第2話 心を盗む 怪盗編①

 あっという間の出来事だった。

 王宮を文字通り飛び出したジェット・ショッカーはそのまま郊外の森へと着陸。

 変装したマルヤマと人形が乗り込んだジェット・ショッカーの偽物が、囮として衛兵隊をひきつけて走り続け、最後は湖に飛び込み姿を消す。

 転移能力を持つマルヤマは車の中から人形ごと逃げ出し、これで仕掛けは完成である。

 ショータイム一号は余裕たっぷりに自らの策をそう説明した。


「二人組の怪盗として売り出しているが、三人目の協力者も居るってことさ。ああ痛快痛快! 今頃慌てふためく奴らの顔が見えるようだよ!」


 呵々大笑と共にショータイム一号は自らの策についての説明を締めくくる。悪役のロマンという奴だ。

 だがその説明を聞いたヘンリエッタは首を傾げる。


「ちょっとまってショータイム一号」

「なんですか姫殿下?」

「なんでその協力者って人は人形ごと姿を消したの?」

「衛兵隊に湖を探させる為ですよ」

「湖を……?」

「衛兵隊も馬鹿ではありません。追跡の途中で我々の車が囮で、乗っているのも人形にすぎない可能性には気づいたことでしょう」

「じゃあわざわざ湖なんて探しても……」

「探さざるを得ないのよ」

「どういうことなのお姉ちゃん?」

「だって人形じゃない可能性を消せないじゃない。もし万が一、あの囮の車にお姫様が乗っていて、それを見過ごしちゃったら大問題になるわ。警察の人達も、お城や王族を守る衛兵の人達も、クビじゃ済まないかもしれない」

「その通り、だから探さざるを得ないのさ。誰も居ないと薄々分かっている湖の中を、大人数で」

「自分達が追っていた相手は囮でした。我々は決して王族を見捨てるような真似をした訳ではありませんって言う為にね」


 クーはそう言ってイタズラっぽくウインクをする。

 二人の説明には納得がいった。だがそれでもヘンリエッタには不思議だった。


「大人数って……そんな人員何処から出すの?」

「そりゃあでしょう」

「あっ! 市街の警備が……」

「そういうことよ。これでゆっくり市内観光が楽しめるわね」

「これ、ショータイム一号が考えたの?」

「仕掛けは僕だが、事前調査はこちらのショータイム二号が行った。君達の国のインターネットセキュリティは比較的脆弱だったからね」

「ハッカー! ハッカーなのお姉ちゃん!? キーボードとかカタカタカタってやる感じ? 新人類ニュータントでハッカーなんてすごいや!」

「本当のハッカーはカタカタなんてやらないわよ。映画の見すぎだわ」

「もしかして異能で何かするの!?」

「正解ね」

「見せて見せて!」

「あら、私への依頼は高いわよ? 運転席でニヤニヤしているそこのお兄さんと違って私は業突く張りだから」

「ボク、自分でお金なんて稼いだことないよ?」

「だったら稼いでみる?」


 クーの瞳がキラリと光る。

 とびきり妖しく、そして愉しげに。

 それに当てられたのか、ヘンリエッタも期待に瞳を見開く。


「え?」

「おい、何をする気だ二号?」

「簡単よぉ、変装してカジノ行きましょうカジノ!」

「やめないか! 僕は姫殿下の教育によろしくないことは避けるべく綿密に日程を……」

「ヘンリエッタちゃんもカジノ行きたいわよね!?」

「偽名はヘンリーでお願いします! ボク、男の子の格好もしてみたかったんだ!」

「じゃあ私オードリー!」

「これでは僕のプランが台無しだぁ!」

「一号の偽名はどうするの?」

「……ジョー」

「ジョー?」

「ジョー・ブラッドレーで良いよもう……」


 弱き人々の悲痛な叫びに応えることが信条のショータイム一号であったが、皮肉なことに彼の悲鳴を聞く者は今何処にも居ないのであった。


 *****


 モルバニア王国の首都ローテンブラグには国営のカジノが有る。

 海外からの観光客も多く集まるこの国の名物だ。


「カジノには未成年が入れないなんて……」

「駄目だったわ……本当に駄目だったわ……」

「だから僕は止めたのだよ。この世間知らず共は……」


 しかし、当然カジノは大人の店。

 お子様はお断りである。

 

「カジノでギャンブルができないなんて駄目じゃない!」

「駄目じゃない!」

「姉妹か君らは。サーカスでも見れば良いだろうに」

「サーカス?」

「ローテンブラグはカジノだけじゃなくて様々な娯楽に溢れた都市だ。カジノ、劇場、サーカス、その他様々なショーが連日連夜行われている。それをちょっと見れば良いだけさ」

「えっと……」


 クーはカジノ用に着飾ったドレスに忍ばせていた自作電子パッドで検索を開始する。ここから一番近いサーカスの会場と、その出し物の確認だ。


「……うげっ」


 画面を見て心底嫌そうな声を上げるクー。

 ヘンリエッタは不思議そうに、そしてショーは呆れた顔で彼女を見る。

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

「どうしたんだい?」

「見て頂戴よ二人共! 新人類ニュータントを使った残酷ショーですってよ!? この国どうなってるのよ!」


 クーはヘンリエッタからは見えないように画面をショーに向ける。

 再生能力を持っている新人類ニュータントを使った俗悪残酷演劇グランギニョルの広告がおどろおどろしい演出と共に載せられていた。

 ショーは溜息をつく。


「知らなかったのかオードリー、この国の法には新人類ニュータントの人権は無い。ショーに出られるだけ彼等はまだマシだよ。裏では金持ち連中がもっとえげつないことをやっている」

「そうなの……!?」


 ヘンリエッタはショーから出た思わぬ言葉に思わず口元を覆う。


「やれやれ……ヘンリーまでショックを受けているじゃないか。だから嫌だったんだよ。カジノ周りに君達を連れてくるのは」

「貴方、この国に来たこと有るの?」

「資産家の息子なんてやっていると悪友が増えてね」

「シ……ジョーさん。この人達は助けられないの? 貴方達なら簡単でしょう?」


 助けるだけならば簡単なことだ。

 ショーはそう思っている。

 それこそかつてクーを攫った時のように、力任せに奪い取れば良い。

 だがそれは問題の解決にはならない。


「確かに簡単だよ。でも助けた後どうするんだい?」

「うっ……」

「それにこの国はこういう商売で栄えている一面が有る。特に君はそれを忘れてはいけない」

「でも、ボクそんなの……」


 答えに詰まるヘンリエッタ。彼の目の前に居るのは先程までの不敵な笑みを湛える怪盗ではなかった。其処に居たのは悲しげな瞳をした青年だった。


「ま、知らないのは当たり前だ。君は……」

「ちょっと待って頂戴」


 答えあぐねるヘンリエッタに助け舟を出したのはクーだった。


「ショー、貴方意地悪が過ぎるわよ。昔嫌なことでもあったの?」

「……古い話だよ。まだ怪盗を始める前のね」

「貴方ができなかったことを、この子ができないって道理は無いわ。貴方ができなかったのであろうを、この子が何時か形にしてくれるかもしれないじゃない?」


 ショーは長い沈黙の後、溜息をつく。

 ヘンリエッタのクーを見る瞳に篭った憧れに胸が疼いたからだ。

 そして、珍しく彼は折れる。傲岸不遜にして傍若無人なこの男が折れた。


「オードリー、君の言う通りだ。無礼を許してくれ、姫殿下」

「え、えと……ボクも自分の国のこととかよく知らなかったし……」


 ショーはわざとらしく肩を竦める。


「君の歳でそんなの当たり前だ」


 続いて自分のことを棚に上げてケロッと言い放つ。


「そもそも、そんなこと咎める奴が狭量だよ」


 更にわざとらしく右手で顔を覆って嘆く。


「ああ……それにしても、僕らしくないところを見せてしまった」


 だが最後には笑ってこう言うのだ。


「うん、忘れよう。こういう時は何か楽しいことを考えようじゃないか」


 其処まで口にする頃にはショーは何時もの大胆不敵な怪盗の顔に戻っていた。

 それを見てヘンリエッタはクーに耳打ちする。


「お姉ちゃんなんでこんな男に付いてってるの?」

「私しか頼れる相手が居ないのよ……」

「お姉ちゃん男の趣味悪いよ……」

「それはそうだけど……」

「コホン、少々宜しいでしょうか?」


 ヘンリエッタとクーが二人でヒソヒソと話をしていると、いつの間にか三人の前に一人の男が立っていた。


「妙な真似はしてくれるなよ?」


 ショータイム一号は二人を庇うように前に出る。


「いえ、申し訳ありません。気になったのです。楽しいことというのは――」


 モノクルを付けた針金のような体躯の男で髪型はオールバック。黒い髪に銀のメッシュが入っている。


「――平和な小国に乗り込んでその姫君を攫うことを言うのでしょうか?」


 突然の闖入者に驚くショータイムの二人。

 だがヘンリエッタは彼を知っていた。


「誰だ?」

「誰なの?」

「問われたならば答えましょう。我が名はセバスチャン・ミカエリス。王女様を連れ戻しに伺った執事です」


 そう言って男はモノクルをズリ上げた。

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