第3話 名を盗む 予告編①

【予告状】

 ジョージ=カンダ様


 師走も半ばとなり、ますますご多忙の時期に恐れ入ります。

 本年中にご挨拶をさせていただきたく一筆申し上げます。


 きたる12月15日。カンダ綜合警備保障のネオトーキョー本社の落成式の場で、貴方の会社に存在する十億円相当の隠し財産を頂きます。

 貴方様は新人類ニュータントを用いた戦争を加速させ、その裏で巨額の富を貪り私腹を肥やしています。それは多くの血と涙の上に築かれた財であり、それを貴方一人が専有するのは理に適わないというものです。親殺しの英雄とはいえ、貴方だけが犠牲を払っている訳ではないことを思い出して頂きたいものです。

 逃げ惑うならばそれも良し、地の果てまで追い詰めて断罪するだけのこと。お好きなように来るべき時に向けてお過ごしください。


 それでは、いずれまたお会いしましょう。


 異能怪盗 ショータイム一号

 

 *****


 その予告状がショー・カンダの務めるカンダ綜合警備保障に届いたのは定時五分前である四時五十五分のことだった。

 ショーの部下である二歳年下の新入社員がウキウキしながら彼のデスクにやって来た。

 ショートボブにした髪を揺らす姿はまるで少女のようだが、これでも彼女は二十二歳。今年入ったばかりでこの窓際部署に飛ばされた期待の新人である。


「見るっすよ室長代行! ついにうちの会社にも来たっすよ!」

「なんだいアキラちゃん? NHKの集金かい? それとも新人類ニュータントのテロリスト?」

「違うっす!」


 ショーはこの会社では社長の息子として窓際部署“社史編纂室ジャンクガレージ”で室長代行を務めている。

 此処に来るのは上司を殴った新入社員や、出世競争に敗れたエリート、能力が上手く扱えなくなった新人類ニュータントの警備員、定時退社に命をかける社長の息子などカンダ綜合警備保障におけるはみ出し者ばかりだ。


「じゃあなんだ?」


 首をかしげるショーにアキラは携帯の画面を見せる。

 ツイッターで“異能怪盗ショータイム”の予告状が拡散されていた。

 それ自体はおかしくもないことだったが、今回は様子が少し違う。


「これ! 日本で今もっとも熱い怪盗ヴィランからの我が社への予告状ラブレターっす!」

「……なんだ、これは?」

「室長代行、予告状見たこと無いんすか?」

「無い、一度も無いぞ」

「ショータイムの予告状見たこと無いんすか!?」

「あ、いいやそういう意味じゃなくて……」


 その予告状をショーは用意した覚えが無かった。

 かき乱された思考を必死で整理しながら、ショーはなんとか言い訳をひねり出す。


「あー、あー……あれだ。その予告状を見たのが初めてって意味だ」

「なんだもう! びっくりするじゃないっすか!」


 アキラが騙されたことにショーは安堵のため息を漏らす。

 彼は時計を見上げて午後五時になったことを確認すると、そそくさとこの場を退散することに決めた。


「ところで定時だな?」

「そっすね」

「僕は帰る。可愛い女の子との楽しい飲み会が待っているからね」

「それ一歩間違ったらセクハラっすよ!?」

「つまりセーフだ」

「自分も呼んでください!」

「なに? じゃあ今度の合コンに呼んでやろうか?」

「……何処の合コンっすか?」

「大学の頃の友人が主催する奴だ。社会的地位ばかり有る性格の腐ったイケメンが群れをなしてやってくるぞ」

「まともな方は居ないんすか? 類友っすか?」

「違う。結婚しただけだ」

「成る程!」

「あーあ、泣けるね。んじゃ、おつかれ」

「おつかれ様っす!」


 ショーはそそくさと部屋を抜け出す。

 窓際部署だけあって責められることはないが、それでも年上の部下達の視線が痛い。

 だが今日ばかりはそれを全力で無視してショーは自らの根城である“怪盗事務所ジャンクガレージ”へと急ぐのであった。


 *****


 ジャンクガレージに戻ったショーは開口一番に叫んだ。


「偽物が出たぞ!」

「まあ、私達も有名になったものね」


 クーはそれを聞いても我関せずといった顔であくびをするばかりだ。

 寝起きなのか、アルコールが抜けているのか、その両方か。


「クーさん! なんで落ち着いてられるんだ!」

「いやだってほら、私はショーのご実家のこととかそんな関係ないし……」

「僕のような男が実家を潰されたら専業怪盗になるしかなくなるんだぞ! いい加減にしろ!」

「怪盗の方が儲かるでしょうに……」

「君は不労所得のありがたみを知らんのか!」

「知らないわよ! こちとら怪盗よ!」

「具体的に言うと君の衣食住は僕の給料から出たお金だぞ!」

「えっ? あの……盗んだ金銀財宝その他証券等々は?」

「大企業や資産家向けのルートを幾つか使って換金したり、それをマルヤマに任せて資産運用してもらったり、どうしても換金が難しそうなら一般庶民の皆様の頭上にばら撒いているよ」

「全部?」

「全部」


 クーはショーの胸ぐらをつかみあげる。

 普段は優しい彼女だったが、今回ばかりは目が笑っていない。

 彼女もこっそりとへそくりを貯め込んでいるのであまりとやかくは言えないのだが、それはそれだ。

 ショーのパートナーとして締める所は締めなくてはいけない。


「私ね」

「うん」

「その事実に落ち着いていられないの。オーケー?」

「オ、オーケー」


 ショーは自分の体がゆっくりと浮かび上がるのを感じる。

 これは竜人の膂力で思い切り投げ飛ばされかねないなと覚悟したショーだったが、意外にも彼の体は柔らかいソファーの上に落とされる。


「ま、良いわ。今回の偽予告状の件については一応お父様と話してきたら?」


 クーとしても今回の偽者騒動は気になる事件である。

 異能怪盗であるショータイムのイメージにも関わるし、偽者を無事に捕まえれば逆に更なる知名度アップの機会である。

 まずは確実に偽者を捕まえる為に、ショーにはカンダ綜合警備保障の動きを探ってもらおうと考えていたのだ。


「父と?」


 ショーは嫌な顔をしていた。父親の会社に就職し、窓際部署でやる気なく働き、いつも決まって定時に帰るドラ息子。そんなドラ息子が父親に何を聞けば良いのだろう。ショーには分からない。


「だって今回狙われているのって貴方のお家なんでしょう?」

「そ、そうだけど……」

「だったらちゃんと話してきなさいな。貴方には家族が居るんだから」

「クーさん……ありがとう。色々と……」

「お金は良いのよ。馬鹿は男の勲章ですもの。でも帰ってきたらたっぷり構って頂戴ね?」


 クーはニコリと笑ってショーを送り出した。


 *****


 ショーはカンダ綜合警備保障の社長室の扉を開ける。

 勿論普通ならば数多のセキュリティをくぐり抜けなくてはいけないのだが、経営者一族であるショーはその全てを生体認証で突破することが出来る。

 社長室の奥で新聞を眺めるジョージ・カンダは、ショーが来たのを見るとパッと表情を輝かせた。


「こんな時間にお前が尋ねてくるとは珍しいな。何か有ったか?」

「パパ。夕方に来た予告状のことが少し気になってね」

「そんなことより夕飯は食べたか? 久し振りに親子水入らずで飯でも食おうじゃないか」

「そうだね。パパは何が食べたい?」


 二人はフッと笑みを零す。


「実は先程マルヤマからお前が来ると連絡があってな。うなぎを出前させた」


 ジョージの机の上にはお重が二つ乗っている。


「うなぎを出前なんて……冷めちゃうじゃん。勿体無い」


 そう言いながらもショーの声は弾んでいた。


「お前の言うことは正しい。だが俺にはお前ほど美食や美女を楽しむ暇は無いのだよ」

「それを言われると弱いな……いただきます」

「ああ、いただきます」


 ショーは社長室のソファーに腰掛けてお重の中身に箸をつける。

 二人は会話もせずにがつがつとうな重を平らげる。食べ終わったタイミングはほぼ同時だった。


「予告状のことだがな。俺はさほど気にしていない」

「本当に?」

「三つ、理由が有る」


 ジョージはショーに向けて三本の指を立てる。


「第一に、あの手の脅迫状など今に始まった話ではない。こういう立場は多かれ少なかれ恨みを買う」

「でも相手はあの“異能怪盗ショータイム”だよ?」

「第二に、奴らは我が社の財を見誤っている。俺が本当に隠している財産は十億ではきかない」

「そんなにあるんだ」

「だから十億ぽっち痛くも痒くもない。予告状なぞ出さなければくれてやったものを」

「本当に?」


 ジョージはその問いに答えずニヤリと笑う。


「でもパパ。もしもあいつらがパパを襲ったら……」

「それはお前が一番良く分かっているだろう」


 ジョージは社長室の奥に有る窓を開け、雨がそぼ降るネオトーキョーの空を見上げる。


「俺は――強い!!」


 ジョージは右手を天に向けて構える。


「ゴッドハァァァアウルッ!」


 咆哮と共にその右手から一条の閃光が走り、大気は揺れ、ネオトーキョーを覆っていた雨雲の中心に大穴が開く。

 雲の穴から月の光が差し込み、屈折・乱反射して虹を描いた。

 これこそがジョージ・カンダの異能“神吼ゴッドハウル”。波紋を操るだけのとても単純な能力なのだが、その出力と応用範囲が段違いだ。かつての混乱期のニホンで大活躍したヒーローとして、彼自身の能力は未だ衰えていないとショーは改めて確信する。


「そんなこと、お前が一番良く知っているのではないか?」


 振り返って快活に笑う父は、昔ヒーローだった頃の彼と何ら変わらない。

 ショーは幼い日の自分と父親を思い出して思わず微笑んでいた。

 

「……まあ、ね」


 だがショーは素直にその笑顔を父に見せられない。

 今の自分はやる気のない不良社員。弟のようにヒーローとして活躍する訳でもないし、姉のように仕事ができる訳でもない。バカ息子、影で人からそう呼ばれているのはなんとなく分かっている。

 そんな自分が父に何ができると言えるだろうか。怪盗だなどと名乗り出ることもできない。


「ショー、お前が昔モルバニアに留学に行った時のことを覚えているか? ヨーロッパの小さな国だ」

「まあ、色々有ったからね。新人類ニュータントへの根強い差別とか、その裏で古くから新人類ニュータントが暗躍していた事実とか。知れば知るほど嫌になっちゃったよ」

「お前はあの後から、ヒーローを目指すことを止めてしまったな」

「……世間にはヒーローじゃ救えないものが多すぎる」

「かといって、ヴィランにもなれなかったな。お前も家庭教師のあの男に誘われただろうに。思えば、お前が懐いた家庭教師はあいつが最初で最後だったな」

「僕はロクロー先生や他の教え子の皆みたいに行動出来るほど真っ直ぐじゃなかったから……」

「ロクロー・アルバか。あいつはガキだったな。青臭い理想を持つこと、それ自体は悪くなかったんだが……」


 ジョージは溜息をつく。

 そして葉巻を取り出して蒸し始める。

 ショーには分かる。ジョージは緊張している。何か重要な事を切り出すつもりだ。


「しかし、そもそも不思議だったんだよな」

「何が?」

「普段からやる気のないお前が急に此処に来たことだ」

「…………」

「異能怪盗ショータイムがカンダ綜合警備保障と直接ぶつかったことは驚く程少ない」

「…………」

「ショータイム一号は直接的に能力を使った姿を見られたことが無い」

「…………」

「もしかして、だけどよ。見られたら一発で正体が知られるからじゃないか?」


 ショーに向けてジョージは葉巻を突きつける。

 ショーは逃げようと思った。だが逃げられなかった。

 違う。逃げることが怖かったのだ。

 父への恐怖から馬鹿息子であることを貫くことから逃げてしまっていたのだ。


「ショー。実はお前が異能怪盗ショータイムじゃあないのか?」

「な、何を言っているか分からないな! じゃあ僕この後は友達と待ち合わせが……」

「――逃げるな」


 後ずさったショーの足元で床が揺れる。

 不意のことに姿勢を崩したショーは思わず地面に手をついてしまう。

 ジョージは椅子に座ったままの姿勢で数メートル跳躍し、そのままショーの背後に着地した。


「知っての通り、お前の祖父は己の正義を暴走させてヴィランに堕ちた。だからヒーローヴィランを殺した。それはつまり、その気になれば正義オレオマエを殺せるということだ」

「僕は……」

「もし万が一にでも予告状が本物で、なおかつお前が俺とやり合うつもりなら、此処で殺すぞ」


 ショーは首を左右に振る。


「仮にそうだったとしても父さんは僕を殺せない。父さんはもうヒーローとして戦うのを止めて、只の父親になったんだから」

「返答に気をつけろよ。後悔する暇も無いぞ」


 父親と直接話をすればこうなることはショーにも分かっていた。

 かつてヒーローとしてジョージが恐れられた理由は波紋を操る強大な異能ではなく、いかなる悪魔的陰謀をも看破するその天才的な直観にあるのだから。

 この直観を無効化する対策はたった一つ。そもそも接触をしないか、全てを洗いざらい話してしまうことだ。

 ショーは腹をくくる。


「聞いてくれ父さん。僕はあのふざけた予告状から父さんを……父さんの築き上げた物を守りたいんだ。他の何者でもない、只の息子として」

「お前、その程度の実力で俺を守れるつもりなのか?」

「確かに僕は弱い。龍のような力も、空間を飛び回る疾さも、この世界に存在する全ての波紋を操る奇跡も、何もない。だけど、僕にしか出来ないことが有る」

「ほう?」


 ショーはスーツの下のパワーアシストスーツの力で飛び上がり、天井を蹴りつけてジョージと距離を取る。


「お前……何時の間に身体能力強化なんてできるようになった?」


 その問いに微笑みを浮かべるショーはもはやジョージ・カンダの息子ではない。ヴィジランテ、異能怪盗ショータイム一号だ。

 彼は懐から取り出したマスクを付け、スーツの肩口からマントを展開する。


「マジックの種は明かさないのがマナーだよ。ジョージ・カンダ……いいや“プロヴィデンス”」

「俺をヒーローの頃の名で呼ぶか……良いだろう」


 ジョージは社長室に飾られた壺の中から現役時代のマントと口元を覆う仮面を取り出して瞬時に装着する。


「いかにも! 俺はヒーロー・プロヴィデンス! お前は何者だ?」

「僕の名は異能怪盗ショータイム! ショータイム一号だ!」

「ならば問おうショータイム一号。お前は正義ヒーローか? それともヴィランか?」


 ショータイム一号は首を左右に振る。


「どちらでもない。正義、悪、知ったこっちゃないね。僕は他の誰でもない僕自身の信念の為に戦う! 僕は自らをいましめ戦う自警団員ヴィジランテだ!」

「ならば問おうショータイム一号! お前の信念とはなんぞや?」

「笑止! 強きを挫き、弱きを助く!」

「その意気や良し!」

「ならば押し通る!」

「良し通れ自警団員ヴィジランテ! 次に会う時はヒーローとして容赦せん!」


 ショータイム一号はジョージから追撃が来ないのを確認し、窓から身を投げそのままジェットパックで夜の空へと飛び立つ。

 スーツに仕込んだ光学迷彩により姿を隠し、ショー……否、ショータイム一号はネオトーキョーの夜空に消えた。


「しっかしなんだあのトンチキなメカ……また腕を上げたな。おや?」


 そう言いながらジョージは胸元の違和感に気づく。

 彼のスーツの胸元に一枚の書類が差し込まれていたのだ。


「有給休暇の申請か……ふん、やるじゃないか」


 ジョージは自らの親馬鹿を自覚しながらも微笑まずにはいられなかった。我が子の胸の内には自分と同じ正義の炎が燃えている。たった一度の絶望で腑抜けたかに見えた息子の中に、己や己の父と同じ炎が燃えていると分かっただけでも、彼は満足だった。


 *****


 自らの事務所であるジャンクガレージに戻ってきたショーは、ジョージといかなるやり取りをしたか洗いざらい話した。


「――という訳で有給取ってきた」

「ばっっっかじゃないの!?」

「ふははは、思い切りましたなぼっちゃま!」


 怒られると覚悟していたショーだったが、クーとマルヤマの反応は概ね暖かかった。クーも口ぶりこそ怒っているが何やら楽しそうだ。


「二人共、怒らないのか?」

「別に、お父様に通報でもされたらその時思いっきり罵ってあげるわよ」

「ぼっちゃまがやっとこさ元気になりましたからな。爺やとしてはこれに勝る幸福は有りません」

「……そうか、なら良い」


 ショーはショータイム一号としての自信に満ち溢れた笑顔と共に高らかに宣言する。


「異能怪盗ショータイム! 行動開始だ! 目的は僕達の名を騙る不届きな偽者をぶちのめし、善良な一般市民を護ること! いいね!」

「ええ、勿論!」

「ふふ……ぼっちゃまの思うがままになさいませ」


 それを聞いたクーとマルヤマは満足げに頷くのであった。

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