フェイズ7:マスターグレイヴ

 ………………。


 …………。


 ……声が、聞こえる。

 

 ―――お~い、起きろ。起~き~ろってば。


 馴染み深い声に、墓守の意識が覚醒してゆく。


「……また、お前かァ」


 同じ仲間が続けて呼びかけてくるのは珍しいことだった。


 ―――あの子、頑張ってるよ。ほら、泣き声。


「わかってンよ。ネズミの鳴き声はやかましいからなァ……。ま、お前ほど泣き虫じゃねェけど」


 ―――大きなお世話。ほら、“道”も作ってくれてるし。


 確かに、光の格子が見える。

 その輝跡を辿れば、戻れる。


 ―――じゃあ、大丈夫だね?


「ああ。やれるさ」


 ―――今度は、守りなよ。


 頷いた。

 言われるまでもない。


「マスター、待っててください! すぐに、自分が見つけ出します!」


 ネズミの声だ。

 必死に、墓守を探している。力を振り絞って。

 光が、闇の中を疾駆している。

 飲み込まれ、消えそうになりながらも。

 確かに輝きながら、自分の元へとやってくる。

 手を伸ばし、その光に触れた。


(そうか、ネズミ。あのジジイに立ち向かったのか。怖かったろうに……けれど、それを選ンだンだな)


 ユーサナトス。

 自分が嫌うのは、“ああいう奴ら”だ。

 わかった風な顔で、お利口な理屈を語る。

 そのくせ、困ってる子供に手を差し伸べたりはせず、むしろ薄っぺらい涙ひとつで死地に追いやる。

 “ああいう奴ら”こそ、許せない。


(……今、殺してやンよ)


 墓守は、自分の中に転がっている、一番凶暴な塊に手を伸ばした。

 あった。

 それは、今も変わらず、そこにある。

 思いだせ。己は何者だ?


 マスターグレイヴ。


 そう、自分は墓所の王。

 非業の死を迎えた者たちの怒りと無念とを刻み、忘れずに留め置く者。

 驕れる生者に、墓碑の槍もて誅伐を。



 * * *



 光の奔流は、やがて力を失い、そして―――消えた。

 領域の隠蔽効果は失われ、ネズミが実体化する。

 ユーサナトスは、口の端を歪めて笑った。


「再び登場か、ネズミくん」

「自分は、これが限界です……」


 よろよろと地面に膝をつくネズミ。著しく消耗しているのは明らかだった。


「いや、見事なものだったよ。たしかに君は、クズではない。その能力を解析すれば、トモエの擬似人格プログラムなどより、余程価値ある物を手に入れられそうだ」

「うん……でも、きっと、あなたには無理だと思います」

「ほう?」

「だって、もう、マスターが……」


 ネズミは、微笑んだ。

 その時、ユーサナトスの耳に“歌”が届いた。


 ―――生あるうちは輝いていろ。

 ―――思い悩むな。

 ―――人生は短く、

 ―――時は常に代価を求める。


 セイキロスの墓碑銘。

 最古の歌。

 その旋律が紡がれる時、この世で最も悲しく強い墓碑槍が目覚める。


「これは……マスターグレイヴッッッ!」

「ご名答」


 背後に、墓守がいる。その身の周囲に、淡い光の格子。

 既に、ネズミの強化支援が施されていた。

 認識すると同時に、ユーサナトスの肉体を、四方八方から無数の槍が貫く。


「がぁっ!」

「ありがとよ、ネズ公。お前のお蔭で助かった。本当に……感謝するぜ。やっぱ、お前はスゲェ奴だ」

「マスター……!」


 槍を掴む手に、力を込める。そこには、確かにネズミの力も宿っているのだ。


「おいジジイ。『この世に不滅の者などいない』だったか? ……当たり前のことを偉そうに語ってンじゃねェよ。死ンだこともねェ奴が!」

「貴、様、のような……愚者に……ッ!」

「余裕があれば、クソ女に伝えろ。は、もうだってな」

「か……は……」

「……って、もう無理か。じゃあ―――死にな」


 轟!

 墓碑槍が嵐となって吹き荒れる。

 ユーサナトスは、文字通り解体され、己自身の闇に飲まれ、消えた。

 死に際して、最後の思索に耽る暇もなかった。

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