怪盗事務所ジャンクガレージ

海野しぃる

第一部 異能怪盗、立つ

第1話 聖夜を盗む 予告編

【予告状】

 ツクバ=カネマツ様


 師走を迎え、ますますご多忙の時期に恐れ入ります。

 本年中にご挨拶をさせていただきたく一筆申し上げます。


 唐突ですが今年のツクバ様のクリスマスは終了いたしました。

 それというのもきたるクリスマスイブに私が貴方の家族を頂くからです。

 聞く所によれば貴方様はまだ年若い奥様相手に辛く当たり、年甲斐もなく家を空けて浮気を繰り返しているとかいないとか。一人の男として全くもって許しがたい所業です。

 そういう訳なので此度は『異能怪盗ショータイム』が貴方様から聖夜を盗み取ります。面白そうなので逃げ隠れせずに迎え撃っていただければ怪盗冥利に尽きるというものですが、みっともなく逃げ惑って頂いても特に問題は無いしむしろ楽だし何より笑えるので正直見てみたいと思っております。

 お好きなようにその時をお待ち下さい。


 それでは、いずれまたお会いしましょう。


 異能怪盗 ショータイム一号

 

 *****


 目元を隠す白い仮面、同じくらい白いワイシャツ、赤いシルクのネクタイ、オースチンリードでオーダーメイドされたスリーピーススーツ。

 ショー・カンダは怪盗としてのコスチュームに身を包んでソファーにもたれ掛かっていた。淹れたての熱い紅茶がお供だ。ガラスのテーブルの向こうでは白髪の若いクライアントが思い詰めた表情で予告状の文面を確認している。

 ショーは二十四歳。こういう阿漕な商売をする者としては自分も相当若いつもりだったが、この男はそんな自分より更に若い。


「さて、予告状はこんなもので良いかな? 君の確認が取れたらこいつを投函するつもりだが」

「本当にやってくれるのか?」

「ああ、やるとも。君に報酬が出せるならばね」

「言われた通りだ。金は用意した。まずは前金だ」


 若い男はトランクケースの中に有る大量の札束を見せる。


「どうやって稼いだやら……君も大概悪党だね?」

「あの人をカネマツから取り戻す為には、俺にも金が必要だった。だから何でもやったんだ。今更悪党呼ばわりされても何も思わねーよ」


 ショーはにやりと笑う。


「知っているよ殺し屋さん。善悪相殺デビル・マスト・ダイだっけ?」

「な、何故知っている!?」

「面白いよね。あそこまで殺戮に特化した能力を僕は知らないよ」

「そこまで!?」


 白髪の男は驚いて目を丸くする。殺し屋をやっていることだけではなく、男がいわゆる超能力者ニュータントであり、固有の能力についても知っているなんて信じられなかったからだ。

 男はショーを睨み、同時に悩む。知られたからには殺す。それが男のルールだ。しかし、今は彼の能力の発動条件が揃っていない。


「ショータイム一号……俺の身元を知っているのか?」

「僕もプロの怪盗だからね。これくらいの事前調査は当たり前さ」

「どうした? 僕を殺したいって顔をしているぞ?」

「そいつは仁義じゃねえな」

「ススキノでも有数の殺し屋が仁義を言うかい?」

「仁義ってのはな。自衛手段なんだ。仁義を切れなくなった奴から死んでいく。どんなに強くても仁義を捨てた奴は死ぬ。俺はそういう奴らを腐るほど見てきたし殺してきた」

「成る程。僕より若いのに随分苦労したみたいだね」

「どうでも良い話だ。彼女を盗んだ後の受け渡しだが……」

「うん、君の指定したトマコマイの埠頭だね?」

「ああ、頼んだぞ。ショータイム一号。そこで報酬を全て渡す」

「任せ給え、報酬分の仕事はするのが僕という男だよ」

「恩に着る」

「ふふっ、今後とも怪盗事務所ジャンクガレージをご贔屓に」


 ショーはテーブルの上にあるベルを鳴らす。

 すると部屋の扉が開き、右目に眼帯を巻いたスーツの老人が現れる。


「さてマルヤマ、彼を外まで案内してくれたまえ。何せ此処に出入り口は無いからね」

「お任せを」

「ああ待て。最後に聞かせてくれ。怪盗」

「なんですか?」

「お前に、あの人と息子さんの居場所が分かるのか?」

「勿論、プロですから。それではまたのお越しを」

「お客様、失礼致しますぞ」


 マルヤマ老人は白髪の若者の肩に手を置き、ショーに向けて一礼する。

 すると二人の姿はいつの間にか消えてなくなり、怪盗事務所の応接室にはショーだけが残された。


「“通行手形ドアノッカー”か。建物から出たり入ったりするだけのシンプルな異能だが……」


 ショーは溜息をつく。


「何故あれが怪盗の僕に与えられなかったやら……羨ましい」


 らしくない一人言に気づいたショーは首を左右に振る。


「悔しがるのは非生産的だ。それよりも楽しいことを考えて気を紛らわせようじゃないか」


 そう言ってショーはまた涼やかな笑みを浮かべた。


 *****


 ショーは執事のマルヤマが帰ってくるまでに事務所のキッチンに有ったウイスキーを開けることにした。

 まずはグラスに注いでシンプルなストレート。

 芳醇で香ばしい泥炭の、海辺の朝みたいな香りを胸いっぱいに吸い込み、彼はニコリと笑顔を見せる。だがそんな至福の時を邪魔するように


「ショー、お仕事は終わったの?」


 と透き通った声が飛んでくる。

 ショーが振り返ると其処には長い黒髪の美女が魔法使いのような緑のフード付きローブ姿で立っていた。

 フードの下からは尖った耳と左右にそれぞれ二本生えた小さな角が見える。

 まるで人に化けた龍のような姿である。


「クーさん、起きていたのかい?」

「少し目が覚めたのよ。ほら、私って異能のせいで基本的に何時も眠ってばかりでしょう? だから変な時間に起きちゃうことも有るの」


 クーと呼ばれた美女は怜悧な声で答える。無関心を装っているつもりなのだが、その視線はショーの右手のグラスとそこに満ち満ちている琥珀色の液体に釘付けにされている。

 ショーはわざとらしく肩を竦めて自らのグラスを差し出す。


「まったく……独り占めはできないね。仕方ない。一緒に飲もうじゃないか。それから仕事について話そうか」

「仕事? ショー、私に労働させるのね。こんなか弱い乙女に泥棒の真似事を手伝わせるなんて、見下げ果てた悪党なんだから」

「君が欲しいと言っていたグラフィックボードを買ってあげよう」

「CPUも買ってくれなきゃ嫌よ? インテルのゼオンね! 最新モデルじゃなきゃ手伝ってあげないんだから!」

「良いぞ」


 そう言われた瞬間、彼女は相好を崩して甘い声を出す。


「わぁい! クーちゃん金銀財宝と高いパーツばっかり使った自作PCに囲まれて眠るの大しゅき!」


 ショーはクーのあまりにもドラゴン的な精神構造に若干呆れながらも酒を差し出す。異能の存在に対して社会の理解が深まってきたとは言え、こんなことでは彼女が社会に適応するのは暫く先だろう。


「はいお酒」

「おしゃけも大しゅき!」


 クーはグラスを受け取り一息に飲み干す。


「勿体無い……」

「そう? 財は浪費してこそよ?」

「だからと言ってそれそのもの味わう必要が無い訳では……」

「ラフロイグ18年。私これ好きよ」

「……正解。わかってるならもっとゆっくり飲めば良いのに」


 クーをキッチンの隣のダイニングに有る椅子に座らせ、ショーは自らもグラスに入れた響12年をミネラルウォーターでトワイスアップにする。


「あら、水割りにするの?」

「ストレートで君には付き合えない」


 ショーはダイニングに有るホワイトボードも使って依頼の内容を簡単に纏める。


「ススキノでも名うての殺し屋『ムラマサ』からの依頼だ。現在ネオコトニを牛耳る新人類ニュータントマフィア“ツクバファミリー”のボス『ツクバ=カネマツ』から家族を盗む」

「家族?」

「後妻に迎えた女とその息子を攫ってくるのさ」


 勿論それだけではない。

 単に家族を攫うだけでは本当の意味で家族を奪ったこととはならない。

 だから彼は既にその為の切り札を用意して、相棒であるクーにすら教えず隠し持っていた。


「誘拐! また悪いことね? なんでそんな依頼受けたの?」

「その女ってのが殺し屋の初恋の人だそうだ。じいやに頼んで裏は取ってもらった」

「初恋! 素敵ね! でもなんでマフィアのボスなんかに嫁いじゃったの?」

「金だよ、金。当時、その女の家には金が無かったそうだ」

「世知辛いわねえ……でもそんなことの為によくお金なんて出したわね? 別にその殺し屋と付き合っていた訳じゃないんでしょう?」

「何を言っているんだ?」

「え?」

「俺は依頼人から金は取らない。何時も言っているだろう? 前金は貰ったが、こいつは全部調査費用に使うつもりだよ。ツクバの組に出入りしているチンピラを買って情報を集めるのさ」

「あらあら。悪党からもお金をとらないの?」

「取らない。報酬として適正な物語さえ聞かせてくれるなら、僕は誰からの依頼でもやるよ」

「悪党からでも?」

「やるよ。悪党の話は大体つまらないけどね」

「ふふ、本当に悪い人。それで今回はどんな報酬storyを貰ったのかしらぁ?」


 ショーはにやりと笑ってその問には答えない。

 ショーが笑う時は何時も質問に答えない。それを知っているクーは頬をぷくっと膨らませる。


「作戦はシンプルだ。ツクバ=カネマツは恐らく組織のアジトに立てこもる筈だ。なので恐らくそのアジトに忍び込んで目標を盗み出すことになる。君の異能が役に立つ」

「ねえねえ! じゃあもしその子供と奥様が隠されちゃったらどうするの?」

「それも既に仕掛けをしてある」

「流石ね!」

「そうだろう?」


 二人はグラスを合わせてカラカラと笑う。

 自らが悪党であると高らかに謳うかのように笑う。


「……はあ、楽しいわ。で、結局私は何をすれば良いの?」

「クーちゃんは12月20日までにネットを使って可能な限りツクバ=カネマツとツクバファミリーの本拠地であるビルの情報を集めてくれ。セキュリティーとか、電気系統とかな。予告状は12月21日に出すからそのつもりで」

「それだけ?」

「まあ他にも色々あるけどまずはそれだ。急いでくれ」

「任せて頂戴。でもその前に……」

「なんだ?」

「長いこと眠っていたせいでお腹が減っちゃったわ。夜食を作って頂戴?」

「今から?」

「ええ、今すぐ食べたいの~。終わったら早速情報調査するから、ね?」


 クーは甘えた声を上げ、上目遣いで懇願する。どうやらしばらく起きているつもりらしい。ショーは明日の会社への遅刻理由を考えながらキッチンへと向かうことにした。

 

 *****


 12月24日。

 暗黒北都ススキノの一角に立つ高層ビル。

 新人類ニュータントマフィア『ツクバファミリー』の本拠地である。

 このビルの宴会ホールでは紋付袴の男達が一人の老人を囲んで盃を手に取っている。


「本日はお集まり頂きまことに感謝申し上げる。何やら盗人がうろついているようですが心配はなさらずとも結構。このビルには我々ツクバファミリーが抱える新人類ニュータントの私兵が一階から七階まで配置されており、この四階に来るまでに奴らはその精鋭を突破せざるを得ません。我が妻子を奪い取ろうなど無理なのですからな。まあまずは乾杯だ。今年も皆よく頑張ってくれた。乾杯!」


 ツクバファミリーの構成員達はツクバの号令と共に盃を掲げ、笑みを浮かべる。

 浮かない表情をしているのはツクバの長男であり跡継ぎでもあるツクシ。ツクバの今の妻であるハナ。そしてハナの息子であるヨモギだけだ。


「ちっ、良い歳した親父の助平心のせいでファミリーの威信に傷が付きかねないとはな。くだらねえ」


 ツクバの挨拶の後、ツクシは取り巻き達に愚痴をこぼす。


「まったくですねツクシさん。一体何処の馬鹿が怪盗なんぞに依頼をしたんだか」

「依頼……ね。どうせあんなの都市伝説だろう? 怪盗が依頼を受けて盗みをやるなんて馬鹿げた冗談だ」

「まったくでさぁ。金が欲しいなら雇われて盗みなんかするよりボケた爺さんや婆さんを騙す方が余程楽ってもんですよ」

「ふふっ、違いないな。特にスケベオヤジを騙すってのは楽な商売だろうさ」


 ツクシはそう呟いて遠くに居るハナの方を睨みつける。

 自分より年下の後妻など目障りで仕方ない。

 しかも子供など産めばなおのことだ。


「ツクシさんの時代になったら叩き出してやりましょう」

「ああ、ガキは始末して女は売り飛ばす。ツラも体も良いからな。そこそこの値段はつくだろう。あのボケ親父にしては気の利いた遺産だな」


 ツクシと取り巻きの会話を聞き咎める者はこの場に居ない。ハナでさえ、恐ろしくてツクシに対しては何も言えない。

 そうだ。この場に居る人間の多くが耄碌し始めたツクバよりも、ツクシに付く方が得だと思っていた。

 たった一人の少年を除いて。


「なんだ?」


 ツクシは刺すような視線を感じて振り返る。

 そこにはハナの息子であるヨモギが立っていた。

 一言も無く、父親譲りの鋭い瞳でツクシを射抜いていた。


「……なんか用か? クリスマスプレゼントでも欲しいか?」

「パパとママをバカにするな」

「ああん?」


 ツクシはその瞳の中に若い頃の自らの父を見た。老醜を晒す前の、強く、また恐ろしかった父。

 それに気づいた時、ツクシの中で急速に怒りがこみ上げてきた。


「そんな目をお前がするんじゃねえよ……!」

「ちょ、ツクシさん!? それはやばいっすよ!」

「うるせえ!」


 異常事態に慌てた取り巻きや他の構成員達はパーティー会場の反対側に居たツクバとハナを呼ぶ為に走る。

 急に消えたと思っていた息子がよりにもよってツクシの目の前に立っている事に気がついたハナは顔面蒼白となり、慌てて二人の間に割って入る。


「申し訳ありません! この子が大変なご迷惑を……」

「迷惑? いえいえ義母さん気にすることは有りません。躾ですよ躾。兄として当たり前のことをするだけです」


 遅れてきたツクバもツクシを止める。


「ツクシ、今日は祝の席だ。多少の無礼は許してやれ」


 老いたりとは言え父は父。ツクシは苛立ちこそしたが、鞘を収めることにした。

 どうせここで手を下さなくても、父など遠からず勝手に死ぬのだ。

 そう思ってツクシは自らの怒りを収めようとした。

 だがその時――ツクシの向こう脛をヨモギが蹴り飛ばした。


「この糞ガキがっ!」

「黙れ! 僕なんかよりお前のほうがよっぽどガキだ! 何時もママに陰湿な嫌がらせをしているのを知っているんだぞ!」

「黙れ黙れ黙れっ!」


 ツクシは間に入ったハナを片腕で父親に向けて投げ飛ばし、そのままヨモギに向けて拳を振り下ろす。


「キャアアアアアアア!」


 これでツクシとツクバの対立は決定的となり、聖夜は今からでも血に染まりかねない。

 この後の惨劇を想像したハナの悲鳴が響き渡る。

 しかし、その拳がヨモギに届くことは無い。


「まあ、落ち着きなよ。カリカリするより楽しいことでも考えたほうが生産的だ」


 目元だけを仮面で隠したシルクハットの男がツクシの拳を受け止めたからだ。


「だ、誰だ!?」


 ツクシの問に男はマントを翻しながら答える。


「我が名は怪盗・ショータイム! 予告通りにクリスマスを頂きに参った!」


 そして仮面の男――ショー・カンダ――ショータイム一号はヨモギの方を振り返り、優しく微笑みかけた。

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