」
「何をしに来たのよ! 私達は二人で楽しくやっていきたいの! 一号にこれ以上関わらないで頂戴!」
ショータイム二号は叫ぶ。
すると意外にもロクローは悲しげな表情を浮かべた。
「そうか……済まないな。何せ俺は自分にとって楽しい筋書きが頭に浮かぶとそれ以外のことが頭に入らなくなる。いいや、有り体に言おう。どうでも良いんだ」
「どうでも良い!?」
「そうだ。ショータイム二号。ただ、我々の活動を本格化させる為の狼煙としてトーキョーを焼き払うと盛り上がるなと思っただけだ。悪かったね君達を巻き込んで」
「悪かったって……貴方!」
ロクローに罪悪感は一切無い。悪役たる己がそんなことを考えては面白く無いからだ。そんなロクローのあっけらかんとした謝り方にショータイム二号は苛立ちを覚え、窓枠を握りつぶす。
「どうしてこんなことをするんだ先生? こんなことになったんだよ先生?」
「世界がつまらなくなった。友も、恋人も、先輩も、後輩も、あまりに多くの人が死に過ぎた。その重みに耐えられる程、俺は強くなかった」
「つまらなかったら燃やして良いのかよ!?」
ショータイム一号は叫ぶ。
ロクローはにやにやとした笑みを浮かべて答えた。
「だって……こうしたら面白いだろう?」
「これが……面白い?」
「君が必死になっているところを見るのは面白い。君の命が燃える音までも聞こえてきそうだから」
「そんな、そんなことの……為に?」
「一号! 耳を貸しちゃ駄目! その男は狂っているわ! さもなくば人として致命的な何かを間違えてしまったの! もう手遅れよ!」
「ははは! 俺が狂っているのは否定せん。だが君達の正気は誰が保証するんだい? 怪盗を救う神は居るのかい?」
「貴方とことん――」
「――居るぜ、此処に一人な」
その声は、カンダ綜合警備保障の屋上から響いてきた。
「ほう!」
ロクローは目を見開いて天を仰ぐ。
其処には彼が尊敬してやまないかつての英雄が居た。
「そのお嬢さんの言う通りだ。ショータイム一号はチンケな盗人だが、お前よりはよっぽど正気だよ。ロクロー・アルバ!」
屋上から飛び降りる純白のヒーローコスチュームの男。
彼の名はジョージ・カンダ。
かつてはヒーロー“
「来たか超人! ずいぶん遅いじゃないか!」
「民間人の救助に手間取っちまってな!」
ジョージは空中で波紋を操って滑空、そのまま大怪魔球へと飛びかかる。
大怪魔球は目から
「吹き飛びな!」
ジョージは波紋を纏った右拳を思い切り振り抜く。
しかしそれはロクローに届かない。
大怪魔球から現れた漆黒の壁がジョージの拳を止めているのだ。
「良いだろう? こいつの名前は
「度し難い……こんなものを見たらお前を愛した連中が何と言うか……」
「黙れ黙れ黙れ!」
降り注ぐ槍、変形する足場、鋭く研ぎ澄まされた触手による包囲。
大怪魔球は次々に変形してジョージを追い詰める。幾ら現役時代は無敵のヒーローだったとはいえ、ジョージも歳だ。今がまさに異能の担い手として全盛期であるロクローに比べれば技にキレが無い。
このままでは危ない。
それを理解したショータイム一号は切り札の使用を決める。
父にも、師にも、マルヤマにすら隠していたとっておきだ。
「……二号、アレを使うぞ」
「アレ? アレってわざわざ貴方が言うってことは……本当にアレ?」
「そうだ。君の力も借りる」
「ええ、良いわ! 素敵だわ!」
二人は社長室を出て、ビルの屋上へと走り出した。
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