第2話 心を盗む 怪盗編②
「セバスチャン……なんで僕達って分かったの?」
「近代的なセキュリティシステムに加え、この街には多くの人の目が有る……とだけ言っておきましょう」
「ああ、あの近代的なセキュリティシステムね」
ショータイム一号は嘲笑する。
「まあ密偵の優秀さは認めるとしようか。君達モルバニア人は変わらないね」
「おや、そこの紳士はモルバニアについて多少は知ってらっしゃるようで」
「僕は好きだよ、モルバニア。だけど僕の好きな人々はどうもこの国が好きじゃないみたいだ。ねえ?」
「ええ、そうね」
クーはセバスチャンをキッと睨みつける。
クーもセバスチャンもお互いに一瞬睨み合っただけで実力を理解した。
真っ当に戦えばタダでは終わらない。
二人が互いにそれを理解したところで、ショーは人を喰ったような態度で割って入る。
「セバスチャンとやら、君は騒ぎを大きくしたくないよね?」
「交渉か? 舐められたものだな」
「予告状を捨てるなんて、怪盗の相手を舐めるからこうなるんだ」
「だったらどうする。姫様はどんな手を使ってでも連れ戻させてもらうぞ」
「どんな手でも?」
「俺は姫様の為ならば生命など惜しくない」
「ふむ……下手するとどちらかが死ぬかもしれない訳だ。じゃあ荒事じゃなくてギャンブルで決着をつけてみるってのはどうだい? 僕達、血は流したくなくてね」
「ここは我々の本拠地だぞ? 素直に乗ると思うか? その気になれば幾らでも応援は湧いてくるんだ」
「そして、世間に王女が攫われたことが明らかになる」
「……貴様、何処まで知っている」
ショータイム一号は含み笑いを浮かべたまま答えない。
セバスチャンとショータイム二号はヘンリエッタが男性であると知っているが、ショータイム一号はそれを知らないのだ。
だがショータイムは二人の雰囲気から異変を察して、自分の知らない王女の秘密の存在に気がついた。
だからこそ質問には答えずに、相手の出方を伺う。
「平和的に行こうよ。君達どうせ予告状なんて見ていないだろうけど、そもそもこちらの王女様は一日社会科見学を楽しんでいただいたら後はお返しする予定だったんだ」
「馬鹿にしているのか貴様らは? 何がしたいんだ」
「最初は欧州への営業が目的だった。でもね」
ショータイム一号はヘンリエッタの方をチラリと見る。
「途中で昔捨てた筈の夢を盗みたくなった」
「夢?」
「そう、僕が何時かこの国で捨て去った夢を取り返すのさ」
この国を、この国のような場所を変える切っ掛けが有るとすれば、ヘンリエッタの存在だ。警察組織ではなく王家の執事が単身迎えに来たことからしても、彼女は王家にとって何がしかの形で重要な存在であることは間違いが無い。
だからこそショータイム一号はヘンリエッタと色々な事を話したかった。そしてその為の時間が欲しかった。この国の後ろ暗い部分を知ればこそ。
「さて、ヘンリー少年。今の会話を聞いた君はどうしたい?」
ヘンリエッタはショータイム一号の方をまっすぐに見つめる。
「姫様! こんな連中についていくことなどありませぬ! そこまで外を見たいと言うならばこの俺が――!」
「セバスチャン!」
「ははぁっ!」
「セバスチャンは……いつも自分勝手なんだよ……」
「なんですと……?」
「あっはっは、振られたね執事さん!」
「自分、勝手だと……」
セバスチャンは力なくその場に崩れ落ちる。
「ショータイム一号。ボク、もう少し街を見て回りたい。その為に必要なら戦って」
ショータイム一号は満面の笑みを浮かべて頷く。
「オーケー。我が姫君からの
「……くっ、良いだろう。だがこいつを使ってもらうぞ」
セバスチャンは立ち上がると懐からユーロ硬貨を取り出して、ショータイム一号に投げつける。
「かまわんよ」
ショータイム一号はコインを受け取ると勢い良く真上にトスする。
「さあ決めてもらおうか!
トスしたコインを右手に受け止め、顔を上げたその瞬間だった。
「一号危ない!」
ショータイム一号の眼前には拳が有った。
「あれっ――!?」
セバスチャンの拳で軽々と宙を舞うショータイム一号。
彼はそのまま地面に叩きつけられ、動けなくなってしまう。
セバスチャンはすかさずヘンリエッタの側まで迫り、彼女へと手を伸ばそうとした。
「言っただろうが! どんな手を使ってでもと――!」
「あら
だが、そんなセバスチャンの前にショータイム二号が立ち塞がる。伸ばしたその手を恐るべき握力で掴み、力任せに空へと投げつける。
「ほう! 良い反応をするじゃないか!」
地面へ叩きつけられるかに見えたセバスチャンだったが、彼は空中で光と共にハチドリに良く似た姿へ変身した。
「
そのスーツの袖の下からは瑠璃色の羽が姿を見せる。
「答える義理は無いわね……それよりもなんで
「答える義理は無い……ただな。俺の父も、そのまた父も、己の正義に従い、自らの主に命を捧げた。俺だけそうしない理由は無い。たとえ主に憎まれようと!」
「そう、良い話を聞けたわ。じゃあ相手してあげましょうか」
ショータイム二号はベルトの小さな鈴を指で鳴らす。
「――変身!」
彼女の体は紫電に包まれ、緑の鱗と漆黒の角、真紅の瞳を持つ龍に似た魔人の姿へと変化する。
「遅いぞ女!」
空中で急加速と急停止を繰り返し、セバスチャンはまるで短距離のワープでもしているかのように動き回る。
そして彼女を撹乱させた後、驚くべき早さでショータイム二号へと躍り掛った。
「貴方がわざわざ話に付き合ってくれたから……一つ、良い事を教えてあげるわ」
ショータイム二号は動じない。自分の背後に突如として現れたセバスチャンの拳をまるで見えていたかのように掴みとり、そのまま地面に叩きつけ、告げる。
「ぐあはっ!」
「セバスチャン!」
いや、実際見えていたのだ。今の彼女の感覚は五感に加えて、頭の角で電波を感じ取ることができるのだから。
「私の能力は
「大した腕だ。名前は?」
「ショータイム二号」
「覚えてお――」
ショータイム二号の五つの爪の先端から紫電が迸り、セバスチャンの体は大きく震える。
ガクンガクンと痙攣した後、セバスチャンはピクリとも動かなくなってしまった。
怪盗のショータイム二号としてではなく、
目の前で倒れる男が、自分の本気をぶつけられる敵ではなかったからだ。
「すごい……あんなに強いセバスチャンを一瞬で」
「安心してねヘンリエッタちゃん。ちょっと動けなくしただけよ」
ショータイム二号は変身を解除してニコリと微笑む。
「えっと……一号のお兄ちゃんは大丈夫、かな?」
「殺しても死なないわよ。それよりも、後であの執事さんとは仲直りするのよ?」
「うん……そうする」
「オッケー! それじゃあ一号を起こして次行きましょうか次!」
ショータイム二号はヘンリエッタの手をとって歩きだす。
ヘンリエッタの鼓動が早いのはきっと驚いたからだろうと、彼女は気にもとめていなかった。
*****
その後の観光旅行はショータイム一号の予定通りだった。
サッカーの観戦や漁港の見学、そのいずれもヘンリエッタにとっては新鮮な体験だった。
そして三人は王宮に近いスポーツバーの個室で試合の感想を言い合いながら最後の時間を過ごしていた。
「さて、それじゃあお別れね」
「今日は面白かったよ。久し振りに来てみるとやはり良い国だった。今度は遊びに来るけど、気づいても黙っておいてくれよ?」
「ええ、でもその時は二人共本名を教えて下さいね?」
「そうだね。その時の僕らはきっと怪盗じゃないから、名乗りもきっと変わるだろうさ」
「楽しみにしています。一号さん……それに二号さん」
ヘンリエッタはショータイム二号に向けて微笑む。
女性の筈のショータイム二号でも思わず胸がトキメクような愛らしい微笑みだった。
丁度その時、個室の中にモノクルをつけた男が入ってくる。
セバスチャンだ。ショータイム一号は不意打ちを受けた時に、セバスチャンのスーツのポケットに連絡用のメモを仕込んでいた。
セバスチャンとしては怪盗の言う事を聞くなど業腹であったが、主のためならば彼は手段を選ばない。結局、自分を曲げてショータイム一号のメモに従ってここまで来たのだ。
「姫様、時間でございます」
「あ、セバスチャン!」
「おやおや執事さん。お怪我の具合はどうかな?」
「その言葉、そのまま貴様に返してやる」
二人の男は互いに傷の痛みを笑顔で隠す。
「二号とヘンリエッタから君の
「使う?」
「この異能怪盗ショータイムがその名刺と引き換えに無料で依頼を受けてやるというのだ。ヨーロッパにおける僕達の宣伝活動にも繋がるしね」
そう言ってショータイム一号は自らの名刺をセバスチャンに渡す。
セバスチャンは捨てるべきか迷ったものの、素直に受け取ることにした。
「頭がおかしいのか貴様は?」
「僕は面白いことが好きなだけだよ。酒も、遊びも、美女も、盗みもね」
「そうか……俺には一生理解できない価値観だ」
「お互い様だ。だがそれが良い」
「言っていろ。精々有効に使ってやることにするよ」
「そいつは楽しみだ」
「だったらさっさとこの店から逃げろ。変装した衛兵隊が包囲しているぞ」
ショータイム一号は内心歓喜の叫びを上げる。
そうだ。怪盗とはこうでなくてはいけない。
民衆からは喝采を浴び、権力者からは憎悪を受け、そして我が身に独善を背負う。
まずは権力者から睨まれた。そして太い顧客も一人手に入った。
「なんだ、優しいところも有るじゃないか」
「貴様が姫様に有用かもしれないと思っただけだ」
「ふははっ! 礼を言おう!」
「ねえセバスチャン」
「いかがしました姫様?」
「楽しそうだね」
「なっ……帰りますよ姫様!」
「へへへ……セバスチャンもカワイイんだから。じゃあね」
ヘンリエッタはセバスチャンと共に部屋を出る。
二人が居なくなった後、ショー・カンダに戻ったショータイム一号はポツリと呟く。
「いやはや、結局姫様は君に懐いていたねえ。女性同士だからかな。悔しいものだ」
「一号」
「なんだい?」
「あの子、男の子よ」
「……なに? ああ、分かったぞ。継承権争いか。だがそうなると執事の一族を彼女につけていたのは……」
「どうしたの?」
「まさか、そうか。現国王にとっては彼女が本命か?」
「何言っているのよ一号」
ショーはにんまりと笑う。
「君はとんでもないものを盗んでしまったね」
「なぁに? あのお姫様ならちゃんと返したじゃない。今回はあくまでパフォーマンス、結局のところ何も盗ってないわ」
「いいや、盗んだよ」
「何を?」
「あの子の心さ」
「…………えっ?」
ボフンと音でも立てそうな勢いで顔を赤くするクー。
ショーは高笑いを上げてビールを飲み干す。
「さ、帰るとしようか!」
「どうやって?」
「これくらい、我が異能にかかればマルヤマを呼ぶまでもない! カモォン! ジェット・ショッカー!」
ショーは足を踏み鳴らす。次の瞬間、床に穴が開いて二人はそのまま地面に吸い込まれた。
二人が落ちた先はジェット・ショッカーのシート。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
運転席に居るのは執事のマルヤマ。
「相変わらず反則ね。その能力」
「身体能力が一切強化されないから、結構使いにくいんだけどね。下準備も必要だからアドリブに弱いし」
ショータイム一号、彼は自らの異能を“
パワーアシストスーツ、小型EMP発生装置、ジェットパック、ネット上で使うハッキングツール、そして多機能乗用車。時間と素材さえあればありとあらゆるものを作成する神の如き異能である。
今回も待ち合わせの地点に指定していた店の地下にこっそりと動く道路付きの脱出用通路を用意していたのだ。
「お二人とも、おしゃべりはそこまでです」
スポーツバーのすぐ近くに有る屋外市民プールがゆったりと二つに割れた。そしてそこからジャンプ台が飛び出す。
そこは丁度夜のウォーターショーの最中であり、大道芸人はプールの上でボールに乗りながらジャグリングを披露していた。大道芸人は大慌てでプールの中から飛び出し、観客たちは新しい出し物かと期待に目を輝かせる。
ジャンプ台を駆け抜けるのはジェット・ショッカー。
これがウォーターショーの演目だと信じて疑わない観客を前に、自ら作成したメガフォンを使ってショータイム一号は叫ぶ。
「我が名は異能怪盗ショータイム! 今宵この時よりこの国は僕のターゲットだ! 時間が無いから続きはwebでー!!」
ジェット・ショッカーはジャンプ台から飛び立つ。三人を乗せたジェット・ショッカーは夜の空を切り裂き、虹色の軌跡を後に残しながらモルバニアの空から姿を消したのであった。
【第二話 心を盗む 完】
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