第1話 聖夜を盗む 怪盗編

 突如現れた侵入者によってパーティー会場は大混乱に陥る。


「侵入者だ!」

「警備部隊は何をしてたんだ!」

「駄目だ。会場の外と連絡がとれねえ!」

「ツクシさんをお守りしろ!」

「くそっ、俺は外を見てくる!」

「逃げるつもりか!?」

「馬鹿野郎、さっさと撃て!」

「今撃ったらツクシさんとヨモギさんに当たっちまうじゃねえか!」


 怪盗ショータイム一号がパーティー会場のど真ん中に現れたのには三つの理由がある。

 第一に折角盗む予定だったヨモギ少年に僅かでも傷がつくことを許せなかったから。

 第二にそっちの方が格好良かったから。

 第三にツクシとヨモギを盾にして会場に居るマフィア達に攻撃を躊躇わせたかったから。


「まあ落ち着いて下さい皆さん。こいつはショーですよ。笑って、笑って」

「ぐあぁああああああ!!!!」


 ショータイム一号はツクシの腕を恐るべき腕力で捻り上げながら笑顔を作る。

 スーツの下に最新鋭のパワーアシストスーツを仕込んでいるからこその怪力なのだが、普段から異能を用いて戦う新人類ニュータントマフィアはそれに気が付かない。


「なんだあの腕力!? ツクシさんが負けるなんて!」

「肉体強化系の新人類ニュータントか! よくもツクシさんを!」


 ツクシの取り巻きの内の数人が獣の姿となってショータイム一号に飛びかかろうとするが、ショータイム一号は器用にツクシの影に隠れて彼等の攻撃を阻む。


「おぉっと! 下手なことはしないでくれよ? 人質の安全が保証できないからさ!」


 息子を人質にとられたツクバも下手な指示は出せず、悔しそうにショータイム一号を睨みつけるばかり。

 だがその眼光はボケ老人扱いをされていた男の目ではない。

 そう……図らずもこの修羅場によって、ツクバは往年の切れ味を僅かながら取り戻しつつあったのだ。


「ショータイム一号、俺の息子達を人質にとった手腕は大したもんだ。それは褒めてやる」

「そうだろう? どうやって此処に入りこんだと思う?」

「異能を使ったんだろうがよ。ワープ系の異能なんて珍しくもねえ。そして多くの場合、それは連続で使用できない。今のお前さんは袋のネズミだよ」


 ショータイム一号は指を鳴らして嬉しそうに答える。


「違うなあ~! 単純なトリックだよ。異能だけが瞬間移動を可能とする手段じゃないんだ。例えばだけど、変装した僕が群衆の中に紛れていたとか思わないのかい? 皆の目がこちらのMr.ツクシとヨモギ少年の衝突に向いた間に変装を解いた僕が突然現れた……とかね?」


 勿論嘘だ。

 彼はマルヤマの異能“通行手形ドアノッカー”で建物の中に押し入ったに過ぎない。だがショータイム一号の積み重ねた怪盗としての実績が、その虚ろな筈の言葉に真実味を与えてしまう。

 結果、ツクバはその言葉に対して真面目に考察を開始して、反論をしてしまう。

 それが怪盗のトリックだとも知らずに。


「馬鹿を言うんじゃあねえぞ! 此処に入る人間には一人一人チェックをかけている。私兵共を突破して忍び込むなんてできる訳が……」

「あっはっはっは! これがあるんだなあ~~~~! そうだよねえ? Mr.ツクシ? いや……?」

「なんだと!?」


 普通ならばツクバもこんな言葉を信じなかっただろう。

 だが、ツクシの普段の言動は全てツクバに筒抜けだった。

 老いたツクバは自分の時代の終わりが来ることは分かっていたものの、それはそれとして情報収集とツクシに対する警戒は行っていたのだ。

 故に、ショータイムのチープなトリックに容易く引っかかる。全盛期ならば看破したかもしれないが、今のツクバの眼はやはり曇ってしまっていた。


「なっ、なに言ってやがるショータイム一号!?」


 これで驚いたのはツクシだ。

 しかし、その驚き慌てぶりにツクバが気づいた時には既に遅い。


「スイッチ・オン」


 ショータイム一号が左右の靴をぶつけて音を鳴らすと、ビルの近くの電信柱が爆発・倒壊する。ビルは停電し、パーティー会場も暗闇に包まれる。

 予備電源に切り替わるまでは僅か三十秒。

 その間のショータイム一号の行動は早かった。

 まずツクシを蹴飛ばした後、麻酔銃を打ち込んで動きを止める。

 続いて銃声を吹き込んだボイスレコーダーを宙へと投げ上げる。

 そしてすぐにヨモギと一緒に床に伏せて転がり、少年に自分のマントを被せてテーブルの下へと彼を隠す。


「何だ今のは!?」

「撃たれた奴は居ないか! 確認しろ!」

「ツクシさんは!?」

「ヨモギぼっちゃんを守れ!」


 聞き慣れた銃声だ。一般人ならば身体がすくんでいただろうが、新人類ニュータントマフィアは違う。彼等はこの音を聞いただけで戦う為に身体が準備を始める人種だ。


「ショータイム二号よっ! 撃たれた人が居るわ!」


 ショータイム一号と同様にマルヤマの異能“通行手形フリーパス”で侵入していたクー、もといショータイム二号が叫ぶ。

 もはや暗黒の中で人々の警戒心、恐怖心、猜疑心は最高潮に達していた。


「一号がヨモギ坊っちゃんを攫って出口に逃げたぞ!」


 ショータイム一号は巧妙な声真似で叫ぶ。

 彼はそれと同時に懐に仕込んでいた電磁矩形波E M P発生装置を起動。正規の電源とくらべて脆弱な予備電源の回路を破壊する。

 三十秒だけだった筈の闇も今宵この時ばかりは永遠となる。

 かくして、ただ一発の銃声を引き金に狂乱の火蓋が切って落とされた。


「居たぞ! 今動いた! 逃げようとした!」

「俺じゃねえぞ馬鹿野郎!」


 マズルフラッシュが一瞬だけ会場を明るくする。

 それにつられて会場のあちこちで銃口から漏れる小さな光、ついには異能による破壊が散発的に発生する。

 一方、ツクバは屈強な護衛の男達に守られながら会場の地獄めいた有様を確認していた。

 何故だか知らないがツクシが動けないし部屋の電源も戻らない以上、場を纏めるのは自分しか居ない。

 そう思った彼は一喝を会場に食らわせようとする。


「ちぃっ! お前らごたつくんじゃ――」


 だが、そんなツクバの後頭部に冷たい銃口が突きつけられた。


「静かに」


 暗闇の中でツクバを守る為に集まった弾除けの男達。この中の誰かがショータイム一号だ。暗闇と混乱に紛れてこの自分の喉元まであの怪盗は忍んでいるのだ。

 まるで「お前の命を盗むなんて容易いことなのだぞ」とでも言っているように。


「…………」

「ツクバ=カネマツ、一つ良い事を教えてやろうと思ってな」


 ツクバは沈黙を保つ。

 何処かで彼は清々しいとさえ思っていた。

 それは何もかもが終わったと彼が感じたからだ。かの有名な怪盗“ショータイム”が相手とはいえ、組織をここまでコケにされてしまった以上、もう自分は引退だ。

 せめて最後は潔く、敗北して死のうとさえ思っていた。


「ヨモギ・カネマツはお前の子じゃない。ほら、遺伝子検査の結果だ。お前の妻の箪笥から盗んでおいたぞ」


 だがその言葉をかけられた瞬間、頭の上に紙切れを置かれた瞬間、そんな考えは吹き飛んだ。


「ふざけるなあ!」


 老人とは思えぬ憎悪と驚き、そして絶望にどす黒く塗り固められたその声は何処にも届かない。


「ふはははは! この盗みのお代はサービスにしていてやる!」


 既に銃口の主は闇に紛れて姿を消している。

 目の前に広がるのは地獄ばかり。


「うわぁっ! こっちに来るな! 来るなよ!」

「待て! このままじゃ同士討ちだぞ!」

「がぁっ! 今撃ったのはどいつだ!」

「おい、電源の復旧がおせえぞ何時までかかってんだ!」

「警備隊! 警備隊はどうした!?」


 勘違いによる発砲。恐怖心からの発砲。理性を叫ぶ声も無意味。

 ついには日頃から邪魔だったものを始末しようとする人間まで出る始末だ。

 銃声の嵐。悲鳴、怒号。

 最終的に電気が復旧した頃にはショータイムの姿は勿論、ヨモギやハナの姿も無くなっていた。


「親父ぃ……何やってんだよ……畜生、畜生!」


 麻酔からやっとこさ目を覚ましたツクシは目の前の惨状に悲壮な叫び声を上げる。

 だがツクバにはもうそれらの全てが遠い世界のことのように思えた。


「また、戻っちまったなあ……」


 ツクバの瞼の裏に浮かぶのは大志を抱いてサッポロに向かった朝の綺麗な空だけだった。まだ若く、輝きの他何も無かった頃の思い出だけだった。


 *****


 トマコマイ埠頭。一艘のクルーザーの上で男はタバコを吹かしていた。

 約束の刻限まであと五分。

 深夜の風が白髪の男の髪を揺らす。

 万事うまく行けば中国か東南アジアの辺りまで高飛びだ。

 穏やかに死のうとは思わないが、その前に一度だけ愛する人に会いたい。

 名もない殺し屋はそう願っていた。それだけの為に、男は全てを捨てたのだから。


「依頼人様、お望みの品でございます」


 気配も無く後ろをとられたことに驚く殺し屋。

 慌てて振り返るとそこには初恋の女性が立っていた。

 少し歳をとり、草臥れてしまったが間違いない。


「ハナ姉ちゃん!」

「ユキオ君……!?」


 白髪の殺し屋、もといユキオはハナへと近づこうとする。


「待て! お前、お母さんに馴れ馴れしいぞ!」


 だが、それを阻む男も居た。

 一緒に連れてこられたヨモギ少年である。


「君、申し訳ないが、その……もしかして……」

「もし僕に何かしてみろ! ショータイムがお前をぶっ飛ばすんだからな!」

「ショータイム!? おい君、何故そんなことを……」

「ちょ、ちょっとまってヨモギ! 貴方も依頼していたの!?」

「待ってくれハナ姉ちゃん! というのはどういうことだ!?」

「え、それってつまりユキオ君も……」


 ユキオ、ハナ、ヨモギの三人はお互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 その時だった。


「はーっはっはっはっは!」


 コンテナの上から高笑いが鳴り響き、トランクケースを持った男が現れる。ショータイム一号だ。

 彼はさっとコンテナから飛び降りると仮面をつけてても分かる笑顔で三人に告げる。

 

「簡単な話だ! 君達三人は全く同じように僕に依頼をしていたんだよ!」


 ショータイム一号がハナとヨモギの居場所に関して自信満々だったのはそういうことだ。

 実は二人に対して事前に発信機を渡し、必要に応じてはショータイム二号と二手に分かれて彼等を盗み出す算段まで立てていたのだ。


「あっ、ショータイム一号! 来てくれたんだ! あれ? でもそれってつまり……」


 何かに気づいたヨモギ少年に対してショータイム一号はニコリと微笑んで頷く。

 するとヨモギの表情はパッと輝く。

 奇妙に思ったハナはショータイム一号を問い詰める。

 ユキオも同じだ。相手がプロであると信じて依頼を行ったのに、何やら黙って妙な仕掛けを行われたようで気に入らないのだ。


「どういうことですかショータイム一号さん?」

「ショータイム一号! 咎めはしないが、プロとして黙っていたことを話してくれても良いんじゃないか?」

「アイムソー・ソーリー。本当に悪かったと思っているよ。だが面白いじゃないか? 本当の父親に会いたい少年、初恋の女性に焦がれる男、息子の命を守りたい母親。君達は互いに互いの事を思い、それぞれの視点から僕に聞かれるままにその馴れ初めstoryを語った。そして父を、愛する人を、息子を、それぞれ盗むように頼んだって訳さ。。まさに。聖夜には相応しい盗みとなった訳だ!」

「ヨモギ、貴方は本当のお父さんのこと話したの!?」

「ご、ごめん……でも!」


 ヨモギを問い詰めるハナをユキオが制する。


「えーっと、ちょっとまってくれハナ姉ちゃん。その子を責めないでやってくれ。それってつまりその、この少年は……そうか」


 ユキオはヨモギの顔を見て、優しく微笑む。


「そうか、そうか。そういうことか。子供の癖に大胆な所は似たのかもしれないな」


 ユキオの言葉にハナは思わず吹き出す。


「笑うことは無いだろう?」

「だっておかしいじゃない。そうね。あの頃の貴方はまだ中学生だったわね」

「いやはや若かった」

「まだ八年しか経ってないのに」

「ねえお兄さん……お兄さんが僕のお父さんなんだよね?」

「ああ」


 ユキオは頷く。

 ヨモギの言葉は「福」、そして「愛」。

 その意味するところの全てを幸夫ユキオは悟っていた。

 そんな三人の親子を見て、ショータイム一号は満足げに頷く。


「礼を言うよ。怪盗ショータイム」

「プロとして最善を尽くしただけさ。今年の聖夜は君達親子にくれてやる」


 ショータイム一号は咳払いをする。


「さて、それはそれとして君達三人のクライアントの信用及び信頼を裏切っていたのは事実だ。こんな真似をしてはプロの怪盗の名に傷がつく」


 彼はそう言ってトランクケースを三人に差し出す。

 その中にはユキオとハナから貰った報酬から必要経費を差し引いた分の金が詰まっていた。


「そこでだ。これは違約金ということでお返ししよう。代わりに今回のことについては一つ黙っておいてもらえないかな?」

「おいおいショータイム一号。これだけ良くしてもらったのに、今更金なんて受け取れる訳が……」

「知った事か!」


 ユキオが答えるよりも早く、ショータイム一号の身体は轟音と共に宙へと浮かび上がる。


「なんだありゃ!?」

「すげー!!」

「あらあらまぁ……」


 ショー・カンダは思う。

 理由はどうあれユキオは己と同じ悪党だ。悪党になってしまった。

 彼が幸福になるのは間違っているし、何時か彼もその行いの報いを受けることだろう。

 だがそれでも――ショータイム一号としてではなく、ショー・カンダとして彼は願わずにいられないのだ。


「君達家族に幸よあれ! サヨナラ!」


 背中に仕込まれていたジェットパックを轟かせ、ショータイム一号は高笑いと共に聖夜の夜へと消えていったのであった。


【第一話 聖夜を盗む 完】 

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